新連載 AIと歩む人生100年時代 明治大学 専任教授 山崎(やまざき)憲(けん)  生成AIの登場により、ビジネスシーンにおいてもAI利用が本格化し、今後の仕事や働き方に大きな変化をもたらすことが期待されます。一方で、少子高齢化が進むわが国においては、シニア人材の活用がますます重要な経営課題となっており、AIの活用により業務負荷の軽減やスキルの補完などが実現できれば、これまでとは異なる形でシニア人材の価値が発揮されるといった変化も期待できます。本企画では、AIが職場や仕事、働き方に与える影響とともに、AI社会だからこそ高まるシニア人材の価値やその活用戦略について展望します。 第1回 AIとは何か ―仕事を奪う機械ではなく、仕事の組合せを変える技術― 仕事を奪う機械ではなく仕事の組合せを変える技術  生成AIが職場に入りはじめ、「自分の仕事はなくなるのではないか」と感じている人も多いでしょう。文章をつくり、資料を要約し、画像やプログラムまで生み出す様子を見ると、AIが人間と同じように考えているようにも見えます。しかし、AIが人間の知能をそのまま再現していると考えると、その可能性も危険性も見誤ります。  現在、職場で使われているAIの多くは、大量のデータから規則性を見つけ、分類、予測、推薦、生成などの情報処理を行う技術です。従来型のAIは、画像から不良品を見つける、需要を予測する、申請書を分類するといった、目的と判定基準が比較的明確な仕事を得意としてきました。生成AIは、膨大な文章や画像などから言葉や表現のつながりを学習し、利用者の指示に応じて新しい文章、画像、音声、プログラムなどを出力します。  ここで重要なのは、生成AIが「理解したうえで正しい答えを返す装置」ではないことです。もっともらしい誤りをつくることがあり、企業固有の事情、取引先との関係、過去の経緯、職場で共有されている暗黙の了解まで自動的に把握するわけではありません。AIは提案を示せますが、その結果を顧客や従業員に説明し、責任を負うことはできません。したがって、AIの導入は人間の判断を不要にするよりも、人間がどこで確認し、何に責任を持つかをあらためて決める作業になります。 「雇用の約半分が消える」という衝撃  AIと雇用をめぐる不安を広げた代表的な研究が、オックスフォード大学のカール・ベネディクト・フレイとマイケル・オズボーンによる推計です。2013(平成25)年に公表された研究では、米国雇用の47%が今後コンピュータ化される可能性の高い職業に属するとされました。日本でも野村総合研究所とオズボーンらとの共同研究により、労働力人口の49%が就いている職業で、技術的にはAIやロボットによる代替が可能だという推計が2015年に示されました※1。  これらの数字は、「半分の人が失業する」という意味で広く受けとめられました。しかし、研究が測ったのは、職業ごとの技術的な代替可能性です。実際の雇用の増減には、導入費用、法律、顧客の選好、労使関係、企業の投資判断、新しい需要の発生などが影響します。技術的に実行できることと、企業が実際に導入し、人員を減らすことの間には大きな距離があります。  もう一つの問題は、職業を一つの塊として扱ったことです。例えば、経理、人事、営業、介護、製造といった仕事は、単一の作業でできているわけではありません。一つの仕事は、入力、確認、判断、説明、相談、交渉、育成など、性質の異なる多数の作業から構成されています。 仕事を「タスクの束」として見る  この点を明確にしたのが、経済学者のダロン・アセモグルとデイヴィッド・オーターです。二人は、仕事を職業名や学歴だけでとらえるのではなく、人間と機械がそれぞれどのタスクをになうかという「タスク・ベース」の分析枠組みを示しました※2。  この考え方では、AIが直接置き換える対象は、通常、職業全体ではなく、職業を構成する一部のタスクです。経理担当者であれば、請求書の読み取り、伝票入力、数字の照合、定型的な報告書の作成は、AIにより自動化しやすいでしょう。一方、異常な数字の原因を探る、取引先と調整する、経営判断に必要な情報を説明する、不正の可能性を見抜くといった仕事には、人間が持つ経験、文脈の理解、対人関係、責任ある判断が必要です。  人事の仕事も同じです。求人票のたたき台、面接記録の要約、研修資料の作成、社内規程の検索は生成AIが支援できます。それでも、だれを採用するか、配置転換が本人と職場にどのような影響を与えるか、評価結果をどう説明するか、対立する意見をどう調整するかは、単純な情報処理では完結しません。  