編集委員が行く 作業療法士による就労移行支援と職場定着支援 株式会社リニエR(東京都)、リニエワークステーション中野(東京都) 筑波大学大学院 教授 八重田淳 (写真提供:株式会社リニエR) 取材先データ 株式会社リニエR(アール) 〒101-0052 東京都千代田区神田(かんだ)小川町(おがわまち)1-8-8 VORT神田小川町6F TEL 03-5577-5915 FAX 03-5577-5916 https://linie-group.jp/about/company/linie_r/ リニエワークステーション中野 〒165-0027 東京都中野区野方(のがた)4-19-1 グランデ634 2F・3F TEL 03-5937-0483 FAX 03-5937-0484 八重田(やえだ)淳(じゅん) 編集委員から  障害者雇用には医療職のかかわりも大切であるが、どこでどのように活躍できるかについては社会一般的に理解が進んでいない。リハビリテーション医療にかかわる医師、看護師、保健師、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士等の医療職は、退院後の職業リハビリテーションの充実に欠かせないプロフェッショナルである。これらの専門職が有する医療的な専門知識とスキルを障害者雇用と就労支援を包括する専門領域である「職業リハビリテーション」に活用することによって、包括的な視野が一気に広がる。  この一つのモデルとして、今回取材させていただいた株式会社リニエRは、訪問看護や介護予防、児童発達支援等の事業のほかに、就労移行支援や就労定着支援といったサービスも提供している。子どもから高齢者という幅広い層に対してサービスを提供しているリニエR全体の取組みと、就労支援にかかわる具体的な活動内容をご紹介させていただく。 Keyword:医療職、作業療法、キャリア支援、就労移行、就労定着 POINT 1 子どもから高齢者までの生涯発達支援 2 医療職介入による効果 3 自立訓練と就労移行支援 1.はじめに  リニエ(Linie)はドイツ語の「線」(英語のLine)であり、ラグビーやサッカーでも「オフェンスライン」のように「戦線」という意味合いで使われている。リニエグループは、人生の始点から終点までを路線のように切れ目なく(シームレスに)つなぐ一本の線としてサービスを提供している。  株式会社リニエR(以下、「リニエR」)代表取締役の青山(あおやま)智(さとし)さんと谷(たに)隆博(たかひろ)さんは、「人生という一本の線は決して真っ直ぐにはいかず、もつれたり捻(ねじ)れたり、ときには切れかけたりもします。これからも私たちは、もつれた糸を解き、捻れた糸を直し、その人らしい生を全(まっと)うできるよう寄り添ってまいります」と述べている。  リニエグループは、医学・看護・心理・福祉等の領域で特に出版が多い株式会社三輪(みわ)書店と、四つの株式会社(リニエR、リニエL(エル)、リニエArts(アーツ)、リニエHeart(ハート))によって構成されており、提携医療機関としては、医療法人社団雪嶺会(せつれいかい)がかかわっている。また、2023(令和5)年に障害の有無の垣根を越えて参加できるイベントの運営や障害者の社会参加のための啓発を目的としてNPO法人「ぼこでこ」も設立した。今回は、このなかから、リニエRを取材させていただいた。リニエRの前身は旧・株式会社東京リハビリテーションサービスであり、RにはRehabilitationへの想いも含まれているようだ。 2.リニエの事業について  リニエの事業内容には、訪問看護、介護予防訪問看護、児童発達支援、放課後等デイサービス、保育所等訪問支援、障害児相談支援、就労移行支援、自立訓練(生活訓練)、就労定着支援、特定相談支援、居宅介護支援、通所介護、保険外教育サービス事業、研修事業(臨床塾)などがある。こうした多角的な事業を支えるための社員455人(2024〈令和6〉年8月現在)のおもな医療関連職種には、看護師・助産師(114人)、理学療法士(103人)、作業療法士(100人)、言語聴覚士(41人)等が含まれている。このほかに、ケアマネジャー、保育士、児童指導員、介護士、管理栄養士、生活相談員、職業指導員、ドライバー、事務員、営業職がいる。  全国81事業所(2025年1月現在)のなかには、訪問看護事業所(18カ所)、児童発達支援・放課後等デイサービス・保育所等訪問支援(8カ所)、就労移行支援・自立訓練・就労定着支援(1カ所)、相談支援(4カ所)、居宅介護支援(1カ所)等が含まれるが、就労移行支援に特化した事業所数は1カ所(リニエワークステーション中野)と少なく、今後の増加が期待されるところである。 