知っておきたい労働法Q&A  人事労務担当者にとって労務管理上、労働法の理解は重要です。一方、今後も労働法制は変化するうえ、ときには重要な判例も出されるため、日々情報収集することは欠かせません。本連載では、こうした法改正や重要判例の理解をはじめ、人事労務担当者に知ってもらいたい労働法などを、Q&A形式で解説します。 第99回 65歳以降の継続雇用制度と契約更新への合理的期待、事業場外みなし労働時間制の適用と事後的な労働時間管理 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永 勲 弁護士 ��木勝瑛 Q1 65歳以降の継続雇用制度について、雇用を継続するための基準を設けることに問題はないのでしょうか  当社では65歳を上限とする継続雇用制度を運用していますが、人材確保のため、65歳以降も一定の基準を満たす者を対象に、新たな有期雇用制度を設けることを検討しています。このような場合に基準を設けて対応することは許されるのでしょうか。 A  65歳以降の雇用継続については、一定の基準を設けて雇用継続に関する判断を行うことは可能です。ただし、雇用契約の連続性・共通性があることから、再雇用に合理的な期待が認められる場合には、雇用継続が必要となる場合があります。 1 65歳以降の高年齢者雇用をめぐる制度設計  高年齢者雇用安定法は、65歳までの雇用確保措置(定年の引上げ、継続雇用制度の導入、定年の廃止のいずれか)を事業主の義務とする一方、現時点では、65歳から70歳までについては、同様の措置に加え、業務委託契約などによる就業機会の確保(創業支援等措置)を含めて努力義務とするにとどめています(同法第9条、第10条の2)。  このため、65歳までの継続雇用制度は、原則として希望者全員を対象とする必要がありますが、65歳以降の雇用継続については、努力義務にとどまることもあり、企業が独自に対象者の基準を設け、当該基準を満たす者にかぎって新たな有期雇用制度の適用対象とすることも許容されています。  しかしながら、65歳までの雇用と65歳以降の雇用は、通常であれば労働契約期間として連続しており、さらに労働条件が維持されるといった共通性もあることから、両制度が実質的に一体のものと評価することも可能であり、65歳以降の雇用継続について更新拒絶(再雇用申込みの拒否)を行うような場合についても、労働契約法第19条が類推適用される可能性があるとされています。 2 裁判例の紹介  この点が問題となった裁判例として、大阪地裁令和8年3月19日判決(令和5年(ワ)第8675号)があります。  本件は、鉄道事業者である被告において、60歳の定年後に、継続雇用制度(被告では「シニア社員制度」と呼称され、65歳が更新上限とされていました)により65歳まで有期雇用契約を更新しながら通信設備の保守管理業務等に従事してきた原告が、被告が新たに導入した「グランドシニア社員制度」(65歳到達後、心身の健康状態やICT技術などの進展に対応できる能力や意欲、後輩を指導・育成できること、業務知識・経験の豊富さなどの基準(本件基準)を満たす者を対象に、最長5年間、1年ごとに有期雇用契約を更新する制度)への再雇用を申し込んだところ、被告から本件基準を満たさないとして再雇用を拒否された事案です。原告は、労働契約法第19条2号の直接適用または類推適用により、被告との間に労働契約上の地位があることの確認などを求めて提訴しました。  裁判所は、まず、グランドシニア社員制度は、65歳を更新上限としていた継続雇用制度(シニア社員制度)とは別個の制度であり、既存の有期労働契約を更新するのではなく、新たに再雇用する制度であることを理由に、同号の直接適用はないと判断しました。もっとも、両制度は労働契約期間が連続し、労働条件も共通していることから、新制度による再雇用契約の締結に対する合理的期待がある場合には、同号が適用される場面と利益状況が共通しているとして、類推適用の余地を認めています。  そのうえで、本件基準の該当性について、被告が制度導入時に基準を明確に定めており、労働組合を通じて広く周知し、対象者には個別に冊子を配付していたこと、グランドシニア社員の応募者に対する適用者の割合は約67.8%程度であり、抽象的な基準の該当性判断については使用者である被告が一定の裁量を有することが前提とされていたこと、原告の従前の実績などに照らすと、本件基準(業務知識・経験の豊富さなど)を満たすことが明らかとまでは認められないこと、高年齢者雇用安定法における65歳以降の雇用継続については努力義務にとどまっていることなどから、原告がグランドシニア社員制度により再雇用されると期待することについて合理的な理由があるとは認められないと判断し、原告の請求をいずれも棄却しました。  