高齢者の職場探訪 北から、南から 第167回 大阪府 このコーナーでは、都道府県ごとに、当機構(JEED)の70歳雇用推進プランナー(以下、「プランナー」)の協力を得て、高齢者雇用に理解のある経営者や人事・労務担当者、そして活き活きと働く高齢者本人の声を紹介します。 段階的に65歳定年 70歳超雇用制度を導入 企業プロフィール 株式会社斉藤鐵工所(さいとうてっこうじょ) (大阪府大阪市住之江(すみのえ)区) ▲創業 1948(昭和23)年 ▲業種 水門・水処理装置の製造、産業機械部品の保管整備、工作機械部品の製造 ▲社員数 111人 (60歳以上男女内訳) 男性(22人)、女性(2人) (年齢内訳) 60〜64歳 8人(7.2%) 65〜69歳 8人(7.2%) 70歳以上 8人(7.2%) ▲定年・継続雇用制度 定年65歳。希望者全員70歳まで継続雇用。その後は運用により継続雇用が可能。最高年齢者は76歳(機械工程の工程管理業務に従事)  大阪府は、西面で瀬戸内海(大阪湾)に臨み、北面、東面、南面の各境界に沿って北摂(ほくせつ)山地、生駒(いこま)・金剛(こんごう)山地、和泉(いずみ)山地が取り囲む盆地構造上の大阪平野にあります。年間を通じて温暖で晴れの日が多い「瀬戸内海式気候」に属していますが、特に夏は暑く、1年を通して雨が少ないことが特徴です。  大阪は江戸時代から「天下の台所」と呼ばれ、全国の物流・金融・情報が集まる商業・サービス業の割合が高い「商都」でありながら、現代では高い技術力を持ち独自の高度な技術を世界へ発信する多くの中小企業が集積する「ものづくりのまち」としても知られています。そのほかバイオテクノロジーなどのハイテク産業、スポーツ関連産業、ゲームコンテンツ産業などユニークな産業が集積していることも特徴です。  JEED大阪支部の立山(たてやま)雄一(ゆういち)統括は、「大阪支部で活動する高年齢者雇用アドバイザー(以下、「アドバイザー」)、プランナーは、商業・サービス業、製造業などさまざまな業種の事業所に人事管理制度、賃金・退職金制度などの高齢者の活用に必要な環境整備に関する相談・助言を行っています。大阪府の特徴の一つである『ものづくりのまち』の製造業の中小企業からは、『年齢を重ねることで体力や認知機能が低下し重大な労働災害につながる危険性が高まる』、『温暖化の影響による熱中症のリスクが高まっている』といった声も聞こえます。制度改善提案にあたっては、このような声に対する安全管理、健康管理に関する提案を含め、さまざまな業種への相談・助言活動をする過程で把握した実状に合わせて、高齢者雇用に関する課題解決に向けた提案を行っています」と説明します。  大阪支部で活躍するプランナーの一人、杉原(すぎはら)彰(あきら)プランナーは、特定社会保険労務士の資格を持ち、豊富な知識と経験を活かして、訪問事業所の高齢者雇用における課題の洗い出しから制度設計まで、ていねいに支援しています。参考資料として本誌をはじめ、JEEDの『70歳雇用推進事例集』などから訪問先の状況に合った事例を紹介し説明をしているそうです。  今回は杉原プランナーの案内で「株式会社斉藤鐵工所」を訪れました。 100年企業を目ざすものづくり企業  株式会社斉藤鐵工所は、1948(昭和23)年に創業し、2026(令和8)年に創業78年を迎えました。河川や港湾の安全を守るための治水事業を主軸に、津波・増水などの災害対策に欠かせない防災用ゲート(水門)、および水処理装置の設計、販売、製造、据付けをにない、地域の安心・安全を支える公共インフラを構築しています。  企業理念に「よい製品の提供を通じた社会貢献」、「新しい価値の創造への挑戦」、「働く人々のより豊かな生活向上」を掲げており、齋藤(さいとう)維(たもつ)代表取締役社長は「当社は熟練技術者によるミリ単位のゆがみ取りといった、独自の職人技を強みとしています。長年つちかった技術を活かし、産業機械部品の保管整備や工作機械部品の製造など、多角的にものづくりを行い、近年はトンネルを掘り進めるシールドマシンの部品整備など民間事業へも販路を広げています」と説明します。同社が長年の事業のなかでつちかった技術は高く評価されており、「大阪ものづくり優良企業賞2024」にて優良企業賞を受賞しました。  