特集 シニア社員のための“働きがい” 改革!  少子化による生産年齢人口の減少が続くなか、会社の持続的な成長のためにはシニア社員を含む多様な人材の活躍が欠かせません。一方でシニア社員の場合、役職定年や定年後再雇用による役割や職責の変更、処遇の見直しなどによるモチベーションの低下をいかに防ぐかが大切となります。  そこで重要になるのが、仕事のやりがいや働きやすさを超えた“働きがい”です。今回は「シニア社員のための“働きがい”改革!」と題し、シニア社員の働きがいを高めるために必要な取組みについて解説します。 総論 シニア社員にとっての“働きがい”とは ─役割が変わっても、価値を発揮し続けるために─ Great Place To WorkR Institute Japan 代表/株式会社働きがいのある会社研究所 代表取締役社長 荒川(あらかわ)陽子(ようこ) 1 役割の変化が突きつける問い  多くのビジネスパーソンにとって、役職定年や定年後再雇用は避けて通れない現実です。昨日まで部門を率いていた管理職が、ある日を境に一般社員として働くことになるー。長年積み上げてきたキャリアの延長線上に、突然「役割の変化」が訪れます。  この変化への対応がむずかしいのは、仕事の内容だけでなく、「組織における自分の存在意義」そのものが問い直されるからです。「自分はまだ必要とされているのか」、「これまでの経験はいまの職場で活かせるのか」ーそうした問いを抱えながら働くシニア社員は、決して少なくありません。  しかし、シニア社員を受け入れる組織側の準備が十分でないケースが多いのが現状です。組織は何をすべきなのか。その答えを探るうえで、まず「働きがい」という概念を正しく理解することが不可欠です。 2 「やりがい」だけでは足りない理由  シニア社員の活躍を語る際、「やりがい」という言葉がよく使われます。しかし「やりがい」と「働きがい」は異なる概念であり、この違いを理解することがシニア社員活躍推進の出発点となります。  「やりがい」とは、おもに仕事の内容そのものに対する充実感や達成感をさします。一方、「働きがい」はより広い概念です。世界170カ国で「働きがい」を研究・支援する専門機関であるGreat Place To WorkRは、30年以上にわたる調査・分析を通じて企業の働きがい向上をサポートし、働きがいに優れた企業の認定やランキングの発表を行っています。こうしたバックグラウンドを持つGreat Place To WorkR Institute Japan(以下、「GPTW Japan」)は、働きがいとは「『やりがい(仕事の充実感)』と『働きやすさ(職場環境のよさ)』の両方がそろったときに生まれるもの」と定義しています。仕事内容への満足だけでなく、職場の人間関係、組織からの承認、公正な評価と報酬、上司や同僚との信頼関係ーそうした要素が総合的に整って初めて「働きがい」は生まれます(8ページ図表1)。  シニア社員にとって、この区別は特に重要な意味を持ちます。役職定年や再雇用後のシニア社員が直面する課題は「仕事の内容がおもしろくない」という問題だけではないからです。役職を外れたことによる自己肯定感の低下、若手社員との関係性への不安、処遇変化に対する納得感の欠如ーこれらはいずれも「働きがい」全体にかかわる問題です。担当業務を工夫して「やりがい」を高めようとしても、「自分の意見は聞いてもらえない」、「評価が不公平だ」という感覚が残るかぎり、シニア社員の本来の力は発揮されません。組織全体として「働きがい」を高める環境をつくることが、シニア社員が真の活躍をするうえで不可欠です。 3 データが示す「シニア社員の働きがいが高い職場」の三つの特徴  GPTW Japanが2025年版「働きがいのある会社」ランキングに選出された企業を対象に、シニア社員(55歳以上)の働きがいが高い群と低い群に分類して分析したところ、三つの共通した特徴が明らかになりました。 特徴@ 人事処遇が公正である  両群のギャップがもっとも大きかったのは、「適切な人材配置」、「昇進」、「報酬」に対する納得感など、人事処遇の公平性に関する項目でした。役職定年制度や再雇用制度によって一律に処遇が下がる企業ではシニア社員が不満を抱きやすく、長年同じ部署・職種にとどまり続けることでモチベーションの維持がむずかしくなるケースも少なくありません。シニア社員の働きがいが高い職場では、年齢や役職にかかわらず、貢献に対して公平感のある制度と運用がなされています。 特徴A 安心して働ける環境がある  「経営・管理者層の言行一致」や「安心して働ける環境」についても、両群の間に明確な差がみられました。シニア社員は社内カルチャーや仕事にはなじんでいる一方、社内の変化への対応や新しい技術の習得に不安を感じやすい側面があります。マネジメントの言行が一致していることで組織への信頼感が醸成され、精神的な安心感を持って働ける環境が整っていることが重要です。 特徴B シニア社員だけでなく、だれもが働きがいが高い  シニア社員の働きがい上位群では、シニア社員・若手社員ともに全設問平均の肯定回答率が80%を超えていました。一方、下位群ではシニア社員と若手社員の間に11ポイント以上の有意な差が生じていました。シニア社員に特化した優遇策ではなく、「だれもが公平にチャンスを持てる組織文化」こそがシニア社員の働きがいを高める本質的な要因です。 4 「経験を活かす」ために必要なアンラーニング シニア社員の最大の強みは、長年にわたって積み上げてきた経験と知識です。しかしこの「経験」は、使い方を誤ると逆効果になります。シニア社員が経験を活かすためには、単に「過去の知識を伝える」だけでは不十分です。必要なのは「アンラーニング」ー過去の成功体験や固定観念を意識的に手放し、新たな視点で学び直す姿勢です。  ある企業のシニア社員の事例がこれを物語っています。かつて管理職として高い成果をあげてきたシニア社員が、組織改編を機に20〜30代の若手社員と同じグループで働くことになりました。当初は「自分の経験は古めかしく受け取られるのではないか」という不安を抱えていましたが、その不安は杞憂に終わりました。自身の成功事例も失敗談も若手社員にとって貴重なケーススタディとなり、「これなら自分の経験を還元できる」という実感が生まれたのです。さらに注目すべきは、このシニア社員が「教える側」に徹したわけではないことです。若手社員との対話のなかで最先端のツールや高効率なノウハウを吸収し、双方向の学びが生まれていました。過去の成功体験に縛られず若手社員から学ぶことをおそれない姿勢があってこそ、シニア社員の経験は真に「活きた知恵」となります(図表2)。 