知っておきたい労働法Q&A  人事労務担当者にとって労務管理上、労働法の理解は重要です。一方、今後も労働法制は変化するうえ、ときには重要な判例も出されるため、日々情報収集することは欠かせません。本連載では、こうした法改正や重要判例の理解をはじめ、人事労務担当者に知ってもらいたい労働法などを、Q&A形式で解説します。 第97回 高年齢労働者の労働災害防止、労働条件変更拒否に起因する雇止め 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永勲/弁護士 木勝瑛 Q1 「高年齢者の労働災害防止のための指針」とはどのようなものですか  労働安全衛生法の改正にともない、高年齢者に対する労働災害防止措置が定められたと聞きました。いったいどのような内容なのでしょうか。 A  2020(令和2)年に厚生労働省が策定した「高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン(エイジフレンドリーガイドライン)」を具体化させるような形で、2026年2月に「高年齢者の労働災害防止のための指針」が定められ、事業者が取り組むべき内容が定められました。 1 労働安全衛生法の改正  労働安全衛生法が改正され、2026(令和8)年4月1日に施行されました。  高年齢者の労働災害防止のための措置として、同法第62条の2に次の内容が定められました。 (高年齢者の労働災害防止のための措置) 第62条の2 事業者は、高年齢者の労働災害の防止を図るため、高年齢者の特性に配慮した作業環境の改善、作業の管理その他の必要な措置を講ずるように努めなければならない。 2 厚生労働大臣は、前項の事業者が講ずべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るため必要な指針を公表するものとする。 3 厚生労働大臣は、前項の指針に従い、事業者又はその団体に対し、必要な指導、援助等を行うことができる。  事業者に求められるものは、「高年齢者の特性」に配慮した作業環境の改善、作業の管理その他の必要な措置を講ずることです。措置については厚生労働省が定める指針を参考に取り組むことになります。  なお、高年齢者の労働災害防止措置は、努力義務とされていますが、この規定を遵守していない場合には、労働災害の発生可能性が高まるうえ、使用者の安全配慮義務違反を問われる可能性も高まると考えられるため、多くの企業が取り組むべき課題になると考えられます。 2 高年齢者の労働災害防止のための指針  厚生労働省は、2026年2月10日、改正された労働安全衛生法第62条の2第2項に基づき、「高年齢者の労働災害防止のための指針」(以下、「指針」)を公表しました。  指針においては「高年齢者の特性」がキーワードとなっています。「高年齢者の特性」について法令上の定義はありませんが、指針においては高年齢者の特性について、「筋力、バランス能力、敏捷性、全身持久力、感覚機能及び認知機能の低下等」をあげています。指針内においてもくり返し「高年齢者の特性」という用語が使用されていますので、これをふまえて理解しておくことが重要でしょう。  指針においては、以下の五つの内容に対応していくことが求められています。 @安全衛生管理体制の確立等 A職場環境の改善 B高年齢者の健康や体力の状況の把握 C高年齢者の健康や体力の状況に応じた対応 D安全衛生教育  まず、「@安全衛生管理体制の確立等」においては、安全委員会や衛生委員会での調査審議、相談窓口の設置、リスクアセスメント(危険な作業や危険な場所・環境の洗い出し、これらの軽減措置の検討)の実施などがあげられています。なお、リスクアセスメントにおいても、高年齢者の特性や課題を想定して行うように求められており、エイジフレンドリーガイドラインでも触れられていたような、「フレイル=加齢とともに、筋力や認知機能等の心身の活力が低下し、生活機能障害や要介護状態に至る危険性が高くなった状態のこと」や「ロコモティブシンドローム=骨や関節、筋肉等運動器の衰えが原因で『立つ』、『歩く』といった機能(移動機能)が低下している状態のこと」が「高年齢者の特性」としてあげられています。また、「B高年齢者の健康や体力の状況の把握」との関係においては、これらの状態について本人に自覚させることが重要とされています。  