職場ルポ 特性や疾患に合わせた個別の支援・指導 ―株式会社瀬戸製作所(香川県)― 精度の高い金属加工を手がける職場では、社員一人ひとりの障害特性や疾患に合わせた個別の支援・指導で、長く働き続けられる環境をつくっている。 (文)豊浦美紀 (写真)官野貴 取材先データ 株式会社瀬戸製作所 〒767-0031 香川県三豊市(みとよし)三野町(みのちょう)大見甲(おおみこう)2022 TEL 0875-72-5195 FAX 0875-72-5197 Keyword:身体障害、知的障害、内部障害、製造業、特別支援学校 POINT 1 創業者の時代から、働く意欲のある障害のある人を個別に採用 2 機械を使った精度が求められる作業も、時間をかけてていねいに指導 3 療養からの復職や通院など、個別事情に合わせて勤務形態などを調整 油圧コントロールバルブ製造  金属加工業を営む「株式会社瀬戸製作所」(以下、「瀬戸製作所」)が手がけるのは、おもに大手メーカーの小型建設機械に搭載される油圧コントロールバルブだ。機械加工から研磨、組立、性能検査まで自社で一貫して実施している。1952(昭和27)年に大阪府大阪市で設立後、2015(平成27)年に創業者の郷里である香川県三豊(みとよ)市に本社を移転させた。中国やベトナムにも子会社を持ち、グローバルに事業を展開してきた。  瀬戸製作所では、創業者の代から自発的に障害者雇用を行ってきたそうだ。いまでは社員104人のうち、障害のある社員は5人(身体障害4人、知的障害1人)で障害者雇用率は5.58%(2024〈令和6〉年6月1日現在)だという。2024年度には「もにす認定制度」(障害者雇用に関する優良な中小事業主に対する認定制度)の認定も受けている。  組織的な支援体制などを整えているわけではないが、創業者から続く“共生”の精神と、社員を守る姿勢が職場全体に浸透しているなかで、障害者雇用も自然と定着しているように思われる。これまでの取組みや、当事者である社員や上司の話を聞きながら、ものづくりの現場を見学させてもらった。 安心して頼れる上司のもとで  まずは、本社工場内を案内してもらった。金属加工用の大小さまざまな機械が置かれているなか、3台の大型機械の間に立って作業をしていたのは製造1課の石井(いしい)聖也(せいや)さん(30歳)。地元の普通科高校の先生と「障害者就業・生活支援センターつばさ」(以下、「つばさ」)の職員と一緒に来社し、1週間のインターンを行ったのちに正社員として採用された。当初はつばさの職員が会社に来て勤務状況に関するヒアリングや助言等の支援を行っていたという。  現在担当しているのは、金属部品の材料を切削する「6面フライス加工」と呼ばれる工程だ。ブロック状の金属のかたまりを機械に取りつけ、決められたサイズになるよう数値を入力して切削していく。ただし、すべて機械が自動で仕上げてくれるわけではないという。石井さんの上司で、製造1課班長の好川(よしかわ)直樹(なおき)さんが説明する。  「許容されるサイズの誤差は±0.3mm以下とされているので、機械への取りつけ具合などを一つひとつ微調整する必要があります。何十もある部品の種類によって調整具合も違います。しかも、ここで規格からずれてしまうと、そのあとの工程にすべて影響するので、かなり重要な仕事です」  瀬戸製作所が手がける油圧コントロールバルブは、油圧ショベルを操作する“頭脳”のような役割をする制御装置。弁内で主軸部品がスムーズに動き、しかも油漏れしないためのミクロン単位の隙間が必要で、精度の高い加工技術が求められているのだという。  そんな大事な加工現場の一つを任されている石井さんは、作業の流れやコツをくり返し教わりながら、少しずつスキルアップしてきた。その過程では苦労もあったようだ。なかでも当初は、コミュニケーションが不得手であることが、大きな課題だった。  好川さんが6年前、初めて石井さんと同じ職場になったころは、ほとんど会話がなかったという。「当時の上司がちょっと職人気質で、本人にとっては少し怖いと感じる方だったようです。その影響で、本人から周囲に話しかけたり、質問をしたりするようなこともありませんでした」  その結果、石井さんはトラブルなどが起きるとその場で立ちすくんでしまうしかなかったそうだ。  しばらくしてその上司と替わって、新たに指導役を務めることになった好川さんは、「何があっても絶対に怒らない」、「できるだけ、本人がしゃべりだすのを待つ」ことに決めたそうだ。  「私はもともと叱ることが嫌いですし、本人がいまの仕事をしたいと思っていることはわかるので、少しずつ時間をかけて、つねに私から声がけをして働きかけながら、コミュニケーションの壁をとっぱらっていくようにしました」(好川さん)  また好川さんは、少しでも石井さんのことを理解しようと、特性について必要な配慮やサポートの仕方などをインターネットなどで調べ、日々の対応に活かしていったそうだ。  会話のなかでも、その場で返答を急がせることをせず、場合によっては「次のときでいいからね」と時間的な余裕をもたせた。