技を支える vol.369 不調の原因を突き止め印刷機を確実に修理する ハイデルベルグ印刷機 メンテナンスアドバイザー 池田(いけだ)久重(ひさしげ)さん(67歳) 「長年やってきても、わからないことはまだまだあります。『こういうことか』とわかる瞬間があるから、この仕事は楽しいんです」 ドイツ製高性能印刷機のメンテナンスをになう  上の写真は、ドイツのハイデルベルグ社の高性能印刷機。版の交換からインキ量の調整まで、次に刷る印刷物への切替えを自動で行う。同社はドイツに本社を置く世界屈指の印刷機メーカーで、印刷や出版、デザインの業界で広く知られている。  今回の取材で訪れたアベイズム株式会社(東京都)を含む数社と契約を結び、ハイデルベルグ社の印刷機のメンテナンスをになっているのが池田久重さんだ。同社の技術者として海外を含め40年間勤務し、60歳で定年退職後に独立した。定期的に顧客の工場を訪れて機械を点検し、印刷機のオペレーターから不具合などを聞き取って修理にあたる。  高速で精密に動く印刷機は、長時間の稼働で部品が消耗し、汚れもたまっていく。使い続けるかぎり、不具合は避けられないという。  「明らかに壊れているものは、すぐに対応できます。むずかしいのは、徐々におかしくなっていく場合です。稼働中の音や振動、数値を確かめながら、『恐らくこのあたりではないか』と原因を絞り込みます」 音や刷り上がりから不調の原因を探る  不調の手がかりの一つが「音」だ。例えば給紙部では、紙をエアーで一枚ずつはがし、吸いつけて送り出す。紙を吸い上げきれなかったり、空気が漏れたりすると、その音が微妙に変化するという。  「毎日聞いているオペレーターは、少しずつ変わる音に、かえって慣れてしまうようです。『変な音がしますよ』と声をかけても、ピンとこないことがあります」  刷り上がりの不具合から原因をたどることもある。色が安定しないときは、もとになる細かな点(網点(あみてん))のずれをルーペで観察し、ずれが4色のインキすべてか、特定の色だけかを確かめる。そこから紙をはさんで運ぶ「グリッパー」などにあたりをつけ、開けてみると紙片が詰まっていたこともある。  また、インキの性質など、化学的な知識も欠かせない。  「赤いインキを使うユニットは故障が多いなど、経験から立てられる仮説はいくつもあります」  ただし、印刷機の修理は時間との勝負でもある。機械が止まれば生産が止まり、納期にも響く。  「経験の引き出しがたくさんあっても、全部は開けられません。何から見るかは状況で見きわめます」  つねに心がけているのは、原因を理解して修理を終えることだ。  「部品を替えただけで直ったときは、もやもやして不安が残るんです。原因がわかれば安心できますし、それが経験値となって次につながっていくのだと思います」 現場のオペレーターへの技術の伝承に努める  子どものころから機械いじりが好きだった池田さんは、工業高等専門学校で機械工学を学び、航空機の整備士を目ざした。しかし当時は求人がなく、機械のメンテナンスができ、海外ともかかわれる企業として、ハイデルベルグ・ジャパン株式会社の前身企業に入社した。  「印刷機を開けると、見たことのないギアや電気装置が並び、『これは何だろう』と引き込まれました。航空機のエンジン並みのベアリングが使われるほど精密で、航空機よりおもしろいかもしれません」  国内勤務を経て、ハイデルベルグ・オーストラリアに転職。帰国後はハイデルベルグ・ジャパンでドイツ本社との技術窓口をにない、新機種の日本導入ではプロジェクトマネージャーを務めた。後年は社内のスキル管理も担当。技術者としての心構えを「独り言」と称して社内にメールで発信し、後輩から反響もあったという。  現在は、顧客先のオペレーターへの技術の伝承に取り組む。  「オペレーターの方々が育って、ある程度のことは自分たちで解決できるようになれば、お客さまにとってはコスト削減にもなります」  「70歳までは現役を続けたい」と話す池田さん。長年つちかってきた技と、それを惜しみなく伝える姿勢が、印刷の現場を支えている。 TECHNOPRESS(テクノプレス) TEL:045(783)1776 (撮影・羽渕みどり/取材・増田忠英) 写真のキャプション 紙を反転させる装置により、片面10色と両面各5色の印刷を切り替えられる10色機。メンテナンスでは、反転装置にもっとも気をつかうという 他社製の検査機を点検する。初めはどう動くかわからなかったが、インターネットや生成AI を駆使して仕組みを調べ、修理にこぎつけた。期限や費用を顧客と相談し、直すかメーカーを呼ぶかを判断する メーカー修理なら一式交換となるところも、原因を絞り込み、必要な部品だけを交換して顧客の費用負担を抑える 紙は意外に硬く、はさみ続けるグリッパーは摩耗していく。刷り上がりの品質を保つには、定期的な交換が欠かせない 紙をはさんで次のユニットへと運ぶグリッパーを点検。専用工具を使って動きを確かめながら、汚れやすい部分をきれいに清掃する 顧客の担当者に装置内部の電気系統を説明する。池田さんの訪問日に合わせ、相談ごとを用意して待つオペレーターも多い 版の位置(見当)を調整するモーターの交換作業。調整用のモーターは左右、天地(上下)、斜めの3種類があり、写真は左右方向用を取り替えるところ 定期メンテナンスで使う標準工具のケース。このほかに特殊工具などもたずさえて、顧客の工場を回る