知っておきたい労働法Q&A  人事労務担当者にとって労務管理上、労働法の理解は重要です。一方、今後も労働法制は変化するうえ、ときには重要な判例も出されるため、日々情報収集することは欠かせません。本連載では、こうした法改正や重要判例の理解をはじめ、人事労務担当者に知ってもらいたい労働法などを、Q&A形式で解説します。 第98回 就業規則の改定と不利益変更、人事制度改革の留意点 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永勲/弁護士 木勝瑛 Q1 特定年齢層の人件費抑制のための賃金規程の改定は有効となるのでしょうか  当社では、少子化や将来の業績悪化に備えて人件費を抑制するため、就業規則・賃金規程を改定し、一定年齢以降の役職定年・昇給停止を実施することを検討しています。就業規則の変更によって実施することは可能でしょうか。 A  就業規則の変更により賃金など重要な労働条件を引き下げる場合は、「高度の必要性に基づいた合理的な内容」であることが求められ、経営上の必要性の客観的な裏づけが不十分な場合には、変更は無効とされます。 1 就業規則の不利益変更の枠組み  労働契約法は、使用者が労働者と個別に合意することなく、就業規則を変更することによって、労働者の労働条件を不利益に変更することはできないことを原則としています(同法第9条)。  例外として、変更後の就業規則を労働者に周知させることを前提としたうえで、就業規則の変更内容や変更に至る手続き・過程について、@労働者の受ける不利益の程度、A労働条件の変更の必要性、B変更後の就業規則の内容の相当性、C労働組合等との交渉の状況その他の事情に照らして合理的なものであると認められるときにかぎり、変更後の就業規則の定めが有効となります(同法第10条)。  もっとも、賃金(退職金や賞与への影響も含む)など、労働者にとって重要な権利・労働条件に関して実質的な不利益がおよぶ場合には、その変更が、当該不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの「高度の必要性に基づいた合理的な内容」のものであることが必要であると解されています(最高裁昭和63年2月16日判決等)。  高年齢層の給与カーブの見直し(一定年齢以降の昇給の停止など)は、人件費管理の観点から検討されることが多いものですが、賃金にとどまらず賞与や退職金にも波及し得るため、その合理性は慎重に判断されることになるでしょう。 2 裁判例の紹介  就業規則の改定による賃金・賞与・退職金の減額が争われた事案として、学校法人目白学園事件(東京地裁令和6年5月15日判決)があります。  この事案の使用者は、大学などを運営する学校法人で、少子化による将来の入学者数の減少や老朽化する校舎の建替費用などの増加を想定して、特段の対策を講じないかぎり、将来的に赤字に転落するという見通しのもと、就業規則を改定しました。その内容は、一律の定期昇給制度を改めて、一定年齢以降の昇給を隔年に制限または60歳以降は停止とするとともに、63歳以上の教職員等については7割または8割の支給に変更するものとされ、これらに連動して賞与や退職金も減額するというものでした。  この変更に同意しなかった原告が、当該変更は労働契約法第10条に照らし無効であると主張して、減額された給与などの差額の支払いを求めました。  裁判所は、定年まで勤務した場合の原告の生涯賃金が退職金を含めて合計約1650万円(当時の給与の約2年分を超える額)も減額されることなどから、本件変更は労働者の重要な権利に対し相当に重大な不利益を与えるものであると評価しました。そのうえで、将来的に赤字になる見通しがあったなど経営上の必要性自体は否定できないとしつつも、使用者自身が立地条件から人口減少の影響を受けにくいと文部科学省に説明する文書を提出していたことや財務見通しと実際の収支との乖離が大きいことなどを指摘して、変更の必要性の程度には疑問があるとしました。  そして、重大な不利益に対する代償措置も不十分であるとして、高度の必要性に基づいた合理的な内容のものとは認められないとして、就業規則の変更を無効としました。  なお、本件では、使用者が、計画策定段階から全教職員を対象とする説明会・意見交換会を、中間まとめや実行案の各段階に分けて合計35回以上にわたって開催したほか、労働組合との団体交渉にも複数回応じ、最終的には教職員の62.7%(480人のうち301人)から書面による同意も得ていました。周知・説明の手続自体は、相応にていねいなものであったといえます。しかしながら、裁判所は、こうした手続の相当性を一定程度認めながらも、経営上の必要性の程度に疑問が残る以上、手続面のていねいさのみでは、重大な不利益を労働者に法的に受忍させるだけの「高度の必要性に基づいた合理的な内容」であるとは認められないと判断しました。 3 実務上の留意点  本判決は、賃金という重要な労働条件を就業規則の変更によって引き下げるには「高度の必要性」が必要であるという従来の判例の枠組みを前提に、その必要性を基礎づける経営上の事情について、客観的な資料との整合性にまで踏み込んで検討した点に特徴があります。将来の収支悪化を理由とする場合であっても、その前提となる見通しが過大であったり、使用者自身のほかの説明と矛盾していたりすると、変更の必要性が認めがたいものとなります。労使交渉等の手続をどれだけ尽くしても、必要性・相当性という実体面の不備までは補われないことを示す点で、実務上示唆に富む判断といえます。  高年齢層の給与カーブの見直しは、特定の年齢層に不利益が集中しやすく、賞与や退職金にも波及するため、不利益の程度が大きくなりがちです。減額幅の抑制や経過措置、激変緩和期間の設定、不利益を受ける層に対する実質的な代償措置を十分に用意し、その内容が不利益に見合うものとなっているかを検証しておく必要があります。  また、多数の労働者から同意を得た場合であっても、賃金などの重要な労働条件に関する同意は、労働者の自由な意思に基づくものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することが必要とされていることにも留意する必要があります。 