研究開発レポート 精神障害者の等級・疾患と就業状況との関連に関する調査研究 障害者職業総合センター研究部門 障害者支援部門 1 調査研究の背景と目的 (1)背景  精神障害者保健福祉手帳(以下、「手帳」)は、障害の程度の重いほうから1級、2級、3級の等級があり、その判定は、「精神疾患(機能障害)の状態」と「それに伴う生活能力障害の状態」の両面から総合的に行われます(厚生労働省「精神障害者保健福祉手帳制度実施要領」)。判定は就労場面における状態とは別の観点で行われるため、就労上の困難とどの程度関係するかは必ずしも明確ではありませんでした。  労働政策審議会障害者雇用分科会などでも、精神障害のある人の雇用の促進等を議論するなかで、手帳の等級と就労上の困難との関係がしばしば話題となっていましたが、参考になる資料は十分にない状況でした。 (2)目的  本調査研究(※1)は、このような状況をふまえ、精神障害のある人の手帳の等級と就労上の困難との関連を把握することを目的としています。就労上の困難は、アンケートで直接把握することがむずかしいと考えられたことから、事業主が雇用管理上の配慮・措置を実施しているかどうか、またそれがどの程度負担かという観点から把握することとしました。  また、「精神障害者の就労困難性と精神障害者保健福祉手帳の等級は必ずしも関係するものではない」(「労働政策審議会障害者雇用分科会意見書」)といった意見がすでにあることをふまえ、手帳の等級以外に配慮・措置の実施状況と、おもな疾患およびそのほかの要因との関連も検討することとしました。 2 調査研究の方法  本調査研究では、@企業調査、A現場調査、B障害者(当事者)調査という3種類のアンケート調査を実施しました。@は企業・法人全体に関する調査となるため、人事・労務の人に回答を求めました。Aは精神障害のある人を雇用する現場の事情のわかる人(現場担当者)、Bは雇用されている精神障害のある人にそれぞれ回答を求めました。有効回収数は、@2553社、A3638人、B2601人でした。 3 調査研究の結果 (1)企業調査  回答のあった企業・法人のうち、従業員規模が100〜299人の企業・法人が1133社(44%)で最も多く、次いで300〜499人の企業・法人が389社(15%)でした。企業・法人全体で実施している雇用管理上の配慮・措置は「障害特性に応じた配置先の決定、業務の選定・創出等」が79%で最も多く、次いで「通院・体調等に配慮した出退勤時刻、勤務時間、休暇・休憩など労働条件の設定・調整」(57%)、「定期的な面談による体調及び業務管理」(52%)などが多くなっていました。 (2)現場調査  現場調査で対象となった精神障害のある人(以下、「対象者」)のおもな疾患は、「気分障害」(27%)が最も多く、次いで多かった疾患は不明(17%)、「統合失調症」(14%)、「ASD」(14%)、「ADHD」(7%)でした。手帳の等級は、1級が3%、2級が42%、3級が49%でした。おもな疾患を手帳等級別に見ると、多くの疾患で3級が最も多いのですが、統合失調症と高次脳機能障害は2級が最も多くなっていました。対象者の就業上の課題を聞いたところ、「課題あり」または「やや課題あり」とされた対象者は「とっさの事態に対する判断力」が36%で最も多くなっていました。  個々の対象者に対する雇用管理上の配慮・措置で実施率が高い項目は、「本人の適性・能力に合った業務や配置部署を設定する(業務設定)」(76%)、「体調に変化があり、職務遂行や勤怠に影響する場合に対応する(体調変化)」(73%)、「業務指導や相談に関して担当者を決める(担当者)」(67%)、「上司や雇用管理担当者による定期的な面談を行う(定期面談)」(64%)などでした(図)。これらの配慮・措置の負担の程度については、「本人の障害特性に応じてマニュアル・工程表等を作成する(マニュアル等)」が46%、「本人の障害特性に応じて作業内容や作業手順を見直す(作業内容等)」が42%の対象者で負担があると回答されていました。負担の程度を手帳等級別に確認したところ、大きな違いは見られませんでした。 (3)障害者(当事者)調査  障害者(当事者)調査では、精神障害のある人(以下、「当事者」)のおもな疾患は、「気分障害」(28%)、「ASD」(21%)、「統合失調症」(20%)などが比較的多くなっていました。手帳の等級は、1級が2%、2級が45%、3級が51%でした。  当事者が会社から受けている配慮・措置は、「調子の悪い時に休みを取りやすくする」(63%)、「業務遂行の支援や本人・周囲に助言する者等の配置」(62%)、「業務実施方法についてのわかりやすい指示」(61%)などが比較的多くなっていました。 (4)配慮・措置の実施状況に関連する要因  現場調査の結果をもとに、対象者に対する配慮・措置の実施の有無や負担の程度に関連する要因を、一般化線形モデル(GLM)という統計学的な手法を用いて分析しました。その結果、配慮・措置の実施や負担の程度に手帳の等級が関連するとする積極的な証拠は得られませんでした。一方で、対象者の就業上の課題が大きくなること、対象者の日常的な体調把握の実施、企業・法人全体の配慮・措置の取組み、就労支援機関との連携などが一部の配慮・措置の実施を促進する可能性が考えられました。また、企業・法人全体の配慮・措置の取組みは、一部、個々の対象者に対する配慮・措置の実施の負担の程度を小さくする可能性が考えられました。 4 まとめ  本調査研究の結果からは、個々の対象者に対する配慮・措置の実施やその負担の程度について、手帳の等級との関連はほとんど見られませんでした。一方で、企業全体の取組みなどが配慮・措置の実施を促進し、部分的に負担の程度も小さくする可能性が示唆されました。本調査研究は、どのような取組みが、対象者への配慮・措置をうながし、また配慮・措置実施の負担の程度を小さくする可能性があるのかという点について、限定的ながら明らかにしました。その成果をふまえ、マニュアル(※2)も作成しました。調査研究報告書とあわせてご活用いただければと思います。 ※1 調査研究報告書No.182「精神障害者の等級・疾患と就業状況との関連に関する調査研究」は、以下のホームページでご覧になれます。 https://www.nivr.jeed.go.jp/research/report/houkoku/houkoku182.html ※2 マニュアル、教材、ツール等No.85「精神障害者保健福祉手帳を所持する方の就業の状況と企業が取り組む職場の配慮・措置―『精神障害者の等級・疾患と就業状況との関連に関する調査研究』の結果から―」は、以下のホームページでご覧になれます。 https://www.nivr.jeed.go.jp/research/kyouzai/kyouzai85.html ◇お問合せ先 研究企画部 企画調整室 (TEL:043-297-9067 E-mail:kikakubu@jeed.go.jp) 図 配慮・措置を実施した対象者数 実施した対象者数(人) 職場実習 1,730 援助者 943 担当者 2,445 定期面談 2,346 就業環境 1,232 休憩場所 1,210 照明等 613 業務設定 2,775 マニュアル等 1,088 作業内容等 1,732 機器提供 676 通院・服薬 2,139 体調変化 2,667 労働時間 2,163 休暇制度 1,997 コミュニケーション課題 2,231 配慮説明 2,163 教育訓練 402 目標決定 1,667 職場外課題 1,672 情報共有 624 産保活用 592 (配慮・措置は項目数が多く、また項目名が長いため略記としました。詳細は調査研究報告書No.182の64ページを参照してください)