特集 仕事と介護の両立支援に向けて  少子高齢化の進行にともない、家族の介護をしながら働く人は今後ますます増えることが見込まれています。こうしたなかで、介護が理由の離職を防ぐ“仕事と介護の両立支援”の取組みは、企業の持続的な人材確保の視点からも欠かせません。  企業においては、家族の介護を必要とする社員が、介護離職の選択をせず、働き続けられるよう各種制度の整備が求められるほか、介護休業・介護休暇を取得する際にその影響を受ける上司や同僚の理解も必要となります。そこで本企画では、仕事と介護の両立支援について、制度整備の視点のほか、制度利用者だけではなく、ともに働く管理職や同僚の理解促進の観点も交え、企業に求められる取組みについて事例を交えて解説します。 総論 介護離職を防止できる両立支援制度の使い方 大正大学 人間学部人間科学科 教授 池田(いけだ)心豪(しんごう) 1 改正育児・介護休業法への対応を  2025(令和7)年4月に改正育児・介護休業法が施行され、企業から社員に自社の仕事と介護の両立支援制度を周知することが義務づけられました。  具体的には、介護に直面する前の早期の情報提供と、介護に直面した後の個別の制度周知と利用意向確認が義務づけられました。  介護に直面する前の早期とは40歳前後をさします。育児・介護休業法の介護は高齢者介護に限定されませんが、実際は老親など、高齢者の介護に直面して両立支援が必要になるケースが多いです。40歳という年齢は社員自身が介護保険の第2号被保険者になる歳でもあります。介護保険料は給与から天引きされますので、介護について意識し始めるのによいタイミングといえます。  また、図表1(8ページ)に家族の介護をする雇用者数を示していますが、その数は45歳から増えていきます。45歳という年齢に30歳足すと75歳になります。75歳になると後期高齢者になりますが、このころから要介護状態になる高齢者が増えます。介護に直面する前の40歳前後から、将来の介護に備えて予備知識を身につけておこうという趣旨です。  図表1では2012(平成24)年と2022年の比較もしていますが、この10年間に44歳以下は大きく変化していません。介護に直面する雇用者は多いとはいえず増えてもいない。そのため、事前の情報提供をしても、その必要性を社員自身は実感していないかもしれません。しかし、45歳以上になるとその人数は増えます。10年間の比較でも2012年に比べて2022年は増えています。つまり、40歳時点では自分が介護をすることについて現実感がなくても5年経ったら介護に直面するということがあり得ます。そのリスクを認識するという意味で、事前の情報提供は重要なのです。  しかし、いざ介護が始まったときに、事前の情報提供の内容を覚えていない社員もいるでしょう。企業の制度の規定も変わっていることがあるかもしれません。そこで、あらためて当事者一人ひとりに制度を周知し、どのような制度を利用して両立を図るのか意向を確認する必要があります。 2 すれ違い離職を防ぐ  図表2(8ページ)に、家族の介護をしている雇用者に占める両立支援制度利用者の割合を示していますが、じつはどの制度についてもその割合は低いです。  家族が要介護状態になったら、介護休業が必要になるのかというと、必ずしもそうでなく、多くはまず年休(年次有給休暇)を取って介護に対応しています。したがって、図表2の結果が、もし制度を利用する必要がないということの結果であるなら、それはあまり大きな問題ではありません。社員の立場で考えれば、介護に直面しても、必要のない両立支援制度を無理に利用することはありません。  しかし、実際は制度が必要なのに制度の存在を知らないがゆえに利用していないとしたら、それは問題です。例えば、年休を使い切った後、なお仕事を休む必要が生じたとき介護休業や介護休暇の存在を知らなければ、離職せざるを得ないと思うでしょう。  企業からみると介護はその実態がみえにくいライフイベントです。介護が始まっても初期には通常勤務で介護に対応しているケースが少なくありません。そのため、「わが社には介護休業取得者がいないから、家族の介護をしている社員はいない」と思っている企業は少なくありません。  社員は両立支援制度の存在を知らず、企業は両立支援制度を必要としている社員がいることを知らないという、すれ違いによる介護離職を防ぐために、改正育児・介護休業法は企業と社員にコミュニケーションをうながしているのです。 3 制度の想定と介護の現実  ただし、介護休業や介護休暇という制度があることだけを知っていても介護離職を回避できません。両立支援制度が介護離職の回避に役立つためには、制度の趣旨を正しく理解しておく必要があります。  例えば、法定の介護休業は通算93日を3回に分けて取ることができます。何年も続くことがある介護期間の長さを考えると、93日という日数はあまりに短いと思うでしょう。実際、この93日を介護に専念するために使ってしまうと、復職できなくなってしまうことが多いです。  この93日という介護休業期間は、介護の緊急事態に対応し、その後に仕事と介護を両立するための体制を構築することを想定しています。緊急事態というのは脳血管疾患のような原因疾患の発症にともなう入院や手術の手続き、医師との面談といった家族以外が代替できないことに対応することを意味します。また体制構築は、介護保険サービスの手続きや家族との介護分担の話合いのように、介護をしながら働くために必要な準備をするということです。  いまでは要介護状態の発生から介護保険サービスの利用開始まで1カ月もあれば十分ですが、介護が長期化した場合には、再び緊急事態に直面することがあります。そうしたときに、介護保険サービスのケアプランを見直したり、在宅介護から施設介護に移行したりといった体制の再構築が必要になるという想定で、1回31日の介護休業を3回取得できる設計になっています(実際は31日ずつでなくても可)。  また、高齢者介護においては、企業の両立支援制度だけでなく、介護保険制度についても一緒に伝えておきましょう。自分で介護をするのではなく、介護保険サービスを利用しながら働くという心構えをもっておくことが大切です。  ただし、実際に介護に直面してみると、なかなか想定通りにはいきません。介護休業は緊急事態や体制構築、介護休暇は通院のつき添いやケアマネジャーとの面談、介護保険サービスの利用時間と勤務時間が合わないときには短時間勤務やフレックスタイムで勤務時間を調整する、そのような想定通りに制度を利用しようと思っていても、じつは意外と両立支援制度を利用しないで介護に対応できることが多々あります。特に働き方改革に取り組み、残業削減や休暇を取りやすい職場づくりに取り組んでいた場合、通常の働き方・休み方で介護に対応できることが多いです。  しかし、個々の社員が直面する介護の事情は多様ですから、想定外の問題が仕事と介護の両立をむずかしくすることがあります。典型は(要介護者ではなく)介護をしている社員の健康問題です。  法定の仕事と介護の両立支援制度は勤務時間中に介護の用事が入ることを想定しています。その介護の用事に対応するために、休業や休暇、勤務時間短縮などの措置が必要になるという考え方です。しかし、勤務時間中に介護の用事が入ることなく通常勤務ができる場合でも、帰宅後や休日に毎日介護をする生活が続くと、疲労やストレスが蓄積していきます。