AIと歩む人生100年時代 雇用系産学連携シンクタンクiU組織研究機構 代表理事/社会保険労務士・公認心理師/AIエージェント・ストラテジスト(AICX協会) 松井(まつい)勇策(ゆうさく)  生成AIの登場により、ビジネスシーンにおいてもAI利用が本格化し、今後の仕事や働き方に大きな変化をもたらすことが期待されます。一方で、少子高齢化が進むわが国においては、シニア人材の活用がますます重要な経営課題となっており、AIの活用により業務負荷の軽減やスキルの補完などが実現できれば、これまでとは異なる形でシニア人材の価値が発揮されるといった変化も期待できます。本企画では、AIが職場や仕事、働き方に与える影響とともに、AI社会だからこそ高まるシニア人材の価値やその活用戦略について展望します。 第3回 AIでシニア活躍に関する人事の仕事はどう変わり、どんな広大な可能性が広がるのか はじめに  定年延長や継続雇用が広がり、長い経験を積んだ社員にどう活躍してもらうかが、人事の中心的な課題になっています。そこへAIが急速に入ってきました。多くの方はまず「仕事が奪われるのではないか」と身構えます。人事の仕事も例外ではありません。  けれども、人事の現場で起きている変化の本質は、「仕事が奪われる」ことではなく、「役割が移る」ことにあります。そしてこの変化は、高齢期の社員の活躍を支えるという課題と、想像以上に深いところでつながっています。  本稿では、シニアの活躍支援、人事の仕事、そしてAIという三つの点に焦点をしぼり、その関係を整理します。そのうえで、経営者や人事担当の方が明日から試せる、身近でわかりやすい使い方をご紹介します。特別なシステムの導入は前提としません。手元の生成AIに話しかけるところから始められることばかりです。取り上げるのは、シニア人材の力を、あくまで自社のなかでどう活かすか、という視点です。  では、AIを使うことで、シニアの活躍支援において具体的に何が可能になるのでしょうか。本稿では、次の三つを取り上げます(43ページ図表1)。 �@本人が、自分の経験を棚卸しし、強みを言葉にできるようになる �A学び直しの入口が下がり、「いまさら聞けない」を越えられるようになる �B人事が、面談で聞いた内容を整理・構造化し、組織の課題としてとらえられるようになる 人事の仕事は、いま何から変わりつつあるか  これまでAIの活用といえば、給与計算の自動化や、規程・書類の作成の効率化など、作業を速く正確にこなす場面が中心でした。近年はここから一歩進み、主要な労務システムにAIが組み込まれ、手続き的な業務の多くが自動化されつつあります。採用では応募書類の要点整理や質問案づくりを補助し、これまで紙や個人の記憶に眠っていた社員の経験・資格・異動歴を、検索できる形に整えることもできます。  この流れが進むと、人事に残る仕事の性質が変わります。処理のスピードや正確さで価値を出す部分はAIが引き受け、人の側には「判断」と「支援」が残ります。どの人材にどんな力があり、それをどこで活かせるのか。制度と現場の実態がどこでずれているのか。こうした、文脈を読み、人と向き合う仕事は、AIには置き換えにくい領域です(図表2)。  いい換えれば、人事の役割は「処理する人」から「見極めて、活かす人」へと移っていきます。そしてこの「見極めて、活かす」という役割こそ、高齢期の社員の活躍を支えるうえで、いまもっとも必要とされているものです。 キャリア形成をAIで支援する ―調べる・棚卸しする・可能性を広げる  では具体的な使い方に入ります。最初は、社員一人ひとりのキャリア形成を、AIで支援する方法です。むずかしい設定は要りません。会話するようにAIに話しかけるだけで始められます(図表3)。  第一に、「知らないことを、その場で調べる」使い方です。人生100年時代の学び直しは、多くの人にとって「いまさら聞けない」という心理的なハードルから始まります。新しい制度、聞き慣れない専門用語、若い世代が使う道具。