経営方針については「設備投資も福利厚生も、すべてにお金がかかります。しかし、しっかり利益を残すことができれば、それを社員に還元していけます。そうして社員の生活向上につなげていきたいです」と話すなど、人材を何よりも大切にしている齋藤社長。2021年からは、設計部門にCADを専門的に学んだベトナムからの高度人材を採用しており、社長自らベトナムへ赴き、実習生の家庭を訪問するなど、家族ぐるみの信頼構築にも努めています。 高齢社員が働きやすい環境づくり  2020年、同社は人手不足が深刻化するなか、「フルタイムは体力的には厳しいが、まだ働きたい」という意欲ある高齢社員の声を受け、短時間勤務や隔週勤務を正式に導入し、再雇用時に、フルタイム勤務以外の選択肢を選べるようになりました。  そして2023年9月、杉原プランナーの訪問をきっかけに、制度改革が一気に加速します。杉原プランナーは「初めて訪問した際、高齢社員が多く、若手が少ないことに齋藤社長は危機感を持っていました。将来の健全な労働力層を構築するため、若手の中途採用に注力しながらも、高齢社員や技能実習生に頼らざるを得ない状況がありました。他方で高齢社員の習熟した技術を高く評価し、モチベーション維持や技術の継承などに高い関心をお持ちだったので、高齢社員活用においてさまざまな制度改善の提案ができると感じました。そこで、60歳から65歳への定年延長、希望者全員70歳、基準該当者を75歳まで継続雇用する制度を提案したところ、あっという間に65歳定年制を実現されました。この『よいと思ったものをスポンジのように吸収して実行する土壌』があるからこそ、私も提案のしがいがあります」と話し、その実行力に舌を巻いていました。  この制度改定にあわせ、再雇用者の給与・賞与を一律の固定額とする慣行を廃止しました。現役世代の賞与が増えれば再雇用者も増額される仕組みを導入し、年3回の賞与は現役・再雇用にかかわらず支給し、全員で利益を分かち合う姿勢を鮮明に打ち出しています。 現場特有の事情をふまえた環境改善  2024年には、さらなる労働力の確保と、高齢化にともなうリスク管理の両立に重点を置きさまざまな施策を実行。定年後の再雇用を70歳に延長するとともに、70歳到達以降も運用により継続勤務可能な体制を整えました。  また、夏場の製造現場は非常に過酷で、40度を超える暑さのなか、職人たちは1000度近い溶接の熱を浴び、さらに保護具や長袖を着用して作業をしていたことから、広大な工場内に大型空調設備を設置しました。  「熱中症対策にファンつき作業着を配ったこともありましたが、鉄を削る粉を吸い込んで服がドロドロになってしまい、なかなか着てもらえなかったことなどもふまえ、大型空調設備を導入しました。室温が3〜5度下がるだけでも効率は変わりますし、少しでも快適に働ける環境をつくることが、社員の満足度の向上につながると思いました」(齋藤社長)  また、安全管理の取組みにも注力しており、フォークリフトの操縦や玉掛け作業は、免許取得以降は学び直す機会を設けていませんでしたが、安全管理の強化のために作業者全員を対象に、業務時間内に外部講師による講習を実施しました。  そのほか、高齢社員に自分の体の変化を数値で客観視してもらい、安全に働いてもらうための配慮として、体力テストや認知機能チェックの導入も検討しているそうです。  今回は、技術継承と多世代交流の中心となっている高齢社員にお話をうかがいました。 地図に残る仕事への誇りと、次世代への想い  設計課の林部(はやしべ)真(まこと)さん(72歳)は、定年前から設計を担当してきました。現在は週4日のフルタイム勤務で働いており、「定年を迎えた際、正直に『しんどい』と伝えたら、先代社長が『じゃあ週4日にしよう』と提案してくれました」と笑って話します。  林部さんは若手社員にとって、最高の相談役です。過去の類似図面をヒントとして示し、若手が自ら答えにたどり着くのを穏やかに見守ります。  「私自身も、若手から学ぶことがたくさんあります。いまの時代、CADが使えないと仕事が進みませんから、そこは若い子たちに『これどうやるんや?』とよくたずねています」(林部さん)  キャリアのなかでもっとも忘れられない仕事は、岸和田港水門の設計です。  「2年もかかった難工事でした。