職場ルポ 柔軟な配置転換や現場の工夫で「共存共栄」の職場へ ―株式会社カシマ(茨城県)― 金属部品を製造する会社では、障がいのある従業員の得手不得手を見きわめ、作業の改善や工夫を重ねながら「共存共栄」の職場を目ざしている。 (文)豊浦美紀 (写真)官野貴 取材先データ 株式会社カシマ 〒315-0056 茨城県かすみがうら市上稲吉(かみいなよし)1830-1 TEL 029-834-8855 FAX 029-834-7716 Keyword:知的障害、精神障害、製造ライン、特別支援学校、ジョブコーチ POINT 1 本人の得手不得手を見きわめながらの指導や柔軟な配置換え 2 職場全体で、だれもがミスなく取り組みやすいよう改善・工夫 3 小グループのランチ会や社外活動などでコミュニケーションを図る 給湯器の金属部品製造  金属部品製造業の「株式会社カシマ」(以下、「カシマ」)は、1948(昭和23)年創業の矢口製作所が法人化などを経て、2009(平成21)年に、給湯器メーカー「株式会社ノーリツ」の孫会社として誕生した。おもに給湯器の金属部品をプレス板金から溶接・組立・加工まで受け持っている。  カシマが障がい者雇用に取り組み始めたのは2011年。専務取締役を務める横山(よこやま)正人(まさと)さんは「地域の特別支援学校から職場実習生を受け入れたことを機に、継続して採用してきました」と説明する。いまでは全従業員81人のうち障がいのある従業員は13人(知的障がい8人、精神障がい5人)で、「障害者雇用率」は19.88%になるという(2025〈令和7〉年4月末現在)。13人は、プレス加工や配管切断、製品検査、梱包・ピッキングなどさまざまな業務を任され、「もはや欠かせない戦力」(横山さん)となっているそうだ。  障がい者雇用を始めた当初は、全員を正社員として採用していたが、フルタイム勤務がむずかしいケースが生じたこともあり、4年ほど前からはいったん契約社員からスタートし、勤務時間など一定条件をクリアすれば正社員に登用する形となっている。現在13人のうち11人が正社員だ。  カシマは2019年、「障害者雇用優良事業所」の(独)高齢・障害・求職者雇用支援機構理事長表彰を受けた。これまでの会社の取組みと、製造現場で活躍するみなさんを紹介する。 人材確保のために  これまで障がい者雇用にかかわってきた1人が、常務取締役で工場長を務めている箱根(はこね)一徳(かずのり)さんだ。初めて特別支援学校から実習生を受け入れたときの経緯について語ってくれた。  「当時は業界内での人材獲得競争が厳しくなっており、外国籍の従業員を中心に雇用を増やしていましたが、それでも足りませんでした。受注生産も増えていた時期で、人材確保は大きな課題です。そんなとき、たまたま茨城県立水戸高等特別支援学校から職場実習の依頼があり、一度受け入れてみようということになりました」  受け入れた実習生2人には、バリ取りや仕分けなど比較的簡単な作業を2週間ほど行ってもらった。「まずは周囲とのコミュニケーションがしっかりとれるかを注視していましたが、まったく問題なく、言葉の壁がある外国籍の方より指導しやすいと感じました」と箱根さん。くり返し作業を予想以上にきちんと取り組み続けたことも好感触で、2人の採用を決めたという。  入社後は、障害者就業・生活支援センターから派遣されたジョブコーチに定着支援をしてもらったことも大きな助けになったという。箱根さんは「最初は職場として何に配慮し、どう接したらよいか不安な部分もありました。ジョブコーチが2人を指導する様子を見ながら、学べることも多かったですね」とふり返る。  入社後の2人については、箱根さんたちがあらためて得手不得手を見きわめながら、本人の意向を聞きつつ柔軟に担当業務を変更し、いまでは大事な戦力になっている。そこで、それぞれが職場で働く様子を見せてもらった。 手先の器用さを買われ  「工作が好きで、モノづくりの仕事に就きたいと思っていました」と話してくれたのは1人目の箱田(はこた)望(のぞむ)さん(32歳)。入社後はプレス加工グループに配属され、部品の形状に合わせた型をプレス機に取りつける作業を3カ月程度で習得。その後も順調に上達していったが、数年ほどして、精神的に不安定になる様子が増えてきた。箱根さんによると「自分の仕事ぶりを周囲と比べ、気にしてしまうようでした」。