3.リニエワークステーション中野の取組み  就労支援等に特化したこの事業所は、(1)自立訓練(生活訓練)、(2)就労移行支援、(3)就労定着支援の3本柱でサービスを提供している。まず自立した地域生活を送るための、生活能力の維持・向上のための訓練や助言を与える(1)自立訓練(生活訓練)は、18歳以上65歳未満の働きたい気持ちがある人で自力で通える人を通所資格としており、利用期間は原則2年である。  次に、企業に就職したい思いのある障害のある方が訓練を行う(2)就労移行支援では、@初期評価・職業適性評価・高次脳機能評価、A病状整理・本人の意向確認・セルフケア・合理的配慮の確認、B就職活動・履歴書などの作成といったステップをふみ、就職支援から就職後の職場定着までの一貫した支援を受ける。  そして、利用者が雇用された企業などにおける就労継続を図るために、企業・事業所や関係機関との連絡調整を行い、雇用にともない生じる日常生活または社会生活上の諸問題に関する相談・指導・助言を、就労後半年〜3年間で提供する(3)就労定着支援を実施している。  リニエワークステーション中野(以下、「リニエ中野」)では、利用者の個別性を重視し、生活訓練を併設することで、その方らしい働き方がみつけられるよう支援することを大切にしている。福祉的就労も含めた自分に適した職場に就職し、幸せに働き続けることを支援するためには、日常生活を安定的に過ごすことが重要である。そのために、リニエ中野では「ストレス対処」、「疾患や障害への対処」、「家族・保護者支援」等のサービスも提供している。これに加え、「自己理解」を促進する支援を行っている。自己理解とは、自分自身そして自分が感じている障害というものをできるだけ俯瞰的にみる「力」であり、これは職場でうまく働き続けるためにも重要な「スキル」である。  現在のリニエ中野における就労移行支援のサービス利用定員数は14名で、自立訓練(生活訓練)が6名、就労定着支援が20名であるが、リニエグループ全体としてはその事業所数はまだ少なく、今後は就労移行支援や就労定着支援サービスの拡大も期待されるところである。  これまでの就職者数36名のうち、高次脳機能障害者10名のなかには、身体障害や精神障害をともなっている方もいる。これらの利用者に対するサービス提供者は、常勤が5名(作業療法士2名、保育士1名、職場適応援助者〈ジョブコーチ〉1名、無資格が1名)で、非常勤が2名(作業療法士1名、精神保健福祉士1名)である。近年、特に高次脳機能障害者の就労支援には作業療法士(OT)の活躍が顕著であり、OT3名を擁するリニエ中野での取組みについて具体的にたずねてみた。  まず、サービスの量についてであるが、月曜〜金曜日の通所時間帯は9時30分〜15時30分であり、50分を一コマとすると、午前中に3コマ、午後2コマのサービスが提供されている。9割の利用者が中野区民で、食事提供もある。就労移行支援については、就職率は3〜4割だが、1年間の職場定着率は92%とのことである(2023年4月〜2024年3月)。提供されるサービスを可視化するために、1カ月単位でプログラムカレンダーを作成し、事前にどのようなプログラムが組まれているかを利用者に周知している。リニエワークステーション中野エリア長補佐の扇(おうぎ)浩幸(ひろゆき)さんは作業療法士・公認心理師であり、利用者の好きなことや得意なことを広げるための「作業療法的」なアプローチを考案している。  例えば、@インターネット販売というネットオークションを用いた取組みでは、ネット販売という「作業体験」を通して、自身の「できること」と「課題」を発見することを目的とした訓練プログラムを実施している。利用者は、オークションの出品作業を通して、「商品の仕分け」、「梱包」、「出品の紹介文章作成や写真撮影」、「パソコン入力」といった実務的な作業体験の機会を得ることができる。出品物が売れた場合、その7割は出品者に、2割はほかの利用者に分配、1割は手数料という形で、作業成果を共有している。  また、Aコミュニケーションスキルトレーニングでは、他者とかかわることで「障害の自己理解」を深めるために、段階づけされたプログラムが実施されている。そのなかの一つの「茶話会」は、ゲーム形式で雑談するプログラムであり、利用者がお茶を飲みながら、とてもリラックスした雰囲気で行われている。職場でもこうした心の休まるひとときは大切である。扇さんは「この茶話会での雑談力は、例えば、職場での円滑なコミュニケーションをとるためにも効果的だと思います」としている。