次に、「A職場環境の改善」については、@に含まれているリスクアセスメントの結果をふまえて、職場環境の改善を実施していくということになります。転倒防止に関しては、特に滑りやすい場所の解消に加えて、安全標識の掲示による注意喚起、補助機器等の利用などがあげられていることも特徴です。  さらに、「B高年齢者の健康や体力の状況の把握」や「C高年齢者の健康や体力の状況に応じた対応」が必要とされています。事業者と高年齢者の双方が体力の状況を客観的に把握し、事業者は労働者の気づきをうながす体力チェック、フレイルチェックを継続的に行うことが望ましいとされています。厚生労働省は、中央労働災害防止協会が公表している『エイジアクション100 改訂版」をチェックリストとして紹介しており、参考になります。なお、じつは30代、40代から身体機能の低下が始まるという調査結果もあり、高年齢者にかぎらず、青年期、壮年期も含めた体力チェックを始めることが推奨されています。また、労働者の健康や体力の状況は加齢に従って個体差が拡大するとされており、個々の健康状況に応じた業務とのマッチングに努めることが求められています。  最後に「D安全衛生教育」においては、十分な時間をかけ、写真や図、映像などの文字以外の情報も活用することや、経験のない職種や業務に就く場合には特にていねいな教育訓練を行うことが求められています。また、高年齢者の場合は、危険と認識されていない作業であっても、災害に至る可能性があることを周知することや、管理監督者やともに働く労働者にも高年齢者の特性を含めた教育を行うことが望ましいとされています。そのほか、脳・心臓疾患が発症するなどの緊急時について適切な対応ができるよう救命講習なども教育の対象に含むことが望ましいとされています。 3 労働者自身の自覚  改正法においては、事業主ばかりではなく、労働者自身についても、個々の労働者は、自らの身体機能等の低下が労働災害リスクにつながり得ることを理解することも求めています。  事業主のみではなく、事業主と高年齢労働者が協力して、労働災害の防止に向けて取り組むことが理想的な対応といえるでしょう。 Q2 有期雇用社員の契約更新にあたり、労働条件の変更を拒否された場合の雇止めは有効になるのでしょうか  有期雇用契約の更新のタイミングで労働条件の引下げを考えており、これに応じない場合には更新に応じることはできないと考えているのですが、このような対応に問題はあるのでしょうか。 A  更新の合理的期待がある場合などには、更新拒絶は客観的合理的理由と社会通念上の相当性がなければ違法となります。そのため、更新拒絶を検討しているとすれば、更新拒絶の合理性・相当性を検討しなければなりません。なお、労働条件変更に起因する有期雇用契約の更新事案では、裁判例上、使用者が提示した労働条件の合理性が重視される傾向にあります。 1 有期雇用契約の更新拒絶  実務上、有期雇用契約の更新拒絶(雇止め)に関する紛争は多くあります。まずは、有期雇用契約の更新拒絶についての法規制をみていきましょう。雇止めについては、労働契約法(以下、「労契法」)第19条が定めています。労契法第19条は、有期雇用契約の更新拒絶(雇止め)について、一定の場合には解雇規制に準じた高いハードルが課せられる旨を規定しています。  具体的には、○ア有期雇用が過去に反復継続して更新されたことがありその契約期間の満了時に更新しないことが無期労働者に解雇の意思表示をすることと社会通念上同視できるとき、または、○イ期間満了時に更新されることについて合理的な理由があるときは、使用者の行った更新拒絶が合理的理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合には、従前の有期雇用契約内容である労働条件と同一の労働条件で申し込みを承諾したものとみなされるとされています(労契法第19条)。  そのため、使用者が雇止めを行ったとしても、後にその雇止めが合理的理由を欠き、社会通念上相当であると認められないと判断された場合には、当該雇止めは無効となり、結局、有期雇用契約は従前の労働条件と同一の労働条件で更新されていたこととなります。 2 労契法第19条の適用の有無  前述の通り、労契法第19条は、上記○アまたは○イに該当する場合に適用されることとなりますので、Qのように、有期雇用の不更新を検討されている場合には、まずは上記○アや○イに該当するかどうかを検討しなければなりません。  