編集委員が行く 相互理解と納得感、とことん話し合う文化 課題を「仕組み」で解決するシステム会社 有限会社奥進システム(大阪府) NPO法人大阪精神障害者就労支援ネットワーク 副理事・統括施設長 金塚たかし 取材先データ 有限会社奥進(おくしん)システム 〒540-0027 大阪府大阪市中央区鎗屋町(やりやまち)2-2-4イチクラビル4F TEL 06-6944-3658 FAX 06-6944-3659 金塚(かなつか)たかし 編集委員から  有限会社奥進システム(2000年設立、大阪府)は、社員12人のうち10人が障害のある方という特徴的なシステム会社です。創業当初は障害者雇用を想定していませんでしたが、在宅勤務を契機に受入れを開始し、現在は身体・精神・発達障害の方が活躍しています。就業規則やITツールを活用し、相互理解と納得感を重視した運用を実現。課題解決に向けた仕組みづくりやツール開発にも力を入れ、社会全体への貢献を目ざしている姿を紹介したい。 Keyword:身体障害、精神障害、発達障害、システム開発、実習、在宅勤務、マネジメント、モチベーション、合理的配慮、戦力化 写真:官野 貴 POINT 1 年間約20人の実習生のなかから就職希望者が現れ、結果的にモチベーションの高い人材が集まる 2 システム会社の強みを活かし、雇用継続のためのツールをつくり活用。仕組みづくりとルールづくりで課題を解決 3 「障害プレゼン」を行い、自分の障害についてみんなに伝える。相互理解と納得感を重んじる社風 はじめに  私の地元、大阪で障害者雇用や就労支援活動に力を注ぎ、全国的にも知られている有限会社奥進(おくしん)システム(以下、「奥進システム」)代表取締役の奥脇(おくわき)学(まなぶ)さんに取材のご協力をいただいた。奥脇さんとは活動をご一緒する機会もあるが、今回あらためて取材を通じてお話をうかがうことで、働き方を支えるポイントを再確認することができた。さらに、奥進システムで働く障害のある社員5人にも取材をお願いし、実際に戦力として働き続けている仕組みを対話形式で紹介したい。 障害者雇用率110% 20年前から実習を受け入れ 金塚たかし(以下、「金塚」) 御社の概要について教えてください。 奥脇学(以下、「奥脇」) 設立は2000(平成12)年2月2日。役員が私ともう1人、社員が10人。計12人のシステム会社です。会社の理念は「私たちと、私たちに関わる人たちが、とても幸せと思える社会づくりをめざします」。経営理念は「進取・自立・奉仕」と掲げています。 金塚 設立時から障害者雇用を行っていたのですか? 奥脇 最初はまったく考えていませんでした。僕らは小さな会社なので、経営を続けていくことで手一杯。そのなかで「意識を持って“ついでに”できる社会貢献は?」と考え、小さい会社だからこそできることとして、障害者雇用を始めました。 金塚 現在、何人の障害のある方が働かれていますか? 奥脇 11人の構成員のうち、10人が障害のある方です(1人が役員)。うち2人は重度の方ですので、障害者雇用率は110%となります。割合としては身体障害のある方が3人、精神障害のある方が3人、発達障害のある方が4人です。 金塚 業務内容を教えてください。 奥脇 Webを利用したシステムを開発しています。もともとは中小企業の業務管理システムを手がけていましたが、最近は障害者雇用の人材管理ができるような仕組みを相談されることが多く、支援管理システムやリワークの管理システム、EAP(従業員支援プログラム)の管理システムを開発する機会が増えてきています。また、ホームページの制作も請け負っています。 金塚 どのようにして障害者雇用を進めてきましたか? 奥脇 僕がテレワークで仕事をしていたこともあり、業務が増えて従業員を雇用しようと考えたときに、テレワークや在宅勤務で働く人を採用していきたいと考えていました。在宅で働ける方を探す際に、シングルマザーや障害のある方の職業訓練施設などにアプローチをしました。そのなかの一つが大阪市職業リハビリテーションセンター(以下、「センター」)でした。最初の見学から3年くらい経ったころ、「重度身体障害のある方の実習をお願いしたい」と連絡がありました。 金塚 何年くらい前の話ですか? 奥脇 20年くらい前です。そのころは在宅勤務がそこまで一般的ではありませんでした。また、訓練施設に企業の人間が見学に行くというのは、とてもめずらしいことだったようです。僕のことを覚えてくれていたセンターの方が、「あの会社なら、重度障害のある方の在宅での実習を受け入れてくれるのではないか」と思い出し、声をかけてくれました。 