リーダーズ トーク Leaders Talk 第9回 配慮があたり前の文化でだれもが、どこでも働ける職場に 株式会社良品計画 人事部長 吉田正人さん 吉田正人(よしだまさと) 2001(平成13)年、大手アパレル企業入社。海外赴任や新規事業対応を含め、人事領域全般(制度企画・労務・海外拠点支援等)に従事。2021(令和3)年株式会社良品計画に入社し、人事部にて現職。 株式会社良品計画 人事部 成澤(なるさわ)岐代子(きよこ)さん  商品企画から販売までの事業展開をする「株式会社良品計画」(以下、「良品計画」)は、店舗ごとの障がい者雇用を中心に、キャリアアップや当事者主体の活動などを通して、一人ひとりが自分らしく能力を発揮できる職場づくりを推進してきました。  今回、人事部長を務める吉田正人さんと、障がい者雇用の現場にかかわってきた人事部の成澤岐代子さんに、これまでの取組みと今後について語っていただきました。 (文)豊浦美紀 (写真)官野 貴 「ハートフルプロジェクト」 ―良品計画ではいま、障がいのある従業員355人(「障害者雇用率」2.93%、2025〈令和7〉年9月1日現在)の95%近くが店舗で働いているそうですね。取組みの経緯から教えてください。 吉田 もともと身体障がいのある従業員が数人いたものの、当時の法定雇用率を大幅に下回っていた当社は2000(平成12)年、ハローワークからの指導を機に23人(身体障がい15人、知的障がい8人)を採用し、事務部門で入力業務などを担当してもらいました。ただその後は店舗が加速度的に増えていき、事務部門だけで採用し続けることがむずかしくなり、障がい者雇用に対する考え方を抜本的に変える必要が出てきました。  ちょうどそのころ当社では経営理念の一つに「良品ビジョン」を掲げていました。これは、全従業員がそれぞれ目標を持って協力し合い、達成時の喜びを分かち合おうというものです。そうであれば障がいのある従業員も目標を持って、一緒に働ける場をつくるべきではないかとの考えに至りました。そうして2009年、「共に働き、共に育つ」という理念とともに、店舗における障がい者雇用を推進する「ハートフルプロジェクト」をスタートさせました。全社的な取組みであることを示すためにプロジェクトのリーダーは会長、副リーダーは社長がそれぞれ務めて社内認知を高め、人事部では社会保険労務士でもある成澤ら2人が陣頭指揮をとって進めていきました。 成澤 私たちは、まず成功例をつくることが大事だと考え、あらかじめ環境の整ったモデル店舗を選びました。当社のルールだけで運営できるようテナントではない路面店とし、重視したのは規模を問わず店長やリーダーの力量です。求人票には接客とバックヤードの2種類を提示し、「無印良品が好きで働きたい」という意欲と向上心のある人を採用していきました。全国での採用でしたから、各地のハローワークには採用から定着支援まで本当にお世話になりました。  プロジェクトを契機に障がいのある従業員を「ハートフルスタッフ」と呼んでいますが、受け入れが決まった店では店舗従業員に対して講義や研修を行い、ハートフルスタッフに対しては店舗用のマニュアルを活用して研修を行いました。マニュアルはもともと持ち出し厳禁ですが、基本的なところだけコピーして本人に渡したり、店長と相談して独自にアレンジしたものを作成したりして、一人ひとりにマッチした指導やサポートを行い、業務を拡大していきました。いまでは店舗での仕事内容も品出しや商品たたみ、賞味期限チェック、植物などのメンテナンス、倉庫整理、お客さま対応、レジ、POP作成など多岐にわたります。 吉田 どの店でどのように雇用をしているかを社内発信していくと、「自分たちもやってみたい」と手をあげる店も増えてきました。全国から店長が集まる会議で社長から店長に任命書を渡す場をつくったのも、モチベーションにつながっていたかもしれません。 雇用形態を柔軟に変える ―その後に導入された「雇用の多様性」とはどういう内容でしょうか。 吉田 当社では、一般採用で入ったけれども障がい者手帳を持っているというクローズドの従業員が少なからずいました。なかには、ハートフルスタッフの働き方を見て「隠して働いて休みがちになるより、もっと自分らしい働き方をしたいからハートフルスタッフになりたい」という人や、「ハートフルスタッフで入ったけれども、障がい者手帳を返還して一般雇用で働くことが目標」という人もいます。私たちは雇用形態を柔軟にして、自由に行き来できるようにしました。  一般雇用に変わっても、同じ職場のままだと働き方を変えにくいのですが、異動すればリセットできます。反対のケースでも同様です。各地に店舗があるからこそできる働き方ですね。なかには雇用形態を変えて行き来する人もいますが、とにかく自分で考え、選ぶことが大事です。 得意を活かすキャリアアップ ―2018年度から始まった「キャリアアップ制度の構築」について教えてください。 吉田 店舗では、時間給の「パートナースタッフ」からスタートしますが、月給制(週30時間以上勤務)の「ハートフル嘱託社員」になるには、いまは年1回の登用試験があります。  条件は、レジなど一定の業務内容ではなく、自分の決めた目標に対してどのような工夫・努力をして成果を出したかです。この評価制度を広げ、勤務するスタッフの働きがいやキャリアアップを一緒に考え、働きやすい職場づくりを目ざすためのキャリアアップ制度を導入しました。  パートナースタッフも、レベルごとに小さな目標を設定した評価表をつくります。自分なりのキャリア構築やスキルアップに力を入れてもらうことで、自分の得意分野を発揮できる人が増えてきたように思います。 成澤 例えばイラストの上手な人が、店内のPOPや展示用の布バッグに絵を描いてくれたり、文章力が高い人はお便りやお客さまへの返信文をつくったりしています。