職場ルポ 自動車整備の現場、働きながら資格も取得 ―山梨トヨペット株式会社(山梨県)― 自動車の販売会社では、各店舗の整備工場を中心に知的障害や精神障害のある従業員が配置され、国家資格取得も支援しながら戦力化が図られている。 (文)豊浦美紀 (写真)官野 貴 取材先データ 山梨トヨペット株式会社 〒400-0815 山梨県甲府市(こうふし)国玉町(くだまちょう)238-1 TEL 055-235-0101(代表) FAX 055-237-2253 Keyword:知的障害、精神障害、特別支援学校、職場実習、資格、自動車整備士 POINT 1 職場実習した店舗にそのまま配属、転勤のない職場で安定して就労 2 自動車整備士の資格取得を奨励し、講習も勤務扱い 3 参加型の社会貢献活動や新入社員研修で、職場全体の意識向上も 県内9店舗で自動車販売  「山梨トヨペット株式会社」(以下、「山梨トヨペット」)は1957(昭和32)年にトヨタ自動車株式会社の販売店として設立され、2005(平成17)年には、地元で創業450年以上になるという老舗企業「株式会社吉字屋(きちじや)本店」のグループ会社になった。県内で新車・中古車を販売する9店舗を展開している。  これまで障害者雇用を継続して進めてきた結果、2017年に重度の知的障害のある男性を採用したことを機に、いまでは従業員190人のうち障害のある従業員は10人(身体障害3人、知的障害6人、精神障害1人)で、障害者雇用率は6.38%(2025〈令和7〉年6月1日現在)という。執行役員で営業部長と人事総務部長を務める小池(こいけ)隆考(たかなる)さんは「将来的には全店舗に障害のある従業員を配置するつもりです。それほど大事な戦力となっています」と説明する。  2021年度に「障害者雇用優良事業所」として、当機構理事長努力賞を受賞し、2025年度には「もにす認定事業主」(障害者雇用優良中小事業主)にも認定されている。  店舗に併設された整備工場で働く従業員を中心に、キャリアアップも含めた職場の取組みを紹介する。 「車が好き」だからこそ  山梨トヨペットでは10年ほど前まで、中途障害の従業員が1人いただけで、障害者の法定雇用率は長らく未達成の状態だったという。ハローワークからの指導を受けて合同就職面接会にも参加したが、なかなか採用に至らなかった。  それでもハローワークに求人票を出し続けていたところ、1人の紹介があった。重度の知的障害のある30代男性(以下、「Aさん」)で、「車が好き」ということを知り、採用してみることにしたという。  当時からかかわってきた人事総務部人事総務グループの別符(べっぷ)幸治(こうじ)さんによると、Aさん向けに最初に切り出した仕事は、中古車店舗での洗車業務だった。別符さんが当時のことを説明する。  「店頭に多くの車が並び、日ごろは営業担当者や整備士が仕事の合間をみつけて洗っていました。洗車のアルバイトを雇ってほしいとの声もあり、車が好きな人なら職場になじみやすいだろうとも考えました」  ただ、Aさんの雇用については店舗側からは「かえって自分たちがたいへんになるのではないか」という不安や抵抗の声があったのも事実だったという。人事総務グループの担当者が何度も店舗に出向いて「絶対に助かるはずだから」と理解を求めた。  Aさんが利用していた障害者就業・生活支援センターの担当者が支援する形で約1カ月間の職場実習と半年間のトライアル雇用を経て、2017年4月に入社した。「計算や覚えることが苦手ということでしたが、こちらの話している内容はちゃんと理解してくれて業務上の支障はありませんでしたし、洗車も一生懸命に取り組んでくれました」と別符さん。  一方で、Aさんは以前の職場を人間関係が原因で辞めたと聞いていたこともあり、人事総務グループの担当者がこまめに店舗へ足を運んだ。