私のひとこと IoT活用による発達障害者の就労支援の将来像 〜テクノロジー・ファーストによる共創型支援の実践と展望〜 福井大学工学系部門工学領域知能システム工学講座 教授 小越康宏 はじめに  近年、障害者雇用や就労支援の領域では、IoT(Internet of Things、モノのインターネット)やICT(Information and Communication Technology、情報通信技術)の活用が加速している。特に発達障害者支援の分野では、個々の特性に応じた柔軟な対応が求められる一方で、企業側には「どのように配慮すべきか」、「成果をどのように客観的に評価すべきか」といった課題が残されている。  アメリカでは「Technology First」政策が広がり、支援技術を支援の第一選択肢として位置づける制度改革が進んでいる。これは、技術によって支援者を支援し、結果的に本人の自立や社会参加を促進するという考え方である。  Friedman(2023)の調査によると、Technology First施策を実施している州では、遠隔支援や医療アクセスの拡大が進み、障害のある人々の地域生活の質が向上していることが示唆された。OECD(経済協力開発機構)もまた、AIや支援技術の発展が障害者の就業および社会参画を後押しすることを指摘している。  こうした国際的潮流を背景に、日本でも工学・情報・福祉・教育の枠を超えた連携が始まりつつある。筆者らが開発してきたICT個別教育支援システム「ぴこっと」(※1)は、テクノロジー・ファーストの理念と親和性の高い実践的モデルであり、技術と人が協働して支援者を支える新しい支援の形を提示している。 個別教育支援システム「ぴこっと」の概要と実証成果  「ぴこっと」は、学校・家庭・福祉機関・企業をつなぐICT基盤システムであり、発達障害のある人一人ひとりの行動、感情、学習、体調、生活リズムなどを時系列で記録・可視化できる。従来、支援は経験や直感に依存していたが、本システムでは客観的データに基づく支援の根拠化とフィードバックが可能となる。  実証研究を通じて、次のような成果が得られた。 ・作業効率や集中持続時間の可視化により、ジョブコーチが配置や休憩タイミングを精緻(せいち)に判断できるようになった。 ・利用者の自己理解と自己効力感の向上がみられ、就労継続率や生活の安定につながった。 ・学校・家庭・企業間での一次情報共有が容易になり、支援の一貫性が確立された。  さらに、蓄積されたデータの分析により、同じ特性をもつ利用者の支援パターンを参照できるようになり、個別最適化と支援の標準化の両立が実現した。これは、支援を経験に頼る時代から、支援を科学的に理解し再現できる時代への転換を意味している。 IoT・AIによる人と技術の協働支援  「ぴこっと」は研究開発段階から、さまざまなIoT機器との連携を想定して設計されている。これにより、支援者の観察だけでは得られない行動・生理・環境データを客観的に取得できる。これらのデータを用いることで、なぜいま、支援対象者は集中できないのか、どの環境がストレス要因となっているのかなどを科学的に把握できる。  「ぴこっと」との連携を想定し、研究開発してきたIoT機器には以下のようなものがある。 ・CASP(キャス)(会話する植木鉢型デバイス)  植物との対話を通して情緒の安定や責任感を育む。出勤前の水やり行動が生活リズムの形成に寄与し、欠勤率の低下が報告されている。 ・RFIDを用いた忘れ物防止システム  作業道具や私物を自動検知し、忘れ物や紛失を防止。企業からも指導負担の軽減が評価された。 ・GPSによる移動支援システム  通勤や外出経路を可視化し、安全確認と自立的な移動支援を両立。就労移行期の安心感を高めている。 ・スマートグラスによる表情認識支援  対人関係が苦手な利用者に、相手の表情変化をリアルタイムに提示。接客やチーム業務での安定した人間関係形成に寄与した。 ・楽器演奏支援システム  余暇活動を支援し、音楽体験を通じて情緒の安定と集中力向上をうながす。