そうやって石井さんの心理的な負担をやわらげながら、多少時間がかかっても自分で意見をいえるような雰囲気づくりを心がけたという。  「いまでは、ずいぶんしゃべってくれるようになりました。最初に会ったときとは全然違います。また、何かミスやトラブルがあれば、すぐ私のところに来て報告をしてくれるようにもなりました」(好川さん)  コミュニケーションの向上に合わせるように、石井さんは、機械の脱着といった新しい担当作業もいくつか増やしてきた。  最初は時間をかけて好川さんと一緒に一つひとつの作業をくり返し、作業が正しくできているかフィードバックしながら覚えてきたそうだ。「補助的な作業をいくつか担当できるようになった分だけ、ほかの社員も助かります。間違いなく戦力ですよ。今後はさらに難度の高い作業も、根気強く時間をかければできるようになると思います。本人からは『やってみる』という意欲も感じられるので、少しずつ、周囲とのコミュニケーションを図りながら、担当する作業を増やしていけたらと思います」と好川さんは期待している。  石井さんにも話を聞いてみた。こちらの質問に、はにかむような笑顔で、答えに困る様子を見せながらも、休日にはゲームセンターに行くこと、自転車で通勤していることを教えてくれた。「好川さんはどんな人ですか」との質問には、にっこりしながら「やさしいです」と答えてくれた。ちなみに、年に1回の社員旅行も、行きたい場所があるときなど参加するようになったそうだ。  総務部長の山本(やまもと)真也(しんや)さんも、「安心して頼ることができる上司がいることで、本人も大きく成長できました」と話す。  「入社した当時は、親御さんがついてきたり、代わりに連絡をされたりしていたようですが、いまはそういうことも一切ありません。突発的に休まないといけないときも、本人から好川さんに直接連絡しているようです。社会人として自立してきていることもうれしいですね」  障害者職業生活相談員(※)でもある山本さんは、数年前に瀬戸製作所に転職してきた。以前は大手自動車メーカーの特例子会社に出向していたことがあり、そこで多くの障害のある社員に仕事を指導していたという。こうした豊富な経験も含め、職場内で何かと頼られる存在だ。 工業高校で学んだことを活かす  次に案内してもらったのは、同じ工場建物内の、総務部などがある事務所と透明ガラスで隔てられた小部屋。ここは、できあがった製品の性能などを保証するための検査や測定を行う品質管理室だそうだ。  その一角で、回転型の測定機と向き合っていたのは、2013年に入社した品質管理課の田淵(たぶち)航(わたる)さん(29歳)。  測定機の真ん中には、油圧バルブの中に組み込まれる弁棒といわれる小さな金属部品が取りつけられている。田淵さんは「これは真円度測定機と呼ばれるもので、この弁棒がどれぐらい正確な円状であるかを計測しています」と教えてくれた。この業務でもっとも気をつかうのは、数値の違和感だという。  「手順通りの操作をすれば自動的に数値を出してくれますが、ごくたまに、ちょっとした設置のずれなどで、誤った数値が出ることがあります。そこを見逃さないように、『いつもと違うな』とか『ここでこの数字はおかしいかも』といった違和感を大事にしています」  両足が不自由な田淵さんは、地元の工業高校で就職活動をしていたときに、瀬戸製作所の求人票があると先生から紹介されたそうだ。「ほかにも印刷会社でパソコンを使う仕事もあったのですが、電子科だったので、ここの職場が合っていると思いました。一緒に入社した同級生もいました」  田淵さんは日常生活では、ロフストランドクラッチと呼ばれる杖(つえ)を使用しており、入社当初は、工場内も杖を使って移動していたそうだが、「慣れてくるとかえって邪魔だったので、いまは職場では使っていません」  真円度測定機の後方には、「部品の表面がどれほど滑らかであるか」を調べる表面粗さ測定機が置かれている。田淵さんはこの二つの測定機の間にいすを置いて、座りながら並行して使っている。  「ほぼ座った状態で仕事ができるので、私にとってはとても作業しやすい環境です。数年前に別の業務をしていたときも、いすに座ったまま作業できるよう工夫してもらっていました」  これまで仕事上で苦労したことなどについて聞いてみたところ、「一度、真円度測定機に使う針状の部品を誤って曲げてしまったことがあります」と明かし、「別の作業も一緒にやろうとして注意が足りなかったのかもしれません。高価な部品なので、上司に『給料から天引きにしてください!』といったところ、『そんな必要ないよ』と笑って許してもらいました。それ以来、特に気をつけて作業しています」と教えてくれた。  田淵さんは入社後、自動車免許も取得し、ほかの社員と同様にマイカー通勤をしている。「でも、いまでも運転は慣れないというか、自信があるわけではありません」とうつむき加減に答える田淵さん。職場前にある社員用駐車場には、田淵さんが一番停めやすい場所に身体障害者用であることを示すポールが置かれている。  田淵さんの先輩社員にあたる品質管理課の立石(たていし)晃(あきら)さんによると、職場内では「すれ違うときなど、本人が移動しやすいよう少し配慮するぐらいです」といたって自然体で接しているそうだ。  