職場ルポ 当事者目線の配慮と相互理解、だれもが活躍できる職場に ―株式会社堀場製作所(京都府)― 1700人以上が働く機器メーカーでは、多様な配慮・工夫と相互理解の推進によって、だれもが自分らしく活躍できる職場環境づくりを目ざしている。 (文)豊浦美紀 (写真)官野貴 取材先データ 株式会社堀場(ほりば)製作所(せいさくしょ) 〒601-8510 京都市南区吉祥院宮(きっしょういんみやの)東町(ひがしちょう)2 TEL 075-325-5057 FAX 075-313-7081 Keyword:視覚障害、聴覚障害、発達障害、就労支援機器、デュアルシステム、実習 ★本誌では通常「障害」と表記しますが、株式会社堀場製作所様のご意向により「障がい」としています POINT 1 従業員の事情に合わせ、就労支援機器や支援サービスを積極活用 2 3ステップの長期インターン実習でていねいなマッチング 3 上司と相互理解を深めるワークショップや当事者同士の交流も 計測機器の総合メーカー  京都府京都市に本社を構える「株式会社堀場製作所」(以下、「堀場製作所」)は、1945(昭和20)年の創業から80年が経つ分析・計測機器の総合メーカー。三つの事業分野、「エネルギー・環境」、「バイオ・ヘルスケア」、「先端材料・半導体」における社会課題解決に貢献する機器やシステムを提供し、国内外に約50のグループ会社を展開する。  これまで経営理念や社風の大きな柱になってきたのは、創業者である堀場(ほりば)雅夫(まさお)さんが制定した社是「おもしろおかしく」で、「人生の一番よい時期を過ごす『会社での日常』を自らの力で『おもしろおかしい』ものにして、健全で実り多い人生にしてほしい」との願いが込められているそうだ。  障がい者雇用については、従業員1777人のうち障がいのある従業員が39人(身体障がい24人、知的障がい4人、精神障がい11人)、「障害者雇用率」は2.66%(2025〈令和7〉年1月1日現在)だという。生産・開発・事務・情報サービスなど幅広い部署に配属されている。  当事者の目線に立った配慮や公的制度などを活用した支援、相互理解を深める活動などに取り組む現場を取材した。 DE&I推進チーム  今回、堀場製作所の取組み説明と職場案内をしてくれたのは、管理本部グローバル人財センターグループ人事部人財サポート・DE&I推進チームのチームリーダーである安井(やすい)美香(みか)さん、サブリーダーの福岡(ふくおか)宏水(ひろみ)さん、横山(よこやま)友子(ともこ)さんの3人だ。同チームは2025年1月に発足したばかりで、DE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)をよりいっそう浸透させる職場づくりに取り組んでいるという。  堀場製作所は1990年代から、積極的な海外展開をするとともに、「ステンドグラスプロジェクト」(※1)にてダイバーシティを反映した「人財」育成に力を入れてきた。早くから在宅勤務制度や介護・育児との両立支援などを充実させ、DE&I推進チームに引き継がれている。  これまでおもに障がい者雇用にかかわってきた福岡さんは、「一人ひとりが活き活きと働ける職場をつくることが、全体として働きやすい職場であるはずだという思いで、だれかが声をあげたらなんとかしようというのが、私たちのポリシーです」と話す。まずはその実例として、中途障がいで目が不自由になった従業員のケースから紹介したい。 40代で目が不自由に  現在、再雇用の嘱託社員として開発本部R&Dプランニングセンターグループ開発基盤部Design & Simulationチームに所属する西本(にしもと)明弘(あきひろ)さん(63歳)は、長く計測機器のソフト開発にたずさわってきた。  ところが40歳手前の2000(平成12)年、網膜色素変性症の類縁疾患である網膜症と診断される。徐々に症状が悪化し、2009年には「身体障害者手帳」2級を取得した。西本さんは、「職場にも伝えましたが、当時は社内で初めてのケースだったようで、産業医も人事部も戸惑う部分が多かったようでした」とふり返る。  そこで西本さんは、手帳取得時に京都市から紹介された視覚障がい者向けの福祉施設「社会福祉法人京都ライトハウス」(以下、「ライトハウス」)に相談した。  「ライトハウスから会社側に『視覚障がいとはこういう状態で、どんな職場環境にしたらよいか』を説明してもらい、スムーズに進めていけました」(西本さん)  上司と相談しながら業務のやり方を変え、産業医の判断により出張禁止となった。白杖を使うようになってからは、夕方の通勤歩行が危険なため、朝は30分前倒しの時差出勤と、1日7時間勤務に変更してもらった。  