技を支える vol.367 五感を研ぎ澄ませて励むおいしい和菓子づくり 和菓子職人 坪田(つぼた)知之(ともゆき)さん(63歳) 「原材料がお菓子に変わる過程にやりがいを感じます。お客さまに幸せな気持ちになってもらえるよう、ていねいな仕事を心がけています」 地元銘菓を生み出してきた「千葉県の名工」  「船橋(ふなばし)ばか面(めん)おどり」、「船橋名産菓梨(めいさんかなし)の里(さと)」、「船橋三番瀬(さんばんぜ)最中(もなか)」。どれも「ふなばしセレクション※」の認証を受けた銘菓だ。考案したのは、千葉県船橋市で1966(昭和41)年創業の和菓子店「扇屋(おうぎや)」の二代目、坪田知之さん。和菓子職人としてのキャリアは44年におよぶ。年間100種類以上の上生菓子から焼き菓子まで幅広く手がけるたしかな腕が、扇屋ののれんを守り続けている。  「どの商品にも手を抜かず、全力で仕上げる。何かに特化せず、なんでもバランスよくこなせる職人でありたいと思っています」  そう話す坪田さんは、全国菓子大博覧会で「農林水産大臣賞」などの受賞を重ね、2024(令和6)年には「千葉県の卓越した技能者(千葉県の名工)」に選出された。 和菓子の味の決め手おいしいあんへのこだわり  看板商品の「梨の里」をはじめ、扇屋の焼き菓子はどれも、中のあんがみずみずしくしっとりとしている。この食感を生むのが、独自の「急速冷凍焼成技法」だ。修業時代に焼き菓子を任され、「きれいに焼き上がると本当にうれしかった」という坪田さんは、だれに教わるでもなく、試行錯誤を重ねながらこの製法にたどり着いた。  「焼き菓子は、ただ焼成すると中のあんの水分が蒸発しパサつく傾向があります。かといってあんを軟らかくすると、今度は外側の生地が垂れたり割れたりして見た目が悪くなります。そこで、軟らかいあんを包んだらすぐに冷凍し、冷凍のまま焼成します。こうすることで、あんの水分が蒸発する前に生地が焼き上がるため、見た目も美しく、しっとりとした焼き菓子に仕上がります」  あんづくりは手間がかかり重労働でもあるため、仕入れに頼る店も多い。しかし、「和菓子はあんで味が決まるといっても過言ではない」という坪田さんは、あんの自家製造にこだわる。小豆(あずき)やいんげん豆などの原材料から、こしあん、粒あん、白あんなど、菓子ごとに糖度を変えながら30種類近いあんをすべて自家製で仕込む。  「『和菓子は五感の総合芸術』ともいわれますが、食べる人だけでなく、職人も五感をフルに働かせてつくるものだと思っています。見た目の美しさ、味のおいしさはいうまでもありませんが、嗅覚では柏もちや桜もちなどの葉を、温かいうちに巻いて香りを移します。触覚では硬さや軟らかさ、熱さや冷たさなどを確かめます。また聴覚では、あんを練るときの火加減や、もちつき、蒸すときの音を聞いて判断します。このように、五感すべてを働かせて、つねにおいしい和菓子をつくろうという気持ちで仕事に向き合う。その感性こそが大切だと思っています」 父から継いだ家業を娘とともに守る  先代である父が扇屋を開業したのは、坪田さんが3歳のとき。朝早くから夜遅くまで働く両親の姿を毎日目にして育った。「両親の力になりたい」、「店をなくしたくない」という思いから、自然と家業を継ぐ決意を固めていった。  高校卒業後、父の師匠の店である東京・本郷の「扇屋」に8年間弟子入りし、基礎を身につけた。その後、自分の手で一から十までつくり上げてみたいと、ほかの和菓子店で修業を重ねた。そんななか、1993(平成5)年に父が急逝し、家業を継ぐことに。以来30年余り、坪田さんは扇屋の味を守り、育ててきた。現在は長女の和美さんも和菓子づくりに加わっている。  「本郷の兄弟子からは、厳しく叱られることもなく、ていねいに仕事を教えてもらいました。娘にも同じように、経営の苦労から菓子づくりの理念まで、ていねいに伝えるようにしています」  今年、扇屋は創業60周年を迎える。その記念銘菓として、船橋の名所を題材にした新作を開発中だ。  「この先も健康に気をつけながら、仕事場に立てなくなる日まで、和菓子づくりに励んでいきたいと思います」 株式会社扇屋 TEL:047(465)6716 https://ougiya-wagashi.com (撮影・羽渕みどり/取材・増田忠英) ※ふなばしセレクション……ふなばし産品ブランド協議会が船橋市内の優良な商品を広く募集し、「ふなばしセレクション認証品」として認証する制度 写真のキャプション 長女の和美(かずみ)さんと2人で和菓子をつくる。「仕事は1人よりも2人で息を合わせてやるほうが効率よくできます。長女の仕事のパートナーも育てたい」と話す 扇屋の店先には、閉店時でも和菓子を購入できる自動販売機が設置されている 創業時から家族で営まれてきた扇屋。現在は妻の智子(ともこ)さん(左)、長女の和美さんと3人で店を支えている 上生菓子の「菊」をつくるため、三角ベラを使い等間隔に筋をつけているところ。複数の品物を均一に仕上げられるところに職人の技が光る 木型、抜き型、細工ベラなど、上生菓子づくりに用いる道具の一部。近年は木型職人が減り、3Dプリンターで代用品をつくることもあるが、使い勝手の面でおよばないという 「なんでもつくれる職人になりたかった」と坪田さんがいうように、ショーケースには季節の上生菓子や焼き菓子がずらりと並ぶ。取材の日も客がひっきりなしに来店していた 柿、菊、月うさぎ、栗、松茸(まつたけ)―初秋を彩る上生菓子の数々。白あんをベースにした練り切りに、木型や細工ベラを使ってていねいに意匠を施していく。坪田さんは年間100種類以上の上生菓子を手がける 焼き上がった商品をオーブンから取り出す。凍ったまま焼き上げることで、外はきれいに焼けて、中はしっとりとしたあんの焼き菓子ができあがる