こうしたわからないことを、恥ずかしさなくその場でたずねられることは、学び直しの入口を大きく下げます。人事の側は、「まずAIに聞いてみましょう」と一声かけるだけで、その第一歩を後押しできます。AIにあまりアクセスしていない方も含めて、ここがまず第一歩だと思います(44ページ事例A)。  第二に、「これまでの経験を棚卸しし、整理する」使い方です。になってきた仕事をAIに順に話し、「この経験から、どんな強みがあるといえそうか」、「ほかの場面にも活かせる力は何か」と対話しながら整理していきます。AIは聞き役として、本人が気づいていなかった強みを言葉にする手助けをします(事例B)。  第三に、「まだ見ぬ可能性を広げる」使い方です。整理した経験をもとに、「この強みは、社内のどんな役割で活かせそうか」と問いかけます。自分一人では思いつかなかった、次の活き方の候補が広がります。ここで大切なのは、あくまで自社のなかで次にどう活きるかに着地させることです。つちかった力を、同じ組織の別の場面で活かす道筋を、本人と一緒に描いていく。人事はその伴走者になります。 事例A スーパー(小売業・社員200名) 課題:60代パートがレジ更新についていけず、離職が心配されていた。 取組み:「わからないことはまずAIに聞く」を習慣化し、手順を自分の言葉でメモ化。 成果:操作に習熟し、いまは新人パートの相談役もになっている。 事例B 金属加工(製造業・社員80名) 課題:再雇用の熟練工が「任される仕事が減った」と意欲を落としていた。 取組み:本人の経験をAIとの対話で棚卸しし、段取り改善と後進指導の強みを言語化。 成果:本人が改善提案役を志願し、現場の段取り時間の短縮につながった。 実際に支援した実例(個社特定を避けるため、中核は変えずに情報を変えている部分があります) 面談・ヒアリングをAIで整理する  シニア社員の経験を戦力に変えるうえで、もっとも大切な入口が「面談」です。役割や立場が変わっていくなかで、本人が何を望み、どんな力を活かしたいのかは、ていねいに聞かなければわかりません。ところが、聞いた内容を整理し、意味づけする作業には大きな手間がかかります。ここにAIが役立ちます(45ページ図表4)。  進め方はシンプルです。面談の音声を録音し、AIで文字起こしをします。近年のツールは話者を分けて記録し、要約まで自動で作成します。1時間の面談を手作業で書き起こせば数時間かかるところが、大幅に短縮されます。そのうえで、「この人の強み」、「困っていること」、「活かせそうな場」といった観点で整理させれば、面談内容が構造化され、次の役割設計の材料になります。こうした「聞いて、AIで整理し、次につなげる」手法は、すでに専門家向けの研修としても体系化され始めています。例えば社会保険労務士などに向けて、ヒアリング内容をAIで分析し、現場の課題解決につなげる手法を教える講座があります。相手の言葉をいい換えて深く聞く進め方や、集まった複数の声をAIで立場ごとに束ね直して共通する課題を抽出する分析法などが扱われています。  この手法は、シニア社員の面談にそのまま応用できます。例えば継続雇用のベテラン社員に話を聞くと、「これまでの経験を活かせる場が減った気がする」、「若手にどう技術を伝えればよいかわからない」といった声が出てくることがあります。こうした声を一人分の感想として流すのではなく、AIで複数の面談を横断して整理すると、「経験を活かす場が制度として用意されていない」、「技能を受け継ぐ仕組みが個人任せになっている」といった、組織としての課題が浮かび上がります。面談が、個人の相談から、組織を動かす材料へと変わるのです(44ページ事例C・D)。 事例C 建設業(社員60名) 課題:シニア社員との面談記録が担当者の個人メモ止まりで、共有も引き継ぎもできなかった。 取組み:面談を録音してAIで要約・論点整理し、強み・希望・活かせる場を一覧化。 成果:配置転換の検討資料として使え、担当が代わっても引き継げる形になった。 