そうして様子を見聞きするうちにわかってきたのは、Aさんは日常会話に特に支障がないため、周囲もつい重度の知的障害があることを忘れて業務を任せてしまうことだった。Aさんから「できない仕事を指示されることがあり、辞めたいと思った」と明かされたこともあり、別符さんたちが障害の内容や特徴について同僚たちに説明をくり返したそうだ。  救いだったのは、職場に同じ車好きの同僚がいたことだ。休憩時間などに車部品の取りつけなどを一緒に楽しむ機会が増え、Aさんも「もう少しがんばってみようと思った」と話すようになった。そのうちAさんは「車好き」が功を奏する形で整備の補助的な仕事もできるようになり、「8年経ったいまでは、店長から『いてもらわないと困る』といわれるほどの存在になりました」(別符さん)という。 自動車整備士の資格取得  重度の知的障害のあるAさんの採用によって法定雇用率は達成したが、その後もハローワークに求人票を出し、2019年に採用したのが菅野(すがの)晃(あきら)さん(28歳)だ。4年制大学の機械科に入学するも中退。通院していた山梨県立北病院のデイケア部門や当機構(JEED)の山梨障害者職業センターの支援を受けたそうだ。最初のAさんと同じように職場実習とトライアル雇用を経て、本店に配属された。  配慮事項として伝えられていたのは「自分の思いを言語化することは苦手だけれども、まじめな性格なので、話しかければ気持ちを伝えることはできる。自由度の高い場面では漠然とした不安があるので、ある程度やることが決まっていると本人もスムーズに動ける」といったことだった。  やはり洗車業務からスタートしたが、マニュアルがあるわけではないので、それまで担当していた整備士の先輩がOJTの形で教え込んだ。菅野さんは当時をふり返り「まったく初めてのことばかりで、全然わかりませんでした。先輩のみなさんは仕事も早くて、その動きについていくのがたいへんでした」と話す。  それでも菅野さんは早いうちから整備補助という業務も任された。タイヤの空気圧の調整といった初心者向けの業務から始め、タイヤ交換時の準備など必要に応じて指示や指導を受けながら、できる作業も増えていった。  そうしているうちに職場の上司から「どうせなら、自動車整備士の資格を取ってみる?」と声をかけられた菅野さんは、「取れそうならやってみよう」と挑戦することにした。専門の学校を出ていない菅野さんに対し会社側は、勤務中に一般社団法人自動車整備振興会の技能講習所に半年ほど通えるようにした。  そうして2023年、国家資格である三級自動車整備士に一発合格。三級を取得すると、自動車のエンジンオイルやタイヤの交換をはじめ簡単な点検整備などを単独で行えるほか、上位者の指示に従い車の主要箇所の整備にもたずさわることができる。菅野さんも現在は、洗車と整備補助の仕事を半々ぐらいの割合で担当するようになった。今後は、二級取得にも挑戦する予定だという。  山梨トヨペットに入社するまで、アルバイトもほとんどしなかったという菅野さんは「ここで働き始めてから、人とのかかわり方など、できることが増えました。今後も自分なりにできることをして仕事を続けていきたいです」と語ってくれた。  整備工場のトップとして本店サービスマネージャーを務める小野(おの)和昭(かずあき)さんは、菅野さんの働きぶりについて「彼は作業がていねいで、全体的な品質のよさは間違いないです」としたうえで、今後は「さらに車に興味を持ってもらいながら、スキルアップですね。二級自動車整備士も目ざし、業務の幅を広げていってほしいです」と期待する。 特別支援学校からの実習生  山梨トヨペットでは、その後、山梨県立高等支援学校桃花台(とうかだい)学園(がくえん)(以下、「桃花台学園」)からの職場実習生を、継続的に受け入れることになった。同社の代表取締役社長を務める野(たかの)孫左ヱ門(まござえもん)さんが2015年の同校設立にかかわった縁がきっかけだそうだ。  