職場ルポ 包装ラインや準備の業務、特性を活かし活躍 ―株式会社松本パック(群馬県)― 食品加工の会社では、特別支援学校からの実習生受け入れを機に障害者雇用を続け、長く安定して勤める従業員たちは、特性を活かして活躍している。 (文)豊浦美紀 (写真)官野 貴 取材先データ 株式会社松本パック 〒379-2235 群馬県伊勢崎市(いせさきし)三室町(みむろちょう)6032-1 TEL 0270-20-8887 FAX 0270-20-8877 Keyword:知的障害、精神障害、製造ライン、特別支援学校、障害者就業・生活支援センター (写真提供:株式会社松本パック) POINT 1 特別支援学校からの実習生受入れが成功例となり、継続的に採用 2 本人の適性を見ながら、担当作業を柔軟に見きわめる 3 自由参加による定期的な集まりで、学び合いながら仲間意識も醸成 乾燥具材などの充填(じゅうてん)包装  1991(平成3)年設立の食品加工会社「株式会社松本パック」(以下、「松本パック」)は、おもに即席みそ汁やインスタント麺に入っている乾燥具材・粉末スープなどを充填包装する業務を手がけている。群馬県伊勢崎市内に三つの工場があり、大手メーカーからのさまざまな注文にこたえている。  松本パックで障害のある従業員を雇用し始めたのは2005年。たまたま特別支援学校からの依頼で実習生を受け入れたのがきっかけだそうだ。その後も学校やハローワークなどから紹介を受けながら採用を重ね、いまでは従業員269人のうち障害のある従業員は15人(知的障害14人、精神障害1人)、障害者雇用率は7.32%(2024〈令和6〉年6月1日現在)だという。また松本パックは、2023年度、「障害者雇用優良事業所」当機構理事長表彰を受賞している。現場で働く従業員の活躍ぶりとともに、障害者雇用の取組みの経緯や工夫を紹介する。 職場実習の受入れを機に  松本パックの代表取締役社長を務める松本(まつもと)泰明(やすあき)さんは、障害者雇用の取組みについて「恥ずかしながら私よりも専務が、採用から日ごろの支援までほぼ取り仕切ってきました」と明かす。専務とは、泰明さんの妻である松本(まつもと)詠子(えいこ)さんのことだ。  詠子さんは「ある日、特別支援学校の先生から『そちらの近所に住んでいる生徒に、職場実習を受けさせてもらえないか』との相談を受けたことが始まりでした」とふり返る。  それまで松本パックに障害のある従業員はいなかったが、二つ返事で受入れを決めたのは、詠子さんの母親の影響が大きかったという。40年ほど前、群馬大学教育学部養護学校(現・群馬大学共同教育学部附属特別支援学校)の養護教諭をしていた母親が、「生徒たちは一つのことに集中して取り組めるんだよ」と長所をあげながら、「就職先がとても少ないのは残念」と話していたのを、詠子さんはずっと覚えていたそうで「職場実習受入れの話に、自分たちも役に立てるチャンスが来たと思いました」と話す。  初めての実習生は、当時高等特別支援学校2年生だった飯島(いいじま)憂巳(ゆうみ)さん(38歳)。事前に工場見学をした先生によると「こつこつまじめに取り組むことが得意な飯島さんに、ここの仕事は合っていると思いました」とのことだった。  一方で詠子さんは、「飯島さんにとって初めての働く機会だから、ここで何か嫌な思いをして『仕事って嫌だな、会社って怖いな』って思ってしまったら、その後の人生に大きな影響を与えてしまうかもしれない」と心配した。そこで従業員を集め「まずは飯島さんに、嫌な思いをしないで働いてもらいたい」と伝えたところ、みんなが協力してくれたそうだ。  工場内でのおもな業務は、包装業務ラインでの流れ作業だが、「飯島さんが流れについていくのはむずかしいかもしれない」と判断した現場の社員が、ラインのわきにテーブルを置き、飯島さんのペースでやってもらうことにした。  ところが始めてみると飯島さんは手ぎわがよかった。周囲の従業員たちも「これならすぐに一緒にできるかも」と驚いたそうだ。