ほかにも毎月1〜2回、テーマを決めたグループでの話し合いの「雑談力プログラム」、さらに、実際の職場で困るような場面をあえて取り上げて、自分だったらどう対応するか、といった意見を出し合う「職場編」というものも設定されており、「プログラムで話し合ったことは、私も勉強になります」と扇さんは話している。  さらに、Bパソコンスキル・事務スキルトレーニングでは、業務のスキルアップを目的とし、「タイピング練習」、「長文入力演習」、「チラシ作成」、「名刺データ入力」、「資格取得支援(情報処理技能検定やMOS:マイクロソフトオフィススペシャリストなど)」、「ラベル作成」、「ラミネート」、「複合機の利用」、「郵便物の仕分け」などに必要となる作業が作業療法士としての視点を加えて実施されている。  このほか、e ーラーニングを用いたセルフマネジメントスキル(セルフケア含む)、ビジネスマナーや社会生活技能訓練(SST)プログラムなどを活用した対人コミュニケーションスキルの自発的訓練などが提供されている。  こうした多彩なプログラムの成果をみるための場として、「プレゼンテーション」の機会も設けられている。  「1カ月前に利用者への希望調査を行い、発表をしたいという意向がある方とプレゼンテーションのテーマについて事前に話し合います。そして個別訓練の時間などに一緒に資料をつくって、人前で発表する練習をします。当日の発表は15〜20分くらいの割と長い時間ですが、この発表によって随分と自信がつくようです」(扇さん)  この「プレゼンテーション」自体が、プログラムの効果をみるための「事業評価」にもつながると考えられる。人前で話せる力は、就職活動時はもちろんのこと、職場での同僚との会話や仕事の成果報告などにも効力を発揮するだろう。  利用者の得意分野を活かした実践としておもしろいのは、同じリニエの法人内の精神科訪問看護を利用している双極性障害の当事者がリニエ中野で、「英会話」を教えているプログラムである。これは、当事者が当事者にサービスを提供するピアサポートの一つといえるかもしれない。言葉が出にくい失語症の方から「英語だったらしゃべれる」という「能力」を引き出し、これを活用する視点はセラピストならではかもしれない。教える側の双極性障害のある当事者にとって「自分の得意な英語を教えることでこんな自分でも役に立てることがあるのだ」と自信がつくだけではなく、その「小さな英会話クラス」を受けるほかの利用者にとっても励ましになっているようである。 4.求職支援プログラム  求職支援は、図1(24ページ)に示すような3段階で、@職業適性評価や各種の神経心理学評価アセスメントツールを用いて、基礎的な初期評価を行い、A病状整理シート、就労希望整理シート、状態チェック対応シート、障害特性・配慮希望シートなどを用いて「実習」につなげ、B「就活」として、履歴書や職務経歴書に自身の特性や対処、会社に求める配慮を明確に記入し、求職活動をしている。  企業実習の期間について扇さんにうかがったところ、「企業実習は、一人あたり最低2回(軽作業、事務作業)は行うようにしています。期間は、企業によってさまざまですが、おおむね3〜5日程度が多い印象です。時間は、丸一日のときもありますが、半日くらいのことが多い印象です」とのことであった。  また、作業療法士としてジョブコーチ的な役割をどう果たすかについては、「実習中に作業療法士として事前に客観的にみたその方の特性を伝えたり、ジョブコーチ的な介入を行うこともあります」とのことで、図1の第二段階「実習」では、セラピストの視点で病状整理やセルフケア等の確認を行っていることがわかった。 5.就労定着支援  アメリカのジョブコーチは、就労定着支援を継続的に必要なだけ提供することが奨励されている。しかし、フォローアップを徹底することで職場にうまく適応し、働き続けることで生活の質が向上し、本人も健康で幸せを感じるような支援は、一人の支援者では無理である。利用者は次々に増えてくるわけで、支援者のケースロード(担当者の負担)は重くなってくる。そのためにも、支援者数を増加させることは喫緊の課題であると思われる。ジョブコーチの歴史的変遷をみると、援助つき雇用で重要なポイントは、重度障害のあるサービス利用者(アメリカでは重度障害者の競争的雇用に重点を置いている)に対する定着支援を徹底することが謳われている(八重田、2006)。アメリカで援助つき雇用が法制度化される20年以上前に、Rose(1963)は、この就労定着を厳密に行うために大切なのは、就職直後の「最初の一時間、最初の一日、最初の一週間はスタッフ(ジョブコーチあるいはナチュラルサポートを提供できる職場仲間)の誰かをつけるべきである」としている(Rose, 1963, p.13;八重田2006の文献;括弧内は八重田による追加説明)。  