「彼のよいところは、まじめなところです。部品をだめにしたときには給料の天引きを願い出てきましたが、私たちもたまに部品を壊しますからね。いずれにせよ、そういう姿勢も含めて誠実だと思います」  一方で、まだ若い田淵さんには、もっと貪欲にスキルアップを目ざしてほしいそうだ。「例えばエクセルのマクロやプログラミングなど、会得できれば本人の大きな武器になります。業務的にメリットがあれば会社も支援してくれると思いますし、将来的に何かあっても生きていく糧になるはずです」とアドバイスする。  「個別に勉強したいことがあれば、社長に直接相談してみたらいいと思います」と立石さん。そんな気軽にできるのかと聞いてみたところ、2022年から3代目の代表取締役社長を務める藤田(ふじた)紹宏(つぎひろ)さんは、自身の作業用デスクを品質管理室内に置いており、日ごろから田淵さんの座席から数メートルの距離にいるそうだ。社長室は別棟にあるものの、来客があったときしか使っていないのだという。山本さんが「いまの社長が、社員として入社した十数年前から、ずっとこの場所だそうです。本人にとってはここが一番仕事もしやすいのでしょう。ほかの社員も、いまでは特に気にしていません」というほど、社員との距離が近いようだ。 透析に通いながら働き続ける  瀬戸製作所では、職場で長く働き続けられるための柔軟な環境づくりも行ってきた。通院などのために、時間単位での年次有給休暇の活用を積極的にすすめているほか、休職した社員には、個別の職場復帰プランも作成している。  ある社員は一時期、内臓疾患により長期入院と療養を余儀なくされた。復帰後も週3回の人工透析が必要だったことから、本人と相談しながら事情に合わせて勤務時間などを変更し、いまも活躍してもらっているという。  総務部長の山本さんは、「社員旅行のときも、この方が人工透析を受けられる病院を事前に調べて手配をし、一緒に楽しむことができました」と話してくれた。 「人にやさしい会社」として  これまでの瀬戸製作所の障害者雇用は、トップの姿勢によって、ごく自然に取り組んできた結果だ。山本さんによると、「組織として特に障害者雇用に取り組んできたというよりも、代々の社長が、個人的に相談されたり、困っている話を聞きつけたりすると放っておけないようで、その都度、働きたくても働けない人たちを受け入れてきたようです」とのことだ。  例えばコロナ禍のときは、電車で1時間離れている高松市内の飲食店が軒並み休業したため、留学生のアルバイト先がなくなり生活に困っているとの話があった。そこで、当時の社長でいまは代表取締役会長を務める藤田(ふじた)晃(あきら)さんが、留学生10人近くをアルバイトとして受け入れることを決断。本人たちから、できそうな作業を聞き取ったうえでふり分け、留学生たちが授業後に高松市から通えるよう、藤田会長自身が毎日車を運転して送迎していたそうだ。  「現社長の日ごろの言動をみていると、先代社長の姿勢を自然と受け継いでいるように感じます。その姿勢が職場全体にも伝わり、障害のある人も一緒に働きながら自然と“共生”精神のような社風になっているように思います」といいながら、山本さんはあるエピソードも教えてくれた。  「景気の波によって会社が不安定だったときも、いまの社長が『会社都合で契約社員の更新を止めるようなことは絶対にしない』と話したのを覚えています。あらためて、人にやさしい会社なのだと感じています。そういうトップの姿勢が、私たち社員の会社への信頼につながりますし、みんなでがんばろうという気持ちにもなれますね」  取材時、現社長の藤田紹宏さんは中国に出張中のため会えなかったが、「会社と社員のために奮闘してくれていると思います」と山本さん。  瀬戸製作所では今後も、障害者雇用に特に力を入れるというより、これまで通り、「働きたくても就職先がなくて困っているような人たちに、その人の能力に応じた仕事を考え、できるかぎり雇用していく」という姿勢を守っていくという。  これまで雇用してきた障害のある社員のなかには、キャリアアップして転職した人もいる。山本さんは、「前向きな退職・転職はもちろん応援しますし、働き続けたいという人には少しでも働きやすい職場環境を、みんなで考えながら工夫していけたらと思っています」と語ってくれた。 ※「障害者職業生活相談員」の詳細はこちらをご覧ください。 https://www.jeed.go.jp/disability/employer/employer04.html 写真のキャプション 油圧コントロールバルブの製造を手がける株式会社瀬戸製作所 金属部品の切削を担当する製造1課の石井聖也さん 製造1課班長の好川直樹さん 製造された油圧コントロールバルブ 切削前の材料 切削後の部品。切削を経て表面が滑らかになっている 切削装置に材料をセットする石井さん 石井さんは、工程ごとに3台の機械を使い分けている 総務部長の山本真也さん 品質管理を担当する田淵航さん 真円度を測定する田淵さん 表面粗さ測定機に向き合う田淵さん 真円度測定の様子。中央に弁棒、その右側に針状の測定子が見える 品質管理課の立石晃さん