飯島さんは、高等特別支援学校2・3年次に毎回2週間の実習を計4回経験し、2005年に入社するころにはすっかり職場と仕事に慣れていた。  このときの成功を活かし、特別支援学校からの実習生には1年次の職場実習後、2・3年次に計8週間ぐらいの実習経験をしてもらっている。  「ある程度長い時間をかけて一緒に働けば、何より本人に自信がつきます。その間に親御さんとも情報共有をしながら協力関係を築くことができます」と詠子さん。  飯島さんは第1工場の製造2課で、ほかの従業員と一緒に包装業務ラインに立ち、勤続20年になる。仕事のベテランぶりについて詠子さんが語る。  「以前、繁忙期に私がヘルプでラインに入ったとき、隣の飯島さんよりも作業が遅くなっていました。気づくと飯島さんは、何もいわずにそっと私の分までやってくれていたんですよ」  飯島さんは恥ずかしがり屋さんということだったが、無理をいって少しだけインタビューに答えてもらった。仕事で心がけていることは「間違えないことです。やはり間違えることはあるので」とのこと。専務の詠子さんについて聞くと「本当に思いやりのある、やさしい人です」と即答してくれた。 次々とハローワークから紹介  飯島さんの成功例が関係者にも伝わり、その後すぐにハローワークなどからの紹介で、飯島さんが入社した翌年に2人が入社した。その1人が大橋(おおはし)祐介(ゆうすけ)さん(40歳)だ。  第2工場の製造1課に所属する大橋さんは、機械で具材が封入された大量の小袋を、組み立てた段ボール箱に入れて運び出す業務の担当をしている。「毎日300箱ほどを組み立てて、運んでいます。だれかにぶつからないよう、周囲に人がいないか注意しながらの作業です」と説明してくれた。  大橋さんについて、社長の泰明さんは「大きな戦力です」と断言するエピソードを紹介してくれた。以前、食品関連の大手企業から、商品のナポリタンにつける小袋入りの粉チーズを大量受注した。イタリアから送られてきた粉チーズは長期冷蔵の影響で固まっていたため、大きなざるを使って再び粉状に濾(こ)す作業が必要だった。それを大橋さんは1人で毎日ひたすらやり続けたそうだ。  「ほかの従業員さんも手伝いましたが、彼だけは最初から最後まで根気強く2年間ほど続けました。彼にしかできなかったと思います。あのときは本当に助かりました」(泰明さん)  そんな大橋さんは最後に、「マイカー通勤で、最近ガソリン代が高いですが、ここは給料がいいのでよかったです。長く勤められるようがんばります」と笑顔をみせてくれた。  大橋さんの職場では後輩も育っている。上原(うえはら)ガブリエルさん(21歳)は、特別支援学校での実習を経て2022年に入社した。大橋さんと同じように、段ボールを組み立てたり運んだりと、力仕事に励んでいる。職場では「ガブちゃん」と呼ばれ、かわいがられる存在だ。  上原さんは「最初は、積み上げた段ボールにラップを巻いたり、製品の名前を書いたりする仕事がたいへんだったけど、いまは大丈夫です。目標は遅刻しないことと、一生懸命にやることです」と話す。最近、詠子さんたちを驚かせたのが運転免許を取得したことだ。日ごろは自転車通勤だが、たまに母親を助手席に座らせて運転をしているという。 力を発揮できる分担作業  実習内容も含め入社後にどんな仕事をしてもらうかは、支援機関の担当者等と相談しながら、体力や手先の器用さ、性格なども考慮して配属先を決めているという。  ある知的障害のある女性は実習中、緊張すると手が震えてしまい、ライン作業がむずかしいとわかった。一方で、ライン用に具材を準備する仕事は難なくこなすことができた。「現場の担当社員とつねに相談しながら、違うかなと思えばどんどん変えて、本人が一番力を発揮できそうな担当作業をみつけていくようにしています。工場内はいろいろな分担作業がありますから」と詠子さん。  仕事内容などを覚えやすいよう写真つきのマニュアルも使っているが、「障害のある従業員のためだけではないんですよ」と詠子さん。