職場定着やストレス軽減にも効果がある。  これらのデータを「ぴこっと」上で統合・解析することで、支援者はデータに基づいた行動理解と介入判断が可能になる。IoTとAIが支援者の第二の目として機能し、人と技術が協働して支援を行う新たな支援様式を生み出している。 ICFに基づく共通言語と時系列解析による支援の一貫性  支援データを共通言語化するため、「ぴこっと」ではICF(国際生活機能分類)(※2)に基づく項目体系を採用している。これにより、教育・医療・福祉・企業が異なる立場でも同一の指標で状況を把握でき、支援の一貫性と継続性が担保される。  さらに、行動・情動・体調の時系列分析により、緻密なライフログをとらえ、介入のタイミングを精緻化できる。  共通言語と時系列解析の導入は、 ・記録業務の重複削減(業務負担の軽減) ・多職種連携の円滑化(意思決定の透明化) ・長期データに基づく効果検証(政策評価への応用) といった多面的なメリットをもたらす。工学的アプローチにより、福祉支援に評価性・信頼性・一貫性がもたらされたといえる。 おわりに  個別教育支援システム「ぴこっと」は、教育・福祉・就労をつなぐ実践を通して、技術が支援者と利用者の双方を支える可能性を示してきた。現在は製品化され、社会実装が進んでいる。業務効率化や合理的配慮の根拠づくり、データ連携による現場改善などが期待される。  テクノロジー・ファーストとは、単に技術を優先することではなく、技術を通して支援者を支え、人と技術が協働する社会を築くことである。AIやIoTは、人に代わる存在ではなく、人を理解し、支え、ともに成長する協働のパートナーである。  今後、IoTの活用は発達障害者の就労支援において大きな可能性を秘めている。生体情報や作業データをリアルタイムに分析することで、個々の特性や体調に応じた最適な支援が可能になる。また、遠隔モニタリングやクラウド連携により、在宅就労や地域間ネットワークの構築が進み、多様な働き方が実現するだろう。IoTを基盤とした支援データの蓄積と活用は、成長の可視化と福祉から就労への円滑な移行を支える新たな仕組みとなる。  「ぴこっと」を核としたこうした取組みは、人と技術がともに学び、支え合う共創社会の実現へとつながっていく。これこそが、日本初のテクノロジー・ファーストの実践である。 ※1 福井工業高等専門学校電子情報システム工学科の小越咲子教授と2009(平成21)年から共同し実証実験や試験運用を経て実運用を進めている ※2 ICF(国際生活機能分類):International Classification of Functioning, Disability and Healthの略。人間の生活機能の分類と、それに影響する背景因子および健康状態の分類で構成され、それらの相互作用において健康状態を総合的にとらえる分類指標。2001年5月、WHO(世界保健機関)総会において採択された 小越 康宏 (おごし やすひろ)  福井大学工学系部門工学領域知能システム工学講座教授。金沢大学大学院自然科学研究科博士課程修了。博士(工学)。専門は福祉工学および社会工学。AI技術を駆使し、特別な支援を必要とする人々の就学から就労、そして自立に向けた支援など、教育や福祉の枠を超えて、地域が一体となって、社会課題の解決に取り組んでいる。支援対象者だけでなく、支援する側へのサポートも重視し、持続可能な社会システムの実現を目ざしている。  大学では、社会性スキルや技能の向上を目的とした「スマートグラスを活用した状況認識・表情認識支援ツール」や「表情表出・同調・発話トレーニングツール」、「教育支援ツール」、「脳波などの生体情報を活用して情動や意志を推定し、情動コントロールや集中を支援するツール」、「IoT農業ツール」などの研究開発を進めている。  特に、福祉に関心を持つ若い工学系技術者が、教育や農工福連携、就労支援などの実践的活動を通じて社会のニーズを探り、支援システムの開発に取り組んでいる。こうした取組みを通して、多様性を認め互いに尊重しながら協業できる人材の育成に力を注いでいる。