2015年からは週3回の在宅勤務も開始。「当時は障がいを理由にした在宅勤務は初めてだったそうですが、所属部長さんたちに提案してもらい、ありがたかったですね」と西本さん。自宅にはパソコンやモニター、音声読み上げソフトなど、職場では光のまぶしさを軽減するパーテーションもそろえてもらった。こうした機器の一部は当機構(JEED)に就労支援機器の貸出しを申請し(※2)、効果を確かめたうえで会社側が購入したものだ。  西本さんはライトハウスで、白杖を使った歩行トレーニング(特別有給休暇扱い、週2回1カ月半)や点字トレーニング(特別無給休暇扱い、週1回9カ月)も受けた。その一方、職場から最寄り駅までの歩道の白線が見えづらくなっていたことから、堀場製作所側が警察署に相談し、京都市が計画前倒しで塗り直した。  西本さんはいま週1回の通勤を続けているが、「一番助かっているのが、通勤時の同行支援です」と話す。2020年から国が実施している雇用施策と福祉施策との連携による支援であり、JEEDの重度訪問介護サービス利用者等通勤援助助成金と京都市の重度障害者等就労支援特別事業を組み合わせて利用することで、事業主や利用者の費用負担を軽減できる制度だ。堀場製作所も補助を上乗せする形で西本さんの負担を軽減している。 ワークショップなどで相互理解  もともと堀場製作所の障がい者雇用は、特に障がい者雇用枠を設けず通常採用で進められてきた。その一人、聴覚障がいのある奥石(おくいし)拓斗(たくと)さん(29歳)は、2014年に入社。基盤製造や工程管理を経験し、2018年からは生産本部生産センター生産2部Medicalチームで医用機器の製造を担当。いまは医用生産の工程管理を任されている。技能士1級の資格を取得し、2020年には全国アビリンピックの電子機器組立種目にも出場している。  奥石さんは、事前質問に文書でていねいに答えてくれた。それによると、入社後に一番苦労したのはコミュニケーションだったという。  「初めて話す人の唇の動きを覚える必要があり、それに慣れるまで苦労しました。逆に自分から話すときは、相手の表情や反応を見ながら、『伝わっていないかも』と感じたら再確認するよう意識しています」  複数人が集まる会議などは、奥石さんの職場定着支援に入っていたJEEDの京都障害者職業センターの担当者や上司と相談し、メールやメモを提供してもらえることになった。いまはパソコンソフトの文字起こし機能を活用しているが、正しく反映されないことも多く、意見をいうタイミングを逃すことがある。奥石さんは「議題を事前確認し、ポイントを整理した資料を用意して開催者と共有し、会議の流れを把握しやすくしています」という。  生産本部生産センター生産2部部長の松浦(まつうら)英明(ひであき)さんは「話しかける分には特に問題なく、むずかしい話になると本人がパソコンのメモ機能などにすばやく打ち込んでくれます。会議などではUDトークを使いますが、事前にUDトーク向けオンラインレッスンで話し方のコツなども学びました」という。同じく生産2部副部長の伊藤(いとう)学(まなぶ)さんは、「文字起こし機能などは完全ではないので、特に大勢の場で話したあとは、大事な部分について個別に再確認するなどの意思疎通を心がけています」とのことだ。  また奥石さんは、聴覚障がいのある同僚7人とグループチャットでつながっている。日々の困りごとや工夫について意見交換し、支援機器の導入時には具体的なニーズを伝えることもできている。  一方、社内では「聴覚障がいのある社員と上司向けセミナー」も開催。外部講師を招いて障がいの定義や多様性についてあらためて学び、ワークショップで相互理解を深めている。奥石さんは「セミナーを通して『呼びかけたつもりでも気づいていないことがある』、『口元の動きやジェスチャーが大事』といった点を上司が理解してくれ、その後お互いのストレスも減りました」という。  職場側のサポートと自身の積極的な姿勢によって「聴覚障がいがあっても工程管理の仕事ができることを証明できたことは、自分にとっても大きな自信になった」という奥石さん。「同じ障がいのある後輩が入社したら、自分の経験を活かした指導やサポートによって、彼らも安心して働ける環境をつくりたい」と伝えてくれた。 ていねいなマッチング  堀場製作所は、2017年から本格的な障がい者雇用に取り組むことになったという。きっかけは、会社の規模拡大に「障害者雇用率」が追いつかなくなり、未達成が続いたことだ。