特に、認知症などによって要介護者の生活が昼夜逆転している場合、同居する家族も睡眠不足になることがあります。  そうして心身に蓄積した疲労やストレスを解消するために介護休業を取る人がいます。介護休業を取り、一時的に仕事から解放されることで、例えば要介護者がデイサービスに行っている日中に休息を取ることができます。仕事と介護で毎日の予定が埋まっていた生活に時間的ゆとりができることで、心身にもゆとりが生まれます。  しかし、そのような制度の利用方法を育児・介護休業法は想定していません。そこで、制度の趣旨と違う使い方をしてはいけないと企業が社員を指導するのは早計です。育児・介護休業法は健康管理のために介護休業を取ることを想定していませんが、禁止してもいません。じつは前述のように介護に専念することも禁止していません。例えば、終末期に要介護者と過ごす残り少ない時間を大切にしたい。そのような目的で介護休業を取ってもよいのです。  介護の事情は多様ですから、介護に直面した後の個別周知と意向確認においては制度の想定に固執しない柔軟な対応が求められます。仕事を続けるためという目的を見失わず、その手段として両立支援制度を利用するのであれば、制度の想定に縛られる必要はないのです。 4 個人の自由と集団的合意  このようにいうと、事前の情報提供において制度の趣旨を説明することの意義がわかりづらくなると思います。そこで、両立支援制度は住宅の間取りのようなものだと考えるとわかりやすいと思います。  住宅には、リビング、ダイニング、寝室、物置部屋といった目的別に設計された部屋があります。賃貸住宅を借りるとき、事前に間取りの説明を受けます。しかし、住人が実際に各部屋をどのように使うかは自由です。物置部屋を寝室に使ってもよいし、寝室より広いリビングで寝たければそのようにしてもよいでしょう。それは本人の自由です。世帯構成や住人の好み、体質など、個々の事情に応じて自由に使ってよいのです。  介護も同じです。両立支援制度というのは、間取りと同じです。事前の情報提供のときには、間取りを説明するように制度設計の趣旨を社員に伝える。しかし、実際の介護には、家族構成や家族関係など、さまざまな事情があり、それに応じて介護離職を回避するために必要な対応も変わってきます。制度設計の趣旨と違う両立支援制度の使い方をしたとしても、それは個人の自由であり、企業が社員の私生活に干渉してとやかくいう問題ではありません。  介護の事情はさまざまですから、ときにはいまある制度では物足りないということもあるでしょう。しかし、企業が個々の事情に寄り添い過ぎてふり回されるのは望ましいことではありません。  介護の事情がさまざまだからといって、際限なく個人の事情に企業がつき合うことはできません。そこで、「ここまではつき合いますよ」という線引きをするのが制度です。それは、みんなが守るべき約束、つまり集団的な合意の産物です。その線引きの内側であれば、どのように介護をしようと個人の自由です。しかし、制度が引いている線を越える個人の事情を許容すると企業は人事労務管理の秩序を保てません。  住宅の例でいえば、物置部屋を寝室にしてもよいですが、その部屋の日あたりが悪いと文句をいうのは筋が違うという話です。住宅の間取りは、特定の住人でなく、不特定多数、つまりみんなが住みやすいように設計されています。一人のわがままで改築すると、その人は便利になりますが、別の人はもっと不便になる可能性があります。仕事と介護の両立支援制度にも同じことがいえます。  したがって、一人ひとりの個別事情にとっては不便なところがさまざまにあったとしても納得して制度を利用してもらうために、どのような趣旨で制度が設計されているかを事前に説明して理解を得ておく必要があるのです。  この個人の自由と集団的合意の区別ができていない企業がときどきあります。社員向けの介護セミナーにおいて制度設計の趣旨と正しい利用方法を混同しているようなケースはその典型です。そこには「仕事と両立するためには、このように介護をすべき」という決めつけがあります。企業は社員に指揮・命令する癖がありますので、このような「教育」に違和感を持たなかったとしても無理はありません。しかし、そのように決めつけてしまうと多様な介護の事情に対応できませんから、介護離職はなくならないと思います。 5 大切なのは仕事についての合意  社員が介護に直面したとき、企業と社員が合意すべきは、どのように介護をするかではなく、どのように仕事をするかです。介護のために仕事を休むことや残業できないことがあっても業務に支障が生じなければ、介護の仕方を企業が心配することはないと思います。 図表1 家族の介護をする雇用者数の推移 男性:2012 男性:2022 女性:2012 女性:2022 29歳以下 30−39 40−44 45−49 50−54 55−59 60−64 65−69(歳) 出典:総務省「平成24年・令和4年就業構造基本調査」(2012年、2022年)をもとに筆者作成 図表2 家族の介護をしている雇用者に占める制度利用者の割合 雇用者計 正規雇用者計 合計 男性 女性 合計 男性 女性 介護休業 1.6% 1.6% 1.6% 2.1% 2.0% 2.3% 介護休暇 4.5% 4.7% 4.3% 6.8% 6.2% 7.5% 残業免除 0.8% 0.9% 0.6% 0.8% 1.0% 0.7% 短時間勤務 2.3% 1.8% 2.7% 2.1% 1.7% 2.6% フレックスタイム 2.3% 3.0% 1.8% 3.5% 3.7% 3.2% その他 2.1% 2.3% 1.9% 2.4% 2.2% 2.6% 制度利用者(全体) 11.6% 12.3% 11.0% 15.0% 14.3% 15.8% 出典:総務省「令和4年就業構造基本調査」(2022年)をもとに筆者作成 解説1 両立支援制度の整備と運用のポイント 社会保険労務士法人グラース 代表 特定社会保険労務士 新田(にった)香織(かおり) 1 「介護休業」と「介護休暇」の違い  育児・介護休業法には、仕事と介護の両立を助けるための制度が規定されていますが、そのなかでも「介護休業」については、本来の目的が正しく理解されていないケースが散見されます。介護休業は法律の趣旨としては、例えばヘルパーやデイサービスのような介護サービスなどを利用することで、自身がいなくても介護ができる「体制づくり」に充てるための期間として想定されているのですが、多くの方が「自らが介護をする期間」と誤解されているようです。  介護の平均期間は約5年といわれており、介護休業の法定上限である「対象家族1人につき通算93日」だけでは、到底すべての期間をカバーすることはできません。もし、休業期間中にすべての介護を自分で行おうとすると、休業が明けた途端に立ち行かなくなり、結果的に離職を選択せざるを得ないリスクが高まります。したがって、親の介護が必要な状態になった際は、まず地域包括支援センターや市区町村の担当窓口で介護保険の認定手続きを行い、その後はケアマネジャーに相談しながら訪問介護やデイサービスの利用、福祉用具のリース、かかりつけ医との連携、さらには自宅のリフォームなど、プロの力を借りて生活を安定させるための準備を集中的に行う必要が出てきますので、その際に介護休業を利用するとよいでしょう。また、自宅での介護から施設への入所へと生活環境が大きく変化するタイミングや、看取りの時期など、集中的に時間を割く必要がある場面でも介護休業は有効です。  