事例D 介護施設(職員120名) 課題:多数のシニア職員の要望が個別対応にとどまり、全体像がつかめなかった。 取組み:複数の面談をAIで横断整理し、立場ごとに束ねて共通点を抽出。 成果:「役割の曖昧さ」という共通課題が見え、職務分担の見直しにつながった。 実際に支援した実例(個社特定を避けるため、中核は変えずに情報を変えている部分があります) 活用にあたっての留意点  一つは、世代によってAIの使い慣れに差があることです。AIを配っただけでは活用は進みません。人事が使い方の入口を用意し、寄り添う姿勢が欠かせません。  もう一つは、公平さの担保です。AIに評価や選別を委ねると、過去のデータに含まれる偏り、例えば年齢による思い込みが、そのまま結果に持ち込まれるおそれがあります。AIはあくまで判断材料をつくる道具であり、最終的な判断は人が責任を持つ。この線引きが重要です。また、面談の録音には本人の同意が欠かせません。何のために録り、どう扱い、どこまで共有するのか。あらかじめルールを定め、ていねいに説明したうえで進めることが求められます(図表5)。 おわりに  AIが人事の仕事を奪うのか。問いをそう立てる必要はないと思います。本当の問いは、人事がAIを使って、さらに多くの方が活躍でき、悩みを解決し、創造的に協働できるために何ができるのか。その可能性をAIは大きく広げてくれるものだと思います。  AIがあることで人事に広がるのは、貴重な一人ひとりの経験や個性と向き合い、その力が活きる場をつくる仕事です。それは、長い職業人生を歩んできたかけがえのない一人ひとりの人材が、これからも自社で活躍し続けるための土台をつくる仕事でもあります。AIは、その仕事を後押ししてくれる、大きな可能性があるのだと確信しています。 図表1 AI活用の本質と、シニアの活躍支援の本質は、どこでつながるのか AI活用の本質 散らばって形になっていない情報を、整理して見えるようにする 最大の難所 「見えない・言葉にならない」経験=ここにAIが効く シニアの活躍支援の本質 積み上げた経験を、社内の必要とされる場に結び直す AIで可能になること �@経験を棚卸しし強みを言葉に �A学び直しの入口が下がる �B面談を整理し組織の課題に 出典:筆者作成 図表2 人事の役割は「処理する人」から「見極めて、活かす人」へ 人 判断・支援=見極めて、活かす どの人材にどんな力があり、どこで活かせるか/制度と現場のずれを読む シニアの活躍支援は、この層 AI 定型処理 給与計算・勤怠管理・書類作成・問い合わせ一次対応 スピードと正確さで価値を出す部分を引き受ける 役割が移る 出典:筆者作成 図表3 経験を「自社の中での次の活き方」に変える3ステップ �@調べる 知らないことをその場でAIに聞く 学び直しの入口を下げる �A棚卸しする になってきた仕事を話し、強みを言葉にする 本人も気づかない強みを可視化 �B可能性を広げる その強みを社内のどの役割で活かせるか壁打ち 次の活き方の候補を広げる 着地点:会社の外ではなく、同じ組織の別の場面で、これまでの力を活かす 出典:筆者作成 図表4 面談の「個人の声」を、AIで「組織の課題」に変える 面談(録音) 本人にじっくり話してもらう 個人の声 文字起こし 話者を分け、要約まで自動 AIで整理 強み/困りごと/活かせる場に 構造化 束ねる 複数の面談を横断して整理 組織の材料へ 浮かび上がる「組織としての課題」 例:経験の活かせる場が制度として用意されていない/技能を受け継ぐ仕組みが個人任せになっている 出典:筆者作成 図表5 活用にあたっての三つの留意点 世代間のリテラシー差 配って終わりにせず、人事が使い方の入口を用意し寄り添う 公平さ(年齢バイアス) 過去データの偏りが結果に入り込む恐れ。評価をAIに丸投げしない 録音の同意 目的・扱い・共有範囲をあらかじめ決め、ていねいに説明してから録る AIは判断材料をつくる道具。最終的な判断は、人が責任を持つ 出典:筆者作成