編集委員が行く 「感謝される仕事」で働き方の選択肢を広げる28年目を迎えたスワンの障害者雇用の取組み 株式会社スワン(東京都) 株式会社FVP 代表取締役 大塚由紀子 取材先データ 株式会社スワン 〒104-0061 東京都中央区銀座2-16-10 TEL 03-3543-1067 FAX 03-5148-1067 大塚(おおつか)由紀子(ゆきこ) 編集委員から  公益財団法人ヤマト福祉財団理事長であった故・小倉(おぐら)昌男(まさお)さんは、作業所(現在の就労継続支援B型事業所)で福祉的就労に従事する障害者の1カ月の工賃が1万円足らずであることに驚きと疑問を抱き、1998(平成10)年に「スワンベーカリー銀座店」をオープンした。当時、商品とサービスで堂々と勝負し、障害のあるスタッフがフロントヤードで働くスワンベーカリーの存在は、関係者に大きな衝撃を与えた。  今回は、ヤマト本社ビル新社屋1階にリニューアルオープンした「SWAN GINZA」を紹介するとともに、スワンの「いま」をご紹介したい。 Keyword:特例子会社、ベーカリー、レストラン、ノーマライゼーション、クリーニング、目標シート POINT 1 先入観を持たず相手を見て、得意・不得意を理解し指導することが大切 2 働きやすさや働きがいを高めることで、長く働ける職場をつくる 3 感謝される仕事で働く選択肢を広げ、仕事の意欲を高める  ヤマトホールディングス株式会社(以下、「ヤマトホールディングス」)の特例子会社である株式会社スワン(以下「スワン」)では、2025(令和7)年6月現在、35人の障害のあるスタッフと60人の一般スタッフが働いている。始まりは、1998(平成10)年にオープンした「スワンベーカリー銀座店」である。公益財団法人ヤマト福祉財団理事長であった故・小倉昌男さんが「障害者に月給10万円払える事業」としてスタートさせたのだ。  オープンから27年後の2025年2月、「スワンベーカリー銀座店」は、「スワンカフェ銀座店」とともに、それぞれ「SWAN GINZAベーカリー銀座店」、「SWAN GINZAレストラン銀座店」としてリニューアルオープンした。  また、スワンには全国に直営の6店舗と20店舗のフランチャイズ加盟店があり、加盟店で働く障害者を合わせると、全国で280人もの障害のある人に働く場を創出している。  企業理念にも謳われている通り、「障がい者雇用の場をつくり、自立と社会参加を応援し、働く喜びと幸せを感じられる社会を実現する」がスワンの事業の目的である。  スワン設立3年後の2001年には、ヤマトホールディングスの特例子会社に認定されている。ただ、スワンのミッションは、特例子会社として親会社の障害者雇用の社会的責任を果たすというより、「障害のある人もない人も、ともに働き、ともに生きていく社会」、つまり「ノーマライゼーション」の実現を目ざした故・小倉昌男さんの思いを継承していく企業であると表現した方がしっくりするように感じる。  「一人ひとりが主人公になろう」、「明るい接客でお客さまを笑顔にしよう」、「ルールを守ってお客さまの喜ぶ仕事をしよう」の三つのスローガンのもと27年間にわたって事業を継続してきた。 地域住民、ビジネスパーソンでにぎわうSWAN GINZA  以前は別々の建物で営業していた「スワンベーカリー銀座店」、「スワンカフェ銀座店」であったが、新店舗ではベーカリーとレストランの一体的な営業となった。  店舗は全面ガラス張りのつくりで天気のよい日はオープンテラスの空間となる。天井高も5m以上はある。白鳥をモチーフにしたインテリアが各所にレイアウトされ、とても洗練された雰囲気である。まるでホテルのラウンジにいるような感覚になる。  ベーカリーの営業時間は8時から18時まで。常時55種類を超えるパン、スイーツなどが販売されている。イタリアンとフレンチを中心としたレストランの営業時間は8時から21時30分まで。通路の幅も十分に取られていて、車いすやベビーカーのお客さまもそのまま店舗に入ることができる。  多目的トイレも2カ所あり、障害のある人のみならず、子育て中のママさんにもうれしい設計になっている。