職場ルポ バックオフィス業務、細やかな指導と工夫で能力発揮 ―株式会社北海道銀行(北海道)― 銀行の事務センターでは、職場の意識改革を図りながら障がいのある職員への細やかな指導や工夫を重ね、さまざまな業務で活躍できる場を増やしている。 (文)豊浦美紀 (写真)官野 貴 取材先データ 株式会社北海道銀行 本部 〒060-8676 北海道札幌市中央区大通西2-5 TEL 011-233-1005 FAX 011-221-4629 事務センター 〒003-0003 北海道札幌市白石区東札幌3条1-2-33 Keyword:身体障害、精神障害、知的障害、ジョブコーチ、ダイバーシティ、手話 POINT 1 ダイバーシティ推進室の開設を機に、フォロー体制を強化 2 障害者職業センターからのジョブコーチ派遣で、現場における対応を学ぶ 3 さまざまな特性を持つ職員が安心して働ける職場を目ざす 地域に根ざした銀行  「株式会社北海道銀行」(以下、「北海道銀行」)は1951(昭和26)年、道内の中小企業や商工会議所などからの要望のもと400人の発起人により設立された。地域に根ざした銀行として、道内を中心に144店舗を展開している。  障がい者雇用については、直近で全職員(行員・契約社員・嘱託社員)2491人のうち障がいのある職員は54人(身体障がい34人、知的障がい1人、精神障がい19人)、「障害者雇用率」は2.77%(2025〈令和7〉年6月1日現在)という。2019年には「ダイバーシティ推進室」が新設されて就労後の支援体制が強化、定着と戦力化が図られている。  今回は、行内で障がいのある職員がもっとも多く配属されている事務センターを中心に、これまでの取組みや現場で働くみなさんを紹介する。 一筋縄でいかなかった苦労  総合事務部の事務センターは、おもに北海道銀行内のバックオフィス業務を担当し、職員80人と職員以外のパート勤務者などのスタッフ90人の計170人が働いている。このうち障がいのある職員は21人で、年齢層も20代から60代までと幅広い。  おもな業務は、振込や振替などの伝票処理から書類点検、データ入力、預金調査、各種税金のとりまとめまで多岐にわたる。分野によって15の係に分かれ、高性能なシステムや機器を駆使しながら大量の処理をこなしているそうだ。事務センターに12年以上在籍し、2022年から所長を務める部田(とりた)克人(かつひと)さんが説明する。  「それぞれ専門性は高いですが、定型業務などに絞って専念できるので、習熟しやすいと思います。ミスが許されない職場ですが、システムサポートや複数名によるチェック体制、マニュアルやルールの整備によって間違いが発生しづらくなっています」  一方で部田さんは「障がい者雇用にかかわる取組みは、ダイバーシティ推進室ができるまでは、一筋縄ではいかない苦労がありました」と明かす。  採用は、基本的にはハローワークを通じて応募してきた人を人事部の担当者が面談などを経て判断し、その後は、事務センターの配属先がそれぞれ責任を持って仕事の指導や配慮などを行ってきた。だが障がいのある職員が増えてくると、対応に苦慮する場面も増えてくるようになる。現場からは「仕事が回らない」、「どうしてここに障がい者を配置するのか」といったネガティブな意見も上がり、「本人が職場になじめないまま退職したケースもあった」と部田さん。  「職場全体の知見レベルが追いついておらず、適切な配慮や支援ができていませんでした。結果として本人も同僚も上司も、つらい経験をしたと思います」 ダイバーシティ推進室  北海道銀行において障がい者雇用の取組みが大きく前進したのは、「多様な人材一人ひとりの能力を発揮しやすい職場環境の整備」を目的として2019年6月、人事部内にダイバーシティ推進室が設置されてからだ。  当初配属されたのは、いまは総合事務部の部長を務める山内(やまうち)えり奈(な)さん1人だった。山内さんは「さまざまな人材の活躍を目ざす観点で障がい者雇用の推進もミッションの一つでした。ちょうど着任時に労働局から法定雇用率未達成の通知をもらっていたので、この推進室ができた意味もふまえて具体的な取組みを考えていきました」と話す。  