職場ルポ 大家族のように、自然体で支え合う職場 ―コーケン工業株式会社(静岡県)― 機械関連のパイプ部品製造会社では、「大家族のような自然体の支え合い」を合言葉に、だれもが個々の能力を発揮できる職場環境づくりを目ざしている。 (文)豊浦美紀 (写真)官野 貴 取材先データ コーケン工業株式会社 〒438-0216 静岡県磐田市(いわたし)飛平松(とびひらまつ)214-1 TEL 0538-66-4151(代表) FAX 0538-66-6220 Keyword:製造業、工場、溶接、知的障害、身体障害、特別支援学校、職場実習、多能工化、高齢者雇用、災害対策 POINT 1 特別支援学校と連携し、職場実習を経て希望者を全員採用 2 車いすユーザーの災害時の不安も考慮し、柔軟な職場づくり 3 高齢者も活躍する現場で、大家族のような横のつながりも パイプ部品の製造会社  静岡県磐田市にある「コーケン工業株式会社」(以下、「コーケン工業」)は、1971(昭和46)年に設立され、農業・建設機械などに使われるパイプ部品の製造加工を手がけてきた。同市内に3工場を持つほか、タイには合弁会社もある。  障がい者雇用については、社員296人のうち障がいのある社員が13人(身体障がい6人、知的障がい6人、精神障がい1人)で、「障害者雇用率」は5.74%(2025〈令和7〉年6月1日現在)という。高齢者も大勢が働いており、65歳以上が56人、うち75歳以上は26人にのぼり、現在の最高齢者は89歳だそうだ。  コーケン工業は、2017(平成29)年に「第7回日本でいちばん大切にしたい会社大賞」中小企業庁長官賞を受賞したほか、2020年度の「障害者雇用優良事業所厚生労働大臣表彰」も受賞している。  2015年から2023年まで代表取締役社長、現在は代表取締役会長を務める飯尾(いいお)祐次(ゆうじ)さんは、これまでの雇用方針や職場環境づくりについて、「私たちは何ごとも自然体で臨んできました。大事にしてきたのは、家族のような支え合いとチームワークです」と話す。これまでの経緯とともに、現場で活躍するみなさんを紹介する。 特別支援学校の生徒を採用  コーケン工業が障がい者雇用を始めたのは1997年。当時のことを伝え聞いているという飯尾さんによると、地元の特別支援学校からある会社に就職が内定していた女子生徒Aさんが、卒業間近になって会社側の事情により内定を取り消されてしまった。そこで学校の先生が、当時コーケン工業の代表取締役社長だった村松(むらまつ)久範(ひさのり)さんに相談したところ、「じゃあうちで採用してみよう」ということになったそうだ。  「当時は障がい者雇用の知識も経験もない当社の工場で、Aさんはいきなり働くことになりましたが、現場には高齢の女性社員をはじめ自然と協力してくれる社員がいたおかげで、すぐに仕事や職場に慣れたそうです」(飯尾さん)  もともとコーケン工業では、1980年代後半から人手不足になったのを機に高齢者を積極的に雇用していた。そのうちの一人が、Aさんに手取り足取り教えながら、孫のように見守ってくれたのだという。Aさんはいまも製造現場で、パイプにリングをはめる業務の担当として働いている。  Aさんの成功例を機に、コーケン工業は特別支援学校から職場見学や職場実習生を受け入れることになった。総務部総務課課長の新林(しんばやし)和彦(かずひこ)さんによると、「学校側が、私たちの工場の仕事に向いていそうな、ものづくりに興味のある生徒さんを見きわめて、本人にすすめてくれているようです。職場実習を経て就職を希望してくれた生徒さんは全員採用してきました」という。  常務取締役の高橋(たかはし)直樹(なおき)さんは長年、製造現場で職場実習生の受入れにかかわってきた一人。「実習時から、何かを伝えたり教えたりする際は、理解できているかていねいに確認しながら進めることを心がけてきました」と説明する。  ちなみに特別支援学校高等部2年次の職場実習のときは、3工程4種類の作業を組み合わせて1週間ごとに行い、最終日には自分がもう一度やってみたいと思う工程に取り組んでもらうという。