研究開発レポート 第32回 職業リハビリテーション研究・実践発表会 Part2 パネルディスカッション T「職場でのコミュニケーションの課題について考える」 U「障害者就労支援を支える専門人材を育てる〜福祉と雇用の切れ目のない支援に向けて〜」  前号に続き今号では、パネルディスカッションT・Uの様子をダイジェストでお伝えします。 パネルディスカッションT 職場でのコミュニケーションの課題について考える  近年、テレワーク等が広がるなど職場でのコミュニケーションのあり方は変化しています。他方、情報共有について障害に起因する課題を抱える障害者も少なくありません。パネルディスカッションTでは、このような変化の機会をとらえて、JEED障害者職業総合センター上席研究員の伊藤(いとう)丈人(たけひと)氏をコーディネーターとして、株式会社ラックでサイバーセキュリティプラットフォーム開発統括部開発部第三グループグループマネジャーを務める外谷(そとや)渉(しょう)氏、阪和ビジネスパートナーズ株式会社業務開拓推進部長の辻(つじ)敏彦(としひこ)氏、みずほビジネス・チャレンジド株式会社企画部職場定着支援チーム定着支援コーディネーターの平賀(ひらが)正樹(まさき)氏、学校法人大阪滋慶学園滋慶医療科学大学大学院教授の岡(おか)耕平(こうへい)氏をパネリストに迎え、あらためて障害者が、職場における情報のやり取りについてどのような課題に直面し、どのような配慮を必要としているのか、職場において情報を共有するための取組みや工夫等についても意見交換を行いました。  はじめに伊藤氏から、本ディスカッションを設定した背景について、職場で共有される情報には業務に関するフォーマルなものだけでなく日常的な会話や偶発的な情報のやりとりといったインフォーマルな情報もあるため、これに参加できないことにより障害者が疎外感を抱くケースも存在することが提示されました。そのうえで、2023(令和5)年度から2024年度に行われた、「職場における情報共有の課題に関する研究」(障害者職業総合センター)から、コミュニケーションに関して企業側と障害者側に認識のずれがあること、この「ずれ」は企業側の不満よりも障害者本人がより強い困難を感じる場合があるとの報告がありました。また、勤務形態の違いによって、情報伝達課題が異なることが示されました。そのなかでも各企業は、障害者が職場で円滑に情報交換できるよう、配慮や工夫を凝らした改善策を実施していると指摘。このディスカッションでは、実際の企業事例をもとに、障害者が直面する情報伝達の課題と、出勤やテレワークなど働く環境に合わせた適切なコミュニケーションのあり方について考え直す機会としたいとの目的が示されました。  次に、各パネリストから、それぞれの取組事例や研究成果などが発表されました。外谷氏からは情報セキュリティの分野で強みをもつ同社が、同氏をはじめとした視覚障害や発達障害のある社員を複数名採用していくなかで、業務指示伝達を円滑に行うための配慮や業務外の交流の推進をどのように行っているのかについて紹介がありました。  続いて辻氏からは、2024年10月に稼働を始めた同社が、障害者のテレワークを定着させるために行ってきたさまざまな取組みについて、テレワーク中の孤独感を軽減するため、つねにチーム全体がWebシステムに接続した状態を保ち、会話中心のコミュニケーションを重視していることや、従業員の不調の早期発見と対応にも取り組んでいることなどの発表がありました。その結果、これまでに24名を採用し退職は4名にとどまり、平均勤続期間は2年6カ月に達し、転職者からも前職よりコミュニケーションがよいとの評価を得ているとの報告がありました。  次に平賀氏からは、出社して業務を遂行する社員に対し「定着支援コーディネーター」が行っているさまざまなサポート支援、社内でのコミュニケーションにおける工夫・情報共有の方法について発表がありました。例えば聴覚障害のある社員とのコミュニケーションにおいては、職場で使う専門用語にはオリジナルの手話や指文字を活用して対応しているとの報告がありました。また、聴覚障害のある社員のために行っていた工夫が発達障害のある社員にとっても有用であることがあり、障害特性にかかわらずコミュニケーションにおける工夫・情報共有の取組みを社内共有することで、職場全体のコミュニケーションの質を高めるとともに円滑化を実現することを目ざしているという報告がありました。  最後に岡氏からチャットや社内SNSの利用等におけるコミュニケーション手段の変化と多様化が進む現代の職場で、こうした変化が障害者に与える影響について解説がありました。