山内さんは「障害者職業生活相談員」の資格認定講習を受けるなどして、必要な配慮や対応の仕方などを学んだほか、職場の障害のある職員にヒアリングも行った。「それまで採用後はフォロー体制ができておらず、外部の支援機関による定着支援もないまま本人は困っていることをいい出せなくて、周囲も事情がよくわからないまま悪循環に陥ることもあったようです」(山内さん)  その後うまく進むようになったのは、当機構(JEED)の北海道障害者職業センターの職場適応援助者(ジョブコーチ)による支援を利用したことだった。  きっかけは、療育手帳を持つ職員の採用だ。やはり療育手帳を持つほかの職員と同じ係に配属したが、現場から山内さんに思わぬ戸惑いの声が伝えられた。  「毎朝出勤すると、納得いくまで自分のデスクの上の拭き掃除をやめなかったり、フロア内に業務連絡の放送が流れるたびに作業が止まってしまったりする様子が目立ち、『どう指導したらよいか』と相談されました」と山内さんは話す。  本人は1人で就職活動をしてきて支援機関に登録していなかったが、ハローワークの担当者からジョブコーチの定着支援を受けられることを助言してもらっていた。山内さんは「さっそくジョブコーチに来てもらったところ、本人には発達障がいの特性もあることがわかりました。同じ療育手帳を持つ人でも一人ひとり違うのだと納得できました。ジョブコーチに支援してもらうなかで新たに学んだことも多かったですね」と語る。  いまではダイバーシティ推進室が中心となり、日常的に外部の支援機関と連携している。「先日も朝出勤してこない職員と電話がつながらず、心配になって支援機関に連絡したところ単なる寝坊でした。ちょっとのことでも頼れるところがあるのは大きな安心です」(山内さん)  ダイバーシティ推進室の人員も兼職ながら4人まで増え、今年7月からは3人の専任体制となった。その1人で調査役の佐伯(さえき)亜耶(あや)さんは、もともと人事部の採用担当だった経験と人脈を活かしながら、事務センター以外の本部セクションへの受け入れに力を入れている。  佐伯さんによると「このように対応すれば、ほかの人と変わらず働けます」、「何かあれば必ず私たちがフォローに入ります」などと直接説明し、安心して受け入れてもらえる体制づくりを心がけているという。「受け入れ部署も増え、最近は、前職の仕事を活かしビッグデータを解析する部署のサポートメンバーになっている人もいます」と佐伯さん。  将来的には、本部部署以外にも採用を広げていくことが目標だ。今年7月に営業店から異動し、ダイバーシティ推進室室長を務める眞鍋(まなべ)亜由美(あゆみ)さんは「以前から『地元に戻って働きたい、地元の営業店で受け入れてもらえないか』との相談もあり、職場の理解を得ながら、いろいろな場所でだれもが活躍できる職場を目ざしていきたいと考えています」と説明する。 何度でも同じ質問ができる環境  あらためて事務センターの職場を、部田さんたちに案内してもらった。ビル3階にあるフロアは、多数のパソコンが置かれているが、全体的に見通しがよく通路も広い。「書類などをワゴンに載せて移動するため、余裕のあるレイアウトになっており、車いすや杖を使う職員も動きやすい環境です」と部田さん。  その一角で数人の職員が、パソコン画面に映し出された手書きの伝票画像を何度も確認しながら手ぎわよく入力していた。嘱託社員2人から話を聞いた。  2021年入行の梅原(うめはら)美希(みき)さん(22歳)は下肢機能障がいがあり、部田さんによると「採用時に両親とも面談し、心配なことを伝えてもらったうえで、実際の仕事内容などを決めました」とのことだ。職場では、重い物を持つことや移動が多い作業への配慮をしてもらっている。  また、情報管理の厳しい事務センターでは出勤時間も厳密だが、杖を使って電車通勤をする梅原さんら数人にかぎり、15分早く出勤できる。多くの人で混み合う時間帯は、狭い雪道で人とぶつかるなどの危険性が高いためで「この15分の差が、とても大きいのです」と梅原さんはいう。  梅原さんはいまでは、行内インターンシップの職員に仕事を教える役も務め、「わかりやすい」と評判だそうだ。これについて梅原さんが「先輩からのていねいな指導のおかげです」と紹介してくれたのが、前田(まえだ)知恵(ともえ)さん。