5 「まだ必要とされている」実感を生む環境・制度・仕組み  シニア社員が働きがいを感じるためには、「自分はまだ必要とされている」という実感が不可欠です。この実感は偶然生まれるものではなく、組織が意図的に環境・制度・仕組みを整えることで初めて生まれます。 @学び続けられる環境をつくる  変化への対応や新技術の習得に不安を感じるシニア社員が安心して働き続けられるよう、継続的な学習機会を組織として提供することが重要です。GPTW Japanが発表した2025年版のシニアランキングにおいて、大企業部門で第1位に選ばれたDHL Express(DHLジャパン株式会社)では「CISパスポート」と呼ばれる全社員向けのトレーニング制度を設け、「業績にかかわらず、いつ何時もトレーニングは決して止めない」という方針を徹底しています。学ぶ機会が保障されることで、シニア社員は変化をおそれずに働き続けることができます。 A年齢にかかわらずチャレンジできる制度を設ける  DHLジャパン株式会社の社内公募制度(ポスティング制度)では、応募に年齢の記入が不要で、評価されるのは能力と意欲のみです。55歳を超えて異なる職種に転身するケースも珍しくなく、60歳を過ぎてから新たな部署で活躍する社員もいます。またマネジャーはほぼ100%が内部昇格で、現場から経営層へと上り詰めた社員も少なくありません。「年齢ではなくチャレンジ意欲で道が拓ける」という実感が、シニア社員の自己効力感を支えます。 B若手社員とシニア社員が学び合う仕組みをつくる  若手社員とシニア社員が「お互いから学び合う職場」をつくることも有効です。週に一度のグループ会などで各自の仕事内容を共有し、互いの悩みを持ち寄る場をつくることが相互学習を促進します。また、若手・中堅社員がシニア社員のメンターになる「リバースメンタリング」の導入も効果的です。シニア社員の学ぶ意欲を刺激すると同時に、若手社員の自己効力感を高め、双方向の成長が生まれます。 6 実践事例:DHLジャパンが体現する「全世代の働きがい」  DHLジャパン株式会社は、2025年版「働きがいのある会社」ランキングにおいてシニアランキング大規模部門と全従業員対象ランキングの両方で第1位を獲得しています。同社の根幹にあるのは「人への投資こそが最大の成果を生む」という信念です。代表取締役社長のトニー・カーン氏によれば、リーマンショック後の苦境においてもこの信念は揺らぐことなく積極的な人材投資を継続し、2010(平成22)年からわずか2年で多額の赤字から黒字へとV字回復を果たしました。「"People First"strategy(ピープルファーストストラテジー)」が成功の原動力となりました。  「健康で意欲があれば、その長年の経験は次世代にとってかけがえのない財産になる」という考えのもと、年齢による制限は原則設けておらず、65歳を超えて活躍を続ける社員も存在します。これらを支えているのが「DHL for ALL」というカルチャーです。性別や世代を分けるのではなく「全員にチャンスがある」ことを徹底する文化が、全世代の働きがいを同時に高めることを可能にしています。長年働き続けた社員が永年勤続表彰で称えられ、その姿が若手社員にとって「自分も将来こうなりたい」という将来像となります。トニー・カーン社長は「シニアランキングで表彰されたことは、シニア社員にとって誇りであると同時に、若手社員にとっても大きな喜びです」と語っています。世代を超えて互いを励まし合う好循環こそが、同社の強さの源泉です。 7 おわりに─シニア社員の「働きがい」が組織全体を強くする  シニア社員の「働きがい」を高めることは、シニア社員個人の問題ではなく、組織全体の競争力に直結する課題です。役職定年や定年後再雇用によって立場や役割が変わっても、「経験を活かして働ける」、「まだ必要とされている」と実感できる環境があれば、シニア社員は組織に大きな価値をもたらし続けます。そしてその姿が若手社員の希望となり、組織全体に好循環が生まれます。  少子高齢化が加速する日本において、シニア社員の「働きがい」を高めることは、もはや選択肢ではなく必須の経営課題です。世代を超えた相互学習と、だれもが公平にチャンスを持てる組織文化の醸成ーその挑戦を続ける組織だけが、これからの時代を生き抜く力を持つことができるでしょう。 図表1 働きがい=働きやすさ×やりがい GPTWの考える働きがい = 働きやすさ 快適に働き続けるための就労条件や報酬条件など 「働き方改革」の取組みの中心テーマ 目に見えやすい × やりがい 仕事に対するやる気やモチベーションなど 仕事そのものや仕事を通じた変化に起因するもの 目に見えにくい ※筆者作成 図表2 シニア社員と若手社員の双方向の学び合い シニア社員 経験・成功事例・失敗談 最新ツール・高効率ノウハウ 若手社員 ※筆者作成 解説1 シニア社員の“働きがい”改革@ 制度設計の視点から 株式会社日本総合研究所 リサーチ・コンサルティング部門 マネジャー 石山(いしやま)大志(たいし) 株式会社日本総合研究所 創発戦略センター スペシャリスト 小島(こじま)明子(あきこ) 1 背景(雇用の器はできているが、中身の設計が進んでいない)  労働供給制約、超高齢社会の到来が進むなか、 これまで必ずしも職場の第一線で活躍する人材とはとらえられていなかったシニア社員も、企業の中核戦力として位置づけられるケースが増えてきています。しかし実際には、経営層や周囲の従業員から「成長意欲が低い」、「仕事内容に対して給与が高いことに若手社員が不満を抱きやすい」といった話はよく語られます。本稿では、この問題を加齢の必然ではなく、制度設計の結果としてとらえ直し、シニア社員の活躍に向けた評価制度や働き方にかかわる制度・運用の考え方について整理します。  まず、シニア社員の雇用にかかわる現状として、厚生労働省の令和7年「高年齢者雇用状況等報告」(2025年)によれば、65歳までの雇用確保措置の実施率は99.9%です。内訳は継続雇用制度65.1%、定年引上げ31.0%、定年廃止3.9%で、70歳までの就業確保措置も34.8%に達しました。高年齢者雇用安定法による「65歳までの雇用継続」に関する経過措置が2025年3月末で終了し、希望者全員の65歳までの雇用確保が全面義務化されています。  一方で、ミドル・シニア社員に着目した調査では、モチベーションや将来展望の低下が生じていることが示されています。例えば、株式会社パーソル総合研究所と法政大学石山(いしやま)恒貴(のぶたか)研究室による「ミドル・シニアの躍進実態調査」(2017〈平成29〉年)では、役職退任にともなう心理的変化として「仕事に対するやる気・モチベーションの低下」がもっとも多くあげられています。