一方で「介護休暇」は毎年リセットして付与される休暇です。時間単位でも利用が可能なので、例えば病院の付き添いや福祉用具の入れ替え時など、介護をするうえでのちょっとした用事があるときに使うのに適しています。ある程度まとまった期間を休む介護休業と比較して利用する心理的ハードルは低いかもしれませんが、それでも「令和6年度雇用均等基本調査」によると過去1年間に介護休暇を利用した従業員がいた事業所は全体の3.6%に過ぎません。法定では無給でもよいこととなっているため、実際は年次有給休暇を利用している人が多いと思われますが、今後介護に直面する従業員が増えていきますので、有給にする会社が増えれば、取得率は増えていくでしょう。  このように、従業員は介護休業と介護休暇の違い(12ページ図表1)を認識したうえで各制度を利用すると、メリハリをつけて介護していくことができます。 2 柔軟な働き方のできる制度を上手に利用する  従業員が仕事と介護の両立を長期的に継続していくためには、会社は、日常的な介護ニーズに対応できる「柔軟な働き方」の選択肢を整備することが不可欠です。介護が軌道に乗った後も、ケアマネジャーとの定期的な打合せや、病院の付き添い、想定外の事態への対応など、細切れに時間を確保しなければならない場面が多々発生します。  このような日々の両立において特に有効なのが、「テレワーク」です。テレワークを利用すれば、通勤にかかる時間をそのまま生活や介護の時間に充てることができ、時間的なゆとりが生まれます。例えば、遠方に住む親の介護においても、週末に実家に帰り、月曜日は実家でテレワークをしてから自宅へ戻るといった働き方ができれば、主たる介護者となっているほかの家族の負担を大きく軽減することもできます。また、同居している場合でも、テレワークや短時間勤務の日であればデイサービスの送迎に立ち会うことが可能になります。  このほか、従業員がその日の始業・終業時刻を決定できる「フレックスタイム制度」、所定労働時間は変えずに始業・終業時刻を従業員の都合で変更できる「時差勤務制度」、さらには1日の労働時間のなかでいったん業務を離れることができる「中抜け制度」や「時間・半日単位の年次有給休暇」などを組み合わせることで、従業員は状況に応じた最適な働き方を選択できるようになります(13ページ図表2)。柔軟な働き方をする従業員が増えることは、労働時間管理が煩雑になり手間はかかりますが、これらの柔軟な勤務制度を整備し、日ごろから利用しやすい風土を整えておくことが、結果として優秀な人材の流出を防ぐことにつながります。  また、これらの制度の対象を、介護をしている従業員に限定すると、周りの人に気を遣って利用しにくくなりますので、介護にフォーカスするよりは、会社で働くすべての従業員が私生活を大切にして働けるという視点でとらえて、できるだけ多くの従業員を対象とすることが、制度理解と利用しやすさにつながると考えます。 3 2025年施行の改正育児・介護休業法と企業の対応  介護に直面する従業員が増加するなか、制度の利用をうながし、介護離職を防ぐことを目的として、2025(令和7)年4月に改正育児・介護休業法が施行されました(図表3)。これまで、就業規則に両立支援制度を定めてはいるものの、従業員に十分に周知されておらず、「制度が利用しにくい雰囲気がある」といった理由で退職に至るケースが多いことが課題となっていました。法改正では、こうした労使の認識のズレを解消するための具体的な措置が事業主に義務づけられました。  第一に、「個別の周知・意向確認」の義務化です。従業員から介護に直面している旨の申し出があった場合、会社は個別の面談などを通じて、介護休業や介護休暇などの両立支援制度、および介護休業給付金に関する情報を提供し、制度利用の意向を確認しなければならなくなりました。  第二に、「40歳到達時等の労働者への早期情報提供」です。従業員が介護保険の第2号被保険者となる40 歳に達するタイミングで、仕事と介護の両立に関する制度の情報提供を行うことが義務化されました。介護は突然始まることも多いため、いざというときに備えて、早い段階から制度の存在を知っておいてもらうことが初動の遅れを防ぐ鍵となります。  第三に、「両立支援制度を利用しやすい雇用環境の整備」として、介護に関する社内研修の実施や、専用の相談窓口の設置などの措置を講じることも義務づけられました。  さらに、努力義務として「介護をしている従業員がテレワークを利用できるように環境整備をする」ことや、これまでは労使協定で介護休暇の対象外とされていた「継続雇用6カ月未満の者も対象とする」ことが法改正に含まれています。  また、法改正ではないのですが、これまで制度の「対象家族」としてあまり知られていなかった障害児・者や医療的ケア児・者にも利用しやすいように、国がこれまで示していた「常時介護を必要とする状態に関する判断基準」の表を整理したこともお伝えいたします。  つまり、会社は規定を見直すことに加え、従業員が制度を利用しやすいような職場環境を整えることが、いまは必須となっているのです。 4 非正規雇用の従業員の権利  「介護休業や労働時間の短縮措置などの制度は、『正社員だけ』のもの」と思い込んでいないでしょうか?  育児・介護休業法で定められているさまざまな制度は、介護による離職を防ぐためのものですので、基本的には、休業から復帰した後も同じ職場で働き続けることや、制度の利用をしながら両立していくことを前提に設計されています。そのため、日々雇用者や、休業後に契約が終了することが決まっている一部の有期契約社員などは、制度の対象外となります。  これら法律で対象外と定められている者に加えて、さらに会社と従業員代表等との間で書面による約束(労使協定)を交わしておくことで、例えば「勤続1年未満の者」や「1週間の所定労働日数が2日以下の者」を、介護休業などの対象から外すことができる仕組みになっています(図表4)。  しかし、これらにあてはまらない人、つまり、有期の雇用契約を反復継続して働いていたり、1年以上かつ週3日以上働いていたりするような多くのパートタイム社員やアルバイト社員、契約社員には、当然に制度を利用する権利があります。  事業主や人事担当者のみなさまに知っておいていただきたいのは、法律は非正規雇用で働く従業員にも寄り添った内容になっているということです。パートタイム社員やアルバイト社員であっても、会社にとってはなくてはならない大切な従業員の一人です。いざというときに「この会社で働き続けたい」と思ってもらえるよう、まずは自社のルール(労使協定)がどうなっているかを確認し、すべての従業員が安心して介護と両立できる職場づくりを目ざしていきましょう。 図表1 「介護休業」と「介護休暇」― 目的と使い方の違い ― 比較項目 介護休業 介護休暇 制度の目的長期の休業 仕事と両立するための体制構築・環境整備 短期の休暇 その日に発生する直接的なサポート 取得できる日数 対象家族※1人につき通算93日 対象家族1人年5日(2人以上は年10日) 取得の単位・回数 分割して最大3回まで取得可能 1日・半日・1時間単位で柔軟に取得可能 給与・給付金 介護休業給付金を支給(賃金の67%相当・非課税) (社会保険料の免除はなし) 法定では無給 (会社の判断で有給とすることは可能) 具体的な活用シーン 本格的に介護を始める状況になって集中的に体制を整えるとき、看取りのとき、病院からの退院前後など 介護関係の契約や手続き、通院の付き添い、突発的な日常介護など ※対象家族とは2週間以上の常時介護を要する配偶者、親、配偶者の親、子、孫、兄弟姉妹です ○C grasse-sr 無断で転載することを禁止いたします 図表2 制度は状況に応じて使い分ける 介護が軌道に乗るまで ある程度介護に費やす時間が確保できる制度を利用する。 