Leaders Talk No.136 管理職の役割と責任を明確化し全社でシニアのキャリア支援の充実を 法政大学 キャリアデザイン学部 キャリアデザイン学科 教授 坂爪洋美さん さかづめ・ひろみ 専門は社会・組織心理学。和光大学現代人間学部教授などを経て2015(平成27)年より現職。『シリーズダイバーシティ経営 多様な人材のマネジメント』、『シリーズダイバーシティ経営 管理職の役割』(いずれも共著・中央経済社)など著書多数。  複雑・多様化しているといわれる現代の管理職。人材の多様化に加え、テレワークや短時間勤務といった柔軟な働き方に対するニーズの高まり、副業・兼業の解禁など、働き方そのものが多様化していることもその要因です。今回は組織マネジメントや管理職問題に詳しい、法政大学教授の坂爪洋美さんにご登場いただき、管理職を取り巻く現状や課題、シニア社員を含む多様な人材のマネジメントなどについて、お話をうかがいます。 多様な人材のマネジメントからキャリア支援までさまざまな役割・責任を背負う現代の管理職 ―近年、管理職の役割が複雑・多様化し、その負担が大きくなっていると指摘されています。管理職が置かれている現状とその背景について、考えをお聞かせください。 坂爪 そもそも管理職にかぎらず、現代社会においては「だれもが忙しい」という現状があります。厚生労働省の「令和6年 労働安全衛生調査(実態調査)」(2024年)によると、仕事や職業生活において強い不安や悩み、ストレスを感じている労働者の割合は68.3%にのぼっており、その要因として「仕事の量」(43.2%)がもっとも多くなっています。  しかも忙しいなかで育児や介護、病気の治療などで働く時間がかぎられる人がおり、人材や働き方の多様性が進むにつれ、管理業務の負担が大きくなり、それに加えてプレイヤーとしての働きも求められるなど、管理職の仕事は複雑化しています。  さらにマネジメント業務自体の負担も増えています。部下との1on1面談が浸透しつつありますが、昔のように指示するだけでは部下は動きません。また、転職が活発となる状況で、働く側が必ずしもいまの会社にこだわらなくなると、マネジメントの失敗が退職の引き金になります。退職の原因としては、賃金などの処遇面もあると思いますが、組織と個人の関係性の変化を埋めることが、管理職の仕事の一部になってきています。  また、1on1ではキャリア形成支援の役割も付加され、部下が行っている仕事の意義などについても説明しなければなりません。しかし、説明や対話の機会が増えると生じるのがハラスメント問題です。「それって、ハラスメントじゃないですか?」といわれないよう、伝えるためのスキルも求められています。 ―管理職が部下のキャリア形成支援までになうのはたいへんだと思います。近年はキャリア自律が叫ばれていますが、管理職が部下のキャリア形成にかかわるようになったのはいつごろからでしょうか。 坂爪 そもそもの始まりは2000年代初頭の成果主義ブームからだと思います。一人ひとりの成果を見ることは正しいことですが、成果を評価するにしても、しっかりフィードバックしなければ部下の納得は得られません。さらに、フィードバックする際に部下の将来像をも考えながら実施したほうがよいということで、管理職の業務がキャリア面談まで拡大するなど、1on1の対応範囲がどんどん拡大していったと見ています。  そして2010年以降、従業員の動機づけ、モチベーション管理の手法として、「キャリア自律」という言葉が使われるようになります。もともとはキャリア=昇進・昇格であり、それがモチベーションの源泉と考えるのが一般的でしたが、いまはキャリアに対する考えが多様化し、昇進・昇格だけでは社員は動きません。また、だれもが昇進できるわけではないという状況で、「あなたが目ざすキャリアを自分で描こう」というキャリア自律の考えは、企業の人事にとって納得性が高かったのでしょう。  しかし、現場の管理職にキャリア形成支援を丸投げしても、多くの管理職は、それまでにキャリア形成支援を受けたことはありませんから、何をどうしたらいいのか、収拾がつかなくなっているのが現状だと思います。 マネジメント対象である部下の数の最適化や管理職の裁量・要件の見直しを ―最近は「管理職になりたくない」という若手が増えているともいわれます。その背景にはどういう事情があると考えていますか。 坂爪 給与に関しては、共働き世帯が増えてきたなかで、管理職になって高い給与をもらわなくても、二人合わせれば管理職相当の収入が得られるようになるなど、家計の収入構造が変わったことが大きいと思います。  また、一昔前であれば、管理職が先に帰社して部下が残業をするのがあたり前でしたが、いまはそれが逆転し、管理職が遅くまで仕事をして、場合によっては土日出勤することもあります。  部下目線でこうした管理職を見れば、「こういう働き方は嫌だな」と考えてしまい、魅力的な仕事ではなくなってきていることもあるでしょう。