また、自身の「キャリアの終わり」を意識する転換点は平均45.5歳とされるなど、シニア社員となる前の早い段階から将来展望の低下が生じています。  これは、それぞれの企業においてシニア社員の活躍を引き出すための中身の制度設計が進んでいないことも要因ではないでしょうか。株式会社パーソル総合研究所「シニア従業員とその同僚の就労意識に関する定量調査」(2021年)では、定年後再雇用者の職務は半数以上が定年前と変わらないにもかかわらず、年収は平均44.3%低下しています。また、シニア社員向けの教育・研修は、半数の企業で「実施されていない」という結果です。雇用は継続されましたが、何をになわせ、どのように報い、どのように能力を伸ばすかという設計がなされていない実態が浮かび上がります。つまり、シニア社員の意欲低下の原因は、会社の制度面にあると考えることもできるのではないでしょうか。  本稿では、人事諸制度の設計の視点から、シニア社員の働きがい改革に向けた要点を説明します。つまり、「働きがい」施策は仕事の資源(仕事に向かう心身の健康やモチベーションなど)を増やすもの、「働きやすさ」施策は要求度を下げるものとして整理します。なお、要求度の観点では健康・お金などさまざまな要素がありますが、本稿では家族の介護という問題を念頭に置き、その不安・負担を軽減するために企業に求められる取組みを紹介します。 2 働きがい:評価制度をどう設計し直すか  企業の現場においても、既存の評価制度がシニア社員の活躍に向けてうまく機能していないという課題を耳にすることが多くあります。ここで、評価制度が機能しない理由を三つに整理しておきます。第一に、日本の評価制度は昇格・昇給を目的として設計されている場合が多いためです。シニア社員では管理職・従業員の双方がその意義を見出しづらく、制度そのものが形骸化してしまいます。第二に、役割が変わったにもかかわらず、評価の物差しが現役プレイヤー基準のまま据え置かれていることです。第三に、評価者が“年下上司”であり、心理的な負荷から「全員B(=平均水準)」に収斂(しゅうれん)しやすいことです。評価の精度以前に、評価をめぐる対話が成立していないという課題もよくみられます。  では、評価制度をどのように設計すればよいのでしょうか。一つめの方向性は、貢献類型選択型(複線評価)への改定です。貢献をプレイヤー型(現場の最前線に立ち、自身の技能や営業力などを活かして直接的に目標達成や売上げに貢献するタイプ)、エキスパート型(製造、技術、法務など特定の分野における高度な専門知識や豊富な経験を持つ「専門家」タイプ)、伝承・育成型、組織支援型などに類型化し、本人の選択に応じて評価ウェイトを変えることができるようにするものです。利点は、後進育成を全員に一律に課さずにすむ点にあります。教えることが得意でない人や、現役プレイヤーとして高い価値を出す人を無理に型にはめる必要がなくなります。設計上の要点は、各類型の処遇レンジを原則同水準に置き、類型が難易度の序列ではなく貢献の方向性を示すものだと明示することです。  二つめの方向性は、知の移転を成果物で測る方式です。「後進育成に貢献した」という測りにくい行動評価ではなく、技術標準書や事例集の整備、OJT実績に加え、後継者が独力でその業務を遂行できる水準に達したか(スキルマップ上の到達度、業務の属人化解消率)を評価軸の中心に据えます。ただし成果物の点数だけをおもな指標にすると、中身のともなわない文書が量産されるおそれがあります。そのため、作成物や内容の方向性については、事前にすり合わせを行うなどの注意が必要です。  加えて、制度そのものの改定以上に効果があるのが、運用ルールの見直しです。例えば、@期初の役割合意面談で期待を言語化して本人に伝えること、A年下上司向けの「年上部下マネジメント」研修を実施すること、B役職離脱時・再雇用移行時の面談を必須化することも考えられます。独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)の調査※1では、面談を実施していない企業ほど、役職を降りた後の「仕事に対する意欲」、「会社に尽くそうとする意欲」の低下が大きいことが示されています。制度を改定する前に、面談を義務化するという運用ルールに改定するだけでも効果が期待できます。  本稿では評価制度に着目していますが、その前提となる等級制度上においてキャリアの複線化を行うことができるかの検討を行うことも重要です。等級制度において複数のキャリアコースを明示し、本人が選び、上司と合意する手続きを組み込むということです。自己決定理論が示すように、同じ役割でも会社や組織が一方的に割り当てたものは動機づけにつながりにくいのです。  近年、役職定年制の導入企業は16.7%にとどまる※2など減少傾向にありますが、廃止後の受け皿となる職務や期待役割が曖昧なままでは、モチベーションを引き出しても活躍しづらい環境に移るだけです。役職定年制の見直しや廃止に際しては、評価制度をはじめとする制度や運用ルールの改定もあわせて行うことが求められます。 3 働きやすさ:介護の不安にどう対応するか  健康不安、介護負担、老後資金の見通しの欠如は、それ自体が動機づけ要因ではありません。しかし放置すれば、動機づけの仕組み自体が機能しなくなります。シニア世代は、体力の変化、親の介護、自身の老後の設計が重なる時期です。仕事の要求度を下げてから資源を積む。この順序を逆にした施策は従業員に響きません。  まず重視したいのは健康と安全です。休業4日以上の労災死傷者のうち、60歳以上が占める割合は3割近くに達しています。事故の型は転倒・墜落が中心で、女性の転倒リスクが特に高い状況です※3。改正労働安全衛生法に基づく「高年齢者の労働災害防止のための指針」が2026(令和8)年4月から適用され、60歳以上への労災防止措置が事業者の努力義務として位置づけられました。  ただし課題は、制度の不在ではなく、制度が届いていないことにあります。厚生労働省令和6年「労働安全衛生調査(実態調査)」(2025年)によれば、「エイジフレンドリーガイドライン(高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン)」の事業所の認知度は21.6%、実際に対策に取り組む事業所は18.1%にとどまり、認知度は前年から低下しています。まず自社の認知率と実施率を測ることが出発点となります。  次に重要になるのが“家族の介護”です。経済産業省「仕事と介護の両立支援に関する経営者向けガイドライン」(2026年3月改訂)は、2030年に家族介護者が約318万人、経済損失は約9兆円に達すると試算しています。