サステナビリティを高めるシニア人材活用戦略 第2回 企業のサステナビリティを高めるシニア人材の価値とは 株式会社日本総合研究所 塚原(つかはら)亮子(りょうこ)/宮下(みやした)太陽(たいよう)  不確実性が高まる現代において、企業が持続的に成長し続けるためには、サステナビリティ(持続可能性)の視点が不可欠です。とりわけ、人材を「資本」としてとらえ、その価値を最大限に引き出す人的資本経営の重要性が高まっています。そのなかでもシニア人材をはじめとする多様な人材の活用は、経験・知見の継承や組織のレジリエンス向上の観点からも、これからの企業経営の鍵を握る重要な要素です。そこで本企画では、シニア人材の持つ価値をあらためて整理するとともに、その活用に向けた具体的な戦略について解説します。 1 はじめに  日本企業はいま、かつてない構造的課題に直面しています。少子高齢化により、生産年齢人口(15〜64歳)は、2025(令和7)年の約7300万人から、2050年には約5500万人へと大幅に減少する見通しです。労働供給の縮小は、すでに多くの企業で人手不足として顕在化し、経営課題となりつつあります。一方で、65歳以上の人口割合は、2050年には約37%に達する見込みで、就業率も上昇傾向にあります。見方を変えれば、豊富な経験と知見を持つ意欲ある人材が、着実に増えているということでもあります。  こうしたなか、シニア人材活用は従来の雇用維持や社会貢献の枠を超え、企業のレジリエンス(持続力・適応力)を高めるための重要な経営戦略へと位置づけが変わりつつあります。本稿では、シニア人材が組織にもたらす「安定」という視点から、ESG経営※にも直結するその戦略的価値について考えていきます。 2 シニア人材がもたらす三つの価値 ■第一の価値…経営基盤の安定  第一の価値は、シニア人材を安定的な人材リソースとして活かし、事業継続を支える経営基盤を強化する点にあります。  人手不足は、いまや事業の存続に直結する経営課題となっています。帝国データバンクの調査では、「人手不足倒産」は2025年度に初めて年間400件を超え、3年連続で過去最多を更新しました。また、厚生労働省による分析でも、現在の人手不足は一時的な需給ひっ迫と異なり、「長期かつ粘着的」で、人員充足が以前にも増して困難だと指摘されています。  このような環境下では、企業は若手人材の採用だけに頼るのではなく、社内外のシニア人材を戦略的な人的資本として位置づけ直す必要があります。シニア人材の安定的な活用は、突発的な離職や採用難に対する組織の耐性を高め、経営基盤の安定に直結します。これは、ESG経営において、事業継続リスクを管理し、外部環境の変化に強い経営体制を築くG(企業統治)の強化であり、企業価値向上にも寄与します。 ■第二の価値…現場力の安定  第二の価値は、シニア人材の知識・技能、経験知を次世代に伝承し、品質や安全を支える現場力を安定させる点にあります。  人手不足の陰で進むのが、現場を支えてきた経験知の喪失です。異常の兆候を察知し、トラブル発生時に適切に判断・対処するなど、現場力の安定はマニュアル化しにくい経験知に支えられています。本来、これらは日々の業務のなかで継承されるものですが、人員不足や年齢構成の偏りなどから、OJTを通じた技能継承が十分に機能しにくくなっています。特に、暗黙知や経験則が多く存在する製造業や技術職では、ベテランの退職が組織全体の対応力の低下や重大なインシデントのリスクにつながりかねません。  こうしたなか、シニア人材の活用は、労働力の補填にとどまらず、実践的なノウハウを現場に維持しつつ、OJTを通じた若手への継承を機能させる余裕につながります。これにより、業務の属人化を防ぎ、現場の品質と対応力、安心感を高める大きな効果が期待されます。  品質管理や安全管理は、企業の社会的責任そのものであり、事故や品質不正を防ぐガバナンス強化にもつながります。経験知の継承は、ESG経営における人材育成への投資というS(社会)の側面と、現場の対応力を維持するG(企業統治)の側面の、両面を満たす重要な取組みです。 ■第三の価値…組織風土の安定  第三の価値は、シニア人材そのものが世代間をつなぎ、若手が安心して働き続けられる組織風土の安定を支える点にあります。  効率性や成果が重視される現代において、若手社員の早期離職やエンゲージメントの低下が課題となっています。働き方の変化により職場の人間関係が希薄化しがちななか、若手が孤立せず、安心して相談や挑戦ができる環境がなければ、組織全体の活力も失われかねません。  このような環境のもと、豊富な経験を持つシニア人材は、世代間の「つなぎ役」として機能します。上司には相談しにくい悩みも、直接的な利害関係が少ないシニア人材になら打ち明けやすい場合もあります。よき相談役(メンター)の存在は、若手の孤立や離職を防ぐだけでなく、失敗を恐れない心理的安全性の醸成にもつながります。  加えて、企業文化や価値観の継承、多角的な意思決定の支援など、組織運営の安定にも寄与します。シニア人材の活用は、多世代が支え合う持続可能な組織づくりそのものであり、ESG経営のS(社会)を体現する取組みです。 3 シニア人材の価値を最大化するために  ここまで、三つの側面から、シニア人材の知見や経験が企業にもたらす重要な価値について述べてきました。これらを総合的に高め、レジリエンスを強化することは、企業の持続的成長と安定につながります。  しかし、その価値を最大限に引き出すのは決して簡単ではありません。シニアが持つ経験や勘所といった暗黙知は伝承がむずかしく、「背中を見て学ぶ」というかつての育成手法も、デジタルネイティブな若者の価値観には合致しなくなってきています。  シニア人材への投資効果を最大化するためには、企業側の仕組みづくりと同時に、シニア自身も過去の成功体験に固執せず、価値観をアップデートしていく柔軟性が求められます。若手はシニアの経験に敬意を払い、シニアは若手のデジタル感覚や柔軟な価値観から学ぶという、世代を超えた双方向のコミュニケーションがあってこそ、組織の力は最大化されます。  また、こうした意識変革に加え、シニアのノウハウを持続可能な形で組織に定着させることが不可欠です。では、どのようにして属人的な経験や知識を、組織の「形式知(データ・資産)」に変えていけばよいのでしょうか。次回は、シニア人材の経験知やノウハウを見える化する意義について解説します。 ※ESG経営については、本連載第1回(2026年7月号)をご覧ください。 https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/book/elder_202607/#page=50 【参考資料】 ・内閣府「令和7年版高齢社会白書」 ・帝国データバンク「人手不足倒産の動向調査(2025年度)」 ・厚生労働省「令和6年版 労働経済の分析」 ・厚生労働省「能力開発基本調査」 図表 シニア人材がもたらす価値とESG経営 シニア人材が組織にもたらす3つの価値 シニア人材の戦略的活用 @経営基盤の安定 (事業継続性・組織耐性強化) A現場力の安定 (技能継承・品質管理) B組織風土の安定 (心理的安全性・組織文化) ESG経営の実践 Governance(企業統治) ●事業継続性の確保 ●リスクマネジメント・インシデント防止 ●属人化リスクの解消 Social(社会) ●多様な人材が働ける社会づくり ●人材育成投資 ●多世代共生・ウェルビーイング 企業のレジリエンス強化 サステナビリティ向上 ※筆者作成