編集委員が行く 社会に貢献する人材育成を目ざした特別支援学校におけるキャリア発達支援 市立札幌みなみの杜高等支援学校(北海道) 弘前大学教職大学院 教授 菊地一文 取材先データ 市立札幌みなみの杜(もり)高等支援学校 〒005-0012 北海道札幌市南区真ま駒こま内ない上かみ町まち4-7-1 TEL 011-596-0451 FAX 011-588-5020 菊地(きくち)一文(かずふみ) 編集委員から  今回取材した市立札幌みなみの杜高等支援学校は、「六つの職業コース」を通して企画・運営のみならず、経営まで生徒が中心となって進めているほか、「職業ゼミ」、「マイスター制度」などのさまざまな工夫がみられ、カリキュラム全体を通して生徒の「働きたい」気持ちを育んでいる。また、生徒の「将来の働く」夢の実現に向けて、企業とともに「協育実習」と称するインターンシップを展開するなど、特別支援学校高等部普通科でここまで質の高いキャリア教育・職業教育を展開している学校は、ほかにはなかなかみることがない。本稿では、みなみの杜の取組みについて生徒や校長へのインタビューを含めて、レポートする。 Keyword:特別支援学校、キャリア発達支援、職業教育、企業と特別支援学校の連携・協働、マイスター制度、インターンシップ 写真:官野 貴 POINT 1 企業と特別支援学校の連携・協働 2 教育課程全体を通したキャリア発達支援 3 「マイスター制度」による職業技能と職業意識の育成  これまで特別支援学校では、知的障害教育を中心に、「キャリア発達をうながす」キャリア教育の推進が図られてきた。  キャリア発達の視点は「なぜ・なんのため」学ぶのかを重視する視点であり、「なぜ・なんのため」働くのかという本人の社会的・職業的自立につながる重要な視点である。  その背景としては、従前から大切にしてきた「自立と社会参加」という基本コンセプトがあげられ、単に教科の内容を教え込むのではなく、教育課程全体を通して将来を見すえたコンピテンシー(資質・能力)の育成を目ざし、「為すことによって学ぶ」ことや「生きる力の育成」を重視した実践が展開されてきたことがあげられる。  このような取組みの成果をふまえ、現行の学習指導要領では、幼稚部を除くすべての学部の学習指導要領に「キャリア教育の充実」が明示され、職業教育に限定しない、小学部段階からの教育活動全体を通した「キャリア発達」を支援する教育へのいっそうの理解を図り、充実を図ることが求められている。 市立札幌みなみの杜高等支援学校の概要  市立札幌みなみの杜高等支援学校(以下、「みなみの杜」)は、2017(平成29)年に開校し、今年度で9年目となる、高等部単独設置の「普通科」の特別支援学校である。キャリア教育・職業教育に特化した高等部単独の特別支援学校の多くは、職業に関する専門教科を中心とした教育課程を編成する「専門学科」であるが、みなみの杜のように、普通科でありながら専門学科と同等、あるいはそれ以上の成果をあげている特別支援学校は稀有である。  みなみの杜は本誌2024年2月号(※1)で筆者が紹介した京都市立東山(ひがしやま)総合支援学校(以下、「東山」)と同時期に設置された、横浜市立若葉台(わかばだい)特別支援学校(以下、「若葉台」)をモデルとして設置された。  若葉台は、筆者が開校以前の教育課程編成から10年以上にわたってかかわり、コンサルテーションしてきた、東山と同様のコンセプトを有する学校である。本人が作成する個別の諸計画である「キャリアデザイン」とそれを通した対話の時間「キャリアデザイン相談会」を定期的に実施し、日ごろの職業教育や地域協働活動、インターンシップについて「ふり返り」、対話することによって、生徒自身が働くことの意義を見出し、そして将来を描き、その実現に向けて必要なことに気づき、行動できるよう支援している。  これらの学校においては、自己選択や自己決定を基盤とする「生徒主体」を軸として、「キャリア発達」、「対話」、「地域協働」といったキーワードをキーコンセプトとしていることが特徴であり、共通点である。このことは近年のいわゆる高等特別支援学校の一つのモデルとなっている。  みなみの杜はこれら学校の要点をふまえつつ、発展させるとともに、独自の特徴的な取組みを開発し、実践してきた学校である。校訓は「らしくあれ」で、生徒一人ひとりが夢を追い、自分らしく活き活きと社会のなかで活躍することを願い、指導・支援の充実に努めている。  なお、動画を含む、みなみの杜の概要については、下記のURLまたは二次元コードから参照いただきたい(※2)。 みなみの杜の取組みの特徴 @職業教育を中心とした教育課程  現在、みなみの杜では、「ストア(接客・商品管理)」、「キッチン(調理・製パン)」、「アグリ(野菜栽培・食品加工)」、「ファクトリー(木工・窯業(ようぎょう)等)」、「クリーンアップ(清掃)」、「サポート(福祉・デザイン)」の六つの職業コースを開設している。  