例) ・介護休業 ・短時間(短日数)勤務 ・テレワーク勤務 ○手続き、手配 ○ケアマネとの打合せ、連絡 ○病院付添い ○デイサービス/デイケア対応 ○想定外の事態発生時 etc. 細切れで介護に携われる制度を利用する。 例) ・介護休暇 ・時間・半日単位の年次有給休暇 ・時差勤務 ・短時間(短日数)勤務 ・テレワーク勤務 ○C grasse-sr 無断で転載することを禁止いたします 図表3 2025年4月施行 改正育児・介護休業法の概要 項目 概要 区分 個別の周知・意向確認 介護に直面した労働者へ制度説明・意向確認 義務 40歳到達時等の早期情報提供 介護休業・介護保険制度の基本情報を提供 義務 両立支援制度を利用しやすい雇用環境整備 研修・相談窓口・事例提供・方針周知から1つ以上 義務 介護のためのテレワーク 介護者がテレワークを選択できる環境整備 努力義務 介護休暇の除外要件から「継続雇用6カ月未満の者」を撤廃 介護休暇の対象外とする労使協定から継続雇用6カ月未満の者を削除 − ○C grasse-sr 無断で転載することを禁止いたします 図表4 介護に関わる制度利用の対象者・非対象者 法律で対象外とされている者 労使協定があれば対象外になる者 介護休業 ・日々雇用者 ・介護休業取得予定日から起算して93日経過する日から6カ月を経過する日までに労働契約期間が満了し、更新されないことが明らかな有期契約労働者 ・勤続1年未満の労働者 ・申出の日から93 日以内に雇用関係が終了することが明らかな労働者 ・1週間の所定労働日数が2日以下の労働者 労働時間の短縮措置等 ・日々雇用者 ・勤続1年未満の労働者 ・週の所定労働日数が2日以下の労働者 介護休暇 ・日々雇用者 ・週の所定労働日数が2日以下の労働者 所定外労働の制限 ・日々雇用者 ・勤続1年未満の労働者 ・週の所定労働日数が2日以下の労働者 時間外労働の制限 ・日々雇用者 ・勤続1年未満の労働者 ・週の所定労働日数が2日以下の労働者 − 深夜業の制限 ・日々雇用者 ・勤続1年未満の労働者 ・介護ができる同居の家族がいる労働者 ※介護ができる同居の家族とは、16歳以上であって次のいずれに も該当する者をいう イ 深夜に就労していないこと(深夜の就労日数が1カ月につき3日以下の者を含む) ロ 負傷・疾病または心身の障害により介護が困難でないこと ハ 6週間(多胎妊娠の場合は14週間)以内に出産する予定であるか、または産後8週間を経過しない者でない ・週の所定労働日数が2日以下の労働者 ・所定労働時間の全部が深夜にある労働者 − ○C grasse-sr 無断で転載することを禁止いたします 解説2 両立支援において上司・同僚に求められる対応と配慮 社会保険労務士法人グラース 代表 特定社会保険労務士 新田香織 1 介護離職を防ぐには  仕事と介護の両立支援制度を整えるだけでは、介護離職を完全に防ぐことはできません。現場で制度が実際に機能するためには、上司や同僚の理解と配慮が不可欠です。  まず、介護離職が起きやすい職場の特徴を把握して、改善していく必要があります(16ページ図表1)。「長時間労働が常態化し休めない」、「両立のための制度が知られていない」、「上司やメンバーの理解がない」、「『お互いさま』の精神がない」などの職場では、従業員は介護の悩みを一人で抱え込みやすく、離職のリスクが高まります。  また、離職しやすい従業員個人の傾向もあります。「代替の利かない業務を抱えているため休めない」人や、「職場、介護チーム、家族といったそれぞれの場所で相談・交渉・自己開示をするのが苦手」、「人に頼らず何でも自分でやろうとする」人などは、限界を迎えるまで一人で無理をしてしまう危険性があります。特に後者は個人特性といってしまえばそれまでですが、会社としては、マインドセットと行動変容への働きかけが必要です。 2 仕事と介護の両立をわかりやすくまとめた両立支援マニュアルの作成・配付  仕事と介護を両立させるには、「会社の制度」と「介護保険のサービス」の利用がポイントとなりますが、介護経験者と労務管理の担当者以外では、どちらも知らない人がほとんどではないでしょうか。だからこそ、「両立支援マニュアル」をつくることはとても重要です。  2025(令和7)年に施行された改正育児・介護休業法で、介護をしていることを申し出た従業員と40歳等になる従業員に対して会社の制度を情報提供することが会社の義務となったため、なんらかの書面を準備した会社は多いと思われますが、努力義務となっている介護保険のサービスまでマニュアルに盛り込むことはしていないかもしれません。  しかし従業員にとって、介護に直面する前から介護保険の利用手順、サービス内容、相談先などを自ら調べる人はほとんどいないと思われますので、マニュアルにはぜひ盛り込んでおきたいところです。マニュアルにはできるだけ具体的な制度の内容や、サービスの利用をしながらの両立事例なども書かれていると、読み手の興味を引きます。 3 仕事と介護の両立をイメージできる研修の実施  筆者は2012(平成24)年から事業主、労働組合、従業員などを対象に、仕事と介護の両立研修を行ってきました。当初は、制度説明と両立事例を伝えることが急務でしたが、最近は、それらに加えて、両立をしている人のリアルな日常を知って、自分にあてはめて考えることで、職場内での支え合いの大切さに気づくような内容も求められていると感じています。  介護はプライベートなことなので、職場で自己開示しない人が多いかもしれません。そのため、介護を経験していない人は、仕事と介護の両立をしている人の悩みやたいへんさがリアルに想像できず、どういう配慮が必要なのかがわかりません。そこで、仕事と介護の両立をテーマとする研修を実施するときは、管理職全員に参加してもらうことが望ましいです。また、管理職は部下の介護の相談を直接受ける可能性が高いことに加え、管理職自身が親の介護が身近になってくる世代であることから、研修の効果は高いといえるでしょう。  また、「仕事と介護の両立」をしている人を一括りにできないということも知っておきたい点です。例えば、介護を必要としている人が親の場合、親と同居か別居か、近距離か遠距離か、親の要介護状態の程度、認知症かそうでないのか、その従業員が介護のキーパーソン(医療・介護従事者との連絡や手続きの窓口となるおもな意思決定者)なのか否かなど、多くの要素によって、両立の困難さは違ってくるからです。もしキーパーソンであれば、親のことで多くの時間を割いたり、お金や契約などの煩雑な管理をしたり、理解力の低下している親との会話などで、心身ともに負荷がかかっている可能性もあります。認知症の進んだ親と同居している場合も、日常生活での苦労が絶えません。こうしたさまざまな介護の形と、両立している人の悩みについて、職場メンバーが少しでも理解することが、仕事と介護の両立がしやすい風土醸成につながると考えています。