新店舗では赤ちゃん連れのママさんグループの来店が増えたそうだ。  ベーカリー、レストランのいずれも地域住民、近隣のビジネスパーソンなどで終日にぎわっている。銀座の店舗では、ベーカリーとレストランを合わせて7人の障害のあるスタッフが働いている。 「ここで働き続けることが目標」という障害者スタッフ  加藤(かとう)聡美(さとみ)さん(30歳)はSWAN GINZAベーカリー銀座店の所属で、お店のフロントヤードで働く障害のあるスタッフの一人だ。レジでの接客や店舗で使用するPOPのラミネート加工などを担当している。特別支援学校を卒業後、就労移行支援事業所に2年通所し、スワンに入社して10年とのことである。  取材時は、慣れた手つきでパンを袋に入れ、「お持ち帰り用の袋はお使いになりますか?」、「お支払いはどのようになさいますか?」と声をかけていた。  仕事のやりがいについて聞くと、「(お客さまが)いっぱい買ってくれるとうれしい」と、はにかみながらもしっかりと話をしてくださった。目標は「ここで働き続けること」だそうだ。  店長の金子(かねこ)和広(かずひろ)さんは、加藤さんを「一つひとつていねいに作業(袋詰めなど)をしてくれるのでありがたい。ランチタイムの忙しいときにフォローに入ることもあるが、まったく心配なく任せられる」と仕事ぶりを高く評価する。  加藤(かとう)錦(にしき)さん(47歳)は、SWAN GINZAレストラン銀座店で洗浄業務に従事する勤続20年の超ベテランスタッフである。「洗い物が好き」、「スプーンなどに汚れが残らないようていねいに作業している」と答える笑顔がとても印象的だ。  店長の平田(ひらた)智也(ともや)さんにも話をうかがった。平田さんはスワンに入社して18年が経つ。障害のあるスタッフが働く店だとは知らずに就職したという平田さん。当初はかかわり方などがわからず不安に思ったそうだが、実際に働いてみるとイメージは違ったという。「安心して任せられる」、「彼ら(障害のあるスタッフ)のほうが力を発揮することがある」と断言する。平田さんが意識していることは、指導側が、障害のあるスタッフの得意なこと不得意なことをしっかりと理解して指導することだそう。  銀座の2店舗のほか、赤坂店、羽田CHRONOGATE(クロノゲート)店、成城店、品川港南店と6店舗のスワン直営店が営業している。 障害者スタッフの半数が勤続20年以上中高年齢のスタッフも半数以上  「うち(スワン)の障害者スタッフはベテランぞろい」というのは、店舗運営事業長の坂本(さかもと)和義(かずよし)さん。2001年からスワンにかかわっている坂本さんであるが、障害のあるスタッフたちも勤続年数の長い人が多い。障害のあるスタッフ35人のうち27人が勤続10年以上、そのうち20年以上勤務する人は17人にものぼる。勤続年数が10年以下の障害のあるスタッフはわずか8人である。当然のこととして中高年齢の障害のあるスタッフの割合が高くなる。50代が8人、40代が11人、30代が10人、20代が6人の構成である。 クリーニング事業へも積極的に職域を拡大 現在のスワンの事業は5領域にまたがっている。直営6店舗でのベーカリー、レストランやカフェなどの事業、クリスマスケーキや誕生日ケーキなどを提供するケーキ事業、フィナンシェなどのスイーツ類の物販事業、ヤマト運輸のベース(物流拠点)で作業員が使用する安全靴やヘルメットのクリーニング事業、ヤマト本社ビル新社屋の食堂や会議室清掃を行うビルクリーニング事業である。  安全靴やヘルメットのクリーニング事業は、社会福祉法人ヤマト自立センター(就労移行支援事業所)と相互連携し、2021年より開始した。  ビルクリーニング事業は、障害のある人にも使いやすい清掃道具を導入し、2022年よりヤマト銀座ビルの食堂の清掃を開始した。そして2025年には新社屋の食堂や会議室の清掃にも取り組んでいる。 働きやすさと働きがいを高める取組み  スワンでは障害のあるスタッフが長く働き続けられるために、数々の取組みが行われている。 ・障害のあるスタッフ主導で行われる日々の朝礼  元気よく声を合わせて「今日も頑張ろう!」と業務がスタートする ・非接触型のセルフレジの導入  お金の取り扱いが苦手な障害のあるスタッフも自信をもって接客ができるようになった ・障害特性に配慮した年2回の研修  オリジナルのフラップ型の資料やヤマトグループのハラスメント防止小冊子を使用した研修、ブラックライトを使用した「手の洗い残しの見える化講習」など ・業務内容別の目標シート「どこまでできるかなぁ表」をもとにした日々の指導、個人ごとに目標設定と達成確認を通じたスキルアップ ・年2回の「遠足」や「お楽しみ会」などの行事  ほかの店舗や事業所で働くスタッフたち、家族や支援者とも交流しコミュニケーションを深めている 「感謝される仕事」にこだわって「働く選択肢」を広げる。そしてこれからも  事業拡大の取組みについて、代表取締役社長の江浦(えうら)聖治(せいじ)さんに話をうかがった。  「障害のあるスタッフのなかには、加齢によって立ち仕事がつらくなったり、対応力の低下が認められる人もいる」、「やりがいをもって定年まで働いてもらうためにも、積極的に働き方の選択肢を広げる必要がありました」と話す。  シューズクリーニングやビルクリーニングの事業に取り組んだのは、そういった中高年齢の障害のあるスタッフへの配慮を考えてのことでもあったとも理解した。スワンがこれまで取り組んできたベーカリーやカフェの仕事と、シューズやビルのクリーニングの仕事は、タイプの違う仕事にみえるがそうではない。スワンのすべての事業は「感謝される仕事」である。「感謝される仕事」で、障害のあるスタッフの特性や能力に対応した「働く選択肢」を広げ続けてきている。  「ベーカリーやカフェの仕事、ケーキの物販事業は、お客さまから直接『ありがとう』、『おいしかった』といってもらえます」、「シューズクリーニングもビルのクリーニングも、ヤマトの従業員から『きれいにしてくれてありがとう』と感謝され、成果を目に見える形で確認することができる仕事です」(江浦さん)  感謝されるからやりがいを感じる。やりがいを感じるから長く働き続けられるのだ。  「まだまだやることがある」と江浦さんは続ける。「より多くの障害のある人の自立と社会参加を応援できるよう、スワン、公益財団法人ヤマト福祉財団、社会福祉法人ヤマト自立センターの相互連携を、これまで以上に強化していきます。3団体の知見を結集すれば、本体であるヤマトグループ全体の障害者雇用にももっと貢献できると思います」  今後がますます楽しみなスワンである。 写真のキャプション 「SWAN GINZAベーカリー銀座店・レストラン銀座店」 人気商品である生チョコの「スワンミルク」(上)と「スワンホワイト」(下) パッケージ内には、「障がい者雇用の場をつくり、自立と社会参加を応援し、働く喜びと幸せを感じられる社会の実現を目指しています。」と書かれている 「SWAN GINZAベーカリー銀座店・レストラン銀座店」の客席部 ベーカリーでは、さまざまな種類の焼きたてのパンが販売されている ベーカリーの通路は幅も広く、車いすなどでも余裕を持って通行できる 加藤聡美さんは、ベーカリーの接客を担当。レジ入力や商品の袋詰めなどをていねいにこなす 「SWAN GINZAベーカリー銀座店」で働く加藤聡美さん 「SWAN GINZAベーカリー銀座店」店長の金子和広さん 「SWAN GINZAレストラン銀座店」で働く加藤錦さん 「SWAN GINZAレストラン銀座店」店長の平田智也さん 加藤錦さんは、レストランで使用する食器や調理器具の洗浄作業を担当している ビルクリーニングの様子。障害のある人にも使いやすい清掃道具などを駆使し、新社屋の食堂や会議室の清掃にあたっている(写真提供:株式会社スワン) 株式会社スワン店舗運営事業長の坂本和義さん 物流拠点で作業員が使用する安全靴やヘルメットのクリーニング。専用の機材を使って除菌やパーツの交換を行う(写真提供:株式会社スワン) セルフレジの導入により、お金の計算が苦手な社員も憧れの接客業務に就けるようになった 株式会社スワン代表取締役社長の江浦聖治さん