サステナビリティを高めるシニア人材活用戦略 第5回 リスキリングでシニア自身の価値を高める 株式会社日本総合研究所 小島(こじま)明子(あきこ)/宮下(みやした)太陽(たいよう)  不確実性が高まる現代において、企業が持続的に成長し続けるためには、サステナビリティ(持続可能性)の視点が不可欠です。とりわけ、人材を「資本」としてとらえ、その価値を最大限に引き出す人的資本経営の重要性が高まっています。そのなかでもシニア人材をはじめとする多様な人材の活用は、経験・知見の継承や組織のレジリエンス向上の観点からも、これからの企業経営の鍵を握る重要な要素です。そこで本企画では、シニア人材の持つ価値をあらためて整理するとともに、その活用に向けた具体的な戦略について解説します。 1 はじめに  本連載の第4回※1では、シニア人材による若手育成を、若手の成長や技能継承をうながす「投資」としてとらえたうえで、若手に教えることは、シニア人材自身が知識やスキルを更新する機会にもなることを指摘しました。こうした学びをさらに広げ、シニア人材が変化する仕事や社会の要請に対応し続けるためには、教えることに加えて、自ら新たな知識やスキルを獲得する取組みも必要です。そこで今回は、シニア人材のリスキリングに焦点をあて、その意義と具体的な機会について考えます。  そもそも、リスキリングという言葉が注目された背景としては、2020(令和2)年のダボス会議※2において、リスキリング革命(Reskilling Revolution)が発表されたことがあげられます。このなかでは、2030年までの10年間に10億人がよりよい教育やスキルを習得する機会を得る、という目標が掲げられました。  経済産業省が推計したデータ※3によれば、2015(平成27)年と2050年で必要とされる能力が大きく変わることが示されています。2015年時点では、「注意深さ・ミスがないこと」、「責任感・まじめさ」、「信頼感・誠実さ」が上位3位までを占めており、与えられた仕事を、まじめにコツコツと正確にこなす人材が求められていた状況が窺(うかが)えます。一方、2050年時点では、「問題発見力」、「的確な予測」、「革新性」が上位3位までを占めています。今後は、与えられた仕事を正確に遂行する能力だけではなく、変化する時代のなかで社会の課題を発見・予測し、イノベーションを創出していく能力が求められると考えられます。シニア人材においても、これまでの経験やスキルを活かしつつ、社会で求められる能力を向上させることが求められます。 2 シニアの自己啓発の現状  社会から必要とされる人材として活躍し続けるうえでは、企業側の支援のみに期待するのではなく、日ごろから、シニア個人が学び続ける姿勢を持つことが重要です。しかし、厚生労働省「令和7年度能力開発基本調査」によれば、自己啓発を実施した人の割合は年齢が上がるにつれて低くなることがわかっています(59ページ図表1)。  特に50代になると、その比率は大幅に下がります。自己啓発を実施しているシニアにおいても、平均延べ時間を見ると、40時間以下と少なく、学びの量を増やすことが必要だといえます(59ページ図表2)。国の教育訓練給付金をはじめ、企業側が設けている教育支援制度の活用をうながし、学びの量を増やしていく取組みが求められます。  一方、自己啓発を行っている人の学びの内容を見てみると、多くはeラーニングなど、一人で学ぶ一方向の学習が中心となっています(59ページ図表3)。先に述べた今後必要とされる能力をふまえると、シニアであれば、これまでのスキルや経験を活用して、越境学習※4など実践の現場で学び、そこで得られた学びを本業などで活かすことが期待されます。  越境学習の代表的な例は副業・兼業ですが、いまはその働き方も多様化しています。リモートワークを活用しながら、遠方の中小企業の仕事をになうなど、自分のスキルや経験を提供する働き方も可能となっています。企業が副業・兼業をシニア人材に対して積極的に推奨していくことは、シニア人材の新たな学びやネットワークの構築など、本業への貢献につながります。 3 協同労働の場を活用した新たな越境学習の提案  副業・兼業の解禁を行う企業は徐々に増えてきていますが、制度を整備しても利用するのは若手人材が多く、シニア人材からのチャレンジが少ないという課題もあります。