全体の作業効率にも影響するため、配置転換を検討することになった。  工場長の箱根さんは、箱田さんが以前職場の掲示板向けに上手なイラストを描いてくれたことを思い出し、「手先の器用さを活かせるように」と組立梱包作業を提案した。器用さや判断力が必要だが、ほぼ1人で完結する作業だ。箱田さんも意欲を見せてくれたことからトライすることになった。  指導にあたった、製造部製造2課課長の石坂(いしざか)鶴夫(つるお)さんによると「箱田さんは作業の飲み込みが早く、ていねい」とのことで、すぐに新しい仕事になじんでいったそうだ。  その後、組立梱包作業は職場からなくなったものの、その実績を買われ、現在は金属配管の切断・穴あけ作業を、やはり1人で担当している。  現場では、切断サイズや穴あけ場所を間違えずにすむ治具を使っているほか、トラブルや疑問が生じたときには周囲に音と光で知らせる呼び出しベルもある。「もともと外国籍の従業員向けに工夫したものですが、このおかげで箱田さんも安心して最初から単独作業ができました」と箱根さん。一方で、気持ちに余裕がなくなったりすると作業に影響が出やすいことから「“慌てないでいいよ”と声がけしたり、注意するときは声のトーンを落として穏やかに伝えるよう心がけています」(石坂さん)とのことだ。  箱田さん自身は「自分のペースと責任で仕事ができ、やりがいもあります。仕事のあとは機械や現場の掃除をして、ルーティン作業を意識できるようになり、上司から信頼の言葉をもらったことがうれしかったです」と教えてくれた。ちなみに箱田さんはマラソンが趣味で、「かすみがうらマラソン」の10マイルコースも好タイムで完走しているそうだ。 コツコツ作業を続ける力  2人目の田山(たやま)裕也(ゆうや)さん(32歳)は入社当初、スポット溶接作業を担当していた。「おっとりした性格なので、単独での作業が合うだろうと判断しました」(箱根さん)。  ただ、部品ごとに溶接位置を変えるなどの複雑な作業だったことで、心配性の田山さんが判断をあおぐことが増え、周囲の負担が大きくなってしまった。本人も落ち込むようになったことから、配置転換を検討することにしたという。そして本人の「やってみたい」との意思も尊重し、梱包作業などを経験してもらった。  だんだんと仕事に自信が持てるようになった田山さんは、現在は品質管理部品質管理グループで製品検査を担当している。箱根さんは「田山さんは、どんな作業もコツコツ集中して取り組み続けられるので、たくさんの部品が良品か不良品かを見きわめる作業に向いていると考えました。1人で作業をするので、精神的な負担も軽いと思います」。  この日も、バーナーコーンと呼ばれる給湯器の部品を1個ずつ手に取って、針のようなもので内側のすき間などを確認していた。  田山さんは、これまでをふり返り「最初は仕事に慣れず、遅刻したこともあります。積極性のなさが裏目に出て、苦しくて辞めたくなったこともありました。でもいろいろな仕事をしていくなかで、検査作業は自分に合っていると感じています」と語ってくれた。  品質グループリーダーを務める山口(やまぐち)健一(けんいち)さんは「田山さんは仕事を最後まできちんとやり抜き、検査できる品目も増えました。急ぎの検査にも対応してくれます。品質管理に関する知識やスキルを向上させて、さらに活躍してほしいですね」と激励する。田山さんも「みんなと協力して苦労しながら製品を仕上げ、達成感を持てるようになりました。品質最優先の約束を守り続けられるようがんばりたいです」と話す。  ちなみに田山さんは、職場の有志によるボランティア活動も楽しみにしており、箱田さんが出場している「かすみがうらマラソン」では給水ボランティアを務めているそうだ。 プレス加工で予習欠かさず  カシマでは、箱田さんと田山さんの職場定着を機に、継続的に障がい者雇用を進めてきた。横山さんによると「あくまで戦力として雇用しますので、採用時に本人から念入りにヒアリングし、場合によって実習期間も延長するなどして慎重にマッチングを判断しています」という。  特別支援学校だけでなく障害者就業・生活支援センターからも希望者の実習を受け入れ、採用につなげている。その一人、製造部製造1課プレスグループの小野(おの)隆之(たかゆき)さん(45歳)は、2014年の入社以来、プレス機を使った金属加工を担当してきたベテランだ。