Leaders Talk No.138 シニアの持つ知見と消費力を活かし社会・市場の活性化につなげよう 玉川大学 経営学部国際経営学科 教授、経営学部長 神谷 渉さん かみや・わたる 専門は流通論、消費者行動論。コンサルティング会社、シンクタンク勤務などを経て、2016(平成28)年より玉川大学経営学部国際経営学科准教授、2022(令和4)年より教授、2026年より経営学部長を務める。  少子高齢化によるさまざまな影響が懸念される現代社会ですが、その一方でシニア市場が活況です。定年退職後の余暇を楽しむシニアはもちろん、働きながら勉強をするシニアや、孫など家族のために消費をするシニアなど、さまざまな商品・サービスが活気づいています。  今回はシニアの消費行動に詳しい玉川大学教授の神谷渉さんにご登場いただき、シニアの消費行動と雇用の関係について、お話をうかがいました。 社会とのつながり、情報処理能力の維持など就労がシニアの消費行動に影響をもたらす ―消費行動の視点から見た、シニア世代とミドル・若手世代との行動・特徴の違いについて教えてください。 神谷 シニア世代とミドル・若手世代の消費行動を比較する際、まず押さえておかなくてはいけないのが情報処理能力の違いでしょう。例えば、シニア世代はスマートフォンなどを若者のように使いこなせないといったように、新しい情報をうまく処理できないケースや、加齢の影響で情報を記憶にとどめることがむずかしくなる、といったことも増えてきます。  また、暮らし・生活の視点で見ると、食生活の変化も大きいといえます。シニア世代の場合、肉や魚系が減り、野菜・果物系が増えるという特徴があります。加えて、行動範囲が以前と比べて狭まってくるという特徴もあります。これらは、シニア世代の消費行動をとらえるうえで意識しておく必要があります。 ―就業の有無や、フルタイム、短時間勤務などの働き方の違いは消費行動にどんな影響を与えるのでしょうか。 神谷 フルタイムで働いている人と短時間で働く人では可処分所得が異なるので、旅行など余暇に投資するお金も異なります。ただし、フルタイムで働くと時間に余裕がなくなるので、消費とのバランスをどう考えるかがポイントです。  一方、就労していない場合は、時間があっても収入による行動の制約が発生します。例えば、「毎年旅行に行きたいが、今年は控えておこう」とか、「毎月ゴルフをやりたいが、隔月にしておこう」というような制約につながります。  また、就労することで社会とのつながりが維持されますし、仕事でパソコンなどを使うことで情報処理の訓練にもなるので、就労していない人よりも情報処理能力の衰え方がやわらぐ傾向にあります。  今後心配になるのは、仕事から完全にリタイアし、「これからはゆっくり過ごそう」と考えているうちに、老いが急激に進み、いざ何かやってみようとしても体力や気力がなくなってしまうことだと思います。 ―働くことによる生活リズム、人とのつながりなど、シニアの消費や暮らしにどのような違いが表れるのでしょうか。 神谷 「自分の目的を達成するために消費する」というのが消費行動の基本ですが、高齢になると「自分のため」という考えがある一方で、他者や社会とのつながりを求めて消費や投資が増えてくる傾向があるといえます。他者とは自分の子どもや孫だけではなく、地域コミュニティの人たちなども含まれるでしょう。地域や社会に投資することで自己満足が得られるような行動も見受けられます。会社を退職すると、それまでの生活の中心であった会社コミュニティへの依存が徐々に薄れ、家族を重視したり、社会とのつながりを求めて新たなコミュニティをつくるという行動をするシニアも少なくありません。逆にいえば、「孫や地域・社会に消費・投資するために働く」ということもあり得るということです。 ―健康寿命の延伸などを背景に、「シニア市場」が活性化していると聞きます。シニアの消費行動をふまえ、シニア市場はどのように変化しているでしょうか。 神谷 シニアになっても自分の能力をもっと高めたいという意欲を持つ人もいます。例えば、学び直しやリスキリングなどの教育分野のニーズもあります。あるいは健康や身体能力の維持を目的に、運動やスポーツにチャレンジする人もいます。  また、先ほど述べた食生活の変化に対応した需要は今後ますます高まっていくと考えられます。例えば、年を重ねると食事を簡単にすます傾向があり、栄養も偏りがちです。そうした需要に対応した宅配弁当などが増えていますし、欧米では電子レンジで温めるだけの1食分の具材が入った弁当タイプの冷凍食品の需要が伸びており、日本でも今後はその分野が伸びると予想されます。  商品需要の変化にともない、デザインや視認性への対応も必要になってきます。