エッセイ 障害のある人の地域生活支援について 第1回 「合理的配慮」はだれのため? 日本社会事業大学社会事業研究所 客員教授 曽根(そね)直樹(なおき) 知的障害のある人の入所施設、障害児の通園施設、障害者グループホームの職員を経験した後、障害者相談支援事業の相談員などを経て、厚生労働省障害福祉課虐待防止専門官として5年間勤務。日本社会事業大学専門職大学院教授を経て定年退職後、現職。 障害者差別解消法  「障害者差別解消法」をご存じでしょうか。行政機関と事業者に対して、障害を理由とする不当な差別的取扱いを禁止し、合理的配慮の提供を義務づけた法律で、2013(平成25)年に制定されました。行政機関は、国、都道府県、市町村とその関連団体。事業者は、企業や団体、店舗などのことで、営利・非営利を問わず、個人事業主やボランティア活動をするグループも「事業者」に含まれます。  不当な差別的取扱いとは、障害を理由として、財・サービスや各種機会の提供を拒否したり、サービスなどの提供にあたって場所や時間帯を制限したりするなど、障害のない人と異なる取扱いをして障害のある人を不利に扱うことをいいます。例えば、正当な理由がないのに、「障害のある方は入店お断りです」、「このホテルには泊まれません」といって入店や宿泊を断ったり、「保護者や介助者と一緒に来てください」などといって介助者などの同伴をサービス提供の条件としたり、火災が起きたときに避難誘導できないなどと、漠然とした安全上の理由から施設の利用を断ることなどをさします。  合理的配慮の提供とは、障害のある人にとっての社会にあるバリアについて、個々の場面で障害のある人から「社会的なバリアを取り除いてほしい」という意思が示された場合に、その実施にともなう負担が過重でない範囲で、バリアを取り除くために必要かつ合理的な対応をすることとされています。  例えば、車いすを使っている人から、お店の陳列棚の高いところにある商品を見せてほしいと頼まれて、店員がそれを取って渡して見てもらうとか、視覚障害のある人から、書類の文字が読めないので読んでほしいと頼まれて役所の職員が声に出して読むことなどをさします。 合理的配慮は障害のない人のためにも  この法律が施行された当初は、合理的配慮の提供義務は行政機関だけで、事業者は努力義務でした。法律が改正され、法制定から12年経った2024(令和6)年の4月から事業者もようやく義務となりました。合理的配慮の提供を義務化するにあたって、事業者の人たちは、過度な要求があったときに断れなくなるのではないかなどと心配していたようですが、大きなトラブルは起きていないようです。  仕事柄、障害者差別解消法についての研修を頼まれることがあります。研修を受講している人たちが、自分の身に引きつけて感じてもらえるにはどうしたらよいか考えています。それで、発想を逆転させて、障害のない人のための合理的配慮を探してみようと思い立ちました。そして、次のような例をみつけました。  広い研修会場で手話通訳が講師の話を手話で伝えるのは、聞こえない人への合理的配慮ですが、マイクとスピーカーを使って講師の声を拡声して会場全体に聞こえるようにしているのは、聞こえる人への合理的配慮です。目が見えない人は、夜部屋が暗くてもふだん通り生活できるかもしれませんが、目が見える人は夜部屋の電気がついていないと暗くて生活できません。照明器具は、目が見える人への合理的配慮です。そう考えると、障害のない人への合理的配慮は、それがあることがあたり前になっていて、気がつかないだけなのではないでしょうか。  研修でこの例をお話しすると、受講者のみなさんは、自分たちにとっての合理的配慮の必要性を理解され、それが特別なことではなく、障害のある・なしを超えてあたり前のことだと思ってくださるようです。これを読んでくださった方はいかがでしょうか。合理的配慮があたり前のことだと感じていただけたでしょうか。