技を支える vol.366 育てた弟子たちとともに地元にバーの文化を築く バーテンダー 西方(にしかた)明(あきら)さん(67歳) 「お客さまの目の前でつくるカクテルは、味の調整ややり直しができません。それだけに、積み重ねた経験がものをいいます」 千葉県船橋(ふなばし)市にいち早く本格バーを開く  階段を上がってドアを開けると、落ち着いた照明のなか、一枚板のカウンターの奥に無数のボトルが並ぶ。それを背にしたバーテンダーが「いらっしゃいませ」と笑顔で迎えてくれる──。  千葉県船橋市にある「ブルーカナリヤ」は、オーセンティックバーと呼ばれる伝統的なスタイルの本格的なバーだ。  「1989(平成元)年、まだオーセンティックバーという言葉が一般的ではなかった時代に、『船橋をバーの街にしたい』という思いでオープンしました」と話すのは、オーナーでバーテンダーの西方明さん。いまでは市内で3店舗を展開する、船橋を代表する店へと成長した。2025(令和7)年には、長年にわたるバー業界への貢献が評価され、バーテンダーとして初めて「千葉県の卓越した技能者」に選出された。 独学で磨いた一杯への気づかい  西方さんは日本料理の板前として修業を始めたが、5年ほどして憧れのバーテンダーに出会う。  「もともと人前に出ると緊張するタイプでしたが、その方の、お客さまを楽しませる話術の巧みさに引き込まれ、自分を変えようと思い切って日本料理店を退職しました」  アルバイトでバーテンダーの仕事を転々としながら経験を積むとともに資金をため、30歳のときに夫婦でブルーカナリヤをオープンした。師匠について長く修業した経験はなく、セミナーや試飲会、有名店への見学などを重ね、独学で腕を磨いた。  店を持ってからも技術を磨き続け、32歳ごろからカクテルコンクールに片っ端から出場するようになった。全国バーテンダー技能競技大会の関東大会で2年連続準優勝、メーカー主催のカクテルコンクールでグランプリを受賞するなど実績を重ねた。そのころからメディアの取材を受ける機会が増え、客足も伸びた。  西方さんが大切にしているのは、基本に忠実であることだ。  「例えばシェイクする際は、氷を壊さず、素材も乱暴に扱わないようにします。シェイクは冷やすだけの作業と思われがちですが、冷やしながら同時に撹拌(かくはん)して空気を含ませることで、ふんわりとしたやわらかい口あたりになります」  シェイクする氷も、角(かど)があると氷同士がぶつかり、欠けて水っぽくなるため、面取りを重ねて丸くしている。  客の好みに応じてレシピは少しずつ変えている。同じジントニックでも、甘さが気になる客にはソーダを加え、辛口を好む客にはビターズ※を効かせるなど、その人だけの一杯を仕立てる。  技術だけでなく話術も重要だ。人脈を広げ、自分では経験できない話を聞き、引き出しを増やして会話に活かすようにしている。  西方さんが積み重ねてきた技は、すべて「お客さまに満足して帰っていただくため」という一点に向けられている。 料理を知ることはカクテルづくりにも生きる  バーテンダーの育成で大事にしているのは、技術よりもまず「人として信頼されること」だという。  「知識や技術は後からついてきます。まずは道徳心や美意識などを身につけ、お客さまから認められるようになってほしい」  新人には料理の基本も覚えさせている。旬の素材選びや味を組み立てる感覚など、カクテルづくりに通じる点が多いからだ。  ブルーカナリヤをオープンして37年。その間に15人の卒業生を輩出し、そのうち5人は船橋で店を構える。独立を志すスタッフには、競合を恐れず船橋での開業をすすめてきた。そうした土壌もあって、船橋はいま、バーだけで10軒近くが集まる街になった。  「バーは飲み歩きの文化です。近くに店をオープンすることで、互いに相乗効果が生まれます」  これからもスタッフの独立を支援しつつ、80歳までカウンターに立ち続けることを目標にしている。 有限会社ブルーカナリヤ TEL:047(425)5020 https://bluecanary.jp (撮影・羽渕みどり/取材・増田忠英) ※ビターズ……香味原料を漬け込んだリキュール。数滴加えることで香りと苦みを引き立てる 写真のキャプション シェイクのスタイルは、オーソドックスな二段振り。手に伝わる冷たさと、氷が立てる音の変化で仕上がりを見きわめる。姿勢や所作(しょさ)の美しさも大切な要素だ 1989年創業の「ブルーカナリヤ」。オーセンティックバー2店舗とスタンディングバー1店舗を展開 各種競技会で受賞したトロフィーの数々。全国バーテンダー技能競技大会関東大会での2 年連続準優勝やメーカー主催のカクテルコンクールでのグランプリなど、数多くの実績を積んできた 若手スタッフにシェイキングの所作を指導。独立を目ざす後進に、カクテルや料理の技術はもちろん、バーテンダーとしての心構えから店舗経営まで教えている オリジナルカクテルを提供する際に用いるこだわりのグラス。右の二つのロックグラスはステアのカクテルに用いられる お気に入りのシェイカー二つと、ステアに用いるミキシンググラス、ストレーナー、バースプーン。道具のなかでも一番のこだわりは、一枚板のカウンターだという シグネチャー(看板)カクテルの「ラストナンバー」は、カクテルコンクールに出場していたころに創作した一品