桃花台学園は産業技術科(定員48人)のみが設置され、軽度の知的障害のある生徒を対象にした職業教育を行っている。同校では法定雇用率未達成の企業などを招き、学校見学や企業説明会を開催するなど採用につながる取組みも展開し、現在は卒業生の約9割が一般企業などに障害者雇用枠で就職しているという。  日ごろから学園祭なども見学に行っているという、人事総務部長の小池さんは「私たちも同校の企業説明会で山梨トヨペットの雇用事例を紹介するなど協力しています。また、先生方にも職場を訪問してもらい、『車好きの生徒がいたらぜひ紹介してほしい』と伝えています」という。2年に1回、1年生全員が参加する職場見学も受け入れているそうだ。  そうして初めて桃花台学園から職場実習生として受け入れたのが、2021年に入社した大柴(おおしば)翔(かける)さん(22歳)だ。竜王(りゅうおう)店に勤務し、持ち前の明るさですぐに職場になじんだという大柴さんは、年齢の近い先輩従業員と同じ趣味で意気投合し、休日になると一緒に旅行もするようになったという。小池さんは「仕事上でも互いに助け合っているようで、職場では予想以上の相乗効果を生んでいます」と目を細める。  こうした経緯には、店舗運営の工夫もあったようだ。山梨トヨペットでは10年近く前から店舗の休日を原則週2日とし、職場の全員が同じ日に休めるようにしたのだ。「同じ職場の仲間で遊びに行ったりイベントを催したりしやすくなり、職場全体のまとまりがとてもよくなったようです」と小池さん。  また、日ごろから店舗を回って従業員の様子も確認しているという人事総務グループ主任の田代(たしろ)晃太(こうた)さんは、「障害のある従業員は転勤がなく、職場実習時に通っていた店舗にそのまま配属されるので、最初から本人も職場側も慣れた状態でスタートし、安定して働き続けられている様子を実感できます」と話す。  人事総務グループでは年1回、従業員全員を対象にしたヒアリングも行うようになった。小池さんは「それまで私たちは障害のある従業員のために出向いて話を聞きに行くような形だったので、ある意味、特別扱いに映ってしまっていました。全員に話を聞くことで、それぞれの認識の差も埋まりやすくなり、細やかな対応ができるようになりました」と手ごたえを語る。 マンツーマン指導で合格  大柴さんも最初は洗車業務を任されていたが、やはり車好きだったことが手伝って、自分から車のカルテを確認し、整備に必要な工具などを事前に用意し並べるようになった。  そんな姿を見た小池さんたちは「興味や関心が強いなら、資格取得もがんばれるかもしれない」と、菅野さんと同じように三級自動車整備士の試験にも挑戦してみることを大柴さんに提案。「やってみたい」と意欲を見せた大柴さんは、技能講習所へ通っただけでなく、店長と一緒にマンツーマンで過去の試験問題を解くなど熱心にサポートしてもらった結果、3回目に見事合格することができた。「本人はもちろんですが、桃花台学園の先生方も『国家資格に合格した卒業生は初めてかもしれない』とたいへん喜んでいましたね」と小池さん。  山梨トヨペットでは、有資格者は正社員にするとの方針も決めている。現在パートタイム社員である菅野さんと大柴さんにも話をしているが、本人たちが「ほかの整備士と同じようにできるか心配だ」と迷っているそうで、少しずつうながしていく予定だという。 店全体のパフォーマンス向上  2025年3月に桃花台学園を卒業した小澤(おざわ)哉翔(かなと)さん(19歳)も、車が好きだったことから山梨トヨペットに入社したそうだ。「洗車業務は、汚れが残っていないかを確認をしながら、きれいに拭き上げることを心がけています。タイヤの準備もしていますが、車種によって違うので注意しています」と笑顔で話す。  「みなさんやさしくしてくれて、仕事はとても楽しいです」とつけ加えた小澤さんは、今後の目標について「(菅野)晃さんのやっている仕事も、もっと覚えて、少しでもステップアップできたらと思っています」  本店サービスマネージャーの小野さんは、小澤さんが加わった効果についてこう話す。  