第119回 高齢者に聞く生涯現役で働くとは  川合清司さん(73歳)は、農林水産業関係の金融機関に30 年間勤めた。その後、経営企画の仕事などを経て、現在はマンションの管理業務を精力的にこなしている。つねに新しい世界に興味を持ち、人生を謳歌(おうか)している川合さんが生涯現役で働く醍醐味(だいごみ)を語る。 東洋コミュニティサービス株式会社 マンション管理員 川合(かわい)清司(きよし)さん 農業に寄り添って働いてきた日々  私は、新潟(にいがた)県新潟市で産声をあげ、高校まで郷里で過ごしました。実家の材木屋は国産の材木を扱っていましたが、高度経済成長の波に乗って海外から木材を買いつける仕事に移行しました。時代に勢いがあったので、たいした苦労もしないまま、東京の大学に進学させてもらいました。両親には、いまでも感謝しています。  大学卒業後は農林水産業関係の金融機関に就職しました。同期入社は40人ほどいて、その半数が国立大学出身者で、その多くが地方出身者でした。職場全体でも、農林水産業に強い思い入れをもつ職員が多かったように思います。同じ金融機関でも銀行とは異なる独特の雰囲気が職場にあり、よい職場に巡り合うことができたと満足しています。日本の農業がこれからどうなっていくのかは、私にとって、いまでも最大の関心事です。  その金融機関では、東京と地方で交互に勤務する働き方が一般的で、東京で20年間勤務、地方は愛媛県松山市や徳島県などで10年間勤務しました。地方では農林水産業関連の中小企業への融資を、本店では、金融機関のさまざまな問題が表出したときに広報を担当して、真夜中に記者会見を開いたこともあります。いまとなっては懐かしい思い出です。  川合さんが30年間勤めた金融機関は、設立から100年以上にわたり、日本の農林水産業発展に寄与してきた。川合さんの人生は農業と深くかかわっており、農業の未来を語るとき、川合さんの笑顔がはじける。 時代の先を行く研究に魅了されて  職員のなかで役員に昇格できるのは一握りです。同期の多くは60歳の定年前に退職し、私も53歳で退職しました。当時は退職後の仕事の世話もしてくれましたので、職場の先輩に岐阜(ぎふ)県多治見(たじみ)市に本社を置く、食品スーパーを紹介してもらい、約10年間単身赴任しました。私は27歳のときに結婚しましたので、それ以来の単身生活は学生時代に戻ったようでした。会社は食品だけでなく、ドラッグストアの店舗を次々に展開、私は経営企画の担当者として出店計画を進めました。金融の仕事とは異なるものの、やりがいのある仕事でした。その会社はフィットネスクラブも経営しており、多くの現場を担当して、約10年間で退職しました。  ちょうどそのころ、金融機関時代に親しくさせてもらった、ある製菓会社の会長が「超高圧食品加工技術」の新会社を設立することになり、私もその新会社にかかわることになりました。全国的にも名前が知られる製菓会社の会長とは金融機関時代からのおつき合いで気心が知れていました。会長は早くから超高圧食品加工技術の研究に参画していました。簡単にいえばあらゆる農作物に超高圧をかけることで栄養価が増すという画期的な技術です。昭和30年代の初めから研究が進められ、多くの企業が参画していました。ただコストがかかることもあり、研究から手を引く企業も出てきました。しかし、その製菓会社だけは、会長の肝いりの事業ということで、研究を継続していました。そして、満を持した形で超高圧食品加工技術の新会社を設立することになり、私がその会社を任されたのです。その新会社は、新しい技術の普及を目ざしましたが、私の力不足で、この新しい技術を日本の社会に浸透させることができず、私がその会社を辞めてからも研究は継続したものの、その新会社は幕を閉じたと聞きました。  この新会社にかかわったことで得られた宝物は、多くの人との出会いでした。製菓会社の会長をはじめ、新しい技術によって世の中の発展に寄与しようという人たちとの出会いがあって、いまの私があるように思います。例えば、「バイオ炭※」を開発した人と出会い、この人が東北地方の果樹農家を中心に無農薬・減農薬栽培の普及を目的として研究会を立ち上げたので、私もボランティアとしてお手伝いをしています。思えば、子どものころから今日まで、人生は人との出会いでつながっているとつくづく感じています。  いまや全国区の知名度を誇る製菓会社は、米菓だけでなく、パックご飯の製造でも、よく知られている。超高圧食品加工技術の研究に取り組んだことは納得がいく。「食品では普及がむずかしかった超高圧加工技術が、医療の世界で役立っています」と川合さんは目を細めた。 人との出会いを大切に  現在、私はマンション管理の仕事をしています。仕事を探すうえで、ボランティア活動も併行して続けたかったので、働き方が自由に選べる仕事をしようと思いました。求人広告で、マンションの「代行管理」という仕事を知り、2022(令和4)年から勤めはじめました。「代行」ですからさまざまなマンションの管理に出向くのですが、そのなかに東洋コミュニティサービス株式会社が管理するマンションで働く機会があり、同社の担当者の方と親しくなりました。その方とのつき合いが長くなっていくなかで、同社の専任を希望し正社員になることができました。これも人とのつながりだったと思います。  勤務形態は水曜日と日曜日を除く週5日勤務です。朝8時から14時までの勤務なので、終業以降の時間も比較的自由に使うことができます。私のような高齢者にとって、働く時間を選べる働き方はありがたいものです。多様な働き方が実現することによって、生涯現役で働く道も少し広がるのではないでしょうか。  朝は始業に遅れないように早めに管理人室に入るようにしています。横浜から都内への通勤なので、勤務日は早起きしますし、週5日勤務なので生活のリズムも確立されました。現在のマンションの規模は30世帯という部屋数で、私にとってほどよい規模で、無理なく日々の業務がこなせています。  大切にしているのは住民の方々とのコミュニケーションです。日々の挨拶を心がけ、小さなお子さんや、私よりも高齢の方には、その人にふさわしい距離感をもって対応するようにしています。人と人が出会うと必ずドラマが生まれると私は思います。これは私がこれまで数多くの人たちと出会うことで人生を豊かにしてきたことに裏打ちされています。保育園に行くのが嫌で、泣いてばかりいたお子さんが、いつの間にか私がハイタッチをして「行ってらっしゃい」というと、小さな手を振ってくれるようになりました。なんともいえない充実感を感じます。会社の定年の75歳までの残り2年間、一日一日を大切に過ごしていこうと思います。  私はいま、5人の70 代で組織するサイバー研究会に加わっています。名づけて「アウト老会」。サイバー攻撃の探知技術を開発し、特許も取得しました。東京都中小企業振興公社から新技術認定も取得、さらなる飛躍を目ざしています。この名前、どうぞ胸に刻んでおいてください。 ※バイオ炭……木材や農作物の残渣などのバイオマス(生物由来資源)を、高温・低酸素状態で熱分解(炭化)して得られる多孔質の炭素物質