高齢者の職場探訪 北から、南から 第169回 奈良県 このコーナーでは、都道府県ごとに、 当機構(JEED)の70歳雇用推進プランナー(以下、「プランナー」)の協力を得て、高齢者雇用に理解のある経営者や人事・労務担当者、そして活き活きと働く高齢者本人の声を紹介します。 雇用の年齢上限を設けず高齢職員の持つ経験を活かし続ける 企業プロフィール 医療法人中川会 飛鳥(あすか)病院(奈良県高市(たかいち)郡) ▲設立 1984(昭和59)年 ▲業種 医療業(精神科病院) ▲職員数 196人(うち正規職員181人) (60歳以上男女内訳) 男性(31人)、女性(65人) (年齢内訳) 60〜64歳 23人(11.7%) 65〜69歳 30人(15.3%) 70歳以上 43人(21.9%) ▲定年・継続雇用制度 定年63歳。希望者全員を70歳まで継続雇用。以降も基準該当者を年齢上限を設けず継続雇用。最高年齢者は85歳(准看護師)  奈良県は本州の中央部、紀伊(きい)半島の内陸に位置する内陸県です。県北西部の奈良盆地に人口や都市機能が集まる一方、南部には紀伊山地の雄大な山々が連なり、日本一大きな村として知られる十津川(とつかわ)村をはじめ、緑豊かな森林景観が広がります。  『古事記』に「まほろば(すぐれた地)」とうたわれた大和(やまと)の地であり、飛鳥・藤原から平城京へと続く日本古代史の舞台となりました。2026(令和8)年7月26日には「飛鳥・藤原の宮都(きゅうと)」がユネスコの世界遺産に登録されたことでも注目を集めています。  JEED奈良支部高齢・障害者業務課の寺井(てらい)暁生(あきお)課長が、地域の産業と雇用の状況を語ってくれました。  「奈良県には、靴下やニット製品などの繊維製品製造業、日本三大美林の一つに数えられる吉野杉を背景に発達した木材・木製品製造業、電機・一般機械・金属製造業、プラスチック成形業、製薬業、毛皮革製造業など、古くから発達してきた多彩な地場産業が数多く集積しています。一方で、生産年齢人口が減少していくなか、企業は人材採用に苦慮されており、従業員数を確保するうえでも、高齢者の活躍が必須であるという認識が高まっています」  同課では、「企業診断システム」※を活用した相談・助言に力を入れており、寺井課長は「その企業における高齢者雇用の現状と課題を把握し、診断結果にもとづいた具体的な改善の方向性や取組み方法を、制度改善提案として説明しています」と続けます。  奈良支部で活躍するプランナーの一人、北場(きたば)好美(よしみ)さんは、2017(平成29)年から高年齢者雇用アドバイザー・プランナーとして活動し、今年で10年目を迎えます。特定社会保険労務士、行政書士、ハラスメント防止コンサルタントの資格を持ち、労働法令や賃金制度、コミュニケーションなど幅広い観点から、事業所に寄り添った助言を行っています。  訪問先で感じる最近の変化について、北場プランナーは次のように話します。  「4、5年前と比べると、高齢者が働いている事業所が増え、問題意識を持って話を聞いてもらえるようになりました。奈良らしいところでいうと、神社やお寺などの宗教法人を訪問することがあります。人手不足はこうした宗教界でも同じことで、今後どうやって人材を維持していくかが大きな課題になっています。人々を導く立場にあるからこそ、『高齢者雇用にも世に先んじて取り組む必要があるのではないでしょうか』と働きかけています」  今回は、北場プランナーの案内で「医療法人中川会飛鳥病院」を訪れました。 「心ふれあう医療」を掲げ、地域精神医療をになう  飛鳥病院は、奈良県高市郡高取町にある精神科の単科病院です。前身は、橿原(かしはら)神宮前駅近くにあった「中川医院」。のちに「久米診療所」と名をあらため、1984(昭和59)年、精神科病院として開設されました。その原点の地ではいまも、サテライトクリニック「久米診療所」が診療を続けています。飛鳥病院は入院医療を中心に、デイケアセンター「オアシス」も備え、介護老人保健施設や特別養護老人ホームを含むグループとして、地域医療を支えています。  同院が基本理念に掲げるのは「真のふれあい・やさしさ(Heart to Heart)」です。自然豊かで落ち着いた療養環境のもと、患者さんの話に耳を傾けることを大切にした「人と人、心ふれあう医療」の実践を目ざしています。皆己(みなみ)嘉延(よしのぶ)事務長は「理念を見て求人に応募してくる方もいるなど、私たちの根幹となる考え方です。