この人を訪ねて ユニバーサル就労とダイバーシティ 社会福祉法人生活クラブ風の村 特別常任顧問 池田徹さん いけだ とおる 1951(昭和26)年、富山県生まれ。1971年、生活クラブ生活協同組合東京に入職。1976年、生活クラブ生活協同組合千葉設立にかかわり、1995(平成7)年に理事長就任。1998年、社会福祉法人生活クラブ風の村設立、理事長就任。2022(令和4)年から社会福祉法人生活クラブ風の村特別常任顧問。公益社団法人ユニバーサル志縁センター代表理事、一般社団法人ダイバーシティ就労支援機構監事。 「ユニバーサル就労」の取組み ――池田さんたちが社会福祉法人生活クラブ風の村(以下、「生活クラブ風の村」)で取り組んできたユニバーサル就労支援について教えてください。 池田 もともと私が長年かかわってきた「生活クラブ生活協同組合千葉」は1994(平成6)年、全国の地域生協に先駆けて訪問介護事業を始めました。1998年には社会福祉法人たすけあい倶楽部を設立し、2000年に特別養護老人ホーム「風の村」を開設。全室個室ユニットケアが注目されました。 その後2006年ごろ、千葉県市川市内にできる有料老人ホームの運営を依頼されました。せっかくなら地域に貢献しようと、自治会長さんたちと考えた事業の一つとして生み出したのが「ユニバーサル就労」です。地域の障害のある人や引きこもりの人、ホームレスを含め「働きづらさを抱えた人」を職場に迎え入れるというプロジェクトでした。 具体的に行ったのは、マッチングのワークショップです。老人ホーム内の仕事・作業を切り出してメモに書き出し、各支援団体が集まった会場の壁に張り出す。そして担当者は、利用者一人ひとりのことを考えながら、できそうな仕事に〇をつけます。後日、支援団体と個別に話し合い、必要に応じて利用者の就業訓練も行いました。その後も私たちで施設などをオープンするときには同様のユニバーサル就労を手がけてきました。 障害は「働きづらさ」で考えるべき ――ユニバーサル就労は、ほかの団体や自治体でも導入されていったそうですね。 池田 社会福祉法人などを中心にノウハウを提 供してきました。自治体では、ユニバーサル就 労の推進条例を2017年に制定した、静岡県 富士市や、2019(令和元)年にユニバーサ ル就労支援センターを開設した、岩手県陸前高田(りくぜんたかた)市があります。 ちなみに2015年施行の生活困窮者自立支援法では、相談業務という形で就労支援が可能になりました。このときに盛り込まれた就労訓練事業(中間的就労)は、私たちが取り組んできたユニバーサル就労事業の実績が大きかったと自負しています。生活に困窮している相談者は、履歴書の書き方を教えてハローワークに紹介すれば就職できるという人が非常に少なく、「働きづらさは障害者だけの問題ではない」という認識も社会的に高まりました。 私は現在、有識者らでつくる「一般社団法人ダイバーシティ就労支援機構」で、障害のある人のほか就労困難者への就労支援につながる調査研究・啓発活動などに取り組んでいます。この活動で訴えているのは、障害は「社会モデル」で考えるべきだということです。いまは「医療モデル」で障害者を規定していますが、働きづらさというのは障害の程度区分と必ずしも一致しません。 例えば、私は車いすユーザーの一級障害者ですが、移動手段や環境が整っていれば、それほど就労困難ではありません。一級なのは医療モデルだからです。障害による働きづらさは個々の抱える事情によって大きく異なるはずです。私たちのプロジェクトは、「働きづらさ指数」、「働きづらさ程度区分」といった基準も検討し、社会モデルや制度に組み込んでいくことを目ざしています。 障害者雇用の質を問う ――障害者雇用における課題があるとすれば何でしょうか。 池田 いま日本の企業は人手不足ですよね。中小企業は特に深刻です。企業側は、働きづらい人をなんとか雇ってあげるという姿勢ではなく、企業の存続をかけて職場に迎え入れる仕組みをつくらなければいけません。 これまで福祉分野がになってきた就労支援ですが、企業側がもっとかかわる必要もあるでしょう。まずは福祉と労働を融合した、総合的な就労支援センターを整備していくことが現実的かもしれません。 また、生活クラブ風の村では以前、雇用率達成支援ビジネスに関する調査事業を行い総括しました。その調査結果から、雇用率達成支援ビジネスには、農場やオフィスなどの「場所貸し型」と、職場に指導員らも一緒に派遣する「支援型」があり、私自身は、支援型に一部賛成です。法定雇用率を達成させるためだけのビジネスは問題がありますが、もし特に重度の障害のある人を雇用し、きちんと職場に迎え入れたいという企業のニーズがあるとしたら、専門的ノウハウを持つ指導員らが派遣され支援をする形は、一つのモデルになりうると考えます。 生活クラブ風の村では、重症心身障害(※)のある人の雇用を実現するため、さまざまな取組みを検討していますが、その一つが彼らを社員研修の講師として企業などに派遣するものです。 これまで私は学校や公民館の依頼で福祉に関する研修を行ってきましたが、当事者が話したほうが、与えるインパクトも影響もはるかに大きい。昨年、生活クラブ風の村の新人職員60人に「これまで重症心身障害者に出会ったことがある人」を聞いたところ、たった4人でした。福祉を志す人でさえ60分の4ですから、一般の人はもっと少ないでしょう。これはきわめて不幸なことです。「すべての人たちに生きる意味があること」を、実体験をもって社員に理解してもらうことは、企業にとっても大きな意味があります。 それからもう一つ、専門性を持つ福祉的な事業所と、製造・販売のノウハウを持つ企業が一緒にインクルージョン体制をつくればよいのではないかと考えています。欧州には同様の仕組みがあります。このような取組みを法定雇用率に算定してもよいのではと私は思っていますが、その前提としては、現状のような人数という量だけでなく、例えば、実際どんなふうに働いて障害者雇用促進法でいう「能力開発」がなされているか、質を問う形があってもよいのではないかと考えます。 一概にどういう働き方がよいとか悪いとかよりも、大切なのは、やはり本人が選択権を持って働けるかどうかです。さまざまな事情を抱えた働きづらい人たちが、主体的に安心して働ける環境で、持てる能力を発揮していくことこそが目ざすべき障害者雇用であり、ダイバーシティ社会にもつながると思います。 ※重症心身障害…重度の肢体不自由と重度の知的障害とが重複した状態