金塚 そこから雇用へ? 奥脇 はい。実習後に雇用につながりました。もともとは採用が前提ではなく、実習だけの予定でした。重度の方でしたので、採用はむずかしいだろうと正直考えていました。しかしその方が「働いて社会とつながっていたい」というので、それならば「働くことの厳しさ」を知ってもらったら、あきらめもつくだろうと思い働いてもらったんです。すると、意外とできた。意外とできたんですよ。 金塚 イメージが変わったと? 奥脇 驚きました。手を動かせない方だったのですが、腕の力だけでキーボードを打つんです。僕らが出した実習の課題を3カ月間の期間中にちゃんとこなし、頭もいい。「これは仕事ができるな」と思い、採用に至りました。 金塚 一緒に働くうえで戸惑ったことはありませんでしたか? 奥脇 基本は在宅勤務なので、仕事のうえで困ることはありませんでした。週に1回、通勤してもらう際は介助することもありました。仕事はできるし戦力になってくれたので、マイナスのイメージはまったくありませんでした。 相互理解と納得感 とことん話し合う文化 金塚 その後、精神・発達障害のある方の雇用にも取り組まれます。 奥脇 2010年にNPO法人大阪精神障害者就労支援ネットワーク(JSN)さんと知り合い、実習の受入れを打診されたことがきっかけです。当時は外国人や就労困難者などをすでに受け入れていたので抵抗はなく、すぐにOKしました。身体障害のある社員もすでに3人働いていました。 金塚 採用までの流れは? 奥脇 精神・発達障害のある方は就労移行支援事業所を通して、年に20人ほど実習生として受け入れています。そのうち毎年1人ほど、入社を希望する方がおられます。その場合は雇用前提の実習に切り換えて、少し負荷をかけつつ様子をみます。最終的には直属の上司となるおもに2〜3人の社員が、総合的に判断をしています。 金塚 具体的にはどのような合理的配慮をされていますか? 奥脇 就業規則や運用のルールを細かく決めて守っていただくことに加え、Web上でツールを使い活用しています。また、精神・発達障害のある方に対しては特に、ルールの運用に「迷いがない」ように決めています。例えば、変形労働時間制の運用も個人の裁量に任せている部分があるのですが、「ちゃんと全体に報告する」、「リーダーの許可を得る」、「残業は事前に申請する」など細かい決めごとを定めています。相互理解と納得感。これらをとことん話し合う文化が当社にはあって、一つのことがうまくいかなかったら、「だったらどうしようか?」と工夫するうちにこのような運用になりました。毎日の積み重ねのなかで新しいルールが加わったり、逆になくなったりするので、「すごいですね」といわれるのですが、僕たちはそんなに大したことをしているとは思っていません。 金塚 逆に失敗例などはありますか? 奥脇 よく聞かれるのですが、一般の企業でも独立や生活の変化などで退職することってあるじゃないですか。当社の例もほぼその範疇で、特殊だとしたら「病状の悪化」という理由。それは仕方ないことですし、これまでにその理由で退職した方は2人だけです。障害者雇用をしている企業だけが定着率にフォーカスされますが、一般の企業でも定着率が低いところはたくさんあるのではないのでしょうか。 金塚 精神・発達障害のある方の定着率は低いというデータをみますが、それに対してはどう分析しておられますか? 奥脇 企業側のノウハウが少ないこと。また、精神障害者が雇用率の算定対象となったのが2018年からで、「長く働いている」という実績が、まだ多く出てきていない点もあると思います。そのほかには「企業側が過剰に反応しすぎている」という点もあるのではないかと考えています。 戦力化できない原因はマネジメント側にある 金塚 当事者を戦力化するためのポイントは? 奥脇 当事者のマネジメントをする社員たちには「指示が通らないのはあなたの責任」と伝えています。例えば口頭で指示を出したことがうまく伝わっておらず、違うものが仕上がってきたとします。「いったことと違う!」と怒るケースは多いと思うのですが、それは理解できるような指示を出していないからです。次からはチャットで指示を出したり、タスク管理ツールで指示を出すなど、指示の出し方を工夫するようにしています。戦力化できていない原因の多くはマネジメント側にあると僕は思っています。 金塚 彼らを育成するポイントは? 奥脇 自分で考えて動いてもらう。「これをこうしなさい」と細かくいうと、人は伸びません。現在地と理想とするポイントを明確にして、その過程は自分なりに工夫して歩んでもらう。