以前は介護職として働いていたという小野さんは、「人と接する仕事に向いていなくて、負担になっていました」と明かす。  一方で小野さんは実習時から、仕事にまじめに向き合う姿勢が見られていた。箱根さんによると「勉強熱心で、一日の仕事が終わると、自分なりに明日の予習を毎日やっていました。いまも続けているようです」と感心する。プレスグループリーダーを務める臼井(うすい)寿也(としや)さんも、「小野さんの長所は、仕事を覚えようと努力することです。作業内容を理解してもらうまで苦労もありましたが、本人もメモを取って忘れないようにしていました。いまは周囲と同じように作業をし、頼みごとにもよく対応してくれます」と評価する。  作業は、数秒ごとに1回の割合で金属板を入れ替えるので、集中力も必要だ。小野さんは「金型によって段取りの仕方が違うので、それに慣れるまでが苦労しました」と話しつつ、「モノづくりという仕事が合っていると思うので、続けてこられました。今後はほかの業務、例えばタップ加工なども担当できるようになりたいですね」と意欲を見せてくれた。 粘り強い支援と努力  なかには採用後、雇用継続が困難と思われる状況になっても、周囲の粘り強い支援と本人の努力で、定着と戦力化につながったケースもある。  久米(くめ)耕平(こうへい)さん(23歳)は、特別支援学校在籍時の職場実習を経て2020年に入社し、製造部製造2課スポットグループで梱包作業を担当することになった。  顧客から注文を受けた数種類の部品を組み合わせて梱包するため、ある程度の商品知識や選別・判断力などが必要だという。そこで活用されているのが「絵皿(えざら)」と呼ばれる大きな板とバーコード照合だ。必要な1セット分の部品の形に合わせて型抜きされた専用トレーに、バーコードで照合した部品をはめ込むことで間違いを防止できる。絵皿は現在10種類ほどあるそうだ。以前、ほかの従業員のために改善を重ねて完成させたもので、「だれでもミスなく完成できます」と箱根さん。久米さんも、当初はジョブコーチの支援を受けながら無事に習得した。  ところが、その後しばらくして、勤務中に長い時間トイレにいたり、作業に波が出てきたりするようになった。  そこで、管理部経理・総務課で課長を務める岩浪(いわなみ)真弥(まや)さんが対応に乗り出した。障害者職業生活相談員でもある岩浪さんは、定着支援を担当してもらった障害者就業・生活支援センターのジョブコーチに相談し、再び現場で指導してもらうことにした。岩浪さんや久米さんの母親も一緒に現場で見守る日々だったそうだ。  またジョブコーチの助言を受けて岩浪さんは、久米さんと交換日誌も始めた。「毎日の作業内容を点数化して一緒に確認し、親御さんにもコメントをもらい、みんなで叱咤激励の言葉をかけていましたね」(岩浪さん)  そうして1年ほど経ったころ、岩浪さんが「もう明日から1人でもがんばれるね」というと、本当に翌日から独り立ちできたという。専務取締役の横山さんが「いまでは逆に、ルールと手順を守りながら黙々と梱包を仕上げています。ほかの従業員でもなかなかできません」と舌を巻くほどだ。岩浪さんは「ときに厳しい母親役だったかもしれないですが、見守られながら仕事を続けるうちに、続けること自体に慣れていったのかもしれませんね」と安堵(あんど) する。  久米さんに当時のことを聞いたところ、「あのときは仕事を続けられるか不安でした。日誌で、岩浪さんとやり取りできたことがよかったです。いまは自分で組み立てる仕事ができているので、もっと早く作業できるようになりたいです」と元気に答えてくれた。 社内蓄積の集大成も  これまでカシマでは、外国籍や障がいのある従業員のために重ねてきた工夫や改善を、全職場に波及させることで「全社的に働きやすい環境づくり」を図ってきたという。  その集大成の一つが、部品ストアと呼ばれる商品ピッキング作業の現場だ。「以前は、商品知識を熟知したようなベテランでないと務まりにくい部署でした」と箱根さんが説明する。というのも1500種以上の商品が、似たような名前や6桁もの品番で並び置かれていたため、品数が増えるにしたがい誤出荷してしまうことも少なくなかったそうだ。  そこで6桁の品番を4桁の背番号として整理し直し、注文書に反映。商品棚も背番号順に番地のように表示して、見つけやすくした。