クローズアップ 障害者雇用率向上へのヒント 最終回 未来の障害者雇用に向けた企業の取組み 〜「IT×精神・発達障害」で存在感を増す企業の事例から〜  いま、障害者雇用は新たな転換点を迎えています。従来の職域や働き方の枠を超え、ITスキルを活かしたリモートワークや柔軟な勤務体系が広がるなかで、精神障害や発達障害のある人たちの可能性に注目が集まっています。最終回は「IT×障害者雇用」という革新的なアプローチで成果をあげる日揮パラレルテクノロジーズ株式会社の実践事例を通じて、これからの障害者雇用のヒントを探ります。現場に根ざした障害者雇用のコンサルティングに長くたずさわってきた松井優子さんが解説します。 執筆者 障害者雇用ドットコム代表 東京情報大学非常勤講師 松井(まつい)優子(ゆうこ)さん  障害者雇用がいま、大きな転換点を迎えています。これまで4回にわたり「障害者雇用率向上のヒント」をお届けしてきましたが、最終回となる今回は、テクノロジーによって開かれた新たな働き方と、その可能性を実践している日揮(にっき)パラレルテクノロジーズ株式会社(以下、「JPT」)の事例をみていきます。 社内課題から生まれた「IT×障害者雇用」という発想  JPTは、2021(令和3)年1月に設立され、同年10月に日揮グループの特例子会社として認定されました。その背景には、グループの分社化により法定雇用率を満たすことが急務となっていたこと、また、社内ではIT・DX推進の必要性があるもののIT人材の不足がありました。  決め手となったのは、IT分野に特化した就労移行支援事業所の見学。そこでは、精神障害や発達障害のある人たちが高い集中力や論理的思考力を活かし、AIやWeb制作などの分野で実力を発揮していました。その様子を目の当たりにし、「これだ」と直感したといいます(図1)。 採用から定着まで、テクノロジー時代の新しい障害者雇用モデル  JPTが実践する障害者雇用モデルは、まさにテクノロジー時代に最適化された働き方です。最大の特徴は「フルリモート・フルフレックス勤務」。社員の多くは全国に分散しており、出社する必要はありません。自宅で、自分のライフスタイルにあわせて働ける環境が整えられています。働く時間も柔軟で、深夜帯(22時〜翌5時)を除けば、朝型・夜型といった個人のリズムにあわせて自由にスケジュールを組むことができます。週20時間からの短時間勤務も可能で、育児や体調面など多様な事情に対応しています(11ページ、図2)。  業務のスタイルも独特です。JPTでは「1人1業務」という体制をとり、1人の社員が顧客との要件定義から設計・開発・納品まですべてを担当します。これにより、対人ストレスなどによる体調悪化といったリスクを最小限に抑えるとともに、個々の強みや裁量を最大限に活かすことができています。  また、プロジェクトの内容は「重要だけれど、緊急ではない業務」に絞られているのが特徴です。DXが求められている社内業務のIT化やシステム改善など、日々のオペレーションに追われがちな現場では手がつけられない領域をJPTがになうことで、全体の生産性向上にも貢献しつつも、納期に追われず、自分のペースで取り組める分野を確保しています。  加えて、コミュニケーションは原則としてテキストベースで行っています。これは「聞き逃しが不安」、「1回で理解できない」、「発言のタイミングがむずかしい」という声への配慮から生まれました。テキストに残ることでふり返りが可能になり、相互理解の精度が高まると同時に、情報の透明性や自律的な働き方にもつながっています(図3)。 “実践型”の採用で特例子会社が挑戦のフィールドに  採用では1カ月間のインターンシップが行われます。AI系とWeb系の2コースに分かれ、抽象度が高く、かつ100時間では完成できない難易度の課題に取り組みます。  これは「技術力」だけでなく、「かぎられた時間のなかでどのように課題を整理し、どこまで仕上げるか」といった業務推進力や思考の柔軟性などをみるためです。  最終面接では、障害理解やJPTで働く意義に対する考え方、志望動機などのヒアリングを通して、組織としてともに歩んでいけるかという視点から採用を判断します。このように時間をかけて迎え入れることは、入社後の定着率やエンゲージメントの高さにつながっています。  JPTの設立当初、社内からの業務依頼は少なかったそうです。しかし、グループ内のだれも手をつけられなかった課題を社員が技術と創意工夫をもって解決することで、いまではJPTに業務を依頼する部門が増え、案件はつねに20〜30件の待ち状態となっています。これまで取り組んできたプロジェクトは150件以上にのぼります。これらの活動が生み出したのは、「JPTに依頼すれば質の高い仕事をしてくれる」という信頼です。 働き方が変わるいま、障害者雇用の未来をどう描くか  「こんなに自由に、自分の得意を活かしながら働ける会社があるとは思わなかった」これは入社した社員の方の言葉です。前職では障害特性への理解が得られず、居場所を感じられなかった人が、JPTで「初めて社会とつながっている実感を持てた」そうです。JPTが大切にしてきたのは「働くハードルを下げること」。必要以上に守るのではなく、本人の力を信じ、裁量を渡す。制度や常識に縛られない柔軟な環境づくりが、結果として多くの人の力を引き出しています。  社会や労働環境の急速な変化により働き方が大きく変わるなかで、障害者雇用においても新たな視点から取り組んでいくことが求められています。それは「雇用」をゴールにするのではなく、人材として「活かす」という発想の転換やITを軸にした新しい業務の創出、リモートワークやフレックスタイム勤務といった働きやすさの選択肢を広げることです。このような考え方や実践を知ることは、障害者雇用に取り組むあらゆる企業にとって参考となるでしょう。 図1 会社概要 設立:2021年1月12日 名称:日揮パラレルテクノロジーズ株式会社 JGC Parallel Technologies Corporation 株主:日揮ホールディングス株式会社 100% 資本:1千万円 社員:46名(2025年4月1日現在) ※内43名が身体または精神・発達障害者 業務:日揮グループ内のIT業務支援 (資料提供:日揮パラレルテクノロジーズ株式会社) 図2 在宅勤務地 社員46名 宮城1名 石川1名 富山1名 岐阜1名 愛知1名 静岡1名 東京11名 神奈川8名 千葉1名 埼玉1名 大阪9名 京都1名 奈良1名 兵庫1名 和歌山3名 岡山1名 福岡2名 (資料提供:日揮パラレルテクノロジーズ株式会社) 図3 社員の能力発揮を支えるための体制・制度 1人1業務体制 重要だけど緊急でない ●原則、納期なし ●やりたいことを仕事にする ●途中でギブアップしてもいい ●技術支援  ・書籍購入費補助  ・Udemy無料学習 フルリモート・フルフレックス ●いつ働いてもいい (深夜勤務×) ●どこで働いてもいい (出社義務なし) ●中抜けあり ●短時間勤務も可 (最短契約20時間/週) コミュニケーション ●テキストベース (teams/Discord) ●個人面談(1on1) ●社内外研修 ●人間関係を固定化しない ●業務外でのつながり有り (資料提供:日揮パラレルテクノロジーズ株式会社)