そのため、研修のなかで介護経験者に自身の両立体験や配慮してほしいことを語ってもらう、座談会を実施して悩みや情報を共有するといった取組みも非常に有効です。 4 職場の理解を得るために重要なこと  特定の従業員が介護で休んだり柔軟な働き方をしたりすることで、一部の職場メンバーに業務のしわ寄せがいき、不満が溜まるようでは、真の両立支援とはいえません。職場の理解を得るためには、介護をしている人にかぎらず、多様な人材がそれぞれの事情を抱えながらも能力を発揮し合える「DE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)」の考え方を浸透させることが基盤となります(図表2)。  介護は育児とは異なり、いつ始まりいつ終わるのか予測がつきにくく、だれでも直面する可能性のある「お互いさま」の課題です。これを組織全体の問題としてとらえ、だれかが休んでも業務が滞らないよう、日ごろから業務の属人化を排除し、情報共有や多能工化を進める「働き方改革」をセットで推進していかなければなりません。そこで改革の要となるのは、「会社の方針」と「管理職のマネジメント」であると考えます。  まず、会社は方針としてDE&Iを進めていくことを強く発信することが必須となります。この発信がないと、何のために介護をしている人を支援するのか、働き方改革を進めるのかが管理職をはじめ職場に伝わらず、うまくいかないからです。特に業務の効率化は、働く現場の人の努力でかなう部分もありますが、経営上の判断がなければ実現しないことも多いため、会社の方針はとても重要です。  また、管理職は仕事と介護の両立をしている部下への配慮に加え、介護で休みがちな部下の仕事を引き受けて負荷がかかっている部下に対しても、気にかけて労いの言葉をかけたり、業務の一部をほかの部下に割りあてたり、省略できる業務を指示するなどして不公平感が生じないようにマネジメントする必要があります。  職場全体としてとらえると、概して人は変化より安定を求めがちなため、「働き方改革」は遅々として進まない傾向がありますが、「仕事と介護の両立」を自分ごととして考える人が一人でも増えていくことで、業務の効率化・生産性の向上は主体的に進むのではないかと期待しています。  最後になりますが、筆者も両親の介護をしています。いまは施設での生活にも慣れてきたため、負担は減りましたが、入退院、施設探し、引越しなどのときは時間がいくらあっても足りないと感じました。しかし、ふだんから業務進捗の前倒し、権限移譲、自己開示をしていたことに加え、介護従事者への相談と交渉によって、一人で抱えるつらい状況には至りませんでした。むしろ、親不孝だった筆者ですが、介護にたずさわる機会を得たことで、後々、自分自身が悔やむことがないように、やれるだけのことはしたいと思っています。  介護が「つらい経験」だけで終わるのではなく、「感謝」や「納得感」に変わる機会になることを望みます。「仕事と介護の両立」は、だれもが直面する「あたりまえ」の課題として、ともに支い合える社会をつくっていきましょう。 図表1 介護離職しやすい傾向 【職場の傾向】 ・長時間労働、休めない、余裕のない業務体制 ・コミュニケーション不足で互いに干渉しない ・両立のための制度が知られていない ・両立に対して、職場メンバー(特に上司)の理解がない ・「お互いさま」精神がない 【介護をしている従業員の傾向】 ・代替が利かない業務を抱えている ・コミュニケーション(相談、交渉、自己開示)が下手 ・両立のための制度を知らない ・介護になった時の対応について考えて来なかった ・身内に頼れる人がいない ・人に頼らず自分で何でもやろうとする ○C grasse-sr 無断で転載することを禁止いたします 図表2 柔軟な働き方と周囲の支えが必要 特に・・ ・認知症家族を介護している場合 ・在宅で要介護度が高い家族を介護している場合 慢性的な疲労感 昼夜逆転→寝不足 心身の回復をはかることが大切 介護にかかる時間の縛り 通院付添い、突発的な事態への対応、デイサービス送迎への対応 etc. 時間の自由度が高い働き方が求められる 一緒に働く人たちの両立への理解が鍵 ○C grasse-sr 無断で転載することを禁止いたします 事例1 介護を「社員個人の問題」から「私たちの話題」へ風土から変えたボトムアップの全社プロジェクト 株式会社日立ソリューションズ(東京都品川区) 社員5000人超のIT企業が介護課題に正面から向き合う  1970(昭和45)年9月に設立された株式会社日立ソリューションズは、ソフトウェア・サービス事業、および情報処理機器販売事業を展開するIT企業である。2026(令和8)年3月末時点の従業員数は、単独で5129人、グループ連結で1万4630人。定年は60歳、定年後は一定要件のもと、最長で70歳近くまで働ける制度を整えており、60歳以上の従業員数は418人(2026年6月1日現在、雇用区分:シニア社員のみ)となっている。同社では近年、従業員の多様な働き方を支援する施策に積極的に取り組んでおり、在宅勤務率71.7%(2024年12月時点)、女性管理職比率8.9%、男性育児休暇取得率98.3%(2024年度)という実績を残している。  現在、社員の平均年齢が45歳前後に達しており、これから介護に直面する世代が増えていくことが予測されることから、同社では仕事と介護の両立を、社員の「個人の事情」ではなく、会社の「経営課題」と位置づけ、2023年7月に全従業員を対象とする「仕事と介護の両立」プロジェクトを立ち上げた。 社内アイデアソンから生まれた「両立支援」への本気  プロジェクトのきっかけは2022年度に実施した社内アイデアソン※1だった。サステナビリティをテーマにしたCSR活動というテーマで従業員からアイデアを募り、ゴミの自動分別、林業振興、病院のコンシェルジュなど、多彩な提案が並ぶなかで最優秀賞に選ばれたのが「仕事と介護の両立支援」をテーマにしたアイデアだった。  このアイデアは、発案者となった従業員の中学生の息子の「これからは介護でしょ。いつかは自分たちがやるようになるんだよね、介護を」という一言だったという。介護をネガティブにとらえがちな大人とは対照的に、いまの子どもたちはSDGsについて教育を受けており社会課題への意識が育まれている。その言葉を機に介護を前向きにとらえ直したとき、アイデアのイメージが膨らんでいったそうだ。  そして、このプロジェクトのリーダーを任されたのが、2015(平成27)年から同社の働き方改革プロジェクトにたずさわってきた、経営戦略統括本部エグゼクティブエバンジェリスト兼サステナビリティ推進本部の伊藤(いとう)直子(なおこ)本部長だ。当時をこうふり返る。  「アイデアソンでテーマは決まったものの、当初は具体的に何をするかはぼんやりしていました。そんなときに現場の課長クラスのある社員が『親の介護がはじまり、退職も考えている』という状況であることがわかり、介護をしている社員をみんなでサポートしようというムードが生まれました。そこであらためて議論した結果、介護作業を手伝うことではなく、仕事と介護を両立できる会社風土を醸成することが本質ではないか、という結論に至りました。私自身、介護の経験も制度の知識もありませんでしたから、まずは知ること、そのうえで意識を変えるというステップで取組みを設計しました」  翌2023年度に、同社の仕事と介護の両立支援は、全社プロジェクトとして正式に始動した。