アセモグルは、その後、経済学者のパスクアル・レストレポとともに、自動化には人間がになっていたタスクを機械へ移す「代替効果」がある一方、新しい技術が人間のになう新しいタスクを生み出す効果もあると論じました※3。雇用への影響は、この二つの力のバランスで決まります。問題は、AIが導入されるかどうかだけではありません。AIを人員削減のために使うのか、人間の能力を広げ、新しい仕事をつくるために使うのかという導入の方向が重要です。  生成AIについても、現在の国際的な研究は職業の一括代替より、職業内部の変化に注目しています。国際労働機関(ILO)が2025(令和7)年に公表した推計では、世界の雇用の25%が生成AIの影響を受ける可能性のある職業に含まれました。同時にILOは、多くの職業では全面的な代替よりも、タスクの組み替えによる仕事の変化が起こる可能性が高いとしています※4。 AIが得意なこと、人間に残ること  AIは、大量の情報を短時間で検索、分類、比較すること、一定の形式に沿った文書や画像のたたき台をつくること、過去のデータからパターンや異常の候補を示すことを得意とします。休まず反復できることも大きな強みです。  一方、人間には、何を目的とし、何を問題として扱うかを決める役割があります。AIが示した複数の案から、自社の状況に合うものを選ぶことも人間の仕事です。利害の異なる人びとの話を聞き、例外を判断し、結果を説明し、責任を引き受けることも求められます。  したがって、AIと人間の役割を固定的に線引きするだけでは十分ではありません。技術の進歩にともない、AIが処理できるタスクは広がります。そのたびに、人間の仕事は、AIの出力を確認する、現場の情報を与える、誤りを修正する、利用の限界を決めるという方向へ変化します。自動化によって一つの作業が減っても、確認、調整、説明といった別のタスクが増えることがあります。 個人の仕事から「連携の設計」へ  生成AIの影響は、一人ひとりの作業時間を短縮することにとどまりません。会議記録、メール、共同文書、顧客情報、工程表などを横断して整理できるようになると、だれが、だれと、どの情報を使って働くかという連携の仕方も変わります。  例えば、営業担当者が得た顧客情報をAIが整理し、開発、製造、保守の担当者へ共有する、過去のトラブル記録から類似事例を探し、経験を持つ担当者を示す、プロジェクトの遅れを検知し、確認すべき事項を関係者に提示するなど、AIは個人の代わりに作業する道具であると同時に、人間同士の協働を組み立てる基盤になりはじめています。  ここには利点と危険の両方があります。相談相手を見つけ、情報の偏りや業務の集中を発見するために使えば、AIは連携を助けます。反対に、メールの送信数、会議での発言回数、文書の更新回数を集めて人事評価に結びつければ、監視を強める装置にもなります。数字に表れやすい行動が高く評価され、目立たない助言、慎重な確認、後輩への支援といった貢献が見落とされる可能性があります。 人材の価値基準はどう変わるか  生成AIが文書や資料を短時間でつくるようになると、「何件処理したか」、「何枚つくったか」という作業量だけでは、人材の価値を測りにくくなります。同じ人でも、AIを使えば以前より多くの成果物をつくれるからです。量の増加をそのまま本人の能力向上と評価することも適切ではありません。  今後、評価の重心は、課題を適切に設定したか、AIの誤りを見抜いたか、現場の知識を組み込んだか、他部署の仕事を前に進めたか、顧客や同僚が利用できる形に整えたかという部分へ移ります。個人で処理を完結する能力に加えて、人と情報を結びつける力が重要になります。  ただし、AIを使うことで評価が自動的に客観性の高いものになるわけではありません。AIは、過去の採用、配置、昇進のデータに含まれていた偏りも学習します。評価基準をつくったのはだれか、どのデータを使ったのか、本人が説明を求められるか、異議を申し立てられるかを確認する必要があります。人事担当者は、AIの数値を最終判断に置き換えるのではなく、判断の根拠と手続きを整える役割をにないます。 シニア人材の経験をAI時代に活かす  AI時代には、デジタル機器に慣れた若者が有利で、シニア人材は取り残されるという見方があります。しかし、年齢だけで人材の価値を判断すると、企業はAIを有効に使うために必要な知識を失います。  長年の実務経験を持つシニア人材は、手順書に書かれていない例外、顧客ごとの事情、設備の小さな変化、過去の失敗、部門間の関係などを蓄積しています。