職員一人ひとりの心に留めてもらえるように目に留まりやすい場所に掲示しています」と説明します。  そんな同院を支える大きな力となっているのが、豊富な経験を持つ高齢の職員たちです。総職員196人のうち、60歳以上が96人と半数近くを占め、70歳以上も43人が在籍。常勤・非常勤職員を合わせた平均年齢は57.3歳にのぼります。 年齢上限を設けず勤務可能な体制を整備  同院の定年は63歳。希望者は全員70歳まで継続雇用し、基準該当者は70歳を超えても年齢上限なく勤務を続けることができます。皆己事務長は、人材確保のむずかしさについて次のように話します。  「地域的な問題もあり、若い看護師はどうしても給与の高い大阪府へ流れてしまいます。時給が120円違えば、1日で約1000円の差です。ただでさえ人材確保が厳しいなかで、精神科は人材を集めるのが特にたいへんな分野ですが、そのぶん年齢を重ねた方が戦力になってくれています。1996年に定年を60歳から63歳へ引き上げ、以前は希望者を65歳まで継続雇用する形でしたが、いまは希望者全員70歳まで、基準該当者は年齢上限なく働けるようにしました」  北場プランナーが2026年2月に同院を訪れたのは、当初、70歳までの就業確保措置をうながす相談・助言のためでした。ところが、訪ねてみると、すでに体制が整っていたといいます。「地域性や事業の性質上、人材不足が特に深刻化するなかで、ほかの病院に先んじて対応されていました」とふり返ります。  皆己事務長は「精神科は、一般病棟のように力仕事や緊急性の高い場面が比較的少なく、患者さんとの対話が仕事の中心です。ですから、体力面の負担が少なく、年齢を重ねた方でも経験を活かして長く働いていただけます」と高齢職員が持つ強みについて話してくれました。  実際、他院で定年を迎えた看護師が、同年代の知人の紹介で入職し、当直を担当する例も少なくありません。  同法人では働きやすさを推進するための取組みも進んでいます。残業はほとんどなく、勤務は8時40分から17時まで。定時に退勤できるため、家庭との両立がしやすい環境です。年間休日も、以前は96日でしたが、14日増やし110日へとあらためました。「月に1〜2日は休みが増える計算になり、職員はとても喜んでくれています」と皆己事務長。病院内には託児所を設けており、子育て中の職員が働き続けられる体制も整えています。  制度面ではすでに対応がすんでいることから、北場プランナーは「事務長やスタッフのみなさんの日ごろの努力で、明るい職場づくりが行われていると思います」と話します。 看護と経営、各現場を率いるベテラン  今回は、同院で活躍中のお二人の高齢職員にお話をうかがいました。  副看護部長を務める松本(まつもと)範子(のりこ)さん(84歳)は、看護学校を卒業後、透析センターの立上げや公立病院での勤務など、看護一筋のキャリアを歩んできました。60歳で定年を迎えた後も「病院を立ち上げるから来てほしい」と各所から声がかかり、介護老人保健施設や病院の機能評価にたずさわった後、74歳で同院へ。現在は療養病棟で、退院に向けた生活訓練や日常生活の指導を担当しています。  「看護の仕事は楽しいですし、天職かなと思っています」と松本さんは笑顔をみせます。若手への指導で大切にしているのは、長年の経験でつちかった「看護診断」※の視点です。  「私たちは、医師が診察するように、看護師も看護としての診断をつけてこいと教えられてきました。患者さんが腹痛を訴えたら、医師に報告する前に、看護師として原因は何か、どうしたらよいかを自分なりに考える。いまの看護師さんは『お腹が痛いといっています』と報告に来ますが、便は出ているのか、どのあたりが痛いのか、食後なのかといった情報がないと、ただの報告で終わってしまいます。看護学校でずっとそういった教育を受けてきたので、それを活かしていかないともったいないです。現場での教育や共有はいまも必要だと思います」  体力づくりも欠かしません。「嫌なことがあっても、プールで泳げばスッキリします。切り替えができるから、続けてこられたのだと思います」と話してくれました。  総務課の薮下(やぶした)直也(なおや)課長は、「松本さんが管理する病棟は雰囲気がとてもよく、ストレスチェックでも高ストレスの職員が一人もいません。若い職員も頼って集まってきます。長年の経験を惜しみなく教えてくださるので、病院としても本当にありがたい存在です」と評します。  