自身の研究結果などからテレワークから除外されがちな知的・発達障害者を支援するためのテクノロジーとして「共有メンタルモデル」と「トランザクティブ・メモリー・システム」が紹介されました。  その後、伊藤氏から各パネリストに質問があり、「テレワークをしている社員がSOSを出しやすい、質問しやすい雰囲気づくりや工夫について」などに関する質疑応答が活発に行われました。 パネルディスカッションU 障害者就労支援を支える専門人材を育てる〜福祉と雇用の切れ目のない支援に向けて〜  近年の障害者の就労可能性の急速な拡大をふまえ、福祉分野の就労支援と雇用分野の職業リハビリテーションの切れ目のない支援に向け、多様な障害種類・程度の障害者と企業の双方のニーズに対して多分野連携の促進を含めて効果的に対応できる専門人材の育成が喫緊の課題となっています。パネルディスカッションUでは、こうした障害者就労支援の共通基盤を確認するとともに、JEED障害者職業総合センター副統括研究員の春名(はるな)由一郎(ゆいちろう)氏をコーディネーターとして、障害者職業総合センター職業リハビリテーション部次長の市川(いちかわ)浩樹(ひろき)氏、特定非営利活動法人WEL'S障害者就業・生活支援センターWEL'S TOKYOセンター長兼主任職場定着支援担当の堀江(ほりえ)美里(みさと)氏、第一生命チャレンジド株式会社ダイバーシティ推進部課長の齊藤(さいとう)朋実(ともみ)氏、特定非営利活動法人全国就業支援ネットワーク代表理事の藤尾(ふじお)健二(けんじ)氏をパネリストとして迎え、就職前の支援と就職後の支援、障害者支援と事業主支援、医療や福祉と雇用支援といった具体的な局面において切れ目のない支援を実現できる専門人材の育成・確保に向けた意見交換が行われました。  はじめに春名氏から、ここ数年急速にニーズが高まっている先端的な障害者就労人材育成の取組みを実施できるかどうかは地域によってばらつきがあるとの指摘があり、参加者にもこのディスカッションを通じてそれぞれの地域の特性を念頭に障害者就労支援人材の育成について考える場となってほしいと望まれました。  次に各パネリストから話題の提供が行われました。市川氏からはJEEDが2025年度から実施を予定している「雇用と福祉の分野横断的な基礎的知識・スキルを付与する研修(基礎的研修)」は、福祉、教育、医療等の分野にて、就労支援を担当する初学者を対象としており、雇用と福祉の切れ目のない支援を可能とするためのスタートととなる研修であることの紹介がありました。  堀江氏からは、東京都の大規模な労働市場で障害者人口を抱えるという地域のなかに配置された地域障害者就業・生活支援センターの職員が、その専門性だけでは対処できない場面において多様な職種と連携できるスキルをもつことの重要性を指摘。そうした人材を育成するために外部のスーパーバイザーによる個別のスーパービジョンを実施する機会を設けるなど、包括的なスーパービジョン体制の構築に力を注いでいるとの報告がありました。  齊藤氏からは、企業内で働く就労支援人材育成の役割について、@目的=「安心して働く」「活躍できる」を共有する、Aそれぞれの事情をすり合わせる、B関係性の構築が大切、というポイントが示され、福祉分野でつちかったコミュニケーションスキルを活かして活躍していくのが企業内で働く就労支援人材の役割であると強調されました。  藤尾氏からは、「障害者就業・生活支援センターの機能強化」について話がありました。同氏は機能強化のポイントは地域の支援資源等を知り、適切にリファーする連携拠点「総合調整機能」、「地域における最後の砦」であるスーパーバイズ、困難事例等への対応という「本来あるべき機能を果たすこと」と主張されました。  後半では「福祉と雇用の切れ目のない支援に向けた、専門人材育成の課題」と題して「就職前の支援vs就職後の支援」、「障害者支援vs事業主支援」、「医療・生活支援vs就労支援」の三つをテーマに、切れ目のない人材育成について活発な議論が行われました。 (注)コーディネーターおよびパネリストの方々の所属先・役職は開催日時点のものです ★右記ホームページにて、パネルディスカッションの動画や発表資料等をご覧いただけます。 https://www.nivr.jeed.go.jp/vr/32kaisai.html ◇お問合せ先 研究企画部 企画調整室(TEL:043-297-9067 E-mail:kikakubu@jeed.go.jp) 写真のキャプション 伊藤丈人氏 外谷渉氏 辻敏彦氏 平賀正樹氏 岡耕平氏 春名由一郎氏 市川浩樹氏 堀江美里氏 齊藤朋実氏 藤尾健二氏