−新連載− サステナビリティを高めるシニア人材活用戦略 第1回 ESG経営と人的資本 株式会社日本総合研究所 山本(やまもと)大介(だいすけ)/宮下(みやした)太陽(たいよう)  不確実性が高まる現代において、企業が持続的に成長し続けるためには、サステナビリティ(持続可能性)の視点が不可欠です。とりわけ、人材を「資本」としてとらえ、その価値を最大限に引き出す人的資本経営の重要性が高まっています。そのなかでもシニア人材をはじめとする多様な人材の活用は、経験・知見の継承や組織のレジリエンス向上の観点からも、これからの企業経営の鍵を握る重要な要素です。そこで本企画では、シニア人材の持つ価値をあらためて整理するとともに、その活用に向けた具体的な戦略について解説します。 1 ESG経営とは何か  近年、「ESG経営」という言葉を耳にする機会が増えています。「ESG」とは「Environmental(環境)」、「Social(社会)」、「Governance(企業統治)」の頭文字を取った言葉で、これらに配慮した経営の考え方をさします。あわせて重要なのが、「サステナビリティ(持続可能性)」という視点です。サステナビリティとは、環境や社会に過度な負荷をかけることなく、企業や社会が将来にわたって持続的に発展していける状態を意味します。ESG経営は、サステナビリティを企業経営のなかで具体化していくための実践的な枠組みの一つといえます。  「ESG」は2000(平成12)年に当時の国際連合(以下、「国連」)の事務総長であったコフィー・アナン氏が提唱した持続可能な経済成長を目ざすための枠組み「グローバル・コンパクト」の影響を受け、世界の主要金融機関が共同で作成した『Who Cares Wins』※という報告書に初めて登場した言葉です。この報告書では、ESGの三つの視点に配慮した投融資の重要性が示されました。その後、多くの金融機関や機関投資家が合意した結果、その考え方が産業政策をになう行政や投融資を受ける企業にも広がりました。  ESG経営において最初に注目されたのはE(環境)の側面です。グローバル経済の成長にともない、地球環境への負荷はますます大きくなっており、「気候変動」、「生物多様性の損失」などの問題が生じています。さまざまな規制・ガイドラインや業界ルールなどが定められると同時に、各企業においても自主的な努力が求められるようになっています。日本政府も2020(令和2)年に「2050年までにカーボンニュートラルを目ざす」と宣言しており、再生可能エネルギーの利用や廃棄物の削減などすでに不可逆的な変化が進んでいます。  Eの側面に続いて取組みが広がっているのはG(企業統治)の側面です。国際的な投資活動が活発になり、世界共通の適正な仕組みのもと、法令・規範遵守や意思決定が行われるよう、ルール整備が進んできました。上場企業には「コーポレートガバナンス・コード」への対応が求められており、徐々に非上場企業に対してもガバナンス強化の要請が強まっています。  そして、人的資本ともっとも深くかかわるのが、S(社会)の側面です。従業員の人権、多様性、健康と安全、能力開発、働きがいといったテーマは、いずれも企業の持続的成長を支える基盤です。以下では、この社会的側面と人的資本の関係について見ていきます。 2 ESG経営の社会的側面と人的資本  企業が果たすべき社会的責任については、従来からさまざまな法律で規定されており、あらゆる活動は適法であることが前提です。しかしESG経営における社会的側面は、そこから一歩踏み込み、企業が社会の一構成員として持続可能でよりよい社会の実現に貢献することが求められています。この社会的側面を具体的に考えるうえで参考になるのが、ESG評価の指標です。例えば、日本でも広く参照されているFTSE Russe-llのESGスコアモデルでは、社会的側面に関する評価項目として、「顧客に対する責任」、「人権と地域社会」、「労働基準」、「健康と安全」などがあげられています(図表)。  ESG経営の考え方においては、これらは制約や面倒なルールとしてとらえるべきものではなく、「人的資本への投資」として前向きに取り組むべき課題です。ESG概念の広がりにともない、行政や機関投資家、金融機関も企業に対して「人的資本に投資しているかどうか」を問うようになっています。上場企業に対しては取組み内容の開示が求められていますし、補助金の審査において考慮されることや、金融機関の一部金融商品において取組みに応じた優遇措置が得られることもあります。人的資本投資に真摯に取り組むことが企業価値を高めると考えられているのです。  日本では人口減少が進み、労働力の確保が大きな経営課題となっています。とりわけ中堅・中小企業では、人手不足が事業継続や成長の制約になっているケースも少なくありません。そうしたなかで、人的資本への投資を重視する姿勢を明確にすることは、優秀な人材の採用や定着につながる可能性があります。また、従業員の意欲やエンゲージメントを高め、生産性の向上や心身の不調によるパフォーマンス低下の防止も期待できます。 3 ESG経営におけるシニア人材活用  ここまでESG経営が広がっていることと、そのなかで人的資本への投資が重要視されていることを解説してきました。最後に、人的資本投資とシニア人材のかかわりについて説明し、次号以降のテーマへの橋渡しとします。  シニア人材は長年の業務経験を通じて、知識や技能だけでなく、判断力や対人対応力、トラブル時の落ち着いた対処力など、多面的な力をつちかってきています。こうした経験知は、日々の業務運営に役立つだけでなく、不確実性の高い時代において、企業の持続性を支える重要な資産となります。また、シニアによる若手人材の育成は、単なる「知識の継承」だけでなく、仕事に対する態度や同僚との協力姿勢などに代表される組織文化の醸成にもつながり、長期的な投資効果が期待できます。  一方で、シニア人材活用を真に有効なものとするためには、経験を活かすだけでは足りません。シニア自身が、時代や事業環境の変化に応じて、自らの知識やスキル、価値観を更新していくことも欠かせません。企業側にも、シニアが安心して長く働き続けられるよう、健康面への配慮や柔軟な働き方の整備、役割の再設計といった支援が求められます。シニア人材への投資は、単なる高齢者雇用対策としてではなく、企業のサステナビリティを高めるための人的資本戦略の一環として位置づけることが重要です。  次号以降では、こうした観点からシニア人材活用の意義や具体的な進め方、留意点などについて順に解説していきます。 ※World Bank『Who Cares Wins』 https://documents1.worldbank.org/curated/en/280911488968799581/pdf/113237-WP-WhoCaresWins-2004.pdf 図表 ESG経営における人的資本投資の考え方 ESG経営の三つの側面 Environmental(環境) Social(社会) Governance(企業統治) 顧客に対する責任 人権と地域社会 労働基準 健康と安全 社会サプライチェーン 前向きな投資として取り組むことで効果が期待できる 人材の採用力向上 離職防止・長期活躍 モチベーション向上心身問題発生防止 行政、投資家・金融機関も取組みを実施 ※FTSE RussellのESGスコアモデルを参考に筆者作成