当事者だけでなく、周囲の社員、さらには全社員が介護への理解を深め、介護離職や生産性の低下を抑制できる仕組みをつくるという方針が定まった。 「ありたい姿」を5段階で設定し施策へ落とし込む  仕事と介護の両立は、売上げ目標のような定量的な指標を設定しにくいことから、プロジェクトが向かうべき方向を示すために、まず「ありたい姿」を定めることから着手した。具体的には、@状況を知る、Aリテラシーの向上、B意識変革、C現状の共有、そしてゴールであるD仕事と介護の両立、という五つのカテゴリーを設定し、それぞれの目標に必要な項目を洗い出して個別の施策へと落とし込んでいった。  まず「知る」ための取組みとして、2023年8月に日立ソリューションズグループの社員を対象にして、介護にかかわる意識の実態把握調査を実施した。すると、社内に介護中の社員が5%いることが判明した一方で、両立支援制度や介護相談窓口が制度としてあるにもかかわらず、約9割の社員がその存在を知らないという事実が浮かび上がった。  「意識調査では『介護について社内で相談するとしたら誰か』という問いに、8割以上が『上司』と回答しました。業務に直結するため上司に相談するのは自然なことですが、上司が制度を十分に理解しないまま『休んで介護を優先してください』などと安易に答えてしまえば、社員の長期的な両立を妨げることになりかねません。正しい知識を持ってもらうためには、管理職向けのリテラシー研修が必要だと感じました」(伊藤本部長) 介護の知識がある・なしで仕事継続意識の差は2倍  意識調査では、介護に関する知識がある社員と、ない社員とで、「介護をしながら仕事を続けられると思う」と回答する割合に大きな差が出た。知識がある社員では65%が「仕事を続けられる」と回答したのに対し、知識がない社員では3割強にとどまった。「仕事と両立するためにも、知識は重要であるということ。知らないまま追い込まれないよう、くり返し情報を発信することを意識しています」と伊藤本部長は話す。  管理職研修において、特に重点を置いて伝えているのが「プレイヤーではなくマネージャーになる」という考え方だ。「介護を自分一人で背負い込もうとするのではなく、ケアマネジャーや地域包括支援センター、医療関係者、家族などをうまくマネジメントし、役割を分担していくことが大切です。『介護があるから仕事を減らさなければ』ではなく、自身の仕事やキャリアに対するビジョンを持ったうえで、『介護』という事情をいかに調整するかという発想の転換が重要です」(伊藤本部長)  また、育児・介護休業法で定められている介護休業などの理解の浸透にも力を入れている。  「法定で93日ある介護休業は、介護そのものをする期間ではなく、地域包括支援センターへの相談やケアマネジャーとのケアプラン策定、連絡体制の整備など、介護体制を構築するための準備期間として使うものです。介護は5〜10年にわたる場合もありますから、延べ90日程度の休業期間だけで完結するという性質のものではありません。部下から介護の話をされた際、上司に求められるのは介護そのものについてのアドバイスではなく、制度を活用し仕事との両立を図るという観点から社員と話すことなのです」(伊藤本部長)  なお、同プロジェクトは経営戦略部門と人事総務本部が連携して推進している。社外発信や全体の思想整理などは経営戦略部門がにない、制度設計や社員のサポートは人事総務本部が担当する。人事総務本部労政部労政グループの平岡(ひらおか)彩(あや)主任は、「当社では法定を超え、被介護者1人につき最大1年の介護休業を取得できる制度を設けています。ただ実態として多いのは、テレワークやフレックスタイムなどをうまく組み合わせながら、長期の休業に頼らずに仕事と両立をしているケースです。特にテレワークの効果はとても大きいと感じています。ケアマネジャーとの打合せが月に1回ある場合など、午前中は親の実家でテレワークをして、打合せが終わったらまた仕事に戻る、といった働き方があたり前にできます。これは遠方に実家がある場合でも可能です。仕事と介護を両立するうえでは、柔軟に働ける仕組みは欠かせません」と説明する。 リテラシーと意識変革をうながす介護イベントとトークライブ  仕事と介護に関するリテラシーの向上と意識変革を促進する施策の柱は管理職研修だけではない。年1回開催する介護イベントと、オンラインのトークライブも重要な施策と位置づけている。  介護イベントでは、仕事と介護の両立支援に関する有識者を招いての講演やパネルディスカッションなどを行っている。第1回の介護イベントでは、パネラーに当時の社長が加わり、介護中の社員、その上司、若手社員とともに意見を交わした。  「若い世代の場合、両親もまだまだ元気で『いまの自分には関係ないこと』と考えがちですが、いずれ自分が当事者となるだけではなく、いま一緒に働く同僚が介護に直面する可能性もあることから、若手社員にもパネラーに加わってもらいました。毎回、さまざまな立場の社員が登壇し、参加しただれもが自分ごととして考えるきっかけになっていると思います」(伊藤本部長)  意識変革という観点でさらに効果を発揮しているのが、Microsoft Teamsを活用したオンラインのトークライブである。参加者はリアルタイムでチャット(コメント)をすることができ、初回開催時には229人が参加し、コメント数は150件を超えた。コメント時には社員の実名が表示されるが、現在の介護の状況や、「親に介護の話をしにくい」といった悩みなどの書き込みが次々と寄せられた。  「介護について話せる場がなかっただけで、じつはみんな話したいことがあったのだということを強く実感しました」(伊藤本部長)  オンラインのトークライブは2〜3カ月に1回のペースで開催しており、介護経験者が体験談を語る場へと発展した。制度の活用方法、認知症の親との向き合い方、上司への相談のタイミングなど、非常に具体的な話がオープンに語られている。ある参加者は「介護についてはネガティブな思いもあったが、話すことで少し客観的にみられるようになり、ポジティブにとらえられるようになった」とコメントしたそうだ。体験を語った社員が増えると、次回のトークライブでも「話せる人」が増えていく。そうした好循環が生まれはじめている。  そのほか、マンガを使った情報発信も行っており、取組みの初期段階では特に手応えがあったそうだ。サステナビリティ推進本部サステナビリティ経営部の伊藤(いとう)慎也(しんや)主任は「ある社員の仕事と介護の両立ストーリーをマンガ化して発信したところ、『介護』というキーワードに興味を示さなかった層にも届き、『共感できた』というコメントが多く集まりました。現在はAIを活用し、以前より手軽にマンガが制作できるようになり、マンガを使った情報発信も充実しています」と紹介する。 着実に変化している職場風土一人で悩まないための支援を  取組みを3年続けてきて、トークライブのアンケートには大きな変化が表れている。「参加者から『10年前に比べて会社が生まれ変わっている』という声が出てきました。『10年前であれば、介護を理由に休むと査定が下がるような雰囲気があった』と、当時を知る社員がはっきりと書いてくれています。仕事と介護の両立の取組みを続けることで風土が確実に変わってきています」と伊藤主任は力を込めた。  相談窓口への相談件数にも変化が表れている。