各コースでは、企画・運営のみならず、収支決算を含む「経営」まで、生徒が主体となって取り組めるようにしている点が、ほかに類をみない部分である。  そして、その各コースの学びを深めているのが1年生の「職業ゼミ」である。  商品開発を学ぶことを通して「仕事はだれかのためにある」ということを学んだり、会社が社会に果たす役割という視点で会社をとらえたりするなかで、一人ひとりの職業観を育てていく。そこで育てた自分のなかの「はたらく」がコース実習やインターンシップにかかわる実習でさらに深まり、根を張っていく。  そのほか、「働く生活」の土台づくりとして、職業T・U・Vのほか、各教科等を合わせた指導である「生活基礎」を位置づけ、「自立活動」、「道徳」の指導において自分や他者、社会を知りそれらとかかわり合っていく力を高めている。  さらには「SSJカリキュラム」と称する学年の成長に合わせた仕掛けを教育課程に位置づけ、学びに見通しと必要感をもって向かえるようにするなど、教育課程全体を通して生徒のキャリア発達支援に努めている。 Aマイスター制度  各コースでは、卒業後も自らを高めていける職業人になってほしいという思いから各コースの技能習得度を認証する「マイスター制度」を設けている。各コースのさまざまな分野について3段階で試験を実施しており、合格者にはマイスターエンブレムが授与される。自分の所属コースのグランマイスターを取得したうえで、ほかのコースすべてのベーシックマイスターを取得するとダイヤモンド賞受賞者として表彰され、後述する杜(もり)カフェに合格証書が掲示される。  2025年3月31日現在で、ダイヤモンド賞10人、グランマイスター(指導者レベル)51人、アドバンスマイスター(応用レベル)158人、ベーシックマイスター(基礎レベル)548人となっている。  このようにみなみの杜では、普通科の特色を活かし、希望者には広くすべてのコースの専門性とホスピタリティを身につけられる仕組みを整えている。  生徒たちは自分の所属するコース以外の職種にも積極的にチャレンジし、職業スキルの幅を広げるとともにその職種に必要なマインドを獲得している。 B杜カフェ  杜カフェは、生徒と地域をつなぐ、そして各職業コースをつなぐ、みなみの杜のキャリア教育・職業教育の中核に位置づく場といえる。  杜カフェは、アグリコースが自校で栽培した野菜をふんだんに使ったピザやパスタ、カレーなどのフードメニューやデザートが提供されるため、開店前から行列ができるなど、リピートする地域住民も多い。地域のみなみの杜への期待の大きさを表す場でもあり、生徒たちにとっては、顧客の求めに応じることを通して学び、成長する場でもある。  筆者は数回みなみの杜を訪問してきたが、6月の訪問時は、驚くことに1年生だけで杜カフェを営業していた。入学してわずか2カ月半しか経っていない1年生だけである。近年このようなカフェを営業している特別支援学校は各地でみられるようになってきたが、1年生だけでの営業、しかもここまでのパフォーマンスをみせる学校はほかにみたことがなく、正直驚き、目を疑った。  営業に至るまでの取組みを聞いてみると、まず6月に1年生だけで営業する日があることを伝え、生徒たちが具体的な目的意識を持てるようにしたそうである。そのうえで3年生とともに営業する機会、2年生とともに営業する機会を各一回ずつ設定したそうである。たったそれだけの機会でも必要性や必然性を実感した1年生は、日々の学習のなかで真剣かつ本気で取り組み、このレベルに至ったのである。  日々ただ漫然と職業教育をくり返すのではなく、生徒の本気を引き出し、成長をうながす仕掛けが至るところで工夫され、生徒たちのキャリア発達をうながしているということがわかった。 生徒と校長へのインタビューから  次に生徒と校長の小山(こやま)学(まなぶ)さんへのインタビューの一部を紹介する。本インタビューでの生徒の語りは、まさに教育活動の成果であり、アウトカムとしての評価の一つと筆者はとらえている。  生徒にとっての「働くうえでの大切なこと」は、授業で学んで終わりではなく、身につけた知識や技能を活かすこと、そしてその結果、成功だけではなく失敗を含めた「体験」をふり返ることによって実感をともない、見方や考え方をともなう「経験」として身についていく。それが実感をともなった、本人にとっての意味のある「働くために必要な力」、「本物の働く力」になっていくと考える。 ☆藤野(ふじの)莉湖(りこ)さん(1年生) 〇みなみの杜を志望した理由は?  中学生のころのオープンスクールのときに決めました。生徒の明るい姿、先輩と後輩との関係がよいと思いました。