いまさら聞けない人事用語辞典 株式会社グローセンパートナー 執行役員・ディレクター 吉岡利之 第72回 「心理的安全性」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は、「心理的安全性」について取り上げます。 心理的安全性は組織やチームの状態  心理的安全性の定義は、「心理的安全性の高いチーム・職場とは」という論文※1に「職場において意見や懸念、失敗、異なる見方を表明しても、不利益を受けたり、孤立させられたりしない心理状態である」との記載があります。心理的安全性の定義は、書いてあるものにより微妙に異なるのですが、一般的に浸透しているものはおおよそこの定義に沿っているかと思います。  この心理的安全性は、じつはかなり昔から存在している概念で、起源は1965(昭和40)年、マサチューセッツ工科大学のエドガー・シャインとウォレン・ベニスが組織変革の文脈で言及したことにさかのぼります。その後、ハーバード・ビジネス・スクールのエイミー・C・エドモンドソン教授が1999(平成11)年の研究で「team psychological safety(チームの心理的安全性)」という用語を用いたことで、現在広く知られる形へと定義が整理されました。  心理的安全性を理解するうえで大事なのは、個人ではなくチーム(所属組織・職場なども含む)の状態をさしていることです。心理的安全性が高い状態を確保して、失敗や疑問、違和感、気づきなどをもとにメンバーの学習をうながし、チームとしてのパフォーマンス向上を目ざすというのが基本的な考え方です。ここでいう心理的安全性の高い状態とは、��無知と思われる�=A��無能と思われる�=A��邪魔をしていると思われる�=A��ネガティブと思われる�≠ニいう不安がない状態とされています。例えば、何か新しい