前田さんに指導で心がけていることを聞くと「何回同じことを聞いてもいいよ、と伝えてきたことです」と説明してくれた。  「じつは、以前勤めていた職場の上司が、仕事に厳しい一方で『わからないことをわからないままにされるほうが困るから、何回でも聞いてほしい』といってくれました。この言葉に救われ、安心して質問できたことが私のスキルアップに大きく影響しました」  部田さんも「障がいに関係なく、何度でも質問できるような環境が大切」だとして、全体会議などでくり返し紹介している。指導役を対象に、言葉遣いや教える姿勢などで気をつけるべき9項目のセルフチェック表も毎月提出してもらっているそうだ。  「安心して聞ける環境」は職場全体に浸透しているようで、眞鍋さんも「私が営業店にいたときに、事務センターに問い合わせると毎回ていねいに教えてもらえたことが、本当にありがたかったです」とふり返る。 自分に最適な方法で成長したい  下肢・体幹機能障がいのある嘱託社員の岩崎(いわさき)はぐみさん(22歳)は、高等養護学校在学中に市役所の職場実習を経験したことから「一般企業で障がいのない人と同じように働きたい」と、2022年に入行した。もともとは車いすユーザーだが、いまは職場では使っていない。「通勤で体力がついてきて、杖のほうが移動しやすくなりました」と岩崎さん。  配属先はさまざまな代理業務を行う係で、同じ入力作業でも覚えるべき手順やルールが多い。だが岩崎さんは当初、困っていることを伝えるのが苦手だった。「甘えだと思われないか、任される仕事を減らされるのではないかという不安があった」という。一方、指導役であり現場のリーダーを務める契約社員の工藤(くどう)七佳(ななか)さんは、「最初から『できる、できない』を決めず、まずやってみて、苦手なことを教えてもらえたら、できることも増やしていける」と背中を押し続けた。この言葉に岩崎さんも、自分から周囲に助言を求めたりサポートを受けたりできるようになったそうだ。例えば、手の小指が無意識に動くことで余計な入力をしてしまう課題を相談したときは、ほかの先輩がオリジナルの治具を手づくりしてくれて解消できたという。  現在はマイナンバーに関連する重要な業務も任されるようになった岩崎さん。工藤さんからの「私の業務を代行できるよう育成中です。期待しています」との激励に、「自分にとって最適な方法やスピードで着実にスキルアップしながら、障がいに関係なく評価されるようになりたいです」と語ってくれた。  岩崎さんは、職場の近くで一人暮らしも始めている。母校や特別支援学校などから職業講話を依頼されることも多く、会社で働くことや自立生活について後輩たちにアドバイスしているそうだ。 手話教室で距離縮まる  2022年から嘱託社員として働く長助澤(ちょうすけざわ)馨(かおる)さん(49歳)は、生まれつき聴覚障がいがありコミュニケーションはほぼ手話か筆談だという。札幌近郊に引っ越してきたのを機に「事務職に挑戦してみよう」とハローワーク経由で入行した。  担当しているのは振込の処理や管理システム業務などで、複雑な仕事内容を上司や同僚が根気よく筆談で指導し、長助澤さんも理解を重ねるごとに仕事のやりがいにつながっていったという。  同じ係に聴覚障がいのある職員が4人いることもあり、職場で細やかな工夫も重ねてきた。参事の田崎(たざき)浩子(ひろこ)さんによると「帳票ごとの複雑な手順や注意点がひと目でわかるよう、大判の単語帳のようなマニュアルツールを考案しました。複数の業務を組み合わせた日々の作業予定表も作成し、それをチェックしながら各自で仕事を進めていけます」とのことだ。  長助澤さんが仕事になじんできた昨年からは、職場での手話教室も始まった。経緯について、元行員で嘱託社員の森(もり)敏子(としこ)さんは「彼女たちが手話で会話しているのを見て、私たちも手話を少しでも使えたら、一緒に働くうえで、もっと気持ちの疎通ができるのではないかと感じていました。それで長助澤さんに頼んでみたら、快諾してくれました」と話す。  最初は森さんと田崎さんの2人が生徒だったが、いまは4人に増えた。毎日16時ごろから30分間ほど行っており、いまでは朝の挨拶のほか「トイレに行ってきます」、「お疲れさま」といった表現を、職場で交わし合うようになっている。