プロジェクト発足前は年間1桁だった相談件数が、取組みをはじめてからは40〜50件程度まで増加した。介護イベントに窓口の担当者が登壇し、「『遠方に住んでいる両親はまだ元気だが、80歳を超えており不安もある』程度の相談も大歓迎です」とアピールしたことも、相談のハードルを下げる効果を生んだそうだ。  平岡主任は「社員の平均年齢が40代半ばを迎えており、介護と向き合う社員がこれからどんどん増えていきます。言葉だけで『悩みを共有できる雰囲気をつくろう』と訴えるのはむずかしく、介護にかぎらずコミュニケーション施策全体に会社として力を入れていることが、相談しやすい土台になっていると思います。2026年度は人事として、アサーティブコミュニケーション※2や自己開示をキーワードに、自分のことを少し開示することで話しやすい関係性をつくる取組みを進めています。さまざまな個人の事情と仕事を両立できる仕組みを継続的に考えていくなかで、特に対象者が増えていく介護との両立には力を入れていくべきだと考えています」と方向性を語った。  そして伊藤本部長は最後にこう締めくくった。  「介護離職自体がもともと年間数件程度と非常に少なかったこともあり、当社では『離職ゼロ』を目標にするのではなく、悩みを一人で抱え込んでしまうことにより生産性の低下が生じてしまうような状態をなくすことに主眼を置いてきました。なかには、両立支援のための会社の取組みについて理解したうえで、『介護に専念したい』という選択をする社員もいます。それはその人の価値観として尊重すべきことです。ただ、知らないまま辞めていくということだけは絶対にないようにしたい。それがこのプロジェクトの根幹にある考え方です」  同社の取組みは制度の整備にとどまらず、オープンに話せる風土をつくることを一貫して重視してきた。現在、介護経験者は社員の約6%だが、これから介護に直面する世代ははるかに多い。介護を「社員個人の問題」とするのではなく、「私たちの話題」として職場で語り合える土台があることが、一人ひとりの安心感につながり、仕事と介護の両立を現実のものにしていく。 ※1 アイデアソン…… 特定のテーマに対して、さまざまな分野の人々が集まり、定められた期間でアイデアのブラッシュアップを行うこと ※2 アサーティブコミュニケーション……「自分の意見や要望を率直に伝える」ことと「相手の意見や立場を尊重する」ことを両立させるコミュニケーション手法 写真のキャプション 左から人事総務本部労政部労政グループ主任の平岡彩さん、経営戦略統括本部エグゼクティブエバンジェリスト兼サステナビリティ推進本部本部長の伊藤直子さん、サステナビリティ推進本部サステナビリティ経営部主任の伊藤慎也さん 事例2 「仕事と介護の両立支援宣言」を社長名で発信相談体制の充実や独自の制度整備で支援 株式会社白川プロ(東京都渋谷区) 365日24時間体制で稼働する老舗映像制作会社  株式会社白川プロは、1962(昭和37)年に創業し、映像制作会社として、テレビの草創期からその発展とともに成長してきた。経営理念に「世界をこの目に、この耳に。私たちは『本物』を伝えるプロ集団です。」を掲げ、おもに日本放送協会(NHK)のニュースやドキュメンタリー番組などの制作にたずさわり、365日24時間体制で映像編集や音響効果に関する業務をになっている。  2026(令和8)年6月時点の従業員数は276人(男性183人、女性93人)。平均年齢は約40歳と比較的若い世代が多い。「テレビ業界の老舗で、ニュース番組を手がけている」と聞くと、昼夜関係なく仕事が舞い込み、従業員のワーク・ライフ・バランスの実現はほど遠いだろうと想像する人もいるかもしれないが、同社では「すべての従業員が安心して働き続けることのできる職場環境づくり」に注力しており、2015(平成27)年度から仕事と介護の両立支援制度の整備を進めて充実させてきた。  例えば、法律で年間5日と定められている介護休暇は、対象家族1人につき10日(2人であれば20日)までの取得を認め、基本給の8割相当額を支給するなど、法定基準を上回る制度を導入している。また、積立有給休暇制度を整え、年次有給休暇の未消化分を最大40日分まで積立可能とし、介護の際に利用できるようにしている。さらに、使いやすい制度にするため、介護相談員を任命して介護相談窓口を設置しているほか、独自冊子の作成や社内セミナーを開催するなどして、仕事と介護の両立支援に関連する制度の社員への周知に力を入れてきた。  同社は、東京都開催の「ライフ・ワーク・バランスフェスタ東京2017」において「仕事と介護の両立部門」認定企業として表彰されると、2023年には、同認定企業のなかから優秀賞として表彰された。また、2024年には、育児や介護と仕事の両立支援に積極的な企業を登録する東京都の「家庭と仕事の両立支援推進企業登録制度」において、育児、介護の両支援で三ツ星を取得。この評価を得た企業は、東京都内でまだわずか数社だという。 仕事にやりがいを感じつつプライベートも両立できる会社に  仕事と介護の両立支援に取り組む背景や経緯、ねらいについて、同社の白川(しらかわ)亜弥(あや)代表取締役社長は次のように語る。「昔は、『仕事のためにプライベートを犠牲にするのは仕方がない』という仕事中心の会社でした。転機になったのは、創業者が他界して、経営陣がいっせいに替わったときです。私も取締役に就任し、現場出身ということもあり、自分たちの働き方が世の中とかけ離れていることに疑問を感じ、時代に合った職場環境に変えていこうと役員会議で話し合いました。2014年のことです」  そこから、就業規則の見直しを行い、一段落したところで、メンタルヘルスケアの制度づくりに取り組んだ。さらに、「仕事にやりがいを感じつつ、プライベートのさまざまなこともあきらめず、両立できる会社にしたい。そう考えて取り組んだのが仕事と介護の両立支援でした」と白川社長は話す。ふと手にした雑誌に、「今後、介護離職者が激増する時代が来る」という記事を見つけたそうだ。  「そのころの社員の平均年齢は34〜35歳。介護問題はまだ先の話だと思っていたのですが、実際に社員の年齢を階層別に見ると、BS放送が開始された年(1989年)に大量採用した世代が年齢を重ねており、『あと数年すれば当社にとっても大きな問題になる』と危機感を覚え、取組みを進めることにしました」  当時、法定内の制度は整えていたが、介護支援制度を利用した社員はいなかったという。ところが、役員会議でこの話を取り上げたとき、過去に介護を理由に退職した社員がいたことがわかった。  「支援制度はあったのに、役員も社員も制度のことを意識していなかったため、だれも利用できなかったのだと思います」(白川社長)  今後に向けて介護支援制度を充実させる必要性を役員全員で認識し、本格的な取組みがスタートした。 「仕事と介護の両立宣言」を出し社員への周知に努める  2015年9月、当時の社長名で「仕事と介護の両立宣言」を社員に向けて発信した。日本で介護離職者が増えている現状を知らせ、「介護による離職は、離職した本人にとって精神的、肉体的、金銭的に、より厳しい状況に追い込まれる可能性があるだけでなく、会社にとっても貴重な人材を失うという、深刻な問題を引き起こす」ということを説明し、仕事と介護の両立支援に本腰を入れて取り組んでいくことを表明。この宣言に多くの社員が理解を示し、受けとめたという。