重要なのは、損失の大半が介護離職ではなく、働き続けている人の生産性低下(約27.5%)によるものだという点です。企業規模別では、大企業(製造業・3000人)で年間約6億2415万円、中小企業(製造業・100人)でも約773万円と推計されています。  仕事と介護の両立支援にかかわる法制度も整備されてきました。2025年4月施行の改正育児・介護休業法により、介護に直面した旨を申し出た労働者への個別周知・意向確認、介護に直面する前の早期(40歳等)の情報提供、研修・相談窓口設置等の雇用環境整備が義務化されました。介護は育児と違って発生の予測がむずかしく、当事者になってからでは遅いものです。直面する前に情報を届けることが立法の趣旨です。「仕事と介護の両立支援に関する経営者向けガイドライン」のなかには、仕事と介護の両立の施策推進に向けての取組みステップ(14ページ図表)が示されていますが、取組みのポイントは制度の有無ではなく「いかにして社員の介護をオープンにしやすくするか」という観点です。制度を周知するだけでは、申告が評価上の不利益につながるのではないかという懸念が働きます。管理職研修、匿名の相談窓口、介護保険外サービスとの接続に加え、「仕事と介護の両立は自社の経営アジェンダである」、「介護をしていることが評価上不利にならない」というメッセージを経営層から発信することが必要です。  加えて、勤務制度と福利厚生の見直しも取組みに含めておきたい要素です。短時間勤務、選択的週休3日、時間単位年休、テレワーク、副業・地域活動の解禁は、健康・介護・学び直しのいずれにも効果があります。カフェテリアプラン(選択型福利厚生制度)についても、子育てだけではなく、介護・健康・リスキリングまで設計へ広げる視点が必要です。  ただし、これらをシニア社員専用制度として切り出すと、世代間の分断を招くおそれがあります。全社員向けの制度として設計し、結果としてシニア社員の利用率が高くなるという形が望ましいです。制度の名称に年齢を冠(かん)さないこと自体が、設計を行ううえでは重要です。 4 まとめ  ここまで働きがいと働きやすさの観点から、シニア社員の活躍に向けて取り組むべき事項を整理してきました。シニア社員が意欲を失い、時間を消化するだけの職場では、若手社員や中堅社員が自分の将来を職場のなかで描くことはむずかしいといえます。シニア社員の働きがい改革は、いまはシニア社員のためだけの施策ではなく、若手・中堅社員が自社の20年後をどう見るかという、組織の将来価値にかかわる経営課題です。また、人的資本開示における人材育成方針の説得力にも直結します。ミドル・シニア社員の活用に答えを持つことが、投資家からの高い評価を獲得するうえでは重要だといえます。 ※1 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構『65歳定年時代における組織と個人のキャリアの調整と社会的支援 ―高齢社員の人事管理と現役社員の人材育成の調査研究委員会報告書―』(2018年) https://www.jeed.go.jp/elderly/research/report/elderly/65career_chousei.html ※2 人事院「令和5年民間企業の勤務条件制度等調査」(2024年) ※3 厚生労働省「令和7年における労働災害発生状況(確定値)」(2026年) 図表 企業における仕事と介護の両立支援の実施ステップ 全企業が取り組むべき事項 STEP 1 経営層のコミットメント 仕事と介護の両立支援において全社的に取り組む意向を示す 経営者自身が知る 「介護」を知り、企業活動への影響の可能性を認識しているか? 経営者からのメッセージ発信 仕事と介護の両立施策推進に向けて、ポリシーを発信しているか? 推進体制の整備 担当役員設置/担当者の指名、管理職層の巻き込みができているか? STEP 2 実態の把握と対応 組織内での仕事と介護の両立における影響・リスクを把握し、対応 アンケート・聴取※2 介護休業取得・介護両立支援制度等の利用事例を収集・提供できているか※2? 実態把握の結果をまとめて、全社の共通認識のために、社内周知ができているか? 人材戦略の具体化 介護を行う従業員が活躍できるよう 人材戦略を設計できているか? 適切な指標の設定 仕事と介護の両立支援に関して適切な指標を設定できているか? 両立支援制度の策定 社員の実情に合った社内制度を構築し、利用促進に関する方針を策定できているか? STEP 3 情報発信と雇用環境整備 企業がプッシュ型の情報発信を行うことで、従業員個人の将来的なリスクを低減 基礎情報の提供・方針周知 介護に直面する前の早い段階(40歳等)で、法定の方法・内容で、情報提供できているか※1? 介護休業・介護両立支援制度等の利用促進に関する方針を周知できているか※2? 研修の実施※2 管理職層を中心に両立支援推進に関する研修の機会を提供できているか? 相談窓口の設置・周知※2 社内での相談先等を社員向けに明示的に周知できているか? 個別周知・意向確認※1 介護を申し出た社員に対する制度の個別周知と意向確認ができているか? + 企業独自の取組の充実 企業の実情・リソースに応じて検討・実施 ※自社単体で実施が困難な場合は、外部リソースの活用も検討 人事労務制度の充実 法定義務を超えた介護休暇・休業制度、福利厚生による経済的な支援 等 労働環境の充実 テレワーク等を選択可能にする※3といった柔軟な働き方 業務改革による長時間労働の是正 等 個別相談の充実 外部の専門家設置 1on1、人事部・管理職との三者面談 等 コミュニティ形成 精神的負担を軽減するため、介護経験者 同士による対話の場づくり 等 効果検証 各施策の実施効果について、KPI達成状況等を踏まえた検証 外部との対話・接続により、両立支援を促進 外部への発信と対話による企業価値向上 顧客・投資家・従業員家族・将来の従業員候補等のステークホルダーへの発信と対話 地域と連携した両立体制構築 自治体や企業等が提供する介護資源へのアクセス ※1:R7育介法改正で義務化された項目 ※2:R7育介法改正でいずれか義務化された項目 ※3:R7育介法改正で努力義務化された項目 出典:「仕事と介護の両立支援に関する経営者向けガイドライン」図表17.企業における介護両立支援の全体像(経済産業省) 解説2 シニア社員の“働きがい”改革A キャリア形成支援の視点から 株式会社社会人材コミュニケーションズ 代表取締役社長 宮島(みやじま)忠文(ただふみ) 株式会社日本総合研究所 創発戦略センター スペシャリスト 小島明子 1 なぜシニア社員のキャリア形成支援が進まないのか  シニア社員のキャリア形成支援が思うように進まないという問題を考えるうえで知っておかなければいけない大きな原因として、「キャリア自律」という概念が理解されにくいことがあげられます。