クローズアップ はじめての障害者雇用 〜職場定着のための取組み〜 第4回 職場定着のための人材育成とキャリア形成支援  障害のある人をはじめて雇用する企業にとって、雇用そのものの実現は大きな一歩です。しかし、障害のある人が「継続して安心して働き続けられる」職場づくりこそが、雇用の真の成功につながることはいうまでもありません。  そこで第4回は、「職場定着のための人材育成とキャリア形成支援」をテーマに、その基本となる考え方や方法、社内研修、人事評価と育成、能力開発、雇用形態とキャリアの観点から、大阪障害者職業センター障害者雇用支援ネットワークコーディネーターの伊い集じゅう院いん貴たか子こさんに解説していただきます。 はじめに〜障害のある社員の人材育成とキャリア支援の考え方  企業の発展や成長にとって社員の人材育成は不可欠です。また、社員にとっても、障害の有無にかかわらず、企業から期待され、チャレンジできる環境があることで働きがいを感じ、企業に貢献できている実感を持つことができます。  そのためにも障害のある社員の希望や障害特性等に配慮した育成やキャリア形成のために支援を行うことは重要です。  人材育成の制度や方法(研修制度、人事評価制度、資格取得推奨制度等)は企業によってさまざまですが、障害のある社員の場合もほかの社員と同様に対応することが基本です。そのうえで可能な範囲で障害特性等に配慮し、研修機会をつくることが大事です。  障害の有無にかかわらず個々の社員の価値観や希望、環境もさまざまであり、職業人としてのキャリアに対する考え方もさまざまです。人材育成やキャリア形成支援については、社員が制度や将来像について理解したうえで主体的に取り組めるようにすることが必要です。 障害のある社員に対する社内での研修 障害のある社員の職業能力の向上のために、研修の実施は不可欠です。次のような方法で取り組んでみましょう。 OJT研修(業務を通じて上司等から教育訓練を受ける実地研修)  OJT研修は実際の業務で取り扱うものや場面を通して、体験しながら行われるため、業務習得をするうえで効果的です。実施にあたっては、簡潔な説明と習得状況の確認、フィードバックが基本となります。知的障害、精神障害、発達障害のある社員については、視覚的にわかりやすくするために写真・イラストなどを取り入れたマニュアルの準備があるとよいでしょう。指示者による見本の提示と説明、障害のある社員がやってみて、できているところをほめることが有効です。  また企業によっては、障害のある社員に社内での休憩時間の過ごし方、有給休暇の取り方などちょっとした企業の文化や手続きなどを教えてくれる先輩社員を、一定期間配置することで安心して働ける環境をつくっているところもあります。 OFF−JT研修(実務を離れ、座学や演習を通した集合研修)  障害のある社員に対して集合研修は負担感があるのではないかと心配する声もありますが、障害や障害特性に応じた配慮はしつつ、研修を受講してもらうことは重要です。車いす使用者、発達障害のある社員への物理的な環境調整、視覚障害、聴覚障害のある社員への情報保障、知的障害のある社員向けのわかりやすい教材の準備、研修内容によっては個別にフォローする人員の配置等を考慮することが望まれます。企業にとっては人材育成につながり、障害のある社員にとっては企業の一員であることを実感できる機会になります。 人事評価と育成  障害のある社員に対しても人事評価は企業の方針や目標を明示し、評価を通じて社員個々の強みや課題を把握し、人材育成につなげていくために重要です。また、人事評価の結果を本人にフィードバックして今後の成長につなげることはキャリア形成に不可欠です。  一方で人事評価制度自体をほかの社員と同様にするのはむずかしいという声も聞かれます。その点については、障害のある社員の障害種別や個々の特性に応じて具体的な数値や行動を目標に設定することで、ふり返りやすく上司との人事面談においても齟齬なく進めていきやすくなるでしょう。例えば知的障害のある社員に毎月、具体的な人事目標を確認し、目標を意識することで、達成に向けた行動につながりやすくなったという事例もあります。  