Q2 人事制度改革で賃金体系の変更を検討中です。新制度では賃金減額が生じる可能性があるのですが問題はないでしょうか  当社では、従業員の評価基準を明確にし、キャリアパスを整備するため、これまでの「時給+歩合給」の賃金体系を廃止し、「月額基本給+役職手当」とする新しい人事・賃金制度の導入を検討しています。会社全体の人件費削減を目的としたものではありませんが、シミュレーションの結果、一部の従業員(特に歩合給が多かった者や役職者)について、平均で6%程度、最大で10%程度の賃金減額が生じることが判明しました。このような制度変更を就業規則の変更によって実施することは可能でしょうか。 A  賃金という重要な労働条件を引き下げる就業規則の変更には、「高度の必要性」が求められます。会社全体の制度改善といった目的があっても、従業員が被る不利益が大きく、代償措置や労働者(労働組合等)との交渉が不十分な場合、変更は無効とされる可能性が高いです。 1 就業規則の変更による賃金減額のハードル  Q1で解説したように、使用者が一方的に就業規則を変更して労働者の労働条件を不利益に変更することは原則としてできません(労働契約法第9条)。例外的に、変更後の就業規則を周知させたうえで、@労働者の受ける不利益の程度、A変更の必要性、B内容の相当性、C労働組合等との交渉状況などを総合考慮し、合理的なものであると認められる場合にのみ有効となります(同法第10条)。特に賃金など労働者にとって重要な労働条件を不利益に変更する場合、単なる合理性ではなく、その不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの「高度の必要性」に基づく合理的な内容であることが求められます(最高裁平成12年9月7日判決等)。 2 裁判例の紹介  就業規則の新設による新たな賃金体系の導入にともなう賃金減額の有効性が争われた近時の裁判例として、ジェットスター・ジャパン事件(東京地裁令和7年9月11日判決)があります。本件は、航空会社の客室乗務員に対し、従来適用されていた「時給制+歩合給(機内販売のコミッション)+役職手当等」の賃金体系を改め、「月額基本給+乗務手当」等を基本とする新賃金体系を、就業規則に新たな規定を追加する実質的な新設という形で導入した事案です。会社側は、この変更は人件費削減目的ではなく、「職責と業務内容に応じたメリハリのある処遇の実現」、「明確なキャリアパスの設定と公平な評価制度の導入」、「ワークライフバランスを考慮した勤務体系の導入」などが目的であると主張しました。 ■裁判所の判断  不利益の程度を判断するためには新旧制度における賃金額の比較が必要となります。この点について、旧制度では、従業員が有給休暇や傷病休暇を取得すると8時間分の時給が支払われる仕組みになっていたため、時給制の旧制度のもとでは、有給休暇や傷病手当を取得するほど支給額が高くなる仕組みになっていました。そこで、会社は、ノーワーク・ノーペイの原則を理由にこれらを算定から除外すべき旨を主張しましたが、裁判所は会社の主張を排斥し、旧制度下において支給された賃金は、有給休暇や傷病休暇を取得したことにより高くなった賃金をベースに比較すべきと判断しました。その結果、賃金の減額率は最大で約10.83%、最小で約2.98%、平均で約6.10%に上り、労働者は相応の不利益を受けていると認定しました。  次に変更の必要性について、会社が主張する人事制度改善などの目的があったとしても、それらはいずれも労働者に賃金減額という重大な不利益を法的に受忍させるだけの「高度の必要性」があるとは認められないと判断しました。さらに、内容の相当性についても、役職者の方が一般乗務員よりも賃金減額率が大きい傾向にあり、そもそもどのような基準にしたがって減額率を設定したのかが不明確である点や、賃金減額に対する代償措置が十分ではない点を指摘し、相当性を否定しました。  また、労働組合との交渉などのプロセスにおいても、会社は途中から新賃金体系で賃金減額となる旨を説明し始めたものの、組合からの反対意見や固定給引上げを求める代替案に対して賃金減額の根拠を具体的に示すことなく、実質的な交渉を行わなかったと指摘しました。加えて、訴訟前と訴訟において新賃金体系に対する説明内容に一貫性がないことなどから、説明は不十分であり各労働者の意見集約を怠ったと厳しく評価しました。  結論として、本件労働条件の変更は合理性を欠き無効であるとされ、新賃金体系の導入(労働条件の変更)は認められませんでした。 3 実務上の留意点  本判決では、会社の示した制度変更の目的と制度の内容の関連性が疑問視されています。大前提として、制度設計の際には、制度変更の目的との関係で合理的な制度を構築しなければ制度の内容の相当性が否定される可能性が高いでしょう。  また、人事評価制度の刷新や月給制への移行など、企業側から見てよりよい制度への改善を目的とした変更であっても、結果として一部の労働者に相当程度の賃金減額をもたらす場合、裁判所は厳しい判断を下す傾向にあります。  そのため、労働者に生じる不利益の程度については、労働者の実態に合わせて精緻にシミュレーションしておかなければなりません。基本給や時給単価の比較だけでなく、歩合給や有給休暇・傷病休暇取得時の手当の扱いなど、従来得られていた実質的な経済的利益(休暇の取得状況などを含む)をすべて含めてシミュレーションを行うことが重要です。  さらに、不利益に対する代償措置や経過措置の設計についても重要です。特定の役職や層に不利益が集中しないような調整給の支給や、長期間にわたる十分な激変緩和措置を設けることも検討する必要があるでしょう。  加えて、労働者に対する説明についてもていねいに行う必要があります。本件では、会社は説明会や団体交渉を複数回行っているものの、実質的な交渉はなされていないと評価されています。形式的な説明では足りず、実質的な説明・交渉を行わなければならない点に留意すべきでしょう。