「制度を整えてだれもが利用できるものにしていくためには、会社の姿勢を明確に表明することが大切と考えました」と白川社長はふり返る。  さらに、実態とニーズを把握するため、社員アンケートを実施した。若くても親が病気であったり、祖父母の介護をするといったケースも考えられるため、すべての社員を対象に実施。その結果、介護経験がある社員は全体の14%、今後介護をになう可能性がある社員は54%、介護をすることへの不安を感じている社員は94%にのぼった。  次に、相談窓口を設置した。介護は一人でいきなり直面することもあり、その際にワンストップで受けとめる窓口として、社内や公的制度に精通した社員を「介護相談員」に任命し、社内報などで窓口の存在と相談員の紹介にくり返し努めた。相談は対面だけでなく、電話やメールでできることも周知した。 制度を伝えるオリジナル冊子を作成会社がしっかり支えることを伝える  続いて、オリジナル冊子『仕事と介護の両立 事前の心構え』を作成した。厚生労働省が公表している情報やパンフレットなどを参考にしながら、独自の内容を工夫し、「白川プロの介護制度」と題し、どのような制度があるのかを簡潔に明記。加えて、「介護と仕事を両立するための3つのポイント」と、ポイントごとに知っておきたい情報や地域と会社などの相談窓口の連絡先を記している。  「両立するための3つのポイント」は、以下の内容である。 @介護は定年までにほぼ全員が直面する課題です。そのため事前の心構えが大切です。 A仕事と介護の両立は大変ですが、仕事を辞めて介護に専念するとさらに大変です。仕事と介護の両立は、事前の心構えと相談で乗り切ると決意することが大切です。 B介護の課題に直面したら、まずは専門家に相談しましょう。ひとりで抱え込まないことが大切です。  また、介護生活を支える仕組みとして、介護者と介護を受ける人のためのサービスや施設が地域にあることを、イラストを使ってわかりやすくまとめた「介護と仕事を両立する地域の介護支援体制図」を別刷りで1枚、冊子に添えた。別紙にしたのは、家のなかの目につくところなどに貼っておけるようにと考えたからだ。  冊子には、「『とにかくひとりで抱え込まず相談してほしい、会社がしっかり支えます』、という思いを込めました」と白川社長は強調する。この冊子は、作成時に40歳以上の社員に配付し、以降は、社員が40歳の誕生日を迎えたときに手渡ししている。また、希望があれば40歳未満の社員にも配付している。 介護支援に関する社内セミナーを毎年開催当初は管理職の参加に注力  社員をしっかり支える、使える制度にするため、社内セミナーや個別相談会を開催している。  当初は、制度に対する管理職の理解を促進するために、まずは管理職の参加に注力した。同時に、管理職に対しては、家庭内のことをいい出しにくい社員がいることを想定し、社員の様子がいつもと違って「休みが多くなる」、「疲れた様子」などを感じた場合は、管理職のほうから声かけをしてほしいと伝えた。  現在のセミナーは、40歳になった社員と新任管理職者、参加希望者を対象として実施。おもに外部の講師を招いて開催しており、コロナ禍前までは対面・集合型、コロナ禍以降はオンラインで行い、希望に応じて個別相談にも対応している。セミナーに参加できない社員もいることから、アーカイブ動画で視聴できる環境を整えている。セミナー企画は介護相談員がになっており、これまでに「親が65歳になったら考える介護のこと」、「介護をする人もされる人も疲れない介護のあり方」、「施設やサービスの案内」などを取り上げている。 親身になって対応する相談員の存在が社員の助けに  「介護支援は、転ばぬ先の杖」だと伝えるなか、当初はピンときていない社員もいたそうだが、制度の充実に努めてから10年を経て、1人、2人と制度を利用する社員が出てきたことで、社員の受けとめ方も少しずつ変わり、いまでは制度を利用することがあたり前のようになってきた。  介護相談員も務める風張(かざはり)有紀恵(ゆきえ)人事部副部長は、「制度の周知を続けるなかで、ぽつりぽつりと相談がくるようになりました。社員の上司から相談されることもあります」と相談窓口について話す。そして、制度を利用した社員から、「この制度があったから親の介護ができた」、「制度があって使える環境もあることがありがたい」という声が聞かれるようになり、社内の雰囲気が変化していったという。  風張副部長は、相談に対応しながら、そのむずかしさを実感したという。「介護は、対象の方の症状をはじめ、家族と一緒に行っているのか、遠距離なのかなど、状況が一人ひとり異なり、また、考え方の違いもあります。窓口では、まず話を聞き、どんなことに困っているのかをたずねて、利用できる制度や支援について、また、必要に応じて地域のサービスなどについて説明します」と風張副部長。相談を受けた後、折りをみて状況確認のための連絡をするなど、その後のフォローも大切にしている。  できるだけ話しやすい環境をつくるため、風張副部長はキャリアコンサルタントの資格を取得し、傾聴についても学んだ。白川社長は、「制度をつくるだけでなく、知識や情報に精通し、親身になって対応してくれる相談員の存在が、社員の助けになっています」と風張副部長の対応を称える。また、「社員の日々のがんばりに会社として何ができるのか、福利厚生としてこの制度を整えはじめましたが、取組みを進めてきて、社員がプライベートなことでも会社に相談して支えを受けることができ、安心して仕事に臨み、仕事のクオリティが上がったり、やりがいを感じられたりすることがとても大切なことだといま感じています」と続けた。 安心してパフォーマンスを発揮できる職場環境をつくる  介護支援制度を充実させ浸透するなかで、社員からは育児支援制度の拡充を望む声もあがり、仕事と育児の両立支援制度についても充実させてきた。そして、家庭と仕事の両立支援に積極的な企業として表彰されるなど、いろいろなところで同社の取組みが取り上げられるようになった。  また、育児や介護の支援制度が充実していることが、大学の就職支援センターなどからも認知され、結果として、採用面でも大きなアドバンテージになっているという。  「当社は、24時間シフト制の勤務なので、こうした支援制度やワーク・ライフ・バランスの実現は困難と思われがちですが、シフト制だからこそ実現できたという側面もあるかもしれません。スキルの標準化や、仕事を一人で抱えることなく、ベテランも中堅も日ごろから休みやすいように、ほかの人に仕事を任せることのできる職場環境づくりにも力を入れてきました。両立支援においては、最初からできないと決めつけないことが大切だと思います」と白川社長。そして、「社員にとって使いやすい制度であることが何より大切です。制度は随時見直しをしながら、また、先々のこととして、もし介護で退職をしたとしても職場に復帰することができるジョブリターン制度の導入なども検討していきたいと思います」と今後の展望を語ってくれた。会社として、社員の人生に寄り添い、社員が安心してパフォーマンスを発揮できる職場環境を、これからもつくり続けていく方針だ。 写真のキャプション 代表取締役社長の白川亜弥さん(左)、介護相談員も務める人事部副部長の風張有紀恵さん(右) オリジナル冊子『仕事と介護の両立 事前の心構え』 対面で開催していたころの、仕事と介護の両立制度を周知するための社内セミナー(写真提供:株式会社白川プロ)