「キャリア」という言葉が聞き慣れていることから一見わかった気になるものの、じつは共通認識が持たれていないことも理解阻害の要因となっています。  厚生労働省「キャリア形成を支援する労働市場政策研究会」報告書(2002年)※1によれば、「『キャリア』とは、一般に『経歴』、『経験』、『発展』さらには、『関連した職務の連鎖』等と表現され、時間的持続性ないし継続性を持った概念として捉とらえられる」と述べられています。  その定義をふまえて、当社(株式会社社会人材コミュニケーションズ)では「仕事における、志を実現するための未来を創るプロセス」として、キャリア開発の視点からより未来志向の概念と定義しています。「いまさら変えられない」ではなく「自分の未来を変えていく」という未来志向であることの認識が必要であると考えています。  次にキャリア自律についてですが、キャリア自律とは、1990年代半ばに米国で提唱された概念です。Waterman, Collard, & Water man(1994年)によれば、自らのキャリアを管理する責任は社員本人にあり、企業には社員にキャリア開発の機会を提供する責任があるとされています※2。  キャリア自律とは、あくまで社員個人がキャリアを主体的に考えて、開発していくことですが、企業としても環境を整備する必要があると考えます。その理由としては、組織としても競争力を高めていく必要性が求められることにあります。  競争力を高めるためには社員のモチベーションや主体性を高めることが必要ですが、キャリア自律はこれらに大きな影響力をおよぼしています。  シニア社員のモチベーション低下のきっかけとしては、組織内での昇進や昇格に対する行き詰まり感や、役職定年、加齢などがあげられます。しかし、現場で一番の原因として感じるのは、「キャリア自律」に対する意識の低さがあげられます。「キャリア自律」といわれても、そもそも自分のキャリアを考えたこともない、考える機会がなかった人が大多数なのです。  「キャリア自律」に対する意識が高い人の多くは、「失職の危機に直面するような困難な経験」を経験しています。例えば、「健康面でこの先の人生がないかもしれない」、「企業の倒産の危機などに直面した」といったケースです。こういったことを自身が直接経験したこともあれば、近しい人が直面したことを目の当たりにしたこともあげられます。  仕事を失うかもしれない、極端にいえば命を失うかもしれないという経験をした人が、自分の生きざま(キャリア)を意識している傾向があります。さらに、そのようなことに加えて、自身の進路について意思決定をしてこなかった点(意思決定のあきらめ感)、プロとしての業務レベルに疑問を感じることがなかった点、すなわち、キャリアのあり方を考えるきっかけがなかった点もあげられます。  このようなことが起こる最大の原因は流動性の問題ですが、ここでいう流動性とは、単に転職や異動を意味するものではなく、自らの意思で仕事を選択・獲得していく機会をさします。同じ仕事を続けることに問題はありませんが、重要なことは職務決定の際に自身で決められる機会と自己決定がともなうことです。そのような機会がなかったことは、シニア社員の「キャリア自律」に対する意識の低さにつながっているのです。 2 キャリア形成支援策の前提となる条件  先の通り、企業が支援を進めていく必要性があり、多くの企業ではすでにさまざまな支援策を導入していますが、その意図が社員に十分伝わっていないことが大きな課題となっています。シニア社員側にヒアリングを行うと、企業の行っているキャリア形成支援策の意図が伝わっていないことが見えてきます。  各企業は施策をいろいろ行っていますが、社員から見て企業のメッセージは伝わっていないのです。もちろんこの原因は企業と社員のどちらか一方にあるというものではありません。どうしてもミドル・シニア社員側から人事の施策を見ると「肩たたき」と解釈する人も多いようです。実際、研修中に、「要するに会社を辞めろということですよね」と研修の目的について聞いてくる方が多くいます。そのため、毎回、当社では「より活躍していただきたいため」と説明している状態です。  このように「ミドル・シニア向けの制度や施策に対する会社の目的やビジョンを理解しているか」というと、「理解できている」層よりも「理解できていない」層のほうが多い状況です(図表1・2)。きちんと目的が伝わっていないと施策は有効性が低くなります。企業のメッセージが、ミドル・シニア社員に歪んでとらえられることにむずかしさがあります。応援をしているのに、退職勧奨ととらえてしまう人もかなりいるので、理解できているのは少数派というところです。  ゆえに、まずは社員にキャリアマネジメントの意義の理解を浸透させていくことが必要です。  そのためには2段階で考える必要があります。まず一つめはキャリア研修のように「ふだんの業務から離れて」自身のキャリアを考える場を設けること、二つめは考えたキャリアの方針を実践する場を設けることです。実践する場とは自身で部門の異動先を示すことができ、実際にも異動できる可能性のある仕組みです(公募制・ジョブポスティング・社内副業制度など)。もちろん個人の希望のみならず企業の戦略と合致している必要があります。 3 今後求められるキャリア研修の視点  最近では大企業を中心に、少しずつではありますが、シニア社員を対象としたキャリア研修(キャリア自律研修・キャリアマネジメント研修)を行うようになっています。  実際に当社が研修を行っている企業の方々からも、「ビジネスモデルを深化させ続けるために社員にもキャッチアップしてもらいたい」、「年齢も高いので緩やかに仕事をするという姿勢ではなく進化を続けてもらいたい」、「なかなか社員が積極的に仕事に取り組まない」、「優秀な社員ほど離職してしまう」、また、「社員の学び続ける態度が弱い」というようなご相談を受けています。  しかしながら、こういった背景から多くの方がキャリア研修を受講されているのですが、実践的な場面、例えば職業紹介の現場やプロボノ(プロフェッショナルとしてのボランティア)では、はたしてどこまで役に立っているのか疑問に思われる方も多く見受けられます。具体的には、「研修を受けて目標や計画は書いたが、ふだんの仕事では使っていない」、「なんとなくやる気になったが、その先はどうしていいかわからない」といった声を耳にします。  独立行政法人労働政策研究・研修機構「企業のキャリア形成支援施策導入における現状と課題」(2023年2月)のなかでも、プログラム内容は「キャリアに関する講義」が中心となっており、「環境変化や役割変化等に関する講義」を実施しているところは少ないことが明らかになっています。