なお、原告の業務知識や意欲などに関連して、過去に経験してきた業務の内容・種類やそれに必要であった技術、被告が毎月開催していた社内勉強会への参加がなかったこと、社内資格を取得したこともなかったことなどが考慮されています。 3 実務上の留意点  本裁判例は、65歳までの継続雇用制度とは別個の新制度を設けた場合であっても、労働条件の連続性・共通性によって、労働契約法第19条2号の類推適用を受ける可能性があることを示した点で、65歳を超えた労働者の雇用に関する制度設計にあたり参考になります。  実務上は、新制度を旧制度と区別する趣旨を明確にし、対象者の基準をできるかぎり具体的かつ客観的に定めて、対象者に周知しておくことが紛争回避の観点からは重要でしょう。  基準が抽象的にとどまる場合、その該当性判断に使用者の裁量が広く認められる一方で、恣意的な運用がなされたと評価されるリスクも生じるため、基準の該当性を裏づける資料(人事考課、業務実績、指導記録など)を整備し、判断過程を説明できるようにしておかなければなりません。本件では、原告自身の過去の業務経験や知識や意欲の有無などが個別具体的に検討された結果、基準を充足するとはいえないと判断されていますが、65歳以降も再雇用された労働者と比較されても不採用と判断した合理的な理由を説明可能であるかを検証しておく必要もあります。  また、高年齢者雇用安定法上の65歳以降の就業確保措置はなお努力義務にとどまるとはいえ、対象者を限定する制度を導入する場合には、将来的な法改正の動向も注視しつつ、基準の設定・運用が労働契約法第19条の類推適用を受けた場合でも耐え得るものとなっているか、あらかじめ確認しておくことが望ましいといえます。 Q2 「事業場外みなし労働時間制」の対象者に、日報などで労働時間を事後報告させる場合は、その適用外となるのでしょうか  当社では、外回り営業を担当する従業員に対し、「事業場外みなし労働時間制」を適用しています。日中のスケジュール管理は本人に委ねており、直行直帰も認めています。業務中の随時の報告や指示は特に行っていませんが、業務管理の観点から、毎月末に業務日報を提出させ、1日ごとの始業・終業時刻、休憩時間、訪問先、面談内容などを記載させています。先日、退職した元社員から「会社は業務日報で毎日の労働時間を把握できていたはずだ。したがって、事業場外みなし労働時間制の適用は無効である」として、多額の未払い残業代を請求されました。事後的に業務日報を提出させていると、みなし労働時間制は適用できなくなってしまうのでしょうか。 A  事後的に業務日報を提出させているという事実のみをもって、ただちに事業場外みなし労働時間制の適用が否定されるわけではありません。重要なのは、その業務日報の記載内容の客観的な正確性が担保されており、会社が実際の労働時間を具体的に把握することが可能であったといえるかどうかです。判例の傾向からすれば、業務日報の記載内容が単なる自己申告に過ぎず、客観的な裏づけを行うことが困難な場合は、依然として事業場外みなし労働時間制の適用が認められる(労働時間の算定が困難であると判断される)可能性があるといえます。 1 事業場外みなし労働時間制とは  労働基準法第38条の2第1項は、労働者が事業場外で業務に従事した場合において、「労働時間を算定し難いとき」には、原則として所定労働時間労働したものとみなす「事業場外みなし労働時間制(以下、「みなし制」)」を定めています。労働時間の算定は、実際の労働時間に基づき1分単位で計算されるのが大原則です。みなし制はその例外規定であるため、適用されるか否かは厳格に判断されます。具体的には、「業務の性質、内容やその遂行の態様、状況等、業務に関する指示及び報告の方法、内容やその実施の態様、状況等」を総合的に考慮し、使用者が労働者の勤務状況を具体的に把握することが客観的に困難であったかどうかという観点から審査されます。  近年は、スマートフォンや各種のクラウドツールなどの通信技術が発達しているため、使用者が労働者と連絡を取ろうと思えばいつでも取れる環境にあります。