研究開発レポート 第32回 職業リハビリテーション研究・実践発表会 Part 1 特別講演 「障害者を中心にした障害者雇用体制の構築〜職場、家庭、地域の就労支援ネットワークによる支援とともに〜」 株式会社MBTジョブレオーネ 代表取締役 岡山弘美氏  当機構(JEED)では、毎年、職業リハビリテーションに関する研究成果を周知するとともに、参加者相互の意見交換、経験交流を行うことで障害者の雇用を促進することを目的として、「職業リハビリテーション研究・実践発表会」を開催しています。第32回となる2024(令和6)年度は、962人の方が参加されましたが、当日行われた「特別講演」、「パネルディスカッションT・U」の開催模様について動画を収録し、後日、障害者職業総合センター(NIVR)ホームページにてオンデマンド配信を行いました(動画は現在も掲載中)。また、その内容を広く発信するために、2023年度に引き続き、同ホームページで発表資料等の掲載も行っています(※)。ここでは、奈良県立医科大学発ベンチャー認定企業の株式会社MBTジョブレオーネ代表取締役岡山(おかやま)弘美(ひろみ)氏の特別講演「障害者を中心にした障害者雇用体制の構築〜職場、家庭、地域の就労支援ネットワークによる支援とともに〜」をダイジェストでご紹介します。 障害者は「わからない」といえるようになる支援者は「任せる・認める・感謝する」  今日は私からは簡単なお話だけさせていただき、4人の障害者の方も一緒に来ていただいていますので、彼らの言葉と動画で取組みをご紹介させていただきます。  最初に、私たちの取組みを取り上げたテレビ番組の動画をご覧ください。  そのうえで、まずお伝えしたいのは障害者雇用に対する思いということで、「自主性、主体性を持ち、自分たちの職場づくりを目ざす」ということです。例えば、私たちは職場の障害者の方を係員とお呼びしているのですが、その係員の方に、これから採用を目ざすという実習生の方を指導して、それを自信につなげていただいています。そして次にここが大事なことなのですが、「できない」、「わからない」をしっかりいえるようになるということを徹底しています。最初のころは「はい、できます」、「はい、わかりました」といっていたのですが、いまはしっかりと自分の言葉で、わからないことは「わからない」、できないことは「できない」といえるようになりました。そして私たち支援者は「任せる・認める・感謝する」ということを絶対忘れてはいけないと思っています。任せないと本人たちも認めてもらっていないと感じますし、そして感謝をしないと、彼らにこちらの思いが伝わらないということで、これは私のなかでとても大事な言葉です。 できないことを探すのではなくできることを見つけて活かす  奈良県立医科大学における障害者雇用の取組みは、労働局からの指摘をきっかけに始まりました。当初は義務的な側面が強く、雇用率も1.28%と低い水準にとどまっていました。そこで、2014(平成26)年に初めて知的障害のある5人を採用しました。そのときは「国にいわれたからやらなければいけない」という感覚だったのですが、その後2021年の3.22%に達するまでに改善が進み、いまでは障害者は職場にとって欠かせない存在となり、現在は39人の障害者スタッフが在籍し、病院全体の運営を支える大きな力として助けていただいています。  この取組みを進めるなかで困ったことは、病院なので「重い病気を抱えた患者への対応ができるか」、「緊急事態が発生したときに大丈夫か」といった懸念の声が多く聞かれたことでした。その当時の看護部長に相談したところ、「できないことを探すのではなく、できることを見つけて活かすように考えましょう」とアドバイスを受け、職場で自信をもち、活躍できる環境を整えることを重要視しながら業務の分担や環境の整備を進めたことで、障害者が職場に定着しやすい体制となりました。 障害者雇用の成功には関係機関との連携が不可欠  受け入れ体制の整備という面で障害者雇用の成功の鍵となったのは、継続的なミーティングを基盤とする関係機関との密接な連携です。当大学では、障害者就業・生活支援センターや就労移行支援センターとの月1回のミーティングなど定期的な会議を通じて、仕事の支援を行うのは社内の担当部署である障害者雇用促進係、家族を含めた生活面の支援を行うのは両センターという線引きを明確にしたうえで、課題や進捗状況を共有しています。これにより、業務の支援範囲や責任分担が明確となり、より包括的な支援が可能となりました。また、看護部との協力も重要な役割を果たしていて、病棟での実務に障害者が貢献するための具体的な役割分担が進められています。  採用プロセスも改善されており、障害者が職場に適応するために体験実習や就労目的実習を設けることで、実際の業務に即したスキルを習得する機会が提供されています。ただし、実習期間が終われば採用されるということではなく、実習のふり返りを通じて、障害者自身の適性や意欲を確認し、採用されない場合もあることをお伝えしています。 タオル折り専用の部屋を設置し障害者のメンタルを支える  動画でも紹介されました、患者が使うタオル折りは全員にやっていただきます。「奈良医大ではタオルを1時間100枚、1日600枚折らないといけない」と障害者自身が見学に来られたみなさんにお伝えしています。なぜタオルを折るのかというと、職場で摩擦があるなど病棟等への配置がうまくいかなかったときや業務のマッチングができていないときに、そこに帰ってメンタルを回復できる場所、一人ではなく、同僚がいて安心できる居場所として、「失敗をしても再度チャレンジできるようにリセットできる場所」としてタオルを折る専用の部屋を設置しました。  当大学で退職が少ない理由はここにあると思っています。何度もチャレンジしていただいて、その後面談をして、ちょっとがんばろうかとお声をかけて、またがんばって病棟で業務をしていただく、という体制です。  障害者雇用について初期は偏見や不安の声がありましたが、現場の声を聞き、定期的な対話の場を設けることで、障害者が業務を遂行できる環境が整備されました。例えば、発達障害のある方には、数字を扱う業務やくり返し作業を任せる一方で、知的障害のある方にはチームで取り組む仕事を割りふるなど、個々の特性にあわせた仕事のふり分けが行われています。一人で静かな環境を好む精神障害のある方には、それに適した職場環境を整えることで、業務の効率化と満足度の向上が実現しました。  障害者雇用の目的は、自立を支援し、チームづくりを通じて障害者自身が考えながら働ける環境を整えることだと考えます。単に仕事の量をこなすのではなく、毎日出勤し挨拶ができるといった基本的なことや、問題解決能力を身につけることなど「質」を重視して取り組んできました。  また、スキルアップして新しい職場で活かし、自信と勇気を得ることで豊かな人生を送れるようになることが目標です。実際に、より条件のよい職場に転職された方もおり、とてもうれしく思いました。最終的には、親が亡くなったあとも自分たちで考えて自立して生活できること、そして安定した収入を得られることが大切だと考えています。 ***  特別講演ではこのあと、実際に働いている4人の障害のある方が登壇し、会場から寄せられた質問にていねいに答えるなど、活発な質疑応答が展開されました。  次号では、「第32回職業リハビリテーション研究・実践発表会」のパネルディスカッションT「職場でのコミュニケーションの課題について考える」、パネルディスカッションU「障害者就労支援を支える専門人材を育てる〜福祉と雇用の切れ目のない支援に向けて〜」をダイジェストでお届けします。 ※下記ホームページよりご覧いただけます。 https://www.nivr.jeed.go.jp/vr/32kaisai.h 写真のキャプション 講演中の岡山弘美氏 病院で勤務するスタッフたちとの質疑応答の様子 ◇お問合せ先 研究企画部 企画調整室 (TEL:043-297-9067 E-mail:kikakubu@jeed.go.jp)