そのため、キャリア研修では、講義のみではなく、自身が主体的に考える場としていくこと、加えて、ふだんの業務で使えるレベルの行動指針の策定までの粒度が求められます。 4 まとめ  本稿では、キャリア自律が進まない背景と、企業がキャリア自律を考える環境整備の必要性やその考え方について述べました。今後、生産年齢人口減少下の日本社会において、「雇ってあげる」ではなく、「稼いでもらう」という視点で、シニア社員に対するキャリア形成支援を行う企業が増えることを期待しています。 ※1 厚生労働省「キャリア形成を支援する労働市場政策研究会報告書」(2002年) https://www.mhlw.go.jp/houdou/2002/07/h0731-3a.html ※2 堀内泰利・岡田昌毅(2009年)「キャリア自律が組織コミットメントに与える影響」『産業・組織心理学研究』23(1),15-28 図表1 ミドル・シニア社員向けの制度や施策に対する会社の目的やビジョンを理解していますか 十分理解できている 25.3% 十分には理解できていない 33.3% 理解できていない 10.7% 認識していない 8.0% 目的やビジョンは存在しない 22.7% 資料提供:株式会社社会人材コミュニケーションズ 図表2 現在、あなたは会社から期待されていると感じますか 大いに感じている 0.0% 感じている 38.7% 普通 29.0% あまり感じていない 22.6% 全く感じていない 9.7% 資料提供:株式会社社会人材コミュニケーションズ 解説3 シニア社員の“働きがい”改革B マネジメントの視点から 株式会社日本総合研究所 リサーチ・コンサルティング部門 シニアマネジャー 宮下(みやした)太陽(たいよう) 株式会社日本総合研究所 創発戦略センター スペシャリスト 小島明子 1 シニア社員が活躍しやすい組織風土の醸成  シニア社員が能力を発揮し、活き活きと働ける環境を整備するためには、組織風土の醸成が求められます。解説2でも述べた通り、シニア社員向けの制度や施策を行う会社側の目的やビジョンを経営層などからシニア社員に伝え、理解してもらうことが重要です。さらに現場のマネジメントとしては、シニア社員が働きやすい組織風土を整える役割が求められます。  サイボウズ株式会社サイボウズチームワーク総研「シニア社員の職場との関わり」についての意識調査※1のなかでは、職場のなかで「気軽に話しかけてほしい」シニア社員は8割にのぼり、「年齢や上下関係を気にしてほしい」シニア社員は約4割弱です。働くシニアにとっては、年齢に対して過剰に配慮されることより、むしろ、対等に接してもらうことを求めているといえます。  一方では、年齢が離れたシニア社員と若手社員が分け隔てなく働くというのは簡単ではないという見方もあります。一般財団法人企業活力研究所の調査※2のなかでも、若手・ミドル層がシニアと仕事をすることでデメリットと感じることとして、「過去の経験に固執している」(56.7%)、「柔軟性に欠ける」(49.4%)、次いで「事務的な仕事を自分でやろうとしない」(37.2%)があげられています。  特に、昨今は、成果主義の職場も増えたことで現役世代は精神的な余裕がなく、「スキルや経験内容が見えづらいシニアの人とどのように一緒に働いてよいかわからない」、「尊敬できるところが少ない」といった現場の声も耳にします。まずは、シニア社員の意欲低下を防ぐコミュニケーションのとり方や、若手社員との間のコミュニケーションギャップが生じないような配慮、世代を問わずお互いが尊重し合える職場風土の醸成が、マネジメントの役割として求められているといえます。そのことは、結果として、シニア社員の心理的安全性を高めるとともに、若手社員にとっても、年を重ねても長く働き続けたい職場として定着率向上につながると考えます。 2 シニア社員の活躍をうながす働き方  シニア社員が年齢を問わず、意欲高く働けるためには、個人がいくつになっても責任ある仕事を任せられることが大切です。働き方の多様化や人材育成の視点から、最近では、副業・兼業の解禁や、希望に応じて他部署の仕事を兼任できる制度を設けている企業も出てきています。シニア社員が増える日本企業にとってこうした制度は、プロジェクト単位の柔軟な働き方を実現し、その専門性を活かす職場づくりにつながります。  プロジェクト型の働き方であれば、プロジェクトのリーダーと組織のリーダーは別であり、フラットな働き方が可能であることから、役職や肩書きの価値よりも、専門性の方が重視されます。  日ごろから同じ部署の同じメンバーに限定せず、社内のさまざまな部署や、社外の人材を交えてプロジェクトベースで仕事を行う習慣を持つことができることは、年齢にとらわれず、多様な人材とのコミュニケーションを通じ、多様な価値観を受け入れる訓練にもつながります。  2021(令和3)年4月に施行された、改正高年齢者雇用安定法の70歳までの「就業確保措置」(努力義務)のなかには、高年齢者が希望するときは、70歳まで継続的に業務委託契約を締結する制度の導入が含まれています。定年前であっても、社員自身の自由意志に基づき、雇用契約を解消し、業務委託契約に切り替える制度を導入している企業も出てきています。プロジェクト単位の働き方を通じて、社外からの人材を受け入れる仕組みをつくることは、フリーランスへ転換した元シニア社員との仕事もしやすくなり、シニア社員のセカンドキャリア支援にもつながります。  シニア社員の活躍を促進するためには、プロジェクト単位での働き方をはじめとしたシニア社員自身が有する経験や専門性を活かし、フラットな働き方が可能な環境づくりが重要だといえます。 3 シニア社員の活躍を支える上司の役割  シニア社員の働きがいを考える際、上司が陥りやすいのは、シニア社員を「配慮の対象」としてのみとらえてしまうことです。もちろん健康や介護との両立などへの配慮は不可欠です。しかし、配慮だけが前面に出ると、本人は「もはや自分には何も期待されていない」と受けとめてしまうことがあります。  働きがいの源泉は、自分が必要とされているという実感です。役職定年や再雇用によって立場が変わったとしても、経験や知見まで失われるわけではありません。上司には、シニア社員を守るべき存在として扱うのではなく、チームに貢献する期待役割を持つ人材として位置づけ続ける視点が求められます。  その際にカギとなるのが、「自己効力感」です。 自己効力感とは、「自分にはできる」、「自分は貢献できる」という感覚をさします。