この人を訪ねて 難病者も「働きたいし、働ける」ことを知ってほしい 特定非営利活動法人「両育わーるど」理事長 重光喬之さん しげみつたかゆき 1979(昭和54)年東京都生まれ。システムエンジニアとして民間企業に勤めていた2005(平成17)年に脳脊髄液減少症を発症。二度の退職と自宅療養を経て2012年に「特定非営利活動法人両育わーるど」を設立。2018年に立ち上げた「難病者の社会参加を考える研究会」は2021(令和3)年に「難病者の社会参加白書」を作成し全国の自治体などに配布。2022年にマニフェスト大賞(主催:マニフェスト大賞実行委員会)で優秀グッドアイデア賞受賞。 「療育は両育」 ――まずは「両育わーるど」の設立経緯から教えてください。 重光 そもそもの始まりは、大学2年生のときに音楽バンド仲間に誘われて始めた療育施設でのボランティア活動でした。知的障害のある子どもたちと過ごすなかで、自分自身の価値観が変わり、多くのことを教わった気がします。  その後、システムエンジニアとして就職しましたが、しばらくして首の痛みを覚え、あちこちで診察を受け2005(平成17)年末に脳脊髄液減少症と診断されました。原因不明で、当時は新しい病気だったこともあり健康保険が使えず医療費は全額自己負担でした(2016年から一部保険適用)。入退院をくり返し、休職と退職を2回ずつ経験。いまも体の痛みなどで一日の大半を横になって過ごす生活です。  それでも起業なら可能かもしれないと思い、ビジネススクールに通いました。授業でテーマを掘り下げるなかで、療育施設での支援経験自体に価値があることを再認識し、有志6人で2011年に立ち上げたのが「療育は両育プロジェクト」でした。内容は、療育現場で子どもと支援員に会社員が加わり、一緒に個別指導をするサポーター事業です。子どもは知らない人とチャレンジした自負を、支援員は子どもの新たな力の発見、会社員も違った視点からの気づきを得られます。翌年に「特定非営利活動法人両育わーるど」を設立しました。サポーター事業は、障害福祉と社会の接点を増やす「THINK(シンク)UNIVERSAL(ユニバーサル)」事業として引き継いでいます。 当事者エピソードを集めて公開 ――難病者のエピソードを公開したサイト「feese(フィーズ).jp」も立ち上げましたね。 重光 私が地域の障害福祉現場にもかかわるようになるなかで、「障害に対する理解や制度は進んでいるが、難病は認知もされていない」ことに気づいたのがきっかけです。私の病気は指定難病にも含まれていません。最初はWebメディアなどで発信し、SNSでの交流などを経て、「同じ病気の人がいる」と感じられるような情報提供を目的に、非交流サイト「feese.jp」を2017年に立ち上げました。20人ほどから集まったエピソードを公開したところ、ほかの難病者からも参考になったという声が多く届きました。病名が違っても、理解されない終わりのない難病であり、学校や仕事、恋愛や結婚、お金など悩むことは同じです。この当事者エピソードは、いまは「THINK(シンク) POSSIBILITY(ポシビリティ)」事業としてホームページで公開しています。 「難病者の社会参加白書」 ――2021(令和3)年には「難病者の社会参加白書」を発行し反響を呼びました。 重光 「feese.jp」を通して集まったのは、病名に関係なく「働きたい」というみなさんの思いでした。そこで知合いの先生や企業と「難病者の社会参加を考える研究会」を立ち上げました。  難病者の課題は、疾患の判断基準があいまいで、雇用機会が狭まっていることです。例えば、障害者雇用率に算定されるのは障害者手帳の所持者ですが、類似の状況で同様の困難を抱えていても手帳を取得できない難病者が多いのが現状です。  私たちが難病者の就労実態を調査し、まとめたのが「難病者の社会参加白書」です。全国の自治体など約2300カ所に配布しました。  このなかでは、働く選択肢を増やす手段としてショートタイムワーク、難病者特化型就労移行支援、プラットフォームモデルの三つの就労モデルを提示したほか、自治体の先進事例として兵庫県明石(あかし)市を紹介しています。ここは約10年前から「身体・知的・精神障害者、発達障害者並びに難病患者など」を対象に職員募集を開始し、実際に短時間勤務で働く方がいます。今年度は山梨県が初めて難病患者の限定枠で正規職員3人を採用し、今夏には千葉県も同様の採用枠導入を決めました。こうした動きが民間企業にも波及していくことが目標です。 就労のためのセルフコントロール ――難病者のセルフコントロール支援も始めるそうですが、どんな内容ですか。 重光 まずは働ける、働きたい難病者について認知してもらうため、私たちは「RD(※1)ワーカー」という呼び名をつくりました。RDワーカーには、指定難病や「難病者の社会参加白書」独自定義の難治性慢性疾患の人々も含みます。  そして、時間的な柔軟性や在宅勤務などを組み合わせたRDワーカーの新しい働き方を実現するため、日々の症状・稼働状況を可視化させるプログラムを開発中です。自身の主観的な症状を10段階で分類し、業務を負荷に応じて5分類し、生体データなども加味し「いつ、どのくらいの時間安定して働き続けられるか」という勘どころを明確にします。  難病者30人ほどのトライアルを分析し、RDワーカーを3タイプに分けました。「ゆるゆる変動(数週間〜数カ月単位など体調変動が緩やかでフルタイム勤務も可能)」、「そこそこ変動(数日単位の波があり半日勤務などが望ましい)」、「せかせか変動(1日のなかでも変動が大きく超短時間なら勤務可能)」です。難病の慢性症状は、心身のストレスでも変わります。トライアルからはストレスコントロール、例えば少し昼寝する、食事の量を少し減らすだけでも稼働時間を延ばせる当事者もいました。  可視化したデータを自分のトリセツ(取扱い説明書)に落とし込み、職場内で同僚同士で共有することで、難病者の復職や継続勤務に向けた支援などに活用できます。 700万人の潜在労働力 ――今夏には4年ぶりに白書を出されましたね。 重光 より多くの人や企業に協力してもらい、とても充実した内容になりました。コロナ禍を経て変化した就労環境もふまえ、企業や自治体、当事者へのアンケート調査、取組み事例、当事者エピソードなどを全244ページにまとめ、両育わーるどのホームページでも公開しています。  今回の調査で浮き彫りになった一番の課題は、みなさんがイメージする難病と、実態の乖離(かいり)でした。調査対象の企業や自治体のなかには、難病者の就労は、特別な支援と仕事内容でなければ無理だと思い込んでいるところもありました。今回はあらためて「難病の人は働きたいし、働ける」ことを知ってもらうために、白書の巻頭でRDワーカーの特集をしています。  国内には2025年現在、348種の指定難病患者約108万人を含め、難病者が約700万人(※2)いるという推計もあります。難病者の就業や社会参加を進めることは、労働力人口が減り続ける社会で、潜在労働力の活用につながることは間違いありません。子育てや介護、持病での定期的な通院などさまざまな事情がありながら働いている方が大勢いると思いますが、全員が無理をしてフルタイムで働く必要はあるのでしょうか。フルタイム以外の選択肢が広がることで、だれもが働きやすくなるのではないでしょうか。  さらに付け加えるならば、私は、難病者には効率的に働く人が多いように感じています。病状による制約があるから逆に創造的で、そこに可能性があると思います。そういう事例を増やしていきたいですね。 ※1 Rare Diseaseの略。英語で「希少疾患」を意味する ※2 希少疾患および指定難病医療費受給者証未所持の指定難病および難治性慢性疾患を含む。人数は米国の希少疾病患法による疾患人口比率により算出