なので、指示が通らなかったとか、不具合が出たというときは成長のための一番のチャンスです。 金塚 社員のモチベーションを上げるために、工夫していることは? 奥脇 うちの社員はもともと、当社で働きたいといって来ているので、そもそものモチベーションが高い。それは障害者雇用をしてよかったと感じる点でもあります。もちろん、役職を希望するとかしないとか、それぞれがキャリアのなかで望んでいることを聞いて、フィットするような働き方をともに考えるようにはしています。年に一度の人事考課の際の面談時や、就労定着支援システム(以下、「SPIS(エスピス)」)での面談の際に、そのような話をします。 金塚 例えば仕事以外の面で落ち込んでいるときには、どういう場で共有しますか? 奥脇 基本的には会議のなかで共有します。もっとプライベートな話になると、個別に声をかけてもらって僕が面談をします。その結果、僕から部署に働きかけることもあります。最初は定期的に面談を設定するようにしていたのですが、いまは調子の悪いときだけ、2〜3カ月に一度くらいです。それも全員ではなく、SPISを利用している社員が、そのなかで発信してくるという形です。 仕組みづくりと運用ルール、ツールづくりで課題を解決 金塚 さまざまな方を受け入れることによって、会社はどのような影響を受け、変化してきたと感じますか? 奥脇 社員に対応力がついてくると実感しています。「同じように伝えても、こんなとらえ方をされた」とか、いろいろありますよね。特にマネージャークラスの対応力を磨くよい機会になっていると思います。 金塚 障害者雇用をしてきたうえで、「課題」と感じることはありますか? 奥脇 障害者雇用だから、という課題はほとんどありません。ただ、経営上の課題はいっぱいあります。営業力がないとか、そちらのほうが最重要課題です。 金塚 他社の障害者雇用の課題について耳にした際、奥脇さんはどのようにとらえていますか? 奥脇 「仕組みづくり」、「運用ルール」、「ツールづくり」。この三つを整えていれば課題は解決できると考えています。当社はシステム屋だからこそ、仕組みづくりが得意。SPISはその最たるものですが、そのほかにもさまざまなツール、例えばSkeBo(スケボー)(知的障害者の評価ツール、31ページ「編集委員のひとこと」で紹介)などをつくっています。 金塚 社内のことよりも、社会に対する課題を意識することが多い? それはまさに事業性と社会性の両立ですね。 奥脇 はい。「なんでこれをほかの会社ではできないんだろう」とふり返り、そこを解決するための方法を伝えたり、ツールを開発することが、当社の責務なのかなと思います。 「障害プレゼン」のおかげで何も隠さずに働ける Aさん 勤続年数:15年 所持手帳:精神障害者保健福祉手帳2級 障害種:非定型精神病 担当業務:技術部でプログラミングを担当  私はおもにプログラミングのバックグラウンドの部分を担当しています。入社前には、4年ほど働いていない期間がありました。「だれからも必要とされない」と感じていました。入社当時は体調も安定していなかったのですが、徐々に仕事を任せてもらえるようになり、できることが増えてきて、「社会に必要とされている」と感じるようになりました。  最初のころはできないことを抱え込んで、自宅に持ち帰ってしまっていました。休日明けがつらい・・・ということが入社3〜4年目まではありました。しかし当初から、例えばお客さまと接する仕事など苦手なことは担当しなくてよいように、配慮してもらっています。 Kさん 勤続年数:9年 所持手帳:精神障害者保健福祉手帳2級 障害種:広汎性発達障害 担当業務:技術部でWebシステムの作成を担当  わかりやすくいうと、色やレイアウト、表示の仕方などフロント部分の制作を担当しています。お客さまとの打合せにも参加し、ヒアリングや提案も行っています。  私は他社で働いていたときにうまくなじめず、くじけた経験が何度かありました。しかしこの会社では、最初に「障害プレゼン」を行い、自分の障害について話せる範囲でみんなに伝える機会がありました。それによって、何も隠さずに働ける安心感があります。  一度、電話でお客さまから強くいわれ、つらいと感じたことがありました。しかし、苦手な電話とメールを避けるよう配慮してもらったり、体調が悪い日は遅く出社して、その分は夜に仕事をしてもよいなど、調整してもらえるので助かっています。 重野(しげの)孝明(たかあき)さん(35歳) 勤続年数:10年 所持手帳:精神障害者保健福祉手帳3級 障害種:自閉症スペクトラム 担当業務:技術部でプログラミングを担当  私は実習生の指導も担当しています。