クローズアップ 障害者雇用率向上へのヒント 第1回 企業が取り組む障害者雇用の意義と今後の動向  2024(令和6)年度の障害者雇用状況をみると、民間企業における雇用障害者数は67万7461.5人、実雇用率は2.41%と、過去最高となりました。一方、障害のある人の採用や定着に、頭を悩ませている企業もまだまだ多いのではないでしょうか。そこで本連載では、障害者雇用ドットコム代表で東京通信大学非常勤講師の松井優子さんの解説のもと、企業が障害者雇用を進めていくためのヒントをあらためて探っていきます 執筆者プロフィール 障害者雇用ドットコム代表 東京情報大学非常勤講師 松井(まつい)優子(ゆうこ)さん  教育機関で知的障害者、発達障害者の教育・就労にたずさわるなかで、障害者雇用には一緒に働く職場の理解が必要だと感じ、企業で障害者雇用にかかわる特例子会社の立ち上げ、200社以上の企業のコンサルティングや研修にたずさわる。著書に『障害者雇用を成功させるための5つのステップ』、『中小企業の経営者が知っておくべき障害者雇用』等がある(以上、Kindle版)。 障害者雇用の意義とは?  日本の障害者施策の基本理念は、すべての国民が障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現を目ざすことです。この理念に基づき、障害者の職業を通じた社会参加を実現するため、1960(昭和35)年に制定された「障害者雇用促進法(正式名称:障害者の雇用の促進等に関する法律)」では、障害者が適切な雇用機会を得られるよう支援するとともに、企業に対して、障害者雇用の義務を課しています。そのため企業には一定数以上の障害者を雇用する義務があり、この基準は「法定雇用率」として定められています(※)。  日本の障害者雇用は、身体障害者の雇用として、戦争で負傷した傷痍(しょうい)軍人の就職を進めるために始められました。そして、障害者の法定雇用率は、障害者雇用促進法の制定により、1960年に企業への努力義務として導入され、1976年に義務化されています。その後1998(平成10)年に知的障害者、2018年から精神障害者の雇用が義務化されました(表1参照)。  「働くこと」は、収入を得る手段としても意味がありますが、加えて社会の一員として役割を果たし、自己価値を高める大切な機会となります。職場での貢献を通じて成長したり、能力を認められて自尊心を育んだりすることができます。また、経済的な自立を果たすことで、生活の質が向上し、社会とのつながりを深く感じられるようになります。これは障害の有無に関係ありません。  障害者雇用では、法定雇用率が定められていることもあり、どうしても雇用率や雇用人数に目が向いてしまいがちですが、「働く」とは何か、どんな意味があるのかを考え直すとてもよい機会にもなります。その答えの一つとして、日本理化学工業株式会社(チョークを製造する会社で、社員の7割が知的障害者)の元会長である大山(おおやま)泰弘(やすひろ)氏がお話しされた、私のとても好きなエピソードを次に紹介します。 人間の究極の幸せはだれかに必要とされること  大山氏は、禅寺での法事の席で隣りあわせになったご住職との会話のなかで、「会社で字が読めない重度の知的障害のある人が働いており、施設で面倒をみてもらったほうがずっと楽だと思うのに、なぜその社員が、毎日会社に来るのか不思議だ」と話しました。  するとご住職は、「人間の究極の幸せは、愛されること、褒められること、役に立つこと、必要とされることで、それらは施設では得られないでしょう。会社であればこそ、こんな大雨のなか来てくれて助かったよ、昨日よりもたくさんつくってくれてありがとうなどと、言葉をかけられるでしょう」と話しました。  さらに、「このように人にありがとう”といわれること、必要とされることが人間としてうれしい、幸せだから、毎日会社に来るのです。企業が人間を幸せにしてあげられるのです」といわれました。  そして大山氏は、思っていたことと正反対の答えが返ってきたことに驚いたものの、「人間の幸せは人に必要とされて働き、自分で稼いで自立すること。そういう場を提供することが自分のできることではないか」と考え、障害者を多数雇用することにふみ切ったそうです。  企業は社会の公器ともいわれます。企業活動は利益を追求することも重要ですが、加えて社会の発展に貢献する責任があります。この「社会の公器」としての役割を果たすために、障害者雇用は重要な意義があるといえるでしょう。 2025年度以降の障害者雇用の施策動向  法定雇用率は少なくとも5年ごとに労働状況やその割合の推移を検討したうえで設定されています。現在は2023(令和5)年度からの法定雇用率改定が進められており、2024年度から民間企業は2.5%となりました。また、2026年7月に2.7%となることが決まっています。加えて除外率設定業種(表2参照)の企業においては、2025年度に除外率が一律に10ポイント引き下げられます。  今後は、2028年度に向けた法定雇用率が検討されていきます。労働状況や障害福祉の施策をみても、法定雇用率の引上げは続いていくでしょう。このようなことを意識しながら、企業は経営環境や技術の変化にあわせた障害者雇用を進めていく必要があります。そのため直近の障害者雇用だけでなく、中長期的な視点から戦略を考えることが求められています。 ※「障害者雇用率制度」については以下をご覧ください。 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/jigyounushi/page10.html#01 表1 障害者雇用促進法の変遷 1960(昭和35)年 身体障害者雇用促進法の制定 法定雇用率:公的機関は義務、民間企業は努力目標 1976(昭和51)年 すべての企業に法定雇用率を義務化 当初の法定雇用率は、1.5% 1987(昭和62)年 「障害者の雇用の促進等に関する法律」に改正 法の対象となる範囲を、身体障害者からすべての障害者に拡大 1998(平成10)年 知的障害者についての雇用を義務化 2016(平成28)年 事業主に、障害者に対する差別の禁止・合理的配慮を義務化 2018(平成30) 年精神障害者についての雇用を義務化 厚生労働省職業安定局「障害者雇用の現状等」(平成29年9月20日)より編集部作成 表2 令和7年度からの除外率設定業種と除外 除外率設定業種 除外率(変更前) 除外率(変更後) 非鉄金属第一次製錬・精製業・貨物運送取扱業(集配利用運送業を除く) 15% 5% 建設業・鉄鋼業・道路貨物運送業・郵便業(信書便事業を含む) 20% 10% 港湾運送業・警備業 25% 15% 鉄道業・医療業・高等教育機関・介護老人保健施設・介護医療院 30% 20% 林業(狩猟業を除く) 35% 25% 金属鉱業・児童福祉事業 40% 30% 特別支援学校(専ら視覚障害者に対する教育を行う学校を除く) 45% 35% 石炭・亜炭鉱業 50% 40% 道路旅客運送業・小学校 55% 45% 幼稚園・幼保連携型認定こども園 60% 50% 船員等による船舶運航等の事業 80% 70% 厚生労働省リーフレット(障害者の法定雇用率引上げと支援策の強化について)より編集部作成 除外率制度とは?  障害者の就業が一般的に困難であると認められる業種について、雇用する労働者数を計算する際に、除外率に相当する労働者数を控除する制度です。  ノーマライゼーションの観点から、2002(平成14)年法改正により、2004年4月に廃止されましたが、経過措置として、廃止に向けて段階的に除外率の引下げ、縮小が行われています。 (編集部) (参考:厚生労働省「除外率制度について」)