ほかの学校はプレッシャーを感じましたが、みなみの杜はみんな個性があって、チームワークがいいと思いました。 〇現在学んでいる職業コースは?  ファクトリーコースです。窯業や木工などのものづくりや解体作業をしています。自分たちでつくったものを販売して達成感が得られることがいいところです。コース実習では、周りを見て行動することや、協力することの大切さを学びました。 〇これまで悩んだことやつまずきは?  人間関係です。周りのことを見ていなくてコミュニケーションがずれて、気まずくなったことがあります。 〇どうやってそれを乗り越えたか?  自分の考えと相手の考えがずれていたことがわかったので、人間関係を大切にすることを意識するようになりました。 〇将来の希望職種は?  窯業が好きなので、ものづくりに関係した仕事がしたいです。あとはご飯づくりやカフェにも興味があります。 〇将来はどうなりたい?  いろいろな人に頼りにされる、信用される大人になりたいです。そのためにコミュニケーション力がつくよう、いろいろな人と話すようにしています。 〇「働くために必要な力」は何か?  集中力と、一つのことだけでなくいろいろなことに挑戦する力と、コミュニケーション力です。三つのコースを経験してそう思いました。 〇就職した後の夢は?  いろいろなことに挑戦したいです。自分で店を持てたらと思います。そのために一日に一回は、自分が何をしたいのかについて考えるようにしています。 ☆加藤(かとう)大樹(だいじゅ)さん(3年生) 〇みなみの杜を志望した理由は?  中学生のころから将来のことを考えていて、高1のときから全部のコースを体験できて、実習にも行けることが魅力的だと思いました。 〇所属している職業コースは?  ファクトリーコースで木皿をつくっています。カフェのアンケートで木皿が役に立っていることがわかって、やりがいを感じています。つくったものを販売して、お客さまに喜んでもらいたいと思っています。 〇これまで悩んだことやつまずきは?  進路選択です。1年生の最初の実習はA社で実習しましたが、「会社として障害者雇用の実績がないため、新卒採用の予定がない」といわれました。その後、別の会社で認められたのですが、どうするか悩みました。 〇どうやってそれを乗り越えたか?  先生と親に相談して、最終決断は自分でしました。自分の強みは笑顔とコミュニケーション力だと思っていたので、どのコースもつらいことはなくがんばれました。その後、希望していたA社から来てほしいといわれ、うれしかったです。 〇日々意識していることは何か  昔から時間の意識が課題だったので、5分前行動を意識しています。 〇「働くために必要な力」は何か?  コミュニケーション力と報・連・相です。働くために最低限のことだと思います。わからないことを聞くことができるし、早く会社になじめるからです。 〇どうしてそう思ったのか?  職業基礎の時間に学びました。最初はあまり大事じゃないと思っていたのですが、実習先で報・連・相ができなくて、評価表でチェックを受けたため、意識するようになりました。 〇就職した後の夢は?  A社は朝8時出勤で自宅からは遠いので、練習をして、いま自宅で親にしてもらっているような生活ができるような力をつけて、一人暮らしをしたいです。そのためにまずは一人暮らしで何がたいへんだったかを聞いて、知ることが大事だと思っています。 ☆校長の小山学さん 〇みなみの杜設置のコンセプトは?  生徒が小さなことから一つひとつ自己選択や自己決定を積み重ねていくことを大切にした学校です。普通科のよさを活かして、校内に産業構造をふまえた幅広い職種を構成し、1年時に広く学び、2年時で選択できるようにしたいと考えました。  各コースが相互に連携しながら杜カフェという場を運営していくのですが、教師が誘導してではなく、生徒が自ら考え、企画・経営までたずさわるような形を描いていました。 〇生徒が企画・経営する土台は?  コースリーダー会議を月1回実施して、各コースの状況などを共有するようにしています。また、お客さまが来るというリアルな体験を通して、各コースが連携する必要性を感じられるようにしています。 〇職業教育の特色は?  「本物から学ぶ」ことです。学校のなかで教師が教えるだけではうまくいきません。その道のプロが定期的に来たり、実際働いているところを見に行ったりして、スキルだけでなく姿勢など本物を学ぶことが大事だと考えます。  また、「みなみの杜応援団」として「協育実習(インターンシップのこと)部会」、「協育学習部会(地域の方や卒業生などの学習サポーターの会)」、「PT(保護者と教師)部会」の三つの部会を組織し、校内の学びと校外の学びをつなぐように努めています。  インターンシップについては、企業にお願いしてやらせていただく形から、ともに育てていく意識へと転換を図りました。