というのも伊勢崎市には外国籍の人が多く住み、工場で働く従業員も2割程度が外国籍だという。工場内にある掲示も日本語、英語、タイ語、ベトナム語とともにわかりやすい写真やイラストがつけてあるそうだ。 ブルームの会  2019年、10人以上に増えていた障害のある従業員を対象に、月1回の集まり「ブルームの会」がスタートした。  きっかけは詠子さんが、群馬県障害者雇用ネットワーク登録企業が集まった会合で他社の事例を知ったことだった。「当事者による社内グループ活動で活き活きとしながら仕事への意識を高め合い、助け合える機会になっているとわかりました」(詠子さん)  ブルームという会の名前は、従業員が家族と一緒に考えて提案し、みんなで「かっこいいね」と決めたそうだ。  毎回自由参加で、就業時間後に集まり、詠子さんがテーマを提供して意見交換を行っている。「職場内でよくないことをした従業員がいたり、ちょっとしたトラブルがあったりしたときは、本人の名前はふせてケースとして紹介し、みんなで『どうするべきだったか』などと話し合います。逆に、よいことをした従業員がいたときは、本人のことをみんなに紹介する機会もつくっています」  クリスマス会やボーリング大会などのイベントも開催し、楽しみにしている従業員も少なくないそうだ。前出の大橋さんは「日ごろはみんな別々の場所で働いているので、たまに集まっていろんなことを話せるのが楽しいです」と教えてくれた。 障害者就業・生活支援センターに相談も  松本パックでは、詠子さんが障害のある従業員たちのサポートを行っているが、困ったことがあったときは、障害者就業・生活支援センターの担当者に力を借りているという。「自分たちだけで不安なときに、気軽に相談できる先があるのはとても心強く、センターのジョブコーチさんにもお世話になっています」(詠子さん)  なかには1年ほどかけて長期的に支援してもらったケースもある。 精神障害のあるシニア男性  2018年には、精神障害のある男性(66歳)も採用した。以前働いていた会社で精神疾患となり、就労移行支援事業所から紹介を受けたそうだ。男性は、仕事はしっかりやってくれているが、周囲の何気ない一言に傷ついてしまうことがある。そんなときは、詠子さんに「少し話したいことがあります」と内線電話がかかってくるという。  「話をすることで気持ちが楽になるようなところがあって、私も『大丈夫、〇〇さんはきちんと働いてくれていますよ』と声かけをすると、元気を取り戻してくれます」(詠子さん)  いまは2021年にできた新しい第3工場で、商品の検品作業などに従事しているという男性。自動化が進んでいる工場のため従業員が少なく、対人関係に悩まずにすんでいるようで、仕事上の相談はめっきり減ったそうだ。 緊張感と楽しみと  職業訓練を受けてから入社した従業員もいる。2021年に入社した戸部(とべ)隼勢(はやと)さん(26歳)は、高校卒業後に農業関係の仕事をしていたが、体力的に続けられず1年足らずで退職。それから産業技術専門校に入り、松本パックを紹介されたそうだ。  現在は、セットアップ作業のラインに充填包装された具材の供給作業を担当している戸部さんは、「仕事中は、7割の緊張感と、3割の遊び心を大切にしています」という。聞けば、自分の好きなマンガで出てきたセリフからヒントをもらったのだそうだ。「例えば扱う具材のロットについて、たまに違う日付のものが混じっているのを、間違い探しゲームのようにみつけることが小さな楽しみ」という一方、「たまに運んできた具材の種類が違っていたり、ロットを見落としたりすることがあるので、ミスをしないよう、焦らず確実に仕事をこなす方法をいつも考えています」とのことだ。  以前の職場は、人間関係も含めて苦労したこともあったが、「ここは心身に余裕を持って働きやすい職場だと感じます」と戸部さん。マラソン大会に出るなど運動も得意な戸部さんは、最近は休日を利用し、新幹線で遠方に行ったりするのが楽しみになっているそうだ。 