エッセイ ITが切り開く、視覚障害者の新しい可能性 第3回 見えなくても「見やすい」教材をつくる 〜全盲教師の新たな授業スタイル〜 株式会社ふくろうアシスト 代表取締役 河和 旦 (かわ ただし) 情報アクセシビリティ専門家、AI活用教育コンサルタント。視覚障害と肢体不自由の重複障害がある。東京都立大学卒業後、福祉情報技術コーディネーターとして独立。障害当事者向けのIT指導やサポートを行い、転職や自立につながった実績も多数。共著に『24色のエッセイ』、『本から生まれたエッセイの本』(みらいパブリッシング)がある。https://fukurou-assist.net  前回は、ITスキルを身につけて事務職への転職を実現したAさんの事例を紹介した。今回は、さらに一歩進んで、最新の技術を活用することで教育現場に新風を吹き込んでいる全盲の教師の物語をお伝えしたい。 教えたい情熱と「見た目」という壁  Bさんは30代の男性教師。高校時代に失明したが、教員免許を取得し、「子どもたちに教えたい」という夢を諦めなかった。しかし、現実は厳しかった。  「授業の内容は頭の中にあるんです。でも、それを生徒が見やすいプリントやスライドにする方法がわからなくて…」  初めて相談を受けたとき、Bさんの声には悔しさがにじんでいた。全盲の人にとって、文字の大きさや配置、画像の位置といった「見た目」の調整は、画面読み上げソフトだけでは困難を極める。まるで目隠しをしたまま絵を描くようなものだ。 文章の「設計図」を描く新しい方法  そんなBさんに、私は「Markdown(マークダウン)」という方法を提案した。  「これは見出し」、「これは箇条書き」といった指示を、簡単な記号で文章に書き込んでいく。例えば、見出しには「#」、箇条書きには「−」を使う。視覚に頼らず、文章の構造を組み立てられる画期的な方法だ。  「なるほど、建物の設計図を描くような感じですね」とBさんは理解を示した。まさにその通り。見た目の装飾ではなく、まず内容の骨組みをしっかりつくるのだ。 魔法のような変換ツール  次に紹介したのが「Pandoc(パンドック)」というツール。Markdownで書いた文章を、美しいワープロ文書やプレゼンテーション用資料のスライドに自動変換してくれる。  「えっ、本当にこれだけで?」  初めて変換結果を確認したBさんの驚きの声を、私はいまでも覚えている。シンプルなテキストが、見事にレイアウトされた教材に生まれ変わった瞬間だった。 生徒たちに届く授業  この技術を習得したBさんは、小学校、中学校や高等学校で福祉体験授業や音楽の授業を担当している。  「B先生の資料、すごく見やすいです」  「授業がわかりやすい」  生徒たちからの評価に、Bさんは「見えない自分でも、見やすい教材がつくれるんだ」と自信を深めた。同僚の先生方も、その授業スタイルに注目している。 一人ひとりに合った「道具」を見つける  第2回のAさんは既存のツールを使いこなすことで道を開いた。今回のBさんは、自分に合った新しいツールを見つけることで可能性を広げた。大切なのは、その人の目標や特性に応じて、最適な方法を選ぶことだ。  障害があっても、適切な技術があれば、創造的な仕事は十分に可能。Bさんの事例は、そのことを力強く証明している。  しかし、どんなに優れた技術を持っていても、社会から提供される情報そのものがアクセシブルでなければ、新たな壁にぶつかってしまう。次回は、墨字の書類という壁に直面した夫婦が、AI技術を使ってその壁を乗り越えた実話を紹介する。技術の進化は、まだまだ新しい扉を開き続けている。