「京都府の副知事が障がい者雇用の激励のため来社したことで、上層部も思い切った取組みが必要だと認識したようでした」(福岡さん)  当初は特例子会社の設立も検討したが、当時の管理本部長が「将来的には特例子会社も考えられるが、現段階で社内の意識がまだしっかり醸成されていないため、ただ障害者雇用率の数字のためだけに特例子会社を設立するのは堀場製作所らしくない。インクルージョンを大事にすべきだ」として、直接雇用での推進を図ることになったという。  堀場製作所での障がい者雇用は、採用までに三つのステップを踏んでいる。福岡さんに説明してもらった。 〈ステップ1〉本人と実習前面談を行う。本人のプロフィールや希望業務などを聴き取り、話し合ったうえで業務内容を決める。 〈ステップ2〉1回目のインターン実習は約2週間。講義で会社の考え方を理解してもらうほか、現場で業務の基本動作を体験する。最後は面談で実習全体をふり返り、双方合意のうえで2回目のインターン実習に進む。「候補の部署や業務が複数あるときは実習中にジョブローテーションも行い、最後にどの業務がよかったか、本人や部署と話し合って絞り込みます」 〈ステップ3〉2回目のインターン実習は2週間〜1カ月半ほど。継続して自律的に業務を行うことを想定し、必要以上に配慮しないよう心がける。最後に再び面談で実習をふり返り、双方が合意したうえで採用に進む。「長期間一緒に働くことで、お互いに『本当に働き続けられそうか』を判断します。やや、実習期間は長い方だと思いますが、ミスマッチを防ぐための大事な過程だと考えています」  長期間のインターン実習は、特別支援学校で広がりつつある「デュアルシステム」の取組みも参考にしているようだ。ドイツのマイスター制度を参考に2004年度から全国の専門学校などでモデル事業が始まった。京都市が主導し2006年度に立ち上げた「総合支援学校デュアルシステム推進ネットワーク」 では、授業と長期実習を組み合わせて職業人の育成を目ざす内容で、堀場製作所を含め大手企業などが参画している。  一方で、実習の受け入れ部署や業務の開拓についてはトップダウンで理解を求めていったと福岡さんがふり返る。  「最初は『うちは専門部署だから』などと難色を示す部署が少なくなく、グループ人事部長が『本人に会う前から断らないでほしい』と強くアナウンスしました。ただ実際に会ってくれた現場からは『予想以上にやれそうだ』と業務を任せてくれるようになりました」  初めて受け入れる部署に対しては、管理職やチームリーダーを対象に事前研修を行う。障がい特性や仕事上での対応アドバイスをまとめた資料も配付し、実習中は随時相談を受けつける。  精神障がいのある従業員が増えてからは、京都労働局が実施する「精神・発達障害者しごとサポーター養成講座」も活用し、出前講座の形で多くの従業員が受講。さらに2023年からは、オムロン株式会社の主導で発足した企業・行政・有識者による「ニューロダイバーシティ(※3)京都地域連携会議」に参加し、発達障がいの能力を活かした従業員の事例などを共有している。 改善活動リーダーに成長  特別支援学校時代に3ステップのインターン実習を経験し、2019年3月に入社した小寺(こてら)翔太(しょうた)さん(24歳)は、生産2部ボードアッセンブリチームで基板の検査業務を担当している。伊藤さんによると「当初は、周辺の補佐的な作業から始めてもらいましたが、徐々にピッキングや組立作業などを覚えてもらい、ほかの従業員と同じ内容をこなしています」とのことだ。  チームリーダーを務める村田(むらた)健(けん)さんは、「受け入れ当初は、同行の指導員からアドバイスをもらいながら対応しました。あやふやな表現が苦手ということで、普通は『置いといて』、『やっといて』と気軽にいうところを『どこに置くのか』、『何をいつまでに終わらせるのか』と具体的な指示を心がけました」と話す。もともと小寺さんがオープンな性格で、特性のことも周囲に伝えてくれたことで、同僚からのサポートやヘルプを得やすかったそうだ。  小寺さんは、いまの仕事について「基板ごとに検査時間が異なり、ほかの工程の進捗も読みながらなので、期限を守る見きわめがむずかしいですね。何度か間に合わず、ほかの工程に迷惑をかけたこともあります」と明かす。  小寺さんは3年前から、現場改善活動のリーダーを任されるようになった。伊藤さんによると「改善の結果も大事ですが、そのプロセスで自分が経験した気づきを、その先の成長につなげてもらうねらいもあります」とのこと。サポート役の村田さんは「本人自身もかなり勉強し、他チームに自分でアドバイスを聞きに行けるようになり、いまではすごく助かっています」。  小寺さん自身は、自分で現場改善活動の企画を考え、ほかのメンバーにふり分けたり発表したりするのが苦手だったそうだが、村田さんに相談しながら乗り越えてきたと語る。