このように、就労定着支援の期間については事業主にとっても、支援者側にとっても大切なポイントとなる。扇さんも、「最初の半年は就労移行支援の枠組みでアフターフォローを行います。職場での最初の日、最初の1カ月というのはとても重要な時期であり、そこはていねいに支援することを心がけています」とのことであった。また「もちろん面接の時点から同席はしているのですが、できるかぎり早い段階で企業訪問を行い、企業の方との信頼関係の構築を行います」(25ページ図2.定着支援のポイント参照)とのことで、就労定着支援を成功させるためには、企業支援を同時に行うという基本的な姿勢がうかがえる。  続けて扇さんは、定着支援として「職場の人的環境、物理的環境を把握し職場のアセスメントも行います。必要に応じ、本人の障害特性について企業側にレクチャーを行うこともあります。就職後、半年間は最低でも月1回は本人と顔を合わせて話すように意識しています。就職後半年経ったら、就労定着支援の枠組みに変更を行い、このころから少しずつナチュラルサポートに移行していけるよう、フェーディングの支援を行っていきます。具体的には、実際の職場には3カ月に1回の訪問に減らし、必要に応じ本人とは月1回、オンライン面談を行います。1回にかける時間は30〜60分程度です」とし、オンラインを活用しながら継続支援(On-going Support)を提供していることを紹介してくださった。  そのうえで、今後の課題についてうかがったところ、「課題としては、就労移行支援と就労定着支援を一貫してできる専門的なスタッフの人材教育が必要だと思っています。ただ、スタッフの研修時間がサービスの現場ではあまり多くとれない現状があります」とのことで、就労支援に関する専門職自身が就職する前の段階で、大学などでしっかりと職業リハビリテーションにかかわる知識と技術を習得する必要性をあらためて感じた。 6.まとめ  今回の取材を通して、現在の職場適応援助者(ジョブコーチ)が、今後さらに臨床心理的な知識とスキルを有し、ビジネスパーソンとして企業にコンサルテーションできる知識と行動力を持つための継続研修も必要であることをあらためて感じた。医療職が多いリニエグループならではの「就労支援サービスモデル」の構築にも期待が寄せられるところである。今後は職業リハビリテーションをになうプロフェッショナルの一人として、障害者職業カウンセラー、ソーシャルワーカー、特別支援教育教員等とも連携する力を備えた医療的バックグラウンドをすでに有する各種セラピストが、就労支援のプロフェッショナルとしても活躍できる体制づくりが必要である。大学や大学院といった高等教育機関での障害者雇用、就労移行・就労定着にかかわる人材育成については長いあいだ議論されているところであるが、1日も早く国レベルで行われることが期待される。加えて、今回のような医療専門職による職業リハビリテーションへの関与と連携の一つのサービスモデルとして、リニエグループによる取組みについては今後も期待を寄せている。 参考文献 Rose, G. (1963). Placing the marginal worker:Alesson in salesmanship. Journal of Rehabilitation,29(2), 11-13. 八重田淳(2006).米国における援助付き雇用の変遷,職リハネットワーク,59, 11-16. 図1 求職支援の3段階 ・ステップ制とアセスメント 1.基礎 【初期評価】 ・就労移行支援のためのチェックリスト 【職業適性評価】 ・GATB 【神経心理学評価】  TMT、CAT、FAB 2.実習 【病状整理】 ・病状整理シート 【本人の意向確認】 ・就労希望整理シート 【セルフケア・合理的配慮の確認】 ・状態チェック対応シート 3.就活 【就職活動】 ・履歴書 ・職務経歴書 →自身の状態の整理をすることで障害の言語化をサポート 出典:リニエワークステーション中野案内資料 図2 定着支援のポイント 医師など医療関係者 病気の状態を安定させ生活ができるようにする 患者 障害のある人 従業員 人的資源として効率的に活用し、利益に貢献できるようにする 企業担当者 支援者 両者の立場を理解するために、両者の視点のポイントを踏まえ本人のサポートをする 出典:リニエワークステーション中野案内資料 写真のキャプション 株式会社リニエR代表取締役の谷隆博さん(左)、本誌の八重田淳編集委員(中)、同社取締役の竹中佐江子さん(右)(写真提供:株式会社リニエR) リニエワークステーション中野作業療法士の扇浩幸さん(写真提供:株式会社リニエR) 障害特性・配慮希望シート(写真提供:リニエワークステーション中野)