そのため、シニア人材にとって心理的ハードルが低く、筆者らが新たな可能性を感じているのが、協同労働の現場です。  協同労働とは、働く人が自ら出資し、事業の運営にかかわりつつ、事業に従事する働き方です。3人の仲間(組合員)を集めれば立ち上げることができ、協同労働にかかわる人たちは、組合を組織し、組合の「出資」、「経営」、「労働」のすべてをになうことになります。経営にも労働にも主体的にかかわっていくことが求められるため、働くなかで自分の役割や貢献の仕方を学ぶことができます。政府としても労働者協同組合をシニア活躍の一つとして位置づけています。政府の「高齢社会対策大綱」(2024年9月13日閣議決定)では、「高齢期のニーズに応じた多様な就業等の機会の提供」として、労働者協同組合の活用により、地域における多様なニーズに応じ、高齢者が自ら働く場を創出する取組みを促進することが掲げられています。  2022年10月に労働者協同組合法が施行されて以降、徐々にその裾野は広がりつつあり、2026年9月時点で約200団体の労働者協同組合が設立されています。労働者協同組合のにない手も幅広く、シニア人材やフリーランスなど多様な人材が立ち上げていることも特徴的です。株式会社日本総合研究所では、協同労働の場を一つの越境学習の選択肢としてとらえ、実際に企業人材に対して、協同労働インターンシッププログラムを提供しています。主体性や傾聴力、個々人の特性をふまえた協力関係の築き方、仕事起こしを通じた地域課題解決に対する姿勢などを学ぶことは、シニア人材にとって、現在の仕事につながる新たな学びの獲得やセカンドキャリアの選択肢を広げることにつながっています。  本稿では、協同労働を取り上げましたが、今後もより多くのシニア人材が、実践的なリスキリングの一つである越境学習にチャレンジできるよう、多様な場が提供されることが望まれます。企業に求められるのは、シニア人材の学びを本人任せにせず、社内外で新たな役割や課題に向き合う機会を積極的に提供することです。さらに、複数の企業や地域の団体が連携して学びの場をつくることができれば、組織や地域の垣根を越えた人材交流がうながされ、シニア人材の経験を社会のさまざまな場で活かすことにもつながるでしょう。 ※1 本連載第4回(2026年10月号)は、JEEDホームページからもご覧になれます。 https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/book/elder_202610/#page=52 ※2 ダボス会議……世界経済フォーラムの年次総会。世界経済フォーラムとは、地域、産業の課題を経済、政治、学究、その他の社会におけるリーダーたちが連携することで改善に取り組むことを目的とした国際機関 ※3 https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/kyouikumirai/dai3/siryou4.pdf ※4 越境学習……ふだん勤務している会社や職場を離れ、まったく異なる環境に身を置き働く体験をすることから新たな視点などを得る学びのこと 図表1 自己啓発を実施した人の割合 全体 35.5% 20〜29歳 41.9% 30〜39歳 42.8% 40〜49歳 37.0% 50〜59歳 31.0% 60歳以上 21.3% 図表2 自己啓発を実施した人の平均延べ時間(推計) 全体 42.7 20〜29歳 55.0 30〜39歳 39.6 40〜49歳 41.3 50〜59歳 39.7 60歳以上 34.7 図表3 自己啓発の実施方法(正社員) eラーニング(インターネット)による学習 45.6% ラジオ、テレビ、専門書等による自学、自習 37.3% 社内の自主的な勉強会、研究会への参加 22.7% 社外の勉強会、研究会への参加 19.8% 民間教育訓練機関(民間企業、公益法人、各種団体)の講習会、セミナーへの参加 15.2% 通信教育の受講 14.5% 公共職業能力開発施設の講座の受講 2.0% 高等専門学校、大学、大学院の講座の受講 1.5% 専修学校、各種学校の講座の受講 1.3% その他 8.8% ※出典:厚生労働省「令和7 年度能力開発基本調査」をもとに日本総合研究所作成