研究開発レポート 高次脳機能障害者の自己理解を進めるための支援技法の開発 障害者職業総合センター職業センター  障害者職業総合センター職業センター(以下、「職業センター」)では、高次脳機能障害者を対象とした支援プログラムの実施を通じて、高次脳機能障害の特性の整理、補完手段の獲得、および事業主のニーズに対応した支援を行うための技法開発・改良を行っています。  高次脳機能障害のある人(以下、「本人」)の支援において、本人に困り感はないが、周囲の人が困っているといった状況の打開のためには、「本人の自己理解が必要」と考える人もいらっしゃると思います。  一方、高次脳機能障害は認知機能の低下が生じる障害といわれています。また、受障後に自分のことを知る機会が積まれていないなど環境的な側面によって障害の理解をむずかしくしている場合も少なくありません。  そのような本人の障害特性や置かれた状況を考慮しないまま、無理に自己理解を深めようと周囲がアプローチを図ることで本人との信頼関係が築けず支援が途切れてしまったり、本人の心理的な負荷が高まり、うつ症状などの悪化につながったりすることなどが危惧されます。  そこで、今回の技法開発では、本人の状況に応じて今できていることや関心のあることからアプローチし、個別性の高い目標を設定することで、職場適応を図る方法を検討しました。  以下にその報告書(実践報告書42「高次脳機能障害者の自己理解を進めるための支援技法の開発」2025〈令和7〉年)の概要についてご紹介します。 【高次脳機能障害者版 キャリア講習】  休職中の気分障害等のある人のための職場復帰支援(ジョブデザイン・サポートプログラム)で実施しているキャリア講習をベースに、高次脳機能障害のある人向けに講習内容などを改良しました(図1)。 ●改良ポイント@「今ある」興味・関心を考える  過去を振り返ることより、現在の興味・関心に目を向けるようにすることで、支援プログラム参加への意欲を高め、興味・関心を今後の働き方に活かせるよう支援者とともに検討します。 ●改良ポイントA「今の自分」の強みに目を向けて整理する  過去の成功体験を振り返ることで生じる気分の落ち込みや葛藤などの心理的リスクを考慮し、今の自分ができていることや工夫していることなどを強みとして整理します。今できていることや、他者から強みとしてフィードバックを受けたことに焦点を当て、現在の取組みへのモチベーションや自己肯定感を高める機会とします。 ●改良ポイントBこれから働くうえで大事にしたいことに目を向ける  受障により、これまでのキャリアやライフプランを大きく見直す必要が生じることによって、それまで大事にしていた価値観が揺らぎ、将来への不安が生じる場合があります。そこで、過去の支援プログラム参加者が述べられた価値観を紹介するなどして、価値観の個別性、ライフイベントやライフステージによる可変性への理解をうながします。 【作業支援】  作業上の障害の現れ方や課題の把握、補完手段の有効性の検討を目的に模擬的な職場場面で行う作業課題において活用する「振返り・工夫検討シート」を作成しました。 ●おもて面(図2)  「振返り・工夫検討シート」に、「他の受講者によくある状況」欄を設け、これまでの受講者に生じた作業におけるエラーや身体的・精神的な状況の例を掲載しました。本人が作業の取組み状況を振り返る際に、これを参照することで、「自分はどうしてできないのか」といった不安や気分の落ち込みを軽減できるようにしています。 ●うら面(図3)  作業で達成したい目標や、取り組めそうな工夫について、具体的な選択肢のなかから、本人が選べる形式としました。  目標としては、「手順を間違えないようにしよう」、「ミスを減らそう、なくそう」、「困ったとき、迷ったときは質問をしよう」などから選択できます。  取り組めそうな工夫としては、「道具(ふせん・手順書・アラームなど)」、「確認(目視・指差し・回数等)」、「休憩(頻度・時間・タイミング等)」、「視覚的刺激への対処(机上整理・照明等)」、「聴覚的刺激への対処(耳栓・ノイズキャンセリングヘッドフォン等)」などから選択できます。  本人自身が選択することで、主体的・意欲的に作業へ取り組めるようにしています。 【グループミーティング】  支援プログラム参加者から、「同じ症状のある人とじっくり話をしてみたい」、「復職に向け過去にプログラムを受けていた人の話をきいてみたい」との希望をふまえ、支援プログラム参加者や終了者によるグループミーティングを実施しています。同じような状況に置かれた当事者間で自らの経験を語り合い、体験的知識やロールモデルを得る機会となるとともに、本人が日々経験する、できなくなってしまったことへの不安の軽減、生活のしづらさへの対処法や障害への気づきにつながります。 【おわりに】  高次脳機能障害における認知機能の障害は、病識獲得のむずかしさなどとしても現れます。自己理解にかかる支援は、一人ひとりの状況に合わせて無理なく中長期的に進めることが大切です。今ある興味や関心、できることに目を向け、自己肯定感を高めることで、葛藤や不安を抱えつつも、本人の主体的な取組みにつなげていけるのではないかと考えます。支援方法を検討する一助として、この報告書をぜひご活用ください。 ****  実践報告書42「高次脳機能障害者の自己理解を進めるための支援技法の開発」は、障害者職業総合センター研究部門のホームページに掲載しています(★1)。また冊子の配布を希望される場合は、下記にご連絡ください(★2)。 ★1 「実践報告書No.42」は、https://www.nivr.jeed.go.jp/center/report/practice42.htmlよりダウンロードできます ★2 障害者職業総合センター 職業センター TEL:043-297-9043 https://www.nivr.jeed.go.jp/center/index.html 実践報告書No.42 図1 高次脳機能障害者版キャリア講習の構成 構成 第1回「興味関心を見つけよう」 第2回「強みを確認しよう」 第3回「価値観を確認しよう」 ※役割について(期待されていることやサポートの確認等)、今後の働き方の検討は個別に実施 【参考】JDSP★キャリア講習 第1回「キャリアを理解しよう」 第2回「強みを確認しよう」 第3回「価値観を確認しよう」 第4回「役割について整理しよう」 第5回「今後の働き方を考えよう」 ★職業センターが実施する「休職中の気分障害等のある人のための職場復帰支援(ジョブデザイン・サポートプログラム) 図2 振返り・工夫検討シート【おもて面】 図3 振返り・工夫検討シート【うら面】