クローズアップ 障害者雇用率向上へのヒント 第3回 すべての社員が力を発揮できる職場 〜企業に求められる合理的配慮とは?〜  障害者の法定雇用率が引き上げられるなかで、障害者雇用は「採用する」時代から、「職場で活躍できる環境をいかに整えるか」が問われる段階へと移行しています。また法定雇用率の達成に加えて、人的資本経営やDEIの観点からも、合理的配慮や職場環境整備の面において、実効性ある取組みが企業に求められています。  そこで第3回では、松井優子さんの解説をもとに、組織に受け入れられる合理的配慮の進め方を実務的にひも解いていきます。 執筆者 障害者雇用ドットコム代表 東京情報大学非常勤講師 松井(まつい)優子(ゆうこ)さん はじめに  多様性を尊重し、だれもが能力を発揮できる職場づくりは、企業にとって不可欠なテーマとなっています。特に障害者雇用においては、採用にとどまらず「どのように職場環境を整備し、障害者が活躍できる場を提供するか」が問われています。その鍵となるのが「合理的配慮」と「職場環境整備」です。  障害者に対する合理的配慮の提供義務は、障害者雇用促進法と障害者差別解消法によって定められています。前者は雇用分野において、後者は雇用以外の分野が含まれます(図表1)。今回は雇用の現場で企業が果たすべき責任を明確にするため、障害者雇用促進法における合理的配慮に焦点をあてて解説していきます。 「障害者雇用促進法」における合理的配慮とは?  「障害者雇用促進法」による合理的配慮は、2016(平成28)年4月から障害者に対する差別の禁止とともに、事業所の規模や業種に関係なく、すべての事業主に義務化されています。合理的配慮とは、障害のある人がほかの人と平等に働くために、職場において必要な対応や調整を行うことです。合理的配慮は、本人の申し出(ニーズの表明)を起点とし、それに対して企業が可能な範囲で対応するという「双方向の対話と調整」によって進められるものです。  そして、このプロセスのなかでは、次の三つの視点が特に重要となります。 1.本人の困りごとや配慮の希望を明確に把握すること 2.業務内容や職場環境との整合性をふまえ、企業側の対応可能性を検討すること 3.現実的かつ実効的な着地点をともにみつけていくこと  本人からの申し出には、企業として対応がむずかしいと感じる場合もあります。そのようなときでも企業と本人の相互理解と調整のなかで、業務に支障なく配慮を実現する方法を検討することが求められます。また、障害の種類によっては、業務を遂行するうえでどのような支障があり、どのような配慮が必要なのかが、見た目だけではわからない場合があります。障害の種類や障害者手帳の等級が同じ場合であっても、一人ひとりの状態や考え方は違いますし、職場環境などによって求められる配慮も異なります。そのため、取るべき対応は個別性が高いものと認識しておくことが大切です。具体的にどのような措置をとるかについては、本人と企業側とで「対話」したうえで決めることが求められます。  なお、合理的配慮の提供は「過重な負担とならない範囲で」(※)行うものです。この「過重な負担」とは、企業にとって過度なコスト、著しい業務への支障、安全性の確保が困難になるなど、著しく合理性を欠く対応をさします(図表2)。合理的配慮についてはすでにたくさんの資料や事例がありますので、それらを参考にしながら、自社の合理的配慮を検討していくとよいでしょう(図表3)。 合理的配慮を組織として受け入れやすくするために  合理的配慮を考える際には、職場全体の最適化を考える職場環境整備もあわせて考えていきます。職場環境整備のベースには「ユニバーサルデザイン」の考え方である「多様性」を前提とすることにより、組織として受け入れやすくなります。特定のだれかに配慮するということではなく、障害の有無、年齢、性別、文化的背景などに関係なく、すべての人が使いやすく、働きやすい仕組みを最初から設計するというアプローチです。  聴覚障害のある社員に対して会議中に文字起こしツール等の「就労支援機器」を導入するのは合理的配慮ですが、すべての会議室にモニターや音声認識ツールを常設することは職場環境整備にもなります。