江戸時代にもあった 「仕事と介護の両立問題」 〜目からウロコの高齢者介護史〜 文化・福祉ジャーナリスト ア井(さきい)将之(まさゆき) 第3回 江戸時代は男性が率先して介護をになっていた! −介護負担の割合は女性より男性が高かったとのデータも− 江戸時代は男性も積極的に老親を介護  武士も介護をになっていたという記録・事実には、江戸時代の介護事情を読み解くうえでの重要なヒントが含まれています。それは、「男性」が自ら休みを取得してまで親の介護をしていたという点です。江戸時代、幕府や藩に仕えた武士たちは原則男性であり、家督を継ぐのは男性にかぎるとされていました。ですから、武士が介護休業をとって親の介護をするとは、男性が自らの意思で介護をになっていたことを意味します。武士であれば、老親介護は妻に任せっきりにしていそう、といったイメージを持ちそうですが、実態は違ったわけです。  じつはこの男性が介護をになうというのは、武士階級のみならず一般庶民層においても同様の傾向がみられました。  江戸時代の高齢者の病気や介護の実状を知るうえで役立つ史料に『孝義録(こうぎろく)』があります。『孝義録』とは、幕府や藩が「善行者」として表彰した人々を記録したものです。現在でも警察や消防の業務に協力した人が表彰されたというニュースをよく目にしますが、当時は「善行を積んだ」と人々の間で評判になった場合、統治者である幕府や藩が表彰をしていました。領内在住の者が表彰対象となるので、町人や百姓などの一般庶民が多く表彰され、表彰者には景品として米や金品なども与えられました。  表彰対象となる「善行」は統治者によって多少違いはありますが、基本的な共通事項となっていたのが「孝行」です。つまり領内・地域で親孝行者として評判になった場合、為政者である幕府や藩がそれを表彰していたわけですが、老親への介護も表彰対象に含まれていました。要介護の老親に誠意をもって介護を行い、「あいつぁ、てえしたもんだ」なんて近隣で広く噂され、それが為政者側の目に留まるほどになると、表彰対象となったわけです。統治する側としては、そうやって善行者を褒(ほ)め称(たた)えることで、治安を乱さない領民をつくりあげるという狙いもあったでしょう。  老親介護を理由に表彰された人は多く、また表彰理由が細かく記録されていたりもするため、『孝義録』からは当時の親の介護をした人の属性や、どのような介護をしていたのかに関する貴重な情報を得られます。幕府により1801(享和(きょうわ)元)年に出版された『官刻孝義録』には、全国の表彰者の記録がまとめられているため、情報量としてはもっとも多いです。ただ各地の藩ごとでも『孝義録』は編纂(へんさん)されていて、現在研究が進められているものの一つに仙台藩による『仙台孝義録』があります。仙台藩内で孝行を理由に表彰を受けた人のうち、親の介護をして表彰を受けた人の数、さらにだれがだれに対して介護をしたのかなどのデータが、先行研究によって明らかにされています。  それによると、仙台藩内で老親の介護で表彰されている事例は373件あり、そのうち介護者として最多だったのは「男性(実子・養子・継子)」(196件)で、全体の52.5%と過半数を占めていました。二番目に多かったのが「女性(娘・養女・嫁)」(90件)の24.1%で、三番目が「息子または娘夫婦」(66件)の17.7%でした。男性の介護者が多くなっています。もっとも、これはあくまで表彰された例ですから、男性の方が目立ちやすいとか、表彰対象になりやすいなどのバイアスはあったかもしれません。それでもこれだけ割合が高いということは、男性も積極的に介護をになおうとしていた当時の状況・価値観を垣間見ることができそうです。 現代の介護は女性が中心  一方、現在の介護の実状はどうでしょうか。厚生労働省がまとめた「2022(令和4)年国民生活基礎調査」によりますと、「同居の主な介護者」のうち、介護時間が「ほとんど終日」である者は、「男」が25.5%、「女」が74.5%との結果が出ています。日本の男女の総人口はやや女性が多いもののほぼ半数ずつとみるなら、これはあきらかに女性過多の割合です。ただこの現代のデータは配偶者等の介護者も含まれているので、先の仙台藩のデータと合わせて子ども世代だけに絞ってみると……女性は「子」(18.5%)、「子の配偶者」(8.1%)で合計26.6%、男性は「子」(8.1%)、「子の配偶者」(0.2%)で合計8.3%。かなり男女間で差があります。  こうした差は、働きながら介護をするビジネスケアラーおよび介護離職者の男女比にもあらわれています。厚生労働省の委託による三菱UFJリサーチ&コンサルティングの調査(2021年実施、全国の企業852社から回答)によると、介護休業取得者は女性が67.9%であるのに対して、男性は32.1%。介護離職者の割合は女性70.7%であるのに対して、男性は29.3%です。もちろん家庭ごとの事情もあるとは思いますが、これほど差が出てしまうのは、やはり「介護は女性がするもの」というような一定の価値観が作用しているようにも考えられます。  女性の社会進出の必要性は、かつては「女性の地位向上」の理念や信念に基づいて提唱される側面が強かったと思います。しかし現在、日本では人口減少が続いて働き手が不足しつつあり、労働力を確保すべしという現実主義的な考え方においても、女性が社会で活躍することは重要となってきました。日本経済を維持・成長させていくという点でも、「家で介護をするのは女性の役割」と一辺倒に思う価値観は、「介護負担は男女協力」、「男女に関係なく手の空いている側が率先」といった方向へとシフトしていく必要があるといえます。そのシフトが進めば、全体の七割超を占める女性の介護離職者の減少にも、ある程度はつながるのではないでしょうか。  こうした現在の状況において……もちろん江戸時代回帰といったことまで主張するつもりはありませんけれども、親の介護に積極的に取り組んだ江戸時代の武士や庶民の男性の姿は、そのような価値観のシフトの背中を押してくれそうな感じもしますが、どうでしょう。  江戸時代と現代とでは違うことが多いので、不用意に同列に論じることはできません。それでも「武士だって介護に取り組んだ」、「江戸時代にはサムライケアラーがいたんだ」ということを知ると、「俺もかつての武士たちを見習って、親の介護を姉妹や妻に任せっきりにするのはやめようか」などと思えてきませんか? 【参考資料】 ・ア井将之 著『武士の介護休暇―日本は老いと介護にどう向き合ってきたか―』(河出書房新社)2024年 ・柳谷慶子 著『近世の女性相続と介護』(吉川弘文館)2007年 ・菅野則子 著『歴史文化ライブラリー73江戸時代の孝行者―「孝義録」の世界―』(吉川弘文館)1999年 ・厚生労働省「2022(令和4)年 国民生活基礎調査の概況」 ・三菱UFJリサーチ&コンサルティング「令和3年度 仕事と介護の両立等に関する実態把握のための調査研究事業 報告書」