「実習中に本人の特性や適性がわかってくるので、業務のマッチングもしやすいですね。そして最後は本人の意欲、ここで働きたいという気持ちがもっとも重要です」と高橋さん。  入社後は、現場の上司が一緒に取り組みながら仕事を教えるが、飯尾さんは「人によっては、覚えるまでにかなり時間がかかることもたしかにあります。ですが一度覚えたら、同じ作業をまじめに継続できるのは大きな能力です。何より仕事が楽しいといってくれるのが一番ですね」という。  コーケン工業では、障がいのある社員は全員がフルタイム勤務で、正社員雇用となっている。65歳以上の場合は、本人の希望によってパートタイム勤務の嘱託社員もいる。「10代から80代までの幅広い人材が一緒に働くことで、さまざまな相乗効果も生まれていると思います」と飯尾さん。 ロボット操作が好き  さっそく製造現場から見学させてもらった。本社工場の2階には、7000u近い広々としたフロアにさまざまな機械が並んでいる。その一角で、アーム型ロボットを前に作業していたのが、第1製造部製造2課の縣(あがた)篤史(あつし)さん(21歳)。パイプを治具に固定しボタンを操作することで、ロボットが金属パイプに器具を溶接するという流れだ。パイプは約10種類あり、縣さんは毎日500本ほどの溶接を担当。手ぎわよくパイプの固定や取り外しを行い、1本ずつ溶接の具合を確かめながら収納ケースに積み重ねていた。  縣さんは特別支援学校に在籍中、職場実習を通して「ロボットにかかわる作業が合っている」と感じたという。ただ実際に働き始めてから「失敗は何回もしました」と明かす。  「ときどき、きちんと溶接されていない部分が見つかるのですが、アームの先とパイプの溶接場所がずれていたようで『これをこうするといいよ』とリーダーや周りの人にコツを教えてもらいました」  また縣さんは「最初のころは自分に自信がなくて、少し声が小さくなりがちだったのですが、何か問題があったことなどを報告するときに、きちんと伝わらないと意味がないので、声を大きくしようと思っています」と話してくれた。  そんな縣さんについて「いつも、すごくよい返事をしてくれます」と太鼓判を押すのは、製造2課課長代理の向井(むかい)雄紀(ゆうき)さん。「はじめはなるべくむずかしい言葉を使わないよう心がけて指導しましたが、作業スキルのレベルアップとともに、ほかの同僚と変わらなくなりました」という。一緒に働いてみると、本当にまじめで仕事の吸収も早い縣さんは、いろいろな仕事ができるようになり、いまはたまに作業者の足りない場所に応援で入ってもらいながら多能工化につなげているそうだ。  向井さんは「彼自身がどうなりたいか、自分の考えを持てるようになれば、もっと成長できると思います。十分な伸びしろがあるので、本人のスピードに合わせてステップアップしていってほしいですね」と期待する。縣さんも「本当にいろんな人たちから教わっているので、もっと多くのことを学んで挑戦したいと思っています」と意欲を見せていた。 79歳の同僚と一緒に  2階フロアの別の機械がある場所では、案内役の向井さんから「バチっと火花が出るかもしれないので、気をつけてください」と注意をうながされた。顔に保護マスクをつけた男性が、パイプを治具に固定し、金属音を上げながら溶接作業をしているところだった。向井さんが「彼は大ベテランです」と紹介したのが、入社17年目になる山田(やまだ)啓真(ひろまさ)さん(37歳)だ。  スポット溶接機を使い、パイプに仮づけされた小さな部品を2カ所溶接するとき、山田さんは手作業でパイプをずらしていた。「少しだけずらす、その加減がむずかしいのですが、山田さんはもう職人の腕前です」と向井さん。山田さんはいまでは5種類ほどの作業をこなすことができ、どこかで人手が足りなくなったときなど、とても助かっているそうだ。  山田さんも特別支援学校での職場実習を経て2008年に入社した。