シニア社員の活躍支援というと研修やキャリア面談が注目されがちですが、それだけで自己効力感は高まりません。欠かせないのは、本人が持つ経験や強みが職場で活かされ、それが成果につながる実感を得られることです。  例えば、顧客との関係構築、現場でつちかった判断力、トラブル対応の知見など、シニア社員ならではの強みは数多く存在します。上司は、それらを単なる「支援業務」として曖昧に任せるのではなく、チームに必要な役割として明確に位置づける必要があります。「何を期待しているのか」を言葉にして伝えることが、自己効力感を高める第一歩になります。  株式会社日本総合研究所のプロアクティブ行動に関する調査※3では、自己効力感や集団的効力感が主体的な行動をうながし、その結果として成果につながることが確認されています(20ページ図表)。特に自己効力感は、個人の主体的な行動を強力に後押しするエンジンとして位置づけられています。さらに注視すべきは、一人の主体的な行動が刺激となり、チーム全体の主体的な行動や協働を引き出していくという波及効果です。  もっとも、個人の自己効力感だけでは十分ではありません。個人が「自分にはできる」と感じていても、職場全体に停滞感やあきらめの空気が漂っていれば、その意欲は持続しません。だからこそ必要となるのが、「集団的効力感」です。  集団的効力感とは、単に職場の雰囲気がよい状態ではありません。メンバー同士が互いの強みを理解し、「このチームなら目標を達成できる」という確信を共有している状態をさします。調査でも、集団的効力感がチーム全体の主体的な行動を活性化させる重要な要因であることが示されています。  とりわけ現在の職場では、異なる経験や価値観を持つ人材同士の協働が求められています。若手社員が持つ新しい発想やデジタル技術などの知見と、シニア社員が持つ経験知や現場感覚が結びついたとき、新たな価値創造が生まれます。シニア社員は単なる知識伝承のにない手にとどまらず、組織変革を支えるパートナーでもあるのです。  上司に求められるのは、既存業務の分配に終わらせず、世代を超えた協働機会を意図的に設計し、新たな職域や役割を開発していくことです。例えば「若手社員の新規開拓への同行アドバイザー」や「部署横断の業務改善推進」など、シニア社員の強みが活きる場をつくり、そこで生まれた小さな成功を「チーム全体の成果」として承認・共有していく。こうした体験の積重ねが集団的効力感を育み、組織全体の挑戦意欲を高めていきます。  シニア社員の働きがい改革とは、本人だけの問題ではありません。上司がシニア社員を期待役割を持つ主体としてとらえ、若手社員との協働による新たな職域をひらくことによって個人の自己効力感が高まり、チームの集団的効力感へと波及していきます。シニア社員を起点とした価値創造のサイクルを回せるかどうかに、これからのマネジメントの成否がかかっているといえるでしょう。 4 まとめ  本稿では、シニア社員の活躍の土台となる組織風土を醸成することが必要であり、シニア社員自身が専門性や経験を活かせるプロジェクト単位での働き方の提案を行いました。さらに、シニア社員を支える上司の役割としては、シニア社員個人の効力感、さらにはシニア社員が所属するチームとしての集団的効力感の向上を図ることが重要です。生産年齢人口減少下の日本においては、シニア社員比率が組織内で多くを占める企業は増えていく可能性がありますが、適切なマネジメントを通じて、シニア社員を組織の価値向上につなげられる成功企業が増えることを期待します。 ※1 サイボウズ株式会社サイボウズチームワーク総研「シニア社員の職場との関わり」についての意識調査(2021年) https://teamwork.cybozu.co.jp/blog/seniorworker1.html ※2 一般財団法人企業活力研究所「シニア人材の新たな活躍に関する調査研究報告書」(2012年3月) https://www.bpfj.jp/cms/wp-content/uploads/2020/04/「シニア人材の新たな活躍に関する調査研究」全文.pdf ※3 株式会社日本総合研究所『2025年度版プロアクティブ行動に関する調査結果』(2026年) https://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/pdf/company/release/2026/0317.pdf 図表 プロアクティブ行動を中核とする成果創出モデル 階層1 プロアクティブ行動を促進する要因 自己効力感 フォロワーシップ 上司リーダーシップ@(倫理型) 上司リーダーシップA(人的資本持続型) 集団的効力感 上司リーダーシップB(変革型) 職場環境(報酬) 階層2 成果を創出する要因 職場環境(教育) ワークエンゲージメント 個人プロアクティブ チームプロアクティブ 心理的安全性 上司リーダーシップC(包摂型) 階層3 成果 個人成果(実績) チーム成果(実績) チーム成果(展望) 出典:株式会社日本総合研究所「2025年度版プロアクティブ行動に関する調査結果」(2026年)に基づき著者作成 事例 一人ひとりの裁量を尊重する経営が年齢を問わず社員の働きがいを引き出す 株式会社横引(よこびき)シャッター(東京都足立区) 特殊シャッターの専門メーカー  株式会社横引シャッターは、1986(昭和61)年に東京都足立区綾瀬で創業した、各種シャッターの設計・製造・施工・販売までをトータルで手がけるメーカーである。上げ下げ式が主流だったシャッターを横に引けるよう開発し、「上吊(うわづ)り式横引きシャッター」で特許を取得した。同社の製品は、駅の売店やビルのテナントなどで広く使われている。2025(令和7)年度には、この横に引くシャッターでグッドデザイン賞を受賞した。  社員数は35人(2026年8月現在)、そのおよそ半数を60歳以上が占めている。同社は2021年に定年を70歳へ引き上げ、70歳以降も、希望者全員を年齢上限なく正社員として継続雇用している。年齢によって給与を下げることはなく、技術の習得や経験に応じて随時昇給する制度も設けているほか、短時間勤務制度など、社員一人ひとりが働きやすい形を選べる柔軟な働き方ができる仕組みを整えている。 年齢ではなく成果で見る  市川(いちかわ)慎次郎(しんじろう)代表取締役社長は、社員の働きがいを高めるため、「社員が楽しく働けるかどうか」を重視している。その背景には、社員を「社長の分身」ととらえる考え方がある。  「社員は社長の分身です。たとえ社長がやりたいことがあっても、一人ではできません。営業をする人、設計図を書く人、設計図をもとにつくる人がいて、全員が社長の代理です。その分身である社員一人ひとりが楽しく働けることが何より大切です。