また、管理職自身、自らの仕事の魅力ややりがいについて答えられないという問題もあります。部下に「課長の仕事はどこが楽しいですか」と聞かれた際、答えに窮する管理職は少なくないのではないでしょうか。管理職自身が自分の仕事の意義をふり返るための時間すらなくなっている気がします。 ―そうした管理職を支援・サポートするために企業や人事部にはどのような対応が求められていますか。 坂爪 プレイングマネジャーとして、現場の仕事とマネジメントの仕事を管理職に任せるのであれば、部下の数を減らすのがもっともオーソドックスな方法でしょう。例えば、20人の部下がいるような場合、そもそも1on1の時間の確保自体がむずかしく、できたとしても質は落ちてしまいます。国の調査によると部下の平均人数は10人を超えていますが※1、できれば7人程度までダウンサイズする必要があります。  また、どの程度直接的な効果があるかはわかりませんが、欧米のように、管理職に対して採用・異動・昇進などに関して、一定の裁量・権限を与えることです。国際比較調査では日本の課長は本当に異動の権限を持っていません。例えば、キャリア面談をしても、部下からすると「権限もないのにどうして話さないといけないのか」という気持ちになりますし、お互いに不毛な時間を過ごすことになりかねません。裁量を持つことで管理職の要件も変わってきますが、その点も含めて管理職の役割をセットで見直す必要があります。  さらにいえば、管理職の最終的な職責は業績責任です。部下にいまの仕事に必要な能力を獲得させることは管理職の仕事だとしても、キャリア形成支援などの役割からは解放するべきでしょう。例えば、進むべきキャリアラダー※2についてイントラネット上にすべて公開したり、人事部内にキャリア相談室を設置しそこでキャリア面談を行うなど、管理職に任せる以外の方法を考えることが必要です。 年上部下にも期待・役割を明確に伝えること年齢は関係なく管理職の役割に徹する ―高齢者雇用の進展もあり、役職定年や定年後再雇用によって年上の部下が増え、業務指示などシニア社員への対応に苦慮している管理職も多いと聞きます。 坂爪 年上部下であるシニア社員への対応の基本はシンプルで、まずは期待をしっかりと伝えること。これは年上であろうと年下であろうと変わりません。シニア自身、役職から離れるとメールが減り、いろいろな場面で「無視されている」、「期待されなくなっている」と感じることが増え、本人も葛藤しているはずです。  一方で、じつは管理職の側もシニア社員について、「やる気はないだろう」、「どうせ無理だから仕事は任せられない」というアンコンシャスバイアス(無意識の偏見)があるように思います。そうした意識の払拭も求められます。役職定年や定年後再雇用になっても会社にとっては貴重な戦力のはずです。  例えば、ITに弱い、アプリケーションが使えないなどの問題があれば、「使えるようにしてください。そうしないとほかの人の仕事が回りません」と明確な言葉で伝えることが大切です。年上・年下、後輩・先輩に関係なく、役割としての管理職に徹することです。  そのうえで、年上部下への対応で困った ケースなどを共有化してはどうでしょう。管理職同士の勉強会などで共有するのです。管理職のなかには、自部署や部下についての悩みをだれにも相談できずに抱え込んでしまうケースもありますし、年上部下のマネジメントが部署を超えた共通の課題であることを共有することにも意味があると思います。 ―シニア社員の問題を含め、多くの課題が管理職に押しつけられているように思います。企業・人事としてどのような対応が求められますか。 坂爪 年上部下の問題を含め、人事制度の穴を管理職が埋めているのが現状です。会社から「お金は出せないが、シニア社員の意欲を引き出すのはあなたの仕事だ」といわれて困っている管理職も多いでしょう。シニア社員をどのように活用したいのかという明確な方針を会社として打ち出していくことが必要です。  55歳、60歳でもキャリアの迷いはあるものです。55歳の大先輩から面談で相談を受けた若い上司からすれば、何を話せばよいかわかりません。会社は、上司の面談の前に、自分のキャリアの棚卸しを含めて整理できるキャリア相談室のような場を用意すべきでしょう。そして会社や職場でやりたいキャリアプランをしっかりと把握し、そのためのキャリア形成支援を、シニア社員に対してもしっかり行っていくべきだと思います。また、最近では50歳、55歳の節目にキャリア研修をしている会社も増えてきましたが、単発で終わらせるのではなく、継続的にキャリア形成支援をしていくことが重要だと思います。 (聞き手・文/溝上憲文、撮影/中岡泰博) ※1 独立行政法人労働政策研究・研修機構『ユースフル労働統計2025―労働統計加工指標集―』 ※2 キャリアラダー……職種や役割での能力や経験などを段階的に整理して、成長の過程を「はしご(ラダー)」のように可視化した仕組みのこと