評価の際には目標設定の意味を明確に伝え、達成に向けた意識や具体的な行動につなぎ、評価結果を伝えたうえで、次の目標を設定し、成長につなげることが重要です。評定者と障害のある社員との面談では、キャリア形成の支援として具体的な目標を一緒に考えるというようなコミュニケーションも必要です。そして評価結果が雇用継続や担当職務の拡大、昇給や昇進のように実感できるものにつなげることがモチベーションの維持や向上のためにも重要です。 能力開発  2022(令和4)年の障害者雇用促進法の改正により、事業主の責務に、職業能力の開発および向上に関する措置が含まれることが明確化されています。障害者職業能力開発校(職業訓練校)や障害者の委託訓練をになう施設では在職者を対象とした、スキルアップやキャリアチェンジを目的とした職業訓練も行っています。ITスキル、ビジネスマナー、障害特性に応じたコミュニケーションの方法などを学べます。受講するにはハローワークへの相談や各校の募集要項を確認してみましょう。 雇用形態とキャリアの多様性・ロールモデル  障害のある社員の雇用形態は正社員、契約社員、パート社員等とさまざまです。企業のなかにはフルタイム勤務ができるようになること、一定年数以上勤務した社員が社内試験を受けることなどで正社員への登用制度を設けているところもあります。  実際に正社員に登用された人がいることで障害のある社員が自身のキャリアの可能性を理解し、勤怠などの行動面、業務に意欲的に取り組むなどのモチベーションアップにつながります。雇用形態だけでなく、担当職域の拡大または職位が上がることもキャリア形成の重要なポイントになります。そうした点が明示されていることが障害のある社員の職場定着につながり、新たに障害のある社員を募集する際に企業の強みにもなります。  特例子会社のなかには職位制度を設け、職位ごとの役割を具体的に記載したものを社員に明示し、給与制度につなげているところもあります。  そのほかに、キャリア形成を考えたときに障害のある社員にとってもロールモデル(具体的な行動や考え方の「見本」、「規範」となる人物)の存在は重要です。正社員登用、短時間勤務への変更などの働き方や職位の変化、業務拡大、異動などの具体的な選択肢が明示され、多様なロールモデルの存在があることにより、障害のある社員が目ざすキャリアを自身で決定できることが望まれます。 働き方の柔軟性  障害のある社員のなかには障害の状況や長期勤続で体力や業務遂行面での課題が顕著になる、またはライフステージの変化(結婚、介護等)により、勤務時間の短縮や担当業務の変更などが必要になる場合があります。そうした場合にも個別に配慮し柔軟な対応をとれるよう考慮すべきと思われます。  また企業によっては多様で柔軟な働き方(短時間勤務、地域限定勤務、在宅勤務等)を可能にするところもあり、障害のある社員にかぎらず全社員の職場定着につながるものと考えられます。  このような多様な制度や運用を明文化し、社内周知することは望ましいと思います。障害のある社員だけでなく、企業の合理的配慮として必要な社員に公平に運用されることで、すべての社員が安心して働きやすい職場の実現につながります。 * * * * *  次回は、「支援機関との連携と支援制度の活用」について解説します。 出典(参考文献) 1「はじめての障害者雇用〜事業主のためのQ&A〜」JEED, 2023 https://www.jeed.go.jp/disability/data/handbook/q2k4vk000003kesx.html 2 齊藤朋実、伊集院貴子、越後和子第32回職業リハビリテーション研究・実践発表会発表論文集 JEED, 2024, pp.202-203 参考! 障害のある方への職業訓練  障害者職業能力開発校は国立13校、都道府県立6校の計19校が設置されています。国立の障害者職業能力開発校のうち、以下の2校はJEEDが運営しています。 ・国立職業リハビリテーションセンター(中央障害者職業能力開発校) ・国立吉備高原職業リハビリテーションセンター(吉備高原職業能力開発校)  障害のある方を対象とした職業訓練は厚生労働省のサイトでも紹介されています。