楽しくないと前向きに仕事はできないし、それが仕事の質にもつながります。だからこそ、できるだけ楽しく働けるよう、何をすればよいかを考えることが大切です」(市川社長)  少数精鋭の同社が全国の現場に対応できるのも、社員一人ひとりが楽しく前向きに働けているからこそだ。  この考え方は、高齢社員の活躍にも通じている。  「社員の年齢はほとんど意識していません。会社としては、仕事でしっかり力を発揮してもらえれば、それでよいと考えています。きちんと成果につながっているなら、年齢や性別や国籍で差をつける意味がありません」(市川社長)  長年の知識と経験を持つ高齢社員は、設計上の難題を投げかけると解決策を示すことができ、市川社長にとっても、若い社員たちにとっても頼れる存在だという。一方で、市川社長は高齢社員を「お客さま扱い」せず、戦力として期待していることを本人に直接伝えている。  「例えば、『もう年だから、あと何年働けるかわからない』など、ネガティブなことを口にする高齢社員がいれば、『すぐに代わりの人材を手配するので直接いってほしい』という話を日ごろからしています。私自身は年寄りだとは思っていないですし、頼りにしているのですから。そのうえで、『そろそろ引退の時期かと感じたら、半年〜一年前には話してほしい』とも伝えています。そうした場合は、後進を育ててきちんと引き継ぎをして、本人も周囲もみんなが安心できるように会社が準備を行います。それまでは代わりはつくりません」(市川社長)  厳しさのなかにも配慮が感じられるなど、高齢社員が安心して働き続けられる仕組みを整えている市川社長。さらに最近あったできごとを紹介してくれた。  「70代のある社員が、正社員として働き続けることに負荷を感じ始めていたのです。そこで本人と話し合い、いったん正社員を退いてもらうことにしました。今後の働き方については、まさにこれから本人と相談をしながら決めていくところではあるのですが、話合いの時間を設けて以降、本人の表情が明るくなったのです。年齢と正社員という立場の間で、自分にプレッシャーをかけすぎて、体が思うように動かなくなり悩んでいたのだと思います。不安が解消したことで、いまは楽しく働けているそうで、見ていても明るさがまったく違います」  こうした職場は、市川社長が時間をかけてつくってきたものである。その根底にあるのは「餅は餅屋」という考え方だ。社長は方向性を示すが、それをどう形にするかは各分野の担当者に委ねる。とりわけ長年の経験を積んだ高齢社員には、その知識と判断を信頼して進め方を任せる場面が多い。こうして一人ひとりの裁量を尊重する職場で、高齢社員は日々どのような働きがいを感じているのか。ベテラン3人に話を聞いた。 現在も第一線で活躍する高齢社員  設計室で働く山やま下した光こ う一いちさん(77歳)は、72歳で入社し、週3日勤務を続けている。ゼネコンでの現場監督、鉄板類の専門商社、住宅メーカーの管理技術者などを経て、ハローワークを通じて同社に入社した。シャッターの設計自体は入社後に初めて経験をしたそうだが、それまでの経験を活かせる仕事であり、即戦力として受け入れられたことが働きやすさにつながっているという。  働きがいについて、山下さんは独特の表現で語る。  「年を取ったら『きょういく』と『きょうよう』が必要だ、とよくいわれます。『きょういく』は『今日行くところ』、『きょうよう』は『今日用事がある』という意味です。仕事があれば、それが今日行くところと今日の用事になります。何より、楽しく働けていることが大きいですね」  週3日という働き方が無理のないリズムをつくっており、まとまった休みが必要な場合は、勤務日を調整することで、海外・国内を問わず趣味の旅行に行くなど、仕事と余暇のバランスを保ちながら働いている。本人が選べる柔軟な勤務形態が、こうした等身大の働き方を支えている。  同じく設計室勤務の金井(かない)伸治(しんじ)さん(84歳)は、同社の最高齢者。76歳で入社し、現在も、自宅から電車で片道1時間かけて通勤している。  金井さんの働きがいは、仕事そのものの奥深さにある。  「設計で使うCADは長く使っていても、わからないことがたくさんあり、奥が深いです。設計案を詰めていくとわからないところが出てくるので、いろいろと調べながら、クリアしていくのが楽しいですね。ソフトも進化していますし、それに合わせて自分も進化しているつもりです。まだまだできないことがあるので、それがかえっておもしろく、働きがいとなっています」(金井さん)  また、文字通り「社員の夢」を応援するために社長が企画した「夢を叶えるプロジェクト」の第一号として、あこがれだったポルシェをサーキットで運転する機会も得た。かつて同社には94歳まで働いた先輩の職人もおり、金井さん自身も、まだまだ現役で働く意欲があり、「少なくともあと2年、入社10年目までは続けたい」と話す。  営業部の白山(しらやま)康志(やすし)さん(67歳)は、53歳のときに同社に入社した。異業種からの転身だったが、現在は頼りになるベテラン営業担当として、若手・中堅社員を支えている。  少人数の組織のため、社員一人あたりが担当する業務の幅は広くなるが、白山さんはそれが働きがいにつながっているようだ。  「人数が少ない分、一人の責任範囲は広くたいへんですが、その分、自分の裁量で仕事をする自由があります。人数が少ないからか、営業担当同士がライバルという感覚もなく、みんなで売上げを上げることができればよいというスタンスで、働きやすい環境だと感じています」(白山さん)  同社はオーダーメイドで製品をつくるため、現場ごとに寸法や形状、設置場所が異なる。白山さんは「現場ごとに条件が異なるので、過去のやり方がそのまま通用するわけではありません。その分おもしろさがあります」と語る。 手ごたえは社員自身が見いだす  3人が語る働きがいは、仕事があることの張り合い、業務の奥深さ、案件ごとの違いなど、それぞれ内容が異なる。共通しているのは、成果を出すかぎり年齢に関係なく戦力として扱われ、自分の裁量で働ける環境から生まれている点である。会社側が意図して「やりがい」を与えたというより、社員が日々の業務のなかで自ら手ごたえを見いだしている。小規模な企業だからこそ可能な、一人ひとりに応じた働きやすさの追求が、こうした年齢を問わない働きがいにつながっている。 写真のキャプション 市川慎次郎代表取締役社長(写真提供:株式会社横引シャッター) 72歳で入社、設計室の山下光一さん(写真提供:株式会社横引シャッター) 76歳で入社、設計室の金井伸治さん(写真提供:株式会社横引シャッター) 53歳で入社、営業部の白山康志さん(写真提供:株式会社横引シャッター)