サステナビリティを高めるシニア人材活用戦略 第3回 シニア人材の経験知を「資産化」する 株式会社日本総合研究所 佐賀(さが)輝(ひかる)/宮下(みやした)太陽(たいよう)  不確実性が高まる現代において、企業が持続的に成長し続けるためには、サステナビリティ(持続可能性)の視点が不可欠です。とりわけ、人材を「資本」としてとらえ、その価値を最大限に引き出す人的資本経営の重要性が高まっています。そのなかでもシニア人材をはじめとする多様な人材の活用は、経験・知見の継承や組織のレジリエンス向上の観点からも、これからの企業経営の鍵を握る重要な要素です。そこで本企画では、シニア人材の持つ価値をあらためて整理するとともに、その活用に向けた具体的な戦略について解説します。 1 はじめに  本連載の第2回※では、シニア人材の知見や経験が、企業の経営基盤や現場力、組織風土の安定を支える重要な価値を持つことを述べました。なかでも現場力の維持には、シニア人材が持つスキルや経験知を次世代へ伝承していくことが欠かせません。  「スキル」は日本だけでなく、世界的にもVUCAの時代のさまざまな変化に対応する一つのキーワードになっています。世界経済フォーラム「The Future of Jobs Report 2025」の報告では、技術変革、地経学的分断などと並んで、人口動態の変化が2030年までの世界の労働市場を形成・変革する要因とされています。特に先進国においては、高齢化と生産年齢人口の減少を背景にタレントマネジメントや教育・指導などにおける「スキル」の需要が高まっていくと指摘されています。  しかし、多くの企業ではシニア人材のスキル伝承が十分に進んでいるとはいえません。シニア人材が日々の業務に追われていることに加え、中堅層の不足や人手不足によって、若手を育成する余裕が失われつつあります。また、そもそも「何を優先的に伝承すべきか」が整理されていないことも少なくありません。そこで本稿では、「伝承すべきスキルが不明確である」という課題に着目し、シニア人材の経験知を組織の資産として残すための方法について、近年注目されている「スキルベース」の考え方をふまえて検討します。 2 スキルベースの考え方とシニア人材に適用する意義  「スキルベース」とは、ジョブをタスクレベルに分解したうえで、タスク別に要求されるスキルを明らかにし、スキルに基づいて人材を配置する人材マネジメント(47ページ図表)をさします。細分化されたスキルに着目することで、人材活用の柔軟性を高めることが期待されています。  欧米では、DX(デジタルトランスフォーメーション)の進展による業務の高度化や慢性的な人材不足を背景に、ジョブで求める要件をすべて満たす人材の獲得が困難になるという問題が発生しました。そのため、ジョブをタスクやスキルに分解し、高度なスキルを有する人材を柔軟に組み合わせることでジョブを遂行するスタイルが確立されつつあります。さらに昨今の生成AIなどの技術革新により、業務に必要なスキルの変化が加速していることも、スキルベースへの関心を高める要因となっています。  スキルベースの考え方の導入は、日本では端緒についたところですが、今後は「スキル」に着目した採用・育成・キャリア開発を通じて、柔軟な人材マネジメントを実現する必要性が高まると考えられます。そのようななか、組織にスキルの考え方をなじませる第一歩として、シニア人材に絞ってスキルベースの考え方を適用するやり方は組織にとっても負担が小さいため、現実的なアプローチといえます。シニア人材に注目してスキルベースの考え方を適用する理由は二つあります。  一つめは、シニア人材が有するスキルや経験そのものが企業の重要な資産だからです。第2回でも述べた通り、シニア人材は品質や安全、事業継続を支える重要な役割をになっています。こうした経験知を組織的に継承できれば、企業の成長と持続性の向上につながります。  二つめは、シニア人材のなかには、長年同じ領域の業務をにない、特定の業務や顧客、設備に深い知見を持つ人が少なくないからです。こうした知見は特定の業務経験のなかで蓄積されているため、担当業務をタスクやスキルに分解することで、組織として残すべき知識やノウハウを整理しやすくなります。  ここで重要なのは、スキルそのものだけでなく、その背景にある経験知まで明らかにすることです。スキルだけでは、「何ができるか」はわかっても、「なぜできるのか」はわかりません。シニア人材がつちかってきた判断基準や勘所まで整理して初めて、経験知の資産化につながります。 3 シニア人材のスキルを資産化する方法  シニア人材のスキルを資産化するためには、三つのステップがあります。  第1ステップは、シニア人材がになっているコアとなるタスクを明らかにすることです。業務全体を漠然ととらえるのではなく、「どの業務が事業継続や品質、安全、顧客対応にとって重要なのか」を整理します。現場の管理職やリーダーへのヒアリング、業務記録の確認、生成AIの活用などにより、タスクの素案を作成し、現場の実態に即して精緻化していくことが考えられます。  第2ステップは、それぞれのタスクに必要なスキルを明らかにすることです。例えば、設備点検であれば、点検手順を理解する力だけでなく、異音や振動の変化を察知する力、過去の故障履歴と照らし合わせて判断する力、関係者へ適切に報告する力などが含まれます。このようにタスクをスキルに分解することで、伝承すべき内容が具体化されます。  第3ステップは、そのスキルを支える経験知を掘り下げることです。ここが、単なるスキル整理と経験知の資産化を分けるもっとも重要な点です。シニア人材へのヒアリングを通じて、「そのスキルをどのような経験から身につけたのか」、「どのような失敗から学んだのか」、「判断に迷ったときに何を基準にしているのか」、「若手がつまずきやすい点はどこか」などを明らかにします。  スキルベースと聞くと、第2ステップのスキルを明らかにすることまでで満足してしまいがちです。しかし、「このスキルを習得しろ」というだけでは、「背中を見て学べ」という従来のアプローチと本質的に変わりません。これまで暗黙知となっていたシニア人材の経験知部分をスキルとセットで明らかにすることが重要なのです。  コアスキルと習得方法を明示することで、経験知を組織で共有し、後進育成に活用するための土台が整ったといえます。そして後進への教育をになう適任者は、習得すべきスキルと関連する経験知を熟知しているシニア人材です。シニア人材を核として後進育成を進めていく方法論については、次回で検討していきたいと思います。 ※本連載第2回(2026年8月号)は、JEEDホームページからもご覧になれます。 https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/book/elder_202608/#page=50 【参考資料】 ・世界経済フォーラム「The Future of Jobs Report 2025」 図表 ジョブ・タスク・スキルの関係性の例 ジョブ 営業職 タスク @ターゲット企業選定 A商談実施 B営業提案・交渉 スキル A.市場分析 B.財務分析 C.課題仮説構築 ※筆者作成