総合企画室で室長を務める戸田(とだ)雅明(まさあき)さん(73歳)は、前職の銀行で中川会グループを担当していた縁から、50代半ばで同院へ移りました。現在は財務分析に加え、若手を率いて医療機関や施設への営業・連携活動にもたずさわっています。「病院の収入は診療報酬や介護報酬によって定められているため、一般企業のように営業活動で利益を伸ばすことがむずかしい構造です。近年は物価高で調達コストも上がっており、収入とコストのバランスをシビアにみていく必要があります」と、経営環境の厳しさを見つめます。  若手の育成にも力を注いでいます。「営業のノウハウがない若手には、あいさつの仕方など、営業にとっての第一歩から伝えています。結果は必ず数字として表れます。収益が上がり、患者さんが増えたときに、大きなやりがいを感じます」  若手とのコミュニケーションも大切にし、世代を超えて話しやすい雰囲気づくりを心がけています。皆己事務長は「これまでの知識を病院に還元し、経営分析から若手指導まで幅広くになっていただいています。20代の職員が慕って、自然と相談に集まっているのが心強いですね」と話します。  戸田さんは今後の抱負として「当院は建て替えから4年目を迎えましたが、まだ旧病棟が残っています。その建て替えの足がかりをつけるところまでは、やり遂げたいと思っています。そのためにも収益の上がる業務を組み立てながら、病院の将来につなげていきたいですね」と語りました。 経験を次代へ、地域医療を支え続けるために  同院の取組みについて、北場プランナーは「これから先、少子高齢化はさらに急速に進みます。医療のような、いわゆるエッセンシャルワークにどう人材を確保していくかは、社会全体の課題です。すでに70歳までの継続雇用を実現し、明るい職場づくりを続けている中川会さんには、ぜひその貴重な経験を、地域や社会全体に共有していただきたいと思います」と評します。  同院は現在、精神科の医療機関がない地域への新たなクリニック開設や訪問看護の拡充を進めており、時代の変化に合わせた展開を目ざしています。  「元気だから働くのではなく、働くから元気でいられる」。取材のなかで、北場プランナーが語ったそんな言葉が印象に残りました。経験豊かなベテランが活き活きと働き、その姿が若手の目標になる。飛鳥病院には、そんなよい循環ができあがっているようです。(取材・西村玲) ※「企業診断システム」については、JEEDホームページをご覧ください。 https://www.jeed.go.jp/elderly/employer/system.html ※看護診断……実在または潜在する健康問題、生活過程に対する個人・家族・地域社会の反応についての臨床判断。看護師に責務のある目標を達成するための決定的な治療の根拠を提供する 北場好美 プランナー アドバイザー・プランナー歴:10年 [北場プランナーから] 「社会保険労務士として開業した当初から、『人を大切にする』ことをモットーにしてきました。いまでは社労士会でも同様のスローガンを掲げるようになり、時代の変化を感じます。高齢者雇用は、まさに『人を大切にする』ことの具体化だと思っています。私自身が64歳で、一般的には高齢者雇用の当事者となる年齢ですので、当事者目線での問題提起も心がけています」 高齢者雇用の相談・助言活動を行っています ◆奈良支部高齢・障害者業務課の寺井課長は、北場プランナーについて「数年にわたり当該業務に従事し活動を重ねてこられました。少子高齢化のなか、事業の継続・発展の源を『人財』ととらえ、日々事業所に寄り添った相談・助言による支援を行っています」と話します。 ◆奈良支部高齢・障害者業務課は、近鉄橿原線の畝傍御陵前(うねびごりょうまえ)駅から徒歩約15分。奈良職業能力開発促進センター(ポリテクセンター奈良)内にあります。付近には、このほど世界遺産に認定された「飛鳥・藤原の宮都」や、初代・神武天皇陵があり、歴史と文化が息づく地域です。 ◆奈良県では5人の70歳雇用推進プランナーが活動し、2025年度は制度改善提案58件、相談・助言163件の活動を行いました。 ◆相談・助言を実施しています。お気軽にお問い合わせください。 ●奈良支部高齢・障害者業務課 住所:奈良県橿原市城殿町433 奈良職業能力開発促進センター内 電話:0744-22-5232 地図文字 奈良県高市郡 写真のキャプション 飛鳥病院の外観 左から、皆己嘉延事務長、総合企画室室長として病院経営を支える戸田雅明さん、薮下直也総務課課長 副看護部長として病棟を任されている松本範子さん