手話教室の希望者は多いが、いまのところは生徒4人で、少しずつ広げていく予定だ。  長助澤さんに、手話教室についての手ごたえを書面で伝えてもらった。  「お二人から『手話を教えてほしい』といわれたことが、とてもうれしかったです。職場でも手話によるコミュニケーションを取り入れることで、仕事もスムーズになったと思います。手話が言語であることを理解してもらえ、本当に感謝しています。他チームでも手話で挨拶してくれる人もいて、今後さらに理解を広めて、手話で楽しい会話ができたらいいなと思っています」  長助澤さんは、11月に東京で開催されるデフリンピックも「ぜひ注目してほしい」と伝えてくれた。じつは、別の係にいる聴覚障がいのある職員の弟夫婦が、バドミントン競技の代表選手として出場する予定だ。この職員は大会期間中に1歳の甥の世話をすることになり、長期の有給休暇を取得することになっているという。 行内全体の顧客サービスにも  部田さんによると、最近の職場内アンケートでは「彼らが一生懸命なので、自分ももっとがんばらねばと思う」、「前向きな笑顔を向けられると、自分のモチベーションアップにつながる」といった好意的な声が増えたそうだ。  アンケートで管理職は「当事者からの『こうすればできる』、『こういうのは不得手』などの声はとても貴重。それが遠慮なくいえる雰囲気をつくることも大事」や、「仕事の枠組みを決めず、本人にとって少しだけレベルの高い仕事にもトライしてもらうことで自信とやりがいを持てるよう意識している」と答えるなど、活躍してもらうための工夫を実践している部署も少なくない。  「地道にがんばる職員たちの姿を見て、周囲の意識も変わっていったように感じます」と話す部田さんも、事務センター全体の意識改革に努めてきた。「Well-being(幸せ)な職場づくり」をモットーに掲げ、「個人の強みを発揮し、弱みは皆でカバー」との考え方をくり返し伝えている。障がいのある職員が配属されるときは「ハンディキャップがある」とだけ伝え、具体的な配慮や工夫は一人ひとりと話し合いながら決め、本人に確認したうえで同じチームの職員に必要な配慮を伝えるそうだ。  「ハンディキャップは、障がいのある人だけでなく体調不良者、子育て中の人や家族を介護している人にもあります。いまは60歳以上の職員も30人と多く、だれもが安心して働ける場にするには、やさしい職場でないと長続きしません」という部田さんは、「女性や障がい者、高齢者を活かせる職場運営が重要だという共通認識の広がりも感じています。今後は、事務センター内で各チームが重ねてきた工夫やノウハウを標準化させ、行内全体にも広げていきたいですね」と語る。  ダイバーシティ推進室では昨年度、同じ親会社を有する株式会社北陸銀行と連携し、障がいのあるお客さまへの対応についてまとめた冊子「ほくほくハートフルマニュアル」(全52ページ)を全営業店に配付した。「バリアフリーチェックシート」も作成し、ハードとソフトの両面で障がいのあるお客さまへの配慮すべき点を確認できるようにしている。北海道銀行では、今後も引き続き、多様な人材がそれぞれ能力を発揮して活躍できる場を増やしていく予定だ。 ★本誌では通常「障害」と表記しますが、株式会社北海道銀行様のご意向により「障がい」としています 写真のキャプション 事務センターが入る東札幌道銀ビル 株式会社北海道銀行総合事務部事務センター 株式会社北海道銀行総合事務部事務センター所長の部田克人さん ダイバーシティ推進室室長の眞鍋亜由美さん(左)と調査役の佐伯亜耶さん(右) 総合事務部部長の山内えり奈さん 事務センターで働く梅原美希さん 梅原さんは、手書き伝票の入力作業を担当している 梅原さんの指導にあたる前田知恵さん 事務センターで働く岩崎はぐみさん 岩崎さんは、マイナンバーに関連する業務を担当している 長助澤さんは、振込の処理などの業務を担当している 岩崎さんの指導にあたる工藤七佳さん 事務センターで働く長助澤馨さん 処理手順や注意点などが記載されたマニュアルツール 長助澤さんの指導にあたる田崎浩子さん(左)と森敏子さん(右) 職場の一角で行われる手話教室で、笑顔のみなさん 顧客への配慮すべき点を確認できるバリアフリーチェックシート