立川(たてかわ)談慶(だんけい)の人生100年時代の歩き方 第7回 名前、それは燃える生命(いのち)  こちら、1979(昭和54)年に発売されたゴダイゴのヒット曲、「ビューティフル・ネーム」の一節です。名前は呼ばれることで魂が宿るものなのかもしれません。そんな名前にまつわる一席に「寿限無(じゅげむ)」があります。  「寿限無寿限無、五劫(ごこう)の擦り切れ、海砂利水魚(かいじゃりすいぎょ)の水行末(すいぎょうまつ)、雲来末(うんらいまつ)、風来末(ふうらいまつ)、くうねるところにすむところ、やぶらコウジのぶらコウジ、パイポパイポパイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命(ちょうきゅうめい)の長介(ちょうすけ)」  こんな長い名前を持った男の子の周りで起きる喜劇がベースとなっています。  とある小学校でこの一席をやった後、感想を聞くと小学生からこんな感想が送られました。  「落語はやさしいんですね。いじめがないんですね。もし私の周りにこんな長い名前の子が転校してきたとしたら、『長い名前!』とか意地悪なこといってしまっていたかもしれません。でもこの落語にはそんな人は出てきませんよね」  いやあ、落語家冥利(みょうり)ともいうべきうれしいリアクションでした。もしかしたら、「長い名前!」とツッコミを入れてしまうより、その長い名前をむしろ受け入れたほうがおもしろくなるかもよと、提案しているのかもしれません。  敷衍(ふえ)んさせてみると、長い名前を含めて相手の持っている特徴を否定したりするよりは、肯定してあげるほうが、いじめがなくなるばかりか、おもしろい流れになるのかもねと、この「寿限無」はその可能性を訴え続けてきたからこそ、いまだに支持されているのではないでしょうか。  そして、「どんなに長い名前だとしても、きちんと呼んであげなければいけない」という姿勢は、「違和感のある物ごと」への一番大切な距離の取り方だよと、バカバカしい笑いとともにさりげなく訴えてきたのが、この落語だったのかもです。  私、立川談慶、NHKの朝ドラに出るなど役者もやらせてもらっていますが、売れっ子役者さんはみな初対面なのに私に向かって「談慶さん」ときちんと名前を覚えてくれていました。  相手を大事にする第一歩は、その名前をきちんと覚えること。やはり落語は真理を教えてくれています。