AIは一般的な情報をすばやく扱えますが、企業の内部にある経験が言葉やデータになっていなければ利用できません。シニア人材には、例外を判断する役割とともに、自らの経験を若手従業員やAIが利用できる形に整理し、意味づける役割があります。  課題は、シニア人材の能力より、AIを学び、導入に参加する機会の不足にあります。経済協力開発機構(OECD)が日本について公表した調査では、AI利用者のうち企業のAI研修に参加した割合は、35歳未満が37%、35歳から49歳が32%であるのに対し、50歳以上は25%でした。また、中高年層は新技術の導入時に意見を聞かれる機会も少ない傾向にあります※5。企業が最初からシニア層を対象外にすれば、「使えない」という結果が後からつくられてしまいます。 人事担当者に求められること  第一に、職種ごとの人数を先に決めるのではなく、仕事をタスクに分け、AIへ移す部分、人間がになう部分、新たに必要となる確認や調整を要する部分を整理することです。その作業には、現場をよく知る従業員を参加させる必要があります。  第二に、一部の若手従業員や専門家だけにAIを任せず、従業員が実際の業務を行いながら学ぶ機会を設けることです。若手従業員が操作を教え、シニア人材が業務の意味や例外を教える組合せは、双方の経験と知識を活かします。  第三に、AIによって生まれた時間を何に使うかを決めることです。空いた時間に新しい作業を追加し続ければ、AIは負担を軽くする道具より、仕事の密度を高める道具になります。顧客との対話、安全確認、後進の育成、改善活動など、人間が時間をかける価値のある仕事へふり向ける必要があります。  第四に、AIを組み込んだプロジェクトでは、成果だけでなく、仕事がどのような過程で進んだかを管理することです。だれが課題を設定し、どの段階でAIを使い、だれが確認し、どのように修正したのかを記録すれば、問題が起きたときに原因をたどることができます。また、アルゴリズムによって人材を評価する場合には、測定しようとする能力と実際に集めるデータが対応しているか、職種、年齢、性別などによって不利が生じていないかを検証する必要があります。導入後も結果を定期的に点検し、評価基準、利用データ、判定の手順を本人に示すことが求められます。さらに、人が結果を再確認し、本人が異議を申し立てられる仕組みまで整えることが、人事担当者の役割になります。  AI時代に問われているのは、人間とAIの勝ち負けではありません。AIによって仕事をどのように分解し、再び組み合わせ、だれに新しい機会を与えるかです。AIは仕事の未来を単独で決めません。どのような働き方をつくるのかを決めるのは、技術を導入する企業と、そこで働く人びとです。 【参考文献】 ※1 Carl Benedikt Frey and Michael A. Osborne, “The Future of Employment: How Susceptible Are Jobs to Computerisation?”, 2013(2017年にTechnological Forecasting and Social Change, Vol.114, pp.254-280に掲載)。野村総合研究所「日本の労働人口の49%が人工知能やロボット等で代替可能に」、2015年 ※2 Daron Acemoglu and David H. Autor, “Skills, Tasks and Technologies: Implications for Employment and Earnings,” Handbook of Labor Economics, Vol.4B,2011, pp.1043-1171. ※3 Daron Acemoglu and Pascual Restrepo, “Automation and New Tasks: How Technology Displaces and Reinstates Labor,”Journal of Economic Perspectives, Vol.33, No.2, 2019, pp.3-30. ※4 International Labour Organization, Generative AI and Jobs: A Refined Global Index of Occupational Exposure, 2025. ※5 OECD, Artificial Intelligence and the Labour Market in Japan, 2025.