向井さんは「仕事を覚えるスピードはハンデがありますが、一度覚えたら忘れません。機械の設定を変えるリモコン操作もできます。本人の作業中の目を見るとわかりますが、真剣さが伝わってきます」と教えてくれた。  山田さんの長所はほかにもある。性格が陽気で、職場内でだれとでも話ができることだという。なかでも休憩時間になるとフロア内のスペースでよく話すのが、同僚の富山(とみやま)健吾(けんご)さん(79歳)だ。富山さんは、もともと別の会社でパイプ関連の製造に長年たずさわっていた。60歳の定年退職後は福祉施設で補助の仕事に就いたが、65歳を前に「体力的にもたいへんだろうから」と退職をうながされた。「でも自分としてはまだまだ働けると思っていたところ、コーケン工業さんに嘱託社員として採用してもらいました」という。  この職場で14年目になる富山さんは、山田さんについて「気が合うというか、冗談をわかってくれて、気楽にお話ができる方なんですよね。この職場では山田さんのほうが先輩なので、新しい作業をするときに『どんな感じだった?』とか聞くこともあります。あと山田さんは鉄道の写真を撮るのが趣味なので、休憩時間に、一緒に写真を見ながら楽しく話しています」と笑顔で語ってくれた。 災害時の不安もなくす  コーケン工業では、知的障がいのある社員を雇用し始めてから数年後、身体障がいのある社員も雇用するようになった。飯尾さんは「ちょうど1995年にこの工場を建てたとき『今後必要になるだろう』と多目的トイレを設置していたので、車いすユーザーの方もスムーズに採用できたのだと思います」と説明する。  2011年に入社した森(もり)駿介(しゅんすけ)さんは生まれつき両足が不自由で、中学から特別支援学校に通い、卒業後は機械建築の専門学校でCAD操作を身につけた。就職活動をするなかで母校のOBがコーケン工業にいたことを知り、入社を希望したという。  通勤はマイカーだが、本社工場の通用口に一番近い駐車場を森さん用に確保してもらった。「多目的トイレが1階と2階にあり、建物内もスペースが広い動きやすく、働きやすいと感じました」と森さん。  森さんの所属する技術部技術課は2階にあり、業務用エレベーターを使って移動していたが、しばらくして、1階の品質保証部がある部屋の一角に、森さんのデスクを移すことになった。もと技術部で、いまは品質保証部の部長を務める小松(こまつ)伸也(しんや)さんによると「エレベーターがあるとはいえ、何かと移動もたいへんなのではないかと社長から話が出て、森さんとも相談して決めました」という。  その当時、「災害時など不測の事態のときにも、より早く避難しやすいように」と説明されたという森さんは、「じつは自分も災害時の不安を感じていたので、会社側から提案してもらったときは、とてもうれしかったです」とふり返る。小松さんも「森さんは最初、遠慮していい出せなかったのかもしれません。こちらが気づけてよかったです」  3次元CADを操作する森さんは、取引先からの図面やデータをもとに社内用のわかりやすい立体図を作成したり、製造に必要な寸法を出したりするのがおもな仕事だ。小松さんは「ほかの技術部員も簡単な図面などは作成しますが、森さんたち2人のスペシャリストが大事な図面を一手に引き受けてくれています」と頼りにしている。  品質保証部の部屋には、さまざまな検査機も並び、座ったままできる作業も多いという。小松さんは「森さんには、ほかの部員にCAD操作の指導をしてもらいながら、自身のスキルアップとして検査業務にも取り組んでいってもらえたら」と期待する。森さんも「この先も、やれそうなことがいろいろあるので楽しみです。体の障がいがあるだけに、健康を意識しながら長くこの会社に貢献できるようになりたいですね」と応えた。実際に森さんは健康維持のため、毎週欠かさず水泳にも取り組んでいるそうだ。 施設外就労の場も  コーケン工業では、「障害福祉サービス事業」を行う施設「社会福祉法人福浜会(ふくはまかい)はまぼう」(以下、「はまぼう」)と提携し、工場の一角に施設外就労の場をつくっている。