「いまは菅野さんの仕事を教わり引き継ぐことで、菅野さんは別の整備補助作業に手が回るようになり、ほかの整備士たちも専門作業に集中できるようになってきました。2人は全体を見渡しながら、それぞれの整備作業を並行して補助してくれています。同時に2人が休むことになれば、整備士たちは彼らの大事さを痛感するはずです」  さらに、本店の店長を務める小林(こばやし)義広(よしひろ)さんは、「ほかの整備士は飛び込みの仕事なども受けられるようになり、お客さまの満足度も上がっています。何より2人が一生懸命仕事に取り組む姿は、現場の雰囲気にもよい影響をもたらしていますね。店全体のパフォーマンスが上がっていると実感します」と教えてくれた。  小池さんは、いずれ小澤さんにも自動車整備士の試験に挑戦してもらいたいと話す。「1回は全員にトライしてもらって、それから先は、本人たちが希望すればずっとつき合うつもりです。整備士三級の学科試験は結構むずかしいのですが、こうやって2人の合格者が出たことで、ほかの障害のある従業員にも勇気を与えるはずです」 社会貢献活動や研修で意識向上  山梨トヨペットでは2017年6月に、長年の懸案事項だった法定雇用率の達成を機に、野さんの陣頭指揮のもと、インクルーシブ社会の実現を目ざしていく新たな社内組織「TREAM(トリーム)」を翌年に立ち上げた。それまで行ってきた社会貢献活動を、さらに発展させてきたそうだ。パラリンピック選手など山梨県にゆかりのあるアスリートを招いた小学生対象の運動会をはじめ、山梨県立あけぼの医療福祉センターでの清掃活動や、山梨県肢体不自由児協会主催の在宅心身障害児療育キャンプへのボランティア参加などを行っている。  TREAM事務局を担当している人事総務グループリーダーの一瀬(いちのせ)裕香(ゆか)さんは「社外活動に参加する従業員が増えていくなかで、店舗や部署、年代も異なる従業員同士の横のつながりができ、仕事上の連携もスムーズになっているようです。なかには毎年参加すると宣言している人もいて、仕事のモチベーションにもなっているようです。自然と職場内のインクルーシブに対する意識向上にもつながっていると思います」という。  新入社員向けには、障害者雇用の理解をうながすための研修も始めている。障害者雇用促進法の説明をはじめ、山梨トヨペットの現状、ともに働く仲間としての心構え、大切な人財として全員の戦力化に取り組んでいることなどを話しているという。別符さんは「いずれ全店舗に障害のある従業員を配属する予定ですから、いまのうちから少しでも知っておいてもらえば、後で一緒に働くことになったとき、先輩たちが同じ仲間として接している様子を見ながら理解も進みやすいと思います」と語る。  最後に小池さんは「私たちは、障害の有無にかかわらず、最初から全員を大事な戦力として採用することを貫いてきました。今後も一人ひとりのキャリアアップをうながしながら、経営理念にもあるように、働く者にとって『やりがい』と『自己の能力向上』が実感できる企業を目ざしていくつもりです」と、意欲的に語ってくれた。 写真のキャプション 山梨トヨペット株式会社本店の整備工場 山梨トヨペット株式会社執行役員、営業部長、人事総務部長の小池隆考さん 人事総務部人事総務グループの別符幸治さん 山梨トヨペット本店の整備部門で働く菅野晃さん 菅野さんは、三級自動車整備士の資格を活かし、整備補助にあたっている 山梨トヨペット本店サービスマネージャーの小野和昭 山梨トヨペット竜王店で働く大柴翔さん(写真提供:山梨トヨペット株式会社) 小澤さんは、整備補助や洗車作業を担当している 人事総務グループ主任の田代晃太さん 山梨トヨペット本店の整備部門で働く小澤哉翔さん 山梨トヨペット本店店長の小林義広さん 人事総務部人事総務グループリーダーの一瀬裕香さん