一緒に生徒を育てていただきたいという思いを全職員で企業に伝えてきて、いまに至っています。  年2回開催している「協育実習部会」では、学校の職業教育にかかわることを通して、企業同士が雇用の悩みを共有し意見交換する場にもなっています。  校長の小山さんは教育行政の立場でみなみの杜の設置にたずさわり、開校に向けて尽力し、開校後は教頭として着任した。その後、他校での4年間の管理職経験を経て、みなみの杜の校長として着任した。  当初、先を見すえたビジョンを描いて開校したが、あらためて次の時代に向けてどのように変革していけばよいか、教職員との対話を通して日々試行錯誤しているとのこと。  みなみの杜は開校以来、変化を恐れず3年スパンで取組みを整理・精査し、検討を重ねることにより、計画・実施・評価に基づく発展を図ってきており、マネジメント面についても注目したい学校である。 ※1 JEEDホームページからもご覧になれます。 https://www.jeed.go.jp/disability/data/works/book/hiroba_202402/index.html#page=22 ※2 https://www23.sapporo-c.ed.jp/minaminomori/index.cfm/1.html 図 みなみの杜協働育成システム(2024年4月1日改訂版) みなみの杜応援団 (双方向での学びを支える) PT部会 運営委員会 協育実習部会 協育学習部会 自分らしく生き生きと社会の中で活躍する生徒を育てる 働く力を育てる学び (コース実習・職業TUV) 職業TUV(職業基礎) (カフェ)運営部門 ストア (センター) キッチン (サポート) コース実習 サービス部門 クリーンアップ (エコサイクル) サポート 職業ゼミ 1年生のみ 生産部門 アグリ (ファーム) ファクトリー (工房) 協育アドバイザー (企業等外部講師) 就労支援コーディネーター 生き抜く力を育てる学び (各教科別の学習等) 国語・社会・数学・理科・音楽・美術・保健体育 職業・家庭・情報 生活基礎 (チャレンジ) (コミュニケーション) (セルフマネジメント) 総合的な探求の時間 特別活動 (学校行事、LHR) 特別の教科道徳 自立活動 生徒会活動 部活動 ゲストティーチャー (教科等外部講師) 協育サポーター (無償ボランティア) 協育実習 (企業や福祉事業所等での実習) <見学・研修> 実際に見て、聞いて、視野を広げる <体験> 経験を拡大し、課題に気づく <協育> 課題解決に向けて、より実践的な実習を行う <評価> 企業視点で、実習の成果を評価してもらう 協育学習 (地域や交流校での体験的学習) <見学・研修> 実際に見て、聞いて、視野を広げる <体験> 地域の方や他校、多文化等とふれあう <協育> 人のために汗を流し、その喜びを実感する <評価> 検定試験や資格取得で自分のスキルを高める 【学びの重点】自分を高める 人を大切にする 社会で活躍する (資料提供:市立札幌みなみの杜高等支援学校) 文献:1 キャリア発達支援研究会(2024)キャリア発達支援研究10 本人を中心とした柔軟な思考としなやかな対話をとおして新たな価値を相互に生み出すキャリア発達支援.ジアース教育新社 2 菊地一文(2023)これからのキャリア教育の一層の充実に向けて.これからの特別支援教育はどうあるべきか.全日本特別支援教育研究連盟編著.pp140-147、東洋館出版社 3 菊地一文(2021)知的障害教育における「学びをつなぐ」キャリアデザイン.全国特別支援学校知的障害教育校長会編、ジアース教育新社 写真のキャプション 市立札幌みなみの杜高等支援学校 学校教育目標・校訓(写真提供:市立札幌みなみの杜高等支援学校) 「ストア(接客・商品管理)」コース(写真提供:市立札幌みなみの杜高等支援学校) 「クリーンアップ(清掃)」コース(写真提供:市立札幌みなみの杜高等支援学校) 「サポート(福祉・デザイン)」コース(写真提供:市立札幌みなみの杜高等支援学校) 「キッチン(調理・製パン)」コース(写真提供:市立札幌みなみの杜高等支援学校) 「アグリ(野菜栽培・食品加工)」コース(写真提供:市立札幌みなみの杜高等支援学校) 「ファクトリー(木工・窯業等)」コース(写真提供:市立札幌みなみの杜高等支援学校) 杜カフェに掲示されたダイヤモンド賞合格証書 杜カフェは校舎に併設されている 杜カフェ入り口(写真提供:菊地一文) 杜カフェ店内(写真提供:菊地一文) カフェメニューの調理も生徒が担当する(写真提供:菊地一文) 1年生で取材時の月はファクトリーコースの藤野莉湖さん 3年生でファクトリーコースの加藤大樹さん 市立札幌みなみの杜高等支援学校校長の小山学さん