「いまではチーム内から『ここ危ないかも』と報告してくれるようになり、私の企画が役立ったように実感しています」と笑顔をみせた。  今後の目標は、工程のリーダー役になることだ。村田さんは「もうすぐですね。最近入社した後輩への教育係も含め、大いに期待しています」と激励する。 当事者グループで交流も  堀場製作所では、発達障がいを含む精神障がいのある従業員については、社内に常駐する臨床心理士と連携しながら支援を行っている。  「人によって、困っていることを説明しにくい、言語化しにくい特性があるので、臨床心理士と一緒にじっくり話を聞き、上司にフィードバックすることもあります。例えば『朝の挨拶は、どの程度の人までしたらよいのか』といったことですね」(福岡さん)  社内には、発達障がいのある従業員と臨床心理士からの提案を機に、自助グループの会もできた。約6人ずつ2グループに分かれて半年に1回程度、茶話会のように集まっている。毎回人事部のメンバーも同席し、ファシリテーター役を務めた。いまではプライベートでご飯を食べに行ったり、趣味や職場・生活上の工夫など情報交換をしたりしているそうだ。  2024年は、障がいのある若手従業員を対象に、滋賀県の「びわこ工場」でワークショップを初開催した。ビジネスマナー講義や工場見学なども行い、参加者からは「コミュニティを広げるきっかけになった」、「再勉強の機会になった」などの感想が聞かれた。働くうえでの考えや悩みを話し合う場に同席した横山さんは「私たちも、どうサポートすべきかをあらためて考える機会になりました」とふり返る。 自分らしく活躍できる職場に  堀場製作所では今後も、多様性に満ちた従業員が働く国内外のグループ会社の中核企業として、障がい者雇用だけでなく女性活躍やLGBTQを含めたダイバーシティを推進していくという。安井さんが話す。  「DE&Iチームでは、従業員一人ひとりのために会社ができることを最大限やっていけるよう努力していきます。社内研修やイベントなどによる啓蒙活動、働き方やキャリアにかかわる関連制度の整備などにも力を入れていくつもりです」  なかでも障がい者雇用の取組みは、DE&Iを牽引する大事な柱の一つだ。福岡さんたちは「地道に社内の理解を広げていきたい」としつつ、「一人ひとりの声を吸い上げながら、可能なかぎり配慮や工夫を重ねることで、結果的に、だれにとっても健全で実り多い職場につながると考えています」と語ってくれた。 ※1 ステンドグラスプロジェクト(2014〜2023):従業員一人ひとりを、色も形も大きさも違うステンドグラスの一つひとつのピース、また会社全体をステンドグラス全体の美しい絵に例えたダイバーシティ推進プロジェクト ※2 JEEDで実施している就労支援機器の貸出しの詳細は以下をご覧ください。 https://www.kiki.jeed.go.jp/ ※3 ニューロダイバーシティ(Neurodiversity):Neuro(脳・神経)とDiversity(多様性)を組み合わせた「脳や神経、それに由来する個人レベルでのさまざまな特性の違いを多様性ととらえて相互に尊重し、それらの違いを社会のなかで活かしていこう」という考え方で、特に発達障害のある人が特性を活かし活躍できる社会を目ざすというもの 写真のキャプション 株式会社堀場製作所は、「自動血球計数装置」などさまざまな分析・計測機器の製造を手がける(写真提供:株式会社堀場製作所) 管理本部グローバル人財センターグループ人事部人財サポート・DE&I推進チームチームリーダーの安井美香さん 人財サポート・DE&I推進チームサブリーダーの福岡宏水さん 人財サポート・DE&I推進チーム横山友子さん 西本さんは、計測機器のソフト開発にたずさわっている(写真提供:株式会社堀場製作所) 開発本部R&Dプランニングセンターグループ開発基盤部Design & Simulationチームの西本明弘さん 生産本部生産センター生産2部Medicalチームの奥石拓斗さん 2020年の全国アビリンピック愛知大会で「電子機器組立」種目の課題に取り組む奥石さん 奥石さんは、医用生産の工程管理を担当。身ぶり手ぶりをはじめ、パソコンのメモ機能などを活用し、コミュニケーションをとる 生産本部生産センター生産2部部長の松浦英明さん 生産本部生産センター生産2部副部長の伊藤学さん 生産2部ボードアッセンブリチームチームリーダーの村田健さん 小寺さんは、基板の検査業務を担当している 生産2部ボードアッセンブリチームの小寺翔太さん びわこ工場で行われたワークショップ。ビジネスマナーなどを学んだ(写真提供:株式会社堀場製作所)