平日の9時から昼休憩をはさみ15時ごろまで、はまぼうの利用者と職員たち10人近くが来て、パイプに取りつけるリングをあらかじめ通しておくなどの前準備作業に取り組んでいる。高橋さんは「同じ仕事でも、私たちの職場に通ってくることでみなさんの意欲も違うらしいです。工場まで来るのがむずかしい利用者さんのために、施設にも製品を届けて作業してもらっています」という。  毎年、施設で行われる夏のお祭りイベントには、飯尾さんたちが顔を出して、ふくろうをモチーフにした雑貨を買ってくるのも恒例になっているそうだ。 「0歳から100歳まで」の職場を  飯尾さんは10年ぐらい前、「この一つ屋根の下で、0歳から100歳までの人が楽しく働ける会社をつくりたい」という夢を表明したという。  「人生100歳といわれるようになりましたが、『私たちは、100歳までの人が、ものづくりを通して同じ職場にいる会社を実現したい』と話しています。これまでの最高齢者は93歳で、みなさん口をそろえて『働いているから元気でいられる』といってくれます」  一方で0歳というのは、子どもも連れてこられる職場という意味だそうだ。コーケン工業では現在、産休育休後の復職率は100%だが、「0歳児が保育園に通っていても祝日などは休園です。当社は取引の関係で祝日も出勤することがあるため、2020年からいわゆる子連れ出勤制度を導入しました」と飯尾さん。  工場2階の製造フロアに隣接した、事務部門の職場の奥にある部屋を空けて、おもちゃなどを置いた簡易的なキッズルームをつくった。「専門の保育士や担当者がいるわけではなく、みんなで仕事をしながら代わる代わる見守る体制です。当社ぐらいの規模だから可能なのかもしれません」(飯尾さん)  それでも最初は「子どもが製造現場に行ってけがでもしたら、どう責任を取るのか」といわれたこともあるそうだ。飯尾さんは「毎日のことではないし、自宅でも公園でもけがのリスクはある。みんなで助け合いながらやっていきましょう、と納得してもらいました」。いまではすっかり定着し、たまに電話後しかめっつらになった社員が、子どもたちの笑い声に思わずなごむ様子も見られるという。  飯尾さんは、「みんなで助け合うという意味では障がい者雇用も同じです。私たちの職場では、障がいのある社員がさまざまな部署で働いており、だれもが自然体で働いてもらいたいと思っています」と語る。  「当社では何十年も前から『自然体で雇用しよう』といってきました。大切にしているのは、職場における家族のような関係性です。家族にたまたま障がいのある子がいる場合、その子だけ一人でご飯を食べることもないし、家族それぞれができることをして助け合っていますよね。コーケン工業でも、それぞれ自分に合った仕事を覚え、みんな一緒に『チームコーケン』として働き続けてもらいたいですね」  こうした飯尾さんたちの思いは、コーケン工業の理念として「自然体で雇用すること・一生やりがいを持って働いてもらうこと・すべての人の働きたい気持ちに応えること」を掲げ、全社員が物心ともに豊かで健やかになる「チームコーケンの幸せ」を追求する、と明文化もされている。 ★本誌では通常「障害」と表記しますが、コーケン工業株式会社様のご意向により「障がい」としています 写真のキャプション コーケン工業株式会社は、農業・建設機械などに使われるパイプ部品の製造加工を手がける コーケン工業株式会社代表取締役会長の飯尾祐次さん 総務部総務課課長の新林和彦さん 常務取締役の高橋直樹さん 第1製造部製造2課の縣篤史さん 製造2課課長代理の向井雄紀さん 溶接を終えたパイプを確認する縣さん。装置ではアーム型ロボットが溶接を行っている 第1製造部製造2課の山田啓真さん 第1製造部製造2課の富山健吾さん スポット溶接機を使い、仮づけされた部品を溶接する山田さん 休憩時間に談笑する山田さんと富山さん 技術部技術課の森駿介さん 品質保証部部長の小松伸也さん 森さんは、3次元CADで立体図などの作図を担当している