正社員になった従業員も  松本パックでは、障害の有無に関係なく、1日8時間のフルタイム勤務をする条件で正社員となる。取材当時は障害のある従業員4人が正社員だった。  その1人が、2011年に入社した宮崎(みやざき)真之(まさゆき)さん(32歳)。特別支援学校時の職場実習を経て、入社後はセットアップラインに具材を補充したり段ボールを組み立てたりする担当などを経験。「ライン作業もやりましたが、ラインの流れ作業の動きに酔ってしまって、無理でした」とのことだ。  半年前からは第1工場内の2階建ての倉庫で、多種多様な具材などが入った箱を出し入れする作業を行っている。  この日も、倉庫内の専用エレベーターで降ろされてくる多数の箱を台車に載せてあちこち移動させていた。宮崎さんは「ここは先輩社員の運転するフォークリフトも動き回っているので、安全確認を怠らないよう気をつけて作業をしています」と笑顔で話す。一緒に働く先輩社員は「宮崎くんは、とにかくまじめです。力仕事を一生懸命やってくれているところがよいですね」と太鼓判を押す。  詠子さんによると、宮崎さんは初めての給料で、母親にピンク色のバッグをプレゼントしたそうだ。「とても喜んだお母さんが、私たちにバッグを見せに来てくれましたよ」と詠子さん。  さらに今春から正社員になったのが、2019年入社の近藤(こんどう)竣亮(しゅんすけ)さん(24歳)だ。職場実習を経て、入社後は戸部さんと同じく具材入りの袋を包装レーンに補充する業務を担当している。「わからないことがあるときなど、周りの人がみんなやさしく教えてくれるので、ここで働いてよかったなと思います」と近藤さん。  詠子さんによると、近藤さんから「社員になりたいです」と申し出たそうだ。近藤さんは「いまも、ほかの社員さんがいない場所で具材の補充をしたり、倉庫の人に頼んだりして、忙しくやっています。正社員になったので、さらに責任感を持って、仕事のことを考えていきます」と頼もしい言葉で意欲を見せてくれた。 「全員が大事な戦力」  社長の泰明さんは、同社の障害者雇用について「きっかけは専務の思いもありましたが、いまでは全員が、本当に大事な戦力になっています」と強調する。  「最初に入ってくれた飯島さんは20年、大橋くんも19年になりますが、みんなで若いときからずっと根気よく、仕事に取り組んでくれています。工場では、障害があるから、障害がないからという垣根はなく、それぞれやれることをやってもらい、うまくフォローしあえているのもよいのかもしれません」  今後も引き続き、特別支援学校などと連携しながら雇用していきたいという泰明さんは、「課題があるとすれば、専務の後継者となる人材育成です」と話す。「私と同様に専務も決して若くないので、これまで障害のある従業員をサポートしてきた役割を、そろそろだれかに引き継いでもらう準備をしていきたいですね」と、前向きに語ってくれた。 写真のキャプション 株式会社松本パックは、乾燥具材などの充填包装業務を手がける 株式会社松本パック 代表取締役社長の松本泰明さん (写真提供:株式会社松本パック) 専務の松本詠子さん 第1工場製造2課の飯島憂巳さん 飯島さんは、包装業務ラインでの作業を担当している 小袋の入った段ボール箱を保管場所に運び出す大橋さん 第2工場製造1課の大橋祐介さん 第2工場製造1課の上原ガブリエルさん 材料の入った段ボールを充填室に運び込む上原さん 工場内の注意書き。イラストによる図解やふりがながふられ、だれにでもわかりやすい ブルームの会で行われたボーリング大会での一コマ。月1回の集まりを楽しみにしている従業員も多い(写真提供:株式会社松本パック) 第1工場製造2課の戸部隼勢さん 材料の搬入に使用したパレットを整理する戸部さん 第1工場内の倉庫で働く製造2課の宮崎真之さん 宮崎さんは、倉庫での製品や材料の搬送を担当している 第1工場製造2課の近藤竣亮さん 包装ラインに乾燥具材などが入った小袋を補充する近藤さん 松本パックでは、障害のある従業員それぞれが、特性に合った職域で能力を発揮し、活躍している