第118回 高齢者に聞く生涯現役で働くとは  酒井ひろみさん(67歳)は、58歳のとき、がんに罹患(りかん)。治療で髪の毛が抜け始めたころ、病院で出会ったケア帽子にがんを乗り切る勇気をもらい、63歳で帽子作家として歩み始めた。病気と闘う人たちの気持ちを前向きにするケア帽子づくりを一生の仕事にしたいと願う酒井さんが生涯現役の明日を語る。 ケア帽子作家 酒井(さかい)ひろみさん ものづくりの楽しさに魅せられて  私は生まれも育ちも神奈川県横浜(よこはま)市で、生粋の「浜っ子」です。祖父母も同居し親戚がつねに出入りする大家族のなかでのびのび育てられました。父母の代までの兼業農家です。祖母は社交的な明るい人で、気がつかないうちに私もその影響を受けていたように思います。  高校を卒業すると、当時、横浜駅西口にあったデパートに入社、案内係に配属されました。そのデパートが横浜に開業してから3年目のころで、活気にあふれていました。そこで接客のノウハウを学んだことが、いま、帽子作家としてお客さまに寄り添う心の原点になっています。  10代のころというのは、自分が本当にやりたいことを見つけるための「自分探しの時代」ですが、私もまた、仕事以外に何かに挑戦してみたいと思いました。1970年代後半から、ファッションの世界でパッチワークが注目されると各地で教室が開校され、幸いにも第一人者だった先生に教えてもらうことができました。  人生とは思いがけないことの連続のようで、その先生から「スタッフとして手伝ってくれないか」とお誘いを受けました。パッチワークのおもしろさに目覚めたこともあり、思い切ってデパートを退職、スタッフとして先生のお手伝いをすることになりました。私のなかに眠っていたものづくりへの憧れがふくらんでいきました。  パッチワークは、小さい布をつなぎ合わせて一枚の大きな布や作品にする手芸の技法である。日本におけるパッチワークのパイオニアが主宰する教室に通い始めた酒井さんは、青春真っ盛り。「とても楽しかったです」と笑顔をみせる。 周りの人たちに支えられて  私はこれまでの日々をふり返ったとき、本当にたくさんの人に助けてもらった人生だと、心から思います。パッチワークのスタッフの仕事は結婚によって終わり、しばらくは子育てに専念する日々が続きました。3人の娘に恵まれ、子どもたちの洋服を手づくりしたのも懐かしい思い出です。事情があって、長女が二十歳になったころ、私と娘たちで暮らすことになりました。3人の娘や妹弟も含めた家族みんなに支えられていまの自分があります。幸い、子育てが一段落してから勤め始めた会社で正社員として働くことができて、その会社で定年まで働き、その後も63歳まで働く機会をいただいたことには感謝しかありません。  50代は私にとってエポックの時代です。53歳で新しい出会いがあって再婚。夫は3人の娘たちを自分の娘のように大切に接してくれて、現在に至っています。順風満帆の人生が待っているのかと期待した矢先、58歳で子宮体がんに罹患しました。青天の霹靂(へきれき)でした。  定年後は再びものづくりの世界に挑戦したいと在職中から帽子づくりの教室に通っていた酒井さん。先生のアドバイスもあり、将来的には自分の工房を開くことも考えていた。がんの宣告に心揺れる酒井さんを、夫が全力で支えた。 奇跡の出会いの「ケア帽子」  子宮体がんでステージ3を宣告され、抗がん剤治療を受けました。治療の影響で脱毛が始まると、かつらは頭に負担が大きかったので、帽子をかぶろうと思いました。いろいろ探しましたが、脱毛すると決まったときに病院で販売していたシンプルなニット帽型のケア帽子を用意しました。それをかぶると地肌が見えなくなり、それだけで安心感に包まれます。闘病中は会社を休職させてもらい、その間も、インターネットで購入したおしゃれで肌にやさしそうなお気に入りの帽子をかぶって薬膳教室や料理教室に通っていました。つくづく教室に通うのが好きな人間です。  ある日の料理教室で「素敵な帽子ですね」と声をかけてくれた人がいました。「とても似合っているしあなたはいつも活き活きとしていますね」と。褒めてもらうというのはこんなにうれしいことなのだと思いました。「じつはがんの闘病中のため、帽子をかぶっています」というとさらに褒めてくださいました。帽子に助けられて自然と笑顔になっていたようです。そのとき、自分はがんを乗り切れるのではないかという勇気が身体のうちから湧いてきました。  コロナ禍後、酒井さんは、ハンドメイドでマスクなどをつくるために、ミシンを使い始めた。大好きな手仕事を定年後の仕事にすることができたらいいなと思い、帽子づくりのオンラインレッスンを受けていたところ、自分の経験を活かして一生の仕事ができる実感が湧いてきたという。63歳で帽子作家としての一歩を踏み出した。 闘病中の人の心に寄り添いたい  最初はおしゃれな帽子づくりを学んでいました。退職後の仕事として帽子づくりを続けていくなかで、自分ならではの強みは何だろうかを考えたとき、抗がん剤治療による脱毛を経験し、帽子に支えられた自身の経験にたどり着きました。髪を失ったとき、不安な気持ちを抑え外出する勇気を与えてくれたのが帽子でした。その経験があるからこそ、見た目のおしゃれさだけでなく、かぶり心地や安心感にもこだわったケア帽子をお届けしたいと思うようになりました。  自分の経験が私の帽子づくりの原点になっています。地肌にあたっても痛くないようにやさしい肌触りのコットンを使ったり、頭を締めつけ過ぎないように、帽子の後ろにだけ柔らかいゴムを入れてみたりして工夫しています。つばの広い帽子は室内では脱帽の必要があることから、つばを小さくして室内でもかぶれるようにしました。また、取り外し可能な前髪ウイッグやネックカバーなどもつくったり、脱毛時はウイッグの上からかぶったりすることが多いので、フリーサイズにしたり、サイズ調整ができるようにしたりしています。 生涯現役を目ざして  罹患してからもうすぐ10年になります。そろそろがんから卒業できるかなと思っています。もちろん油断は禁物なので、健康管理には気を配っていて、朝の1時間ほどの散歩が日課です。また、体を動かすために、近くの温泉施設で月に5回か6回は、受付や掃除などのアルバイトもしています。お店では最高齢になりますが、お客さまやスタッフと接する機会もありますので、楽しく働かせていただいています。  本職の帽子は、平日に自宅で制作しています。「アトリエビビ酒井ひろみ」として通販サイトで販売もしていますので、ご興味のある方はご覧ください。  帽子づくりを始めたころは「だれかの役に立てたら」という思いが強かったのですが、本当は私がお客さまに励ましてもらっていることに気づきました。さあ、明日からもお客さまの励ましを胸に、闘病中の相棒となる帽子を心を込めてつくっていこうと思います。