技術的な指導はもちろん、報告・連絡・相談に関するアドバイスや、「どうしたらよりよく働けるのか」という観点で、ふり返り面談なども行っています。私自身も初めは実習生としてこの会社に入りました。「実習は人生を動かす力がある」と感じ、自分から申し出て実習担当に就任しました。  この10年間のなかで印象に残っているのは、コロナ禍で完全在宅勤務になったときのこと。「困ったときにすぐに相談できない」という状況がしんどかったし、いつまで続くんだろう…という気持ちになりました。いまは在宅勤務の日はチャットで相談できますし、出勤の日は会議で確認しています。また一日2回、過集中を防ぐための10分間休憩があり、そのときは全員が作業の手を止めて雑談しています。 金田(かねだ)翔吾(しょうご)さん(40歳) 勤続年数:6年 所持手帳:精神障害者保健福祉手帳3級 障害種:双極性気分障害 担当業務:技術部でサブリーダーとして設計・開発・保守を担当  お客さまから要望を聞き、見積もりや提案から納品、社内の作業調整など一連の業務を担当しています。最初のころはお客さまと何を話してよいのかわからず、恐怖でしかなかったのですが、奥脇さんがフォローをしてくださり、経験を積むごとに成長できた実感があります。  この会社に入ってよかったな、と思うのは、調子が悪いときはすぐにサポートを受けられる安心感があることです。いまは特に配慮してもらっていることはないのですが、入社当初は「だれか相談できる方がいる体制にしてほしい」とお願いし、何度か一緒に問題を解決してもらったことがありました。 寺前(てらまえ)春加(はるか)さん(28歳) 勤続年数:1年9カ月 所持手帳:精神障害者保健福祉手帳3級 障害種:広汎性発達障害(ADHD) 担当業務:ホームページ部で制作を担当  お客さまから要望をヒアリングし、ほかの部署の方と協力しながらサイトをつくり上げていく仕事をしています。そのほか、講演会などで障害当事者として、自分の障害のことや働き方について、発表する役割もになっています。  私は特に冬場、通勤電車と外との気温差で呼吸が苦しくなることがあります。そのため、通常は8時半の出社時間を10時にずらしてもらい、助かっています。その分を在宅勤務の日に働くことで調整しています。また、以前の会社では人間関係がうまくいかず、人と接するのが怖くなり、友だちから誘われても断ってしまったり、家に閉じこもったりしていた時期がありました。しかしこの会社で働き始めてからは、アットホームな雰囲気でみんなが接してくれて話を聞いてくれるので、少しずつコミュニティーを広げていこうと思えるようになりました。 おわりに  インタビューのなかで、奥脇さんに「障害者雇用を始める、あるいは課題を感じている企業に対して、どのようなアドバイスをされますか」とたずねてみた。  すると奥脇さんは力強く次のように語られた。「企業向けの障害者雇用のノウハウを参考に他社の事例を見聞きし、情報交換を重ね、くり返し議論して原因を明確にして進めていけば、障害者雇用ができないことはありません。もし、そのうえで“戦力化できない”という課題が残るとすれば、コンセンサスや社内の仕組みのどこかに原因があるのではないでしょうか」  奥脇さんはスタッフが自ら育つ環境と、組織として育てる環境の両立を重視しておられるように感じた。ルールもまた環境であり、成長のきっかけととらえておられる。縛るためだけのものではなく、快適に働き、ステップアップできるように考えておられる。その独自ルールの一つが「30分ルール」である。これは、業務中に判断に迷うことや解決できない課題が生じた場合、30分考えても答えが出なければ他者に助けを求めるというルール。そして、助けを求められた人は必ず応える義務を負う。  奥進システムだからこそ実現できることだと感じられた方もいらっしゃるかもしれませんが、実際に当事者のお話をうかがい、現場を見学させていただくなかで、多くの企業において参考となる点がたくさんあると感じました。もっと詳しく取組みをお聞きになりたい場合は、ぜひ、訪問していただければと思います。 写真のキャプション 有限会社奥進システム 奥進システム代表取締役の奥脇学さん 奥進システムは業務管理や障害者雇用の支援管理などに使用されるシステムの開発を手がける 奥脇さんと障害のある社員5人にお話をうかがった 重野さんは、プログラミングを担当している 技術部の重野孝明さん 金田さんは、サブリーダーとして設計や開発、保守を担当している 技術部の金田翔吾さん