この点、○アの該当性を判断するにあたっては、(@)過去の更新の有無、(A)更新回数、(B)更新時の運用等の事情を確認するべきでしょう。多数回の更新がなされており、更新時には特段の審査を行っていないという場合には、雇止めは無期雇用契約における解雇と同視できるものとして○アに該当すると判断される可能性が高くなります。  ○イは、○アと異なり解雇と同視することまではできないものの、労働契約の更新がなされることの合理的期待がある場合に解雇規制と同様の規制を負わせるものです。○イの該当性を判断するにあたっては、○アで列挙した事由のほか、(C)使用者の言動、(D)労働者の担当する業務の内容、(E)ほかの有期雇用労働者の更新の状況などの事情を確認するべきでしょう。労働者が会社の基幹業務を担当しており、使用者が契約時において「何もなければ更新される」などの言動をしており、実際その会社においてほかの有期雇用労働者が更新拒絶をされた事例がないといった事案では、更新の合理的期待があるものとして○イに該当すると判断される可能性が高くなります。 3 労働条件の変更に起因する雇止めの合理性・相当性  ○アまたは○イに該当し得る場合には、雇止めの合理的理由および社会通念上の相当性の有無を検討すべきです。  もっとも、Qのように、労働条件の変更に起因して有期雇用契約を不更新とする場合、合理性・相当性の判断はどのように行うべきでしょうか。この点に関して参考になる裁判例として、河合塾事件(東京高裁令和4年2月2日判決)があります。  この裁判例は、有期雇用の予備校講師として勤務していたXが、勤務時間中の非違行為による懲戒処分を受けたうえ、生徒からのアンケート結果が芳しくなかったことから、使用者Yがコマ数の2コマ減数(およびこれにともなう月額賃金の減額)を条件とした更新を打診したところ、Xがこれを拒絶したことから雇止めとなったため、Xが雇止めは違法であるとして労働者たる地位の確認などを求めて提訴した事案です。  この裁判例(の支持する原審判決)では、使用者が更新に際して従前と異なる労働条件を提示したことを原因とする雇止めの事案における合理性・相当性は、使用者の提案した労働条件変更の合理性・相当性を中核として判断すべきとしました。  具体的には以下の通り判示しています。すなわち、本件において「雇止めに至った根本的な原因は、使用者が更新に際して従前と異なる……労働条件を提示したことにあるから、労契法19条柱書後段の該当性は、使用者が提示した労働条件の客観的合理性及び社会的相当性を中心的に検討すべきである」。具体的には、「使用者が従来の労働条件を維持することなく、新たに提示した労働条件が合理的であることを基礎付ける理由の有無及び内容、使用者が提示する労働条件の変更が当該労働者に与える不利益の程度、同種の有期契約労働者における更新等の状況、当該労働条件提示に係る具体的な経緯等の諸般の事情を総合考慮し、使用者が提示した当該労働条件の客観的合理性及び社会的相当性を中核として」判断すべきであるというものです。  この裁判例を前提とすると、労働条件の変更に起因する雇止めの事案においては、更新拒絶の客観的合理的な理由・社会通念上相当性は、フラットに諸事情を総合考慮するのではなく、使用者の提案した労働条件変更の合理性・相当性に重みを置いて、使用者の提案した労働条件変更の合理性・相当性を中心に判断されるということになります。  そのため、労働条件の変更に起因する雇止めの事案においては、これらの事実関係を確認し、雇止めが適法と判断される可能性があるか否かについて慎重に検討する必要があるでしょう。 4 おわりに  河合塾事件では、Xが適法な懲戒処分を受けていること、アンケートによる評価方法について一定の合理性が認められること、ほかにもアンケート結果に基づいてコマ数減となっている従業員がいることなどを理由として労働条件変更の提案の合理性を肯定し、雇止めを有効としました。  ただし、評価方法が不合理であったり、ねらい撃ちや退職させることを目的とした労働条件変更であったりした場合には、異なる判断がなされた可能性が高いと思われますので、労働条件変更に起因する雇止めが必要となった際にはその適法性について慎重に検討するべきであることに変わりはないでしょう。