「さらにバーコードで二重チェックすることで、だれがやっても、ミスなくスムーズにピッキングできるようになりました」(箱根さん)  この部品ストアのある管理部管理課資材グループで働いている1人が、2022年入社の小島(こじま)有斗(ゆうと)さん(21歳)だ。  特別支援学校3年次に受けた職場実習では、出荷先から戻ってきた空ケースの片づけなどを担当し、「みなさんに温かい対応をしてもらって、仕事もていねいに教えてもらいました」という小島さんだが、入社後は、「ピッキング作業を覚えるのに苦労しました」とふり返る。その焦りからか、たまに感情的になることもあった。資材グループリーダーの飯塚(いいづか)祐司(ゆうじ)さんは、「おだやかな声がけを意識しながらも、しっかり返答するまで何度もくり返すなどコミュニケーションの指導を続けました」という。  一方で岩浪さんが家族と連絡を取り合い、本人に従業員としての自覚をうながしてきたところ、「この数カ月で急にしっかりしてきて驚いています」(横山さん)。理由は本人も明らかにしていないが、最近うれしかったことについて「仕事の量を三つ以上任せてもらえたことです」と話していた。  箱根さんは「彼なりに、周囲から必要とされていることに気づき、それがモチベーションにつながったのかもしれませんね」。欠勤や早退も激減した小島さんは「今後は少しでもミスがないよう取り組みたいです」と笑顔で話してくれた。 「共存共栄」の実現を目ざし  障がいのある従業員が増えてきたなか、カシマでは数年前から、少人数によるランチ会も行っている。企業在籍型ジョブコーチでもある横山さんが、箱根さんとペアを組み、障がいのある従業員2人と一緒に4人で近くの飲食店などでランチをともにするというものだ。1人あたり年3回ほど参加するという。  「彼らと雑談しながら、仕事や職場についての悩みや不満、私生活の様子などを第三者的な立場で聞き、必要なら現場にもフィードバックする目的でした。ただ、やはり私たち2人だと、少し圧迫感があるようなので、いまでは岩浪さんともう一人の女性従業員にお願いしています」(横山さん)  食後にはアンケート用紙も配り、その場で話せなかったことや感想などを記入してもらっているそうだ。  「もう職場には慣れた人たちばかりなので、最近はもっぱら世間話が多いですね。でも、そうやってたまに外で好きなものを食べながらおしゃべりすることがリフレッシュにもなっているようで、楽しみにしている従業員が多いです」(岩浪さん)  職場外でのコミュニケーションを深めてもらおうと、社内行事にも力を入れている。地域清掃やマラソン大会でのボランティア活動のほか、有志によるバス貸し切り社員旅行、ノーリツグループでの夏祭りイベント、忘年会などには、毎年参加する従業員も多いそうだ。  横山さんは「コロナ禍で一時中止していた行事も復活し始めています。80人ほどの職場規模では、日ごろから職場内のコミュニケーションを軸にしたまとまりも重要だと思っています。全員が戦力ですから」として、「みんなで働いて、みんなで利益を出すために、私たちが企業理念に掲げている『共存共栄』の実現に向けて、より働きやすく、生産性を上げられる職場環境づくりを目ざしていきます」と話してくれた。 ★本誌では通常「障害」と表記しますが、株式会社カシマ様のご意向により「障がい」としています 写真のキャプション 株式会社カシマは、金属部品のプレス板金や溶接、組立を手がける 株式会社カシマ専務取締役の横山正人さん 常務取締役で工場長の箱根一徳さん 製造した部品は給湯器の内部部品として使用される 製造部製造2課の箱田望さん 工作機械で金属配管に穴をあける箱田さん 製造部製造2課課長の石坂鶴夫さん 品質管理部品質管理グループの田山裕也さん バーナーコーンを検査し、微調整を行う田山さん バーナーコーン内部。部品にあけられた隙間を検査し、微調整する 品質グループリーダーの山口健一さん 製造部製造1課プレスグループの小野隆之さん 小野さんは、プレス加工を担当している プレスグループリーダーの臼井寿也さん 製造部製造2課スポットグループの久米耕平さん 部品の形に合わせて型抜きされた絵皿に部品をセットする久米さん 管理部経理・総務課課長の岩浪真弥さん 部品ストアの棚には4桁の背番号が番地のように表示されている 管理部管理課資材グループの小島有斗さん 部品ストアでピッキング作業にあたる小島さん 資材グループリーダーの飯塚祐司さん