全長10mという巨大さで、陸路での輸送ができず、海路で運ばなければなりませんでした。潮の流れや漁協との調整に奔走し、ようやく設置が完了したときの達成感は忘れられません。いまでも時折、妻を連れてその現場を訪れては、苦楽をともにした仕事仲間の顔を思い出します」(林部さん)  この「形として残り、安全を守り続ける仕事」への誇りが、72歳となったいまも、林部さんを動かす原動力となっています。  設計課課長の齊藤(さいとう)英一(ひでかず)さんは、「水門の構造などは多種多様ですが、林部さんは質問すると即座に的確な答えを返してくれます。設計段階で構造上の不明点が出てきた際には、いまでも林部さんに相談し、教えを請うことがあります。また、林部さんは冗談をいったり、周囲を和ませてくれたりするので、林部さんがいることで職場がピリピリせず、働きやすい環境が保たれています。昔の職人気質な気むずかしさが一切なく、だれに対してもやさしく接しやすい雰囲気を醸し出しているため、若い社員でも物怖じせずに聞きに行けるのだと思います」と評していました。 属性を問わず一致団結できる企業へ  同社は杉原プランナーからの提案と提供された資料を活用し、令和7年度高年齢者活躍企業コンテストで独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構理事長表彰特別賞を受賞。これがきっかけとなりテレビの取材を受けたそうです。放送では67歳のベテラン社員が活き活き働く姿が映し出され、水門をつくる仕事のイメージが広く伝わるとともに、近隣住民からも「テレビを見ました」と声をかけられるなど反響があったといいます。  取材後、杉原プランナーは「同社のような『人を大切にする熱意』がすばらしい企業のお手伝いができることは、私にとっても大きな刺激になっています。今後も、新しくできる制度や活用できる補助金の情報をいち早くお届けし、制度をより充実させるお手伝いをしていきたい」と意欲を示しました。  齋藤社長は「男性でも女性でも、日本人でも外国人でも、若くても高齢でも、よい製品の価値は変わりません。人材の属性を気にすることなく、全員が一致団結してものづくりに邁進(まいしん)できる会社でありたいと思っています」と締めくくりました。  “100年企業”を目ざし、今後も高齢者雇用を含む制度の充実を図っていく方針です。 (取材・西村玲) 杉原彰プランナー アドバイザー・プランナー歴:12年 [杉原プランナーから] 「事前に訪問先のホームページなどでできるかぎり多くの企業情報を入手し、訪問資料の準備を行い、訪問時は聞くことに徹して多くの課題などをうかがえるよう最大限に意識しています」 高齢者雇用の相談・助言活動を行っています ◆大阪支部高齢・障害者業務課の立山統括は杉原プランナーについて「企業の現状を論理的に分析して抽出した課題に対して、他社の好事例の情報提供を中心とした具体的な解決策を提案することに定評があり、訪問した事業所から高い評価を得ています。訪問後には実際に制度改善に結びつくケースも少なくありません。また、2025年度の地域ワークショップでは、基調講演の講師だけでなく事例発表企業との『Q&Aセッション』の進行役を務め、事例発表企業の取組み内容を深く掘り下げてくれました」と評します。 ◆大阪支部高齢・障害者業務課は大阪モノレール摂津(せっつ)駅から徒歩約7分のところにあり、隣には摂津市役所があります。周辺には、新幹線車両と電気機関車が展示されている新幹線公園があり、春には、桜トンネルが花見客でにぎわいます。また、秋になると隣の摂津市役所では農業祭が開催され地元の農産物や特産品を求めて多くの人が集うなど季節を感じられる環境となっています。 ◆同府では28人の70歳雇用推進プランナー・高年齢者雇用アドバイザーが活動し、高齢者雇用にかかわる取組みを支援しています。2025年度の事業所訪問数は約1800社、制度改善提案数は約660件です。 ◆相談・助言を実施しています。お気軽にお問い合わせください。 ●大阪支部高齢・障害者業務課 住所:大阪府摂津市三島1-2-1 関西職業能力開発促進センター内 電話:06-7664-0782 写真のキャプション 大阪市住之江区 本社社屋 齋藤維代表取締役社長 設計図の確認をする設計課の林部真さん 林部さんとともに働く設計課課長の齊藤英一さん