最近の自慢の社員は、ホスピタリティにあふれた知的障がいのある入社10年目の女性です。嘱託社員になったのを機に新たな目標として接客をあげ、上司と話し合いながら自分なりに工夫していきました。  その結果、百貨店で接客表彰を3回ほど受けています。2024年には、都内の大手百貨店に入る店舗のなかでスタークラブ認定アクションアワードに選ばれました。当社から初選出となる快挙です。 当事者目線のマニュアルや相談窓口 ―現在力を入れているのが、障がいのある当事者が主体となる活動だそうですね。 吉田 キャリアアップ制度によって、自分の考えをしっかり主張できるようになってきたことが、当事者主体のハートフルプロジェクト活動につながっています。  代表的な取組みが2024年設置の「ハートフル困りごと相談窓口」で、ハートフルスタッフによる運営です。それまでも社内の相談窓口として店長や人事部、24時間相談センターがありましたが、同じ気持ちを分かち合える者同士、いわゆるピアカウンセリングの場として立ち上げました。パソコンやスマートフォンから受けつけ、1週間以内にメンバー7人のうちのだれかが回答します。一緒に落ち込むこともあるので、メンバーのなかで調子のよい人がやります。いまは週に3件ぐらいがちょうどよい具合のようです。  当事者同士の横のつながりを望む声にこたえた座談会も好評です。最初は全員が参加できる会を年2回ほど、「体調管理」、「接客を考える」などのテーマ別で行っていましたが、いまは定期的にオンラインで毎回10人ほどが参加し、ざっくばらんに語り合います。地域別でも始めていますが、いずれもハートフルスタッフが主体となって開催しています。 成澤 最近は、レジ業務について「当事者目線のマニュアル」づくりにも着手しました。もともと数字が不得意な人にはレジ担当を回避してもらっていましたが、あるとき「レジを覚えたい。繁忙期の店で貢献できないのがつらい」と相談されたのがきっかけです。これもメンバー7人で作成中です。  当事者が主体となる姿勢が、思わぬ方向にも広がっています。企業在籍型職場適応援助者(ジョブコーチ)の養成研修(※)を希望して受けたハートフルスタッフがすでに3人います。指導員などを目ざすわけではなく「両方の視点から理解したい。店長や上司が困っていることも知っておきたい」といわれたときは驚きましたね。 配慮があたり前の文化を ―会社全体として、現在の課題は何でしょうか。 吉田 職場のみなさんの志や熱意に感謝しつつも、「今後は会社組織として、取組み全体を加速できる環境にしていかなければ」と反省しているところです。国内にかぎっていえば、今後も店舗数とともに障がいのある従業員の人数も増えていく予定なので、サポート体制や推進のための時間も増やして組織を強化していくつもりです。  社内全体をふり返ってみると、実際にハートフルスタッフが一緒に働いている店舗では「配慮する対象者に、障がいがあるかどうかだけにすぎない」という職場環境になりつつあるように感じます。例えば、背が高い人は、背の低い人が届かない位置にあるものを取る手伝いをしますよね。同じように計算が苦手な人がいれば、必要に応じて手助けする。それがあたり前だという配慮の文化が、ごく自然に根づいている店舗は確実に増えています。  店長会で事例なども発表しており、推進している店舗はより充実すると思いますが、社内には、もともと意識がそこに向かわず「そういう世界があるんだな」ぐらいの感覚でとらえている人もいるでしょう。店長教育といっても、個別対応だけではなく、組織的に持続可能な教育制度も充実させていく必要があります。  今後は、「配慮があたり前の店舗」を広げるために、「一店舗一人」というわかりやすいスローガンを掲げることも検討しています。ただこれはあくまで結果としての一店舗一人であって、絶対にノルマ化するものではありません。採用のマッチングがうまくいかなかった店舗があったので、社内でもていねいに理解を深めていくつもりです。店長自身が、障がいのある人と働くとはどういうことなのか、何のためにやるのか、これまでよりも一段深いレベルで理解を得られるよう、人事部として取り組んでいきたいと考えています。 だれもが「感じの良い暮らし」を営む社会 ―良品計画が目ざす障がい者雇用のあり方について教えてください。 吉田 障がい者雇用については、量だけではなく質の重要性についていわれるようになりました。質の領域に取り組むためには、当事者が自ら本当に働きたいと思えるような会社や職場の土壌が整っていることが大事です。そのための環境づくりと人材教育が欠かせないと思っています。  私自身、障がい者雇用やダイバーシティといった言葉を出しているうちは、本当の意味で実現できていないことの裏返しだと思っています。私たちの最終的な目標は、障がい者雇用という言葉自体を少しでも早くなくすことです。  障がいがあるかないかは、いわば国による線引きですから、働くうえではまったく関係ありません。良品計画の会社理念には「感じ良い暮らしと社会」が掲げられています。そこにはだれもが生活をしていくうえで、手を取り合って働くことも含まれています。  私たち良品計画が目ざす理想は、だれもが障がいの有無を気にせずに働ける社会です。だれでも働きたいときに働けて、そのときどきによって互いに配慮し、助け合いながら、一人ひとりが「感じの良い暮らし」を営んでいける社会を実現していきたいと考えています。 ★本誌では通常「障害」と表記しますが、株式会社良品計画様のご意向により「障がい」としています ※「企業在籍型職場適応援助者(ジョブコーチ)養成研修」についてはJEEDホームページをご覧ください。 https://www.jeed.go.jp/disability/supporter/seminar/job_adapt02.html