研究開発レポート 16年間のパネル調査がとらえた障害のある労働者の職業サイクルについて 障害者職業総合センター研究部門 社会的支援部門 1 はじめに  障害のある労働者は、年齢を重ね、また社会情勢が変化するなかで、就業・生活の実態がどのように変化するのでしょうか。  障害者職業総合センター研究部門では、2008(平成20)年度から2023(令和5)年度までの16年間、2年ごと8期にわたって多様な障害者を対象に長期縦断調査(パネル調査)を実施しました。本調査研究における「職業サイクル」とは、誕生から死亡に至るまでの「ライフサイクル」になぞらえ、職業人生における就職、就業の継続、休職や復職、離職や再就職、キャリア形成、そして最終的な職業人生からの引退に至る多くの労働者に共通する経験の全体をとらえた造語です。  以下に、調査研究報告書181「障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究(第8期調査最終期)」(※1)の一部についてご紹介します。 2 調査研究の方法  本調査研究の調査対象者は、視覚障害、聴覚障害、肢体不自由、内部障害、知的障害、精神障害のいずれか、またはこれらの重複障害があり、調査開始(2008年)時点での年齢は、下限を義務教育終了後の15歳、上限をおおむね55歳とし、企業や自営業で週20時間以上就労している者としました。当事者団体等、障害者を多数雇用する事業所、職業リハビリテーション機関の協力を得て募集を行い、調査開始時に登録した1026人に第3期(2012年、2013年)で新たに登録した241人を加えた1267人が対象者です。なお、対象者として登録した者は、離職しても、その後のキャリア形成の状況を確認するため、継続的に調査対象としました。  障害のある労働者の職業サイクルについて、就業状態や職種等の外的な状況だけでなく、内面的な職業の意義や満足度からもとらえるとともに、合理的配慮の提供や地域支援の状況、また、結婚や子どもの誕生、家族状況の変化等のライフサイクル、さらに、社会情勢の大きな変化等との密接な関係によるものととらえ、総合的な調査内容としました。原則として第1期から第8期まで共通の内容を調査しましたが、一部、隔回の質問項目があり、また、法制度や問題意識の変化等による項目や選択肢の変更・追加も行いました。 3 調査研究の内容  パネル調査であることの大きな利点は、一人ひとりの障害のある労働者の職業生活が年齢や時代とともにどう変化してきたのかを追跡・俯瞰できる点です。また、一般に労働者の職業サイクルは、年齢による一般的な傾向だけでなく、出生年代による特徴を有することから、個々人を超えた一定の傾向を明らかにするため、調査回答者を出生年代(以下、「世代」)に分けて、それぞれの世代(@1983〜1992年度生まれ、A1973〜1982年度生まれ、B1963〜1972年度生まれ、C1946〜1962年度生まれ)の経時的変化を追跡することにより、世代別の職業サイクルの特徴を明らかにする分析を実施しました。 4 結果 (1)世代別、障害種類別の職業サイクルの特徴  就労率は、どの世代も男女で顕著な違いはありませんでしたが、1946〜1962年度生まれにおいては、就労率が低下傾向に変わる節目が、男性は第5期、女性は第7期と違いがありました(図参照)。就業形態は、1963〜1972年度生まれはほかの世代よりも正社員が多く、給与が高いなど世代間の違いも認められました。職種は視覚障害では「医療や福祉に関わる仕事」の割合が5〜6割、肢体不自由および内部障害では「事務の仕事」の割合が青壮年期(45歳未満)で6〜8割、知的障害では「清掃やクリーニングなどのサービス業」や「ものを作る仕事」の割合がそれぞれ3〜4割と、比較的高い傾向がみられました。 (2)障害者にとっての職業の意義  仕事をする理由として、あてはまる度合いが調査項目のなかで最も高かったのは「収入を得るため」であり、その傾向は世代や年齢によって変わりませんでした。一方、仕事の満足度は「給料や待遇」が調査項目のなかで最も低い傾向がみられました。 (3)職場での理解や配慮  2016年に「合理的配慮」の提供義務化等を内容とする改正障害者雇用促進法が施行されたことの影響をみると、法律施行前の第4期に職場において「理解や配慮がない」と回答した割合は22%でしたが、施行後の第5期においては、そのうちの約半数となる12%は新たになんらかの「理解や配慮がある」と回答しました。 (4)職業生活と関連するライフイベント  世代別では1973〜1992年度生まれは結婚している者の割合がゆるやかに上昇していました。障害種類別では知的障害は結婚している者や子どもがいる者の割合が低い傾向がみられました。また、いずれの世代、障害種類別においても、だれかと一緒に暮らしている者の割合が高くなっていました。 5 まとめ  今回の調査で明確になったのは、障害のある労働者における就職、職場定着、合理的配慮の提供といった職場環境の変化、ライフイベントといった職業人生における経験の具体的な状況です。このような障害者の「職業サイクル」における変化への適応を支えることは非常に重要です。今後は全8期の調査データを用いて、障害のある労働者の長期にわたる職業生活の変化における個人要因(障害種類や性別・年齢等)と環境要因(家庭や職場環境の状況等)の影響およびそれらの相互作用の分析を進めていきます。  本調査研究報告書においては、「中高年期における障害の重度化が働き方等に与える影響」について、また調査期間中に起きた「東日本大震災」、「新型コロナウイルス感染症拡大」が障害者の就業および生活に与えた影響についても報告しています。本調査研究成果をわかりやすくまとめた資料「パネル調査がとらえた障害のある人の職業人生」(※2)を作成していますので、ぜひご活用ください。 ※1 調査研究報告書181「障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究(第8期 調査最終期)−第8回職業生活前期調査(令和4年度)・第8回職業生活後期調査(令和5年度)−」は、以下のホームページでご覧になれます。 https://www.nivr.jeed.go.jp/research/report/houkoku/houkoku181.html ※2 マニュアル、教材、ツール等84「パネル調査がとらえた障害のある人の職業人生」 https://www.nivr.jeed.go.jp/research/kyouzai/kyouzai84.html ◇お問合せ先 研究企画部 企画調整室 (TEL:043-297-9067 E-mail:kikakubu@jeed.go.jp) 図 4世代を重ね合わせた就労率の経時的変化(グラフ横軸は年齢範囲の中央値を示す) 【男性】 1983〜1992年度生まれ(n=26) 20.5 22.5 23.0 25.5 27.5 29.5 31.5 33.5(歳) 1期 2期 3期 4期 5期 6期 7期 8期 1973〜1982年度生まれ(n=41) 29.5 31.5 33.5 35.5 37.5 39.5 41.5 43.5(歳) 1期 2期 3期 4期 5期 6期 7期 8期 1963〜1972年度生まれ(n=55) 39.5 41.5 43.5 45.5 47.5 49.5 51.5 53.5(歳) 1期 2期 3期 4期 5期 6期 7期 8期 1946〜1962年度生まれ(n=54) 53.5 55.5 57.5 59.5 61.5 63.5 65.5 67.5(歳) 1期 2期 3期 4期 5期 6期 7期 8期 【女性】 1983〜1992年度生まれ(n=7):参考 20.5 22.5 23.0 25.5 27.5 29.5 31.5 33.5(歳) 1期 2期 3期 4期 5期 6期 7期 8期 1973〜1982年度生まれ(n=22) 29.5 31.5 33.5 35.5 37.5 39.5 41.5 43.5(歳) 1期 2期 3期 4期 5期 6期 7期 8期 1963〜1972年度生まれ(n=26) 39.5 41.5 43.5 45.5 47.5 49.5 51.5 53.5(歳) 1期 2期 3期 4期 5期 6期 7期 8期 1946〜1962年度生まれ(n=27) 53.5 55.5 57.5 59.5 61.5 63.5 65.5 67.5(歳) 1期 2期 3期 4期 5期 6期 7期 8期