そのため、携帯電話を貸与しているだけで「労働時間は算定可能」とみなされるのか、また、本件のように事後的な業務報告(日報など)を求めている事実がどう評価されるのかが、実務上大きな争点となっています。 2 裁判例の紹介(協同組合グローブ事件)  みなし制の適用可否、特に、事後的な業務日報の存在とその正確性が争点となった近時の判例(最高裁令和6年4月16日判決、福岡高裁令和7年8月28日判決)を紹介します。 (1)事案の背景  本件は、外国人技能実習生の監理団体に所属する指導員(キャリア職員)が、会社(協同組合)に対し未払い残業代などを請求した事案です。指導員は、担当する実習実施者に対する月2回以上の訪問指導のほか、実習生の送迎や生活指導、急なトラブル対応(通訳など)など、多岐にわたる事業場外での業務におもに従事していました。訪問のスケジュール管理は本人の裁量に委ねられ、直行直帰も許されており、業務中の随時の指示や報告は行われていませんでした。しかし会社は、月末に、就業日ごとの始業・終業時刻、休憩時間、訪問先や業務内容を記載した「キャリア業務日報」の提出を義務づけていました。また、会社は一部の残業について、この日報を基に残業時間を算出して残業手当を支払うこともありました。 (2)下級審(第一審・控訴審)の判断  第一審および控訴審は、会社は業務日報を通じて業務遂行状況の報告を受けており、疑問があれば実習実施者などに問い合わせて確認することも可能であったこと、さらには会社自身が日報を前提に残業代を支払っていた事実を重視しました。その結果、「業務日報にはある程度の正確性が担保されており、労働時間の把握は可能であった」として、みなし制の適用を否定しました。 (3)最高裁の判断(令和6年4月16日判決)  しかし、最高裁は原審のこの判断を覆しました。最高裁は、業務が多岐にわたり、本人の裁量でスケジュール管理や直行直帰が行われ、随時の指示・報告もなかった実態に照らせば、「勤務状況の具体的な把握が容易であったとは直ちに言いがたい」と指摘しました。そのうえで、�@業務日報の内容を実習実施者などに確認するという方法は一般論に過ぎず、現実的な可能性や実効性が明らかではない、�A会社が日報に基づき一定の場合に残業代を支払っていた事実のみをもって、業務日報の正確性が客観的に担保されていたとは評価できない、と判示しました。そして、業務日報の正確性を担保する具体的な事情を十分検討せずに、日報による報告のみを重視してみなし制を否定した原審の判断は違法であるとして、事件を高裁に差し戻しました。 (4)差戻審の判断(福岡高裁令和7年8月28日判決)  差し戻し後の福岡高裁は、最高裁の指摘をふまえ、多岐にわたる訪問先が指導員の訪問日時を子細に記録・保管しているとは通常うかがわれず、実習実施者などへの確認による正確性担保の実効性は乏しいと認定しました。また、日報に訂正などのチェックが入っていた事実についても、単なる誤記修正に過ぎず、客観的資料に基づくものではないと指摘しました。結論として、業務日報はあくまで「自己申告」の意味合いに留まり、全体の正確性が客観的に担保されていたとはいえないと判断したうえで会社が労働者の労働時間を具体的に把握することは困難であったとして、「労働時間を算定し難いとき」にあたると認定し、みなし制の適用を有効と認めました。 3 実務上の留意点と今後の対応策  本件のように、事後的な自己申告による業務日報であり、記載内容の真偽を客観的に裏づける手段がない、あるいは裏づけ確認を行う現実的・実効的な方法に乏しい場合には、「労働時間を算定し難い」と評価される可能性が高くなります。逆にいえば、会社支給のスマートフォンのGPS機能を用いたリアルタイムな打刻システムを導入し、訪問履歴と時間を分単位で厳格に管理しているようなケースでは、日報の正確性が客観的に担保されているとみなされ、みなし制の適用はきわめて困難になるでしょう。  また、本件では、労働者自らがスケジュールを管理し、直行直帰が自由で、随時の指示・報告がなかったことが前提となっています。制度上みなし制を採用していても、実際には上司がその日の行動予定を分単位で指定し、訪問が終わるごとに連絡ツールなどで細かく報告させ、次の行動を指示しているような実態があれば、使用者の具体的な指揮監督が及んでいるとして、適用は否定されることになります。  自社でみなし制を採用している場合には、一度、制度や運用が適切なものになっているか否か確認されることをおすすめします。