こうした設計は、結果として企業全体の「働きやすさ」につながります。設備等のハード面だけでなく、ソフト面の働き方の柔軟さ(時差出勤、在宅勤務、短時間勤務等)も含めることができます。 合理的配慮の社内理解と風土づくり  合理的配慮は制度や設備を整えたとしても、実際に働く職場の人の「理解」がなければ実現しません。そのため周囲の理解を得られる環境をつくるために、社内全体への情報共有や社内研修が必要です。社内に「知る」、「考える」、「話す」場があることで、障害のある人への接し方に対する漠然とした不安が払拭され、自然な関係性を築きやすくなります。特に研修では、管理職やマネジメント層への理解を進めることが重要です。障害のある人を含めたすべての人材に対するマネジメントや人材育成の視点をもつことで、社内における理解が進みます。  合理的配慮を実施するうえで最も避けたいのが、「あの人は特別扱いされている」という誤解や対立の雰囲気です。これを防ぐには、「合理的配慮は特別ではなく、公平を実現する手段である」ことを、組織全体で共有しておく必要があります。また、障害者を含めた多様な人材を対象とした取組みは、全従業員にとって働きやすい職場づくりにつながります。 *****  次回は、「選ばれる企業」になるための障害者採用について解説します。 ※厚生労働省「合理的配慮指針(平成27年厚生労働省告示第117号)」 https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11600000-Shokugyouanteikyoku/0000082153.pdf 図表1 合理的配慮の提供義務 法律名 対象障害者 合理的配慮の例 障害者雇用促進法 採用や雇用でかかわる障害者 ・業務指導の担当者、専任者を配置する ・作業指示や伝達に曖昧な表現をしない ・習熟度に応じて業務量を増やす 障害者差別解消法 商品やサービス等を受ける障害者 ・段差がある店舗にスロープ等を設置する ・セミナーや説明会で、手話通訳や筆談、音声ガイドを準備する 筆者作成 図表2 合理的配慮の“現実的な調整”で考慮する要素 【過重な負担の可能性のある要素】 事業活動への影響 費用負担 財務状況 実現困難度 企業の規模 公的支援の有無 ★合理的配慮は、企業にとって無理のない範囲で、本人との対話を通じて工夫や調整を行うことが基本とされています。本図表は、その際の判断の参考となる視点を整理したものです。 図表3 合理的配慮の参考資料 指針事例集 ●合理的配慮指針事例集【第五版】(厚生労働省) https://www.mhlw.go.jp/content/11600000/001230884.pdf 好事例集 ●障害者への合理的配慮好事例集(令和6年3月)(厚生労働省) https://www.mhlw.go.jp/content/11600000/001234010.pdf ●障害者雇用事例リファレンスサービス(独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構) https://www.ref.jeed.go.jp/ Q&A集 ●障害者雇用促進法に基づく障害者差別禁止・合理的配慮に関するQ&A【第三版】(厚生労働省) https://www.mhlw.go.jp/content/11600000/001237499.pdf 筆者作成 「就労支援機器」とは?  就労支援機器とは、障害のある人が業務を行いやすくするための補助機器や技術です。視覚障害のある人には音声読上げソフトや画面拡大ツール、聴覚障害のある人には会話文字化アプリ、肢体不自由のある人には視線入力や電動昇降デスク、発達・精神障害のある人にはタスク管理アプリやノイズキャンセリング機器などがあります。近年では、ITやAIの進化により、こうした機能がアプリやクラウドサービスとして利用しやすくなっています。リアルタイム字幕生成、音声でのパソコン指示、スケジュールやタスクを自動調整するツールなど、汎用技術が支援機器として応用されるケースが増えています。 ★今号の「JEEDインフォメーション」13ページでもご紹介しています。ご参照ください。