特に視認性は重要で、例えば同一ブランドのシャンプーとリンスは、同じようなパッケージで販売されている商品が多くありますが、形状の違いなど触ってどちらかわかるような工夫もこれからは大切になってくるでしょう。  消費の観点ではアクセスの改善も重要です。車や歩いて時間のかかる大きな店舗より、近くて小さな店舗のほうがニーズはあります。インターネット通信販売も便利で実際に利用しているシニアは多いのですが、シニアにとってパソコンやスマートフォンは操作がむずかしいなどの問題もあります。体力の低下や物理的な制約をサポートする仕組みが広がれば、さらにシニアの消費が活性化していくでしょう。 シニアのニーズをもっとも理解しているのはシニアシニアの価値を市場開発に活かす経営戦略を ―シニア市場が拡大するなかで、シニア人材を雇用することは企業にどのようなメリットや価値をもたらすと考えられますか。 神谷 シニアのニーズを一番理解しているのはシニア自身です。先ほどのシャンプー・リンスの商品開発などのように、シニアの声を活かせる分野にシニア人材を配置することが大切です。営業職として、豊富な人脈を持つシニア人材を活用している企業もあります。後輩世代のサポート役として活躍しているシニアもいますが、シニアの価値を市場開発に活かすことは、これからの経営戦略にとっても重要ではないでしょうか。  最近では、ベンチャー企業がシニアと雇用契約を結び、活躍しているという話も耳にします。若い人の知見しかないところにシニアの知見が入ることで、市場の活性化が期待できるからです。例えば、旅行業でシニアのニーズを汲くんだバリアフリーの旅行があるように、シニアの知見を活かした新しいサービスや旅行プランを提供できる可能性が広がります。あるいは、近年のリバイバルブームのなかで、シニアが開発した商品が若者の間で“バズる”可能性もあります。あらゆる産業でシニアの知見をよい意味で若者にフィードバックする可能性を秘めていると思います。 さまざまな事情を抱えるシニアが働ける環境・土壌・風土の整備を ―消費者であり働き手でもあるシニアの持つ活力を、企業や社会はどのように活かしていけばよいのでしょうか。 神谷 企業視点では、多様な働き方ができる環境を整備することが、シニアが活躍するうえで重要だと思います。もちろんフルタイムで働ける人もいれば、知見や経験はあってもさまざまな事情から短時間でしか働けない人もいますので、それぞれの希望を受け入れることのできる土壌・風土も必要だと思います。  また、働く意欲があっても、実際にどうしたらよいのかがわからず、踏み出せない人もいるので、それをサポートする仕組みがあることも大切だと思います。例えば、AIを活用し、シニアがつちかった知見やノウハウを文章化する。また、言語化能力が少し衰えてきたとしても、「こうしたい」と思うことをAIのサポートで的確に表現し業務につなげることも、これからは可能になるでしょう。冒頭で「情報処理能力が落ちる」といいましたが、その部分を客観的に把握し、AIにサポートさせることができれば、若者と同じように仕事ができるようになると思います。  社会とのつながりでは、本人の参加をうながすような強制的なつながりを持てる仕組みが必要かもしれません。会社員時代は「行きたくなくても行かざるを得ない」という、半ば強制的に社会とのつながりが維持される環境といえます。しかし、退職して自由な環境になると、「行きたくないなら無理して行かなくてもいいや」と、出かけることが億劫(おっくう)になり、社会とのつながりが徐々に薄れていくことになりかねません。ボランティア活動などもよいのですが、ボランティアなので始めたばかりのころは積極的だったとしても、徐々にやらなくなってしまうという可能性もあります。例えば、シニア向けの学校などの教育サービスのように、「何曜日は必ず来てください」といった、ある種の強制力があるような社会とのつながりが大事だと思います。 ―働くこと、社会とのつながりを持つことでシニアも元気になり、市場も活性化するということですね。 神谷 シニア世代により消費してもらうには、シニアのニーズを取り込めるようなマーケティングが必要ですし、シニア人材の活用も含め、まだまだ改善できる余地があると思います。例えば、スマートフォンでいえば、キャッシュレス決済が可能になるなど、その活用はさまざまな領域に広がっていますが、やはり情報処理の速い若者を前提にしているところがあり、シニアにとってはアプリ一つを使いこなせるようになるのに時間がかかり、負担になっているところもあります。シニア人材の目を通して、シニアが抱える課題やさまざまなニーズを把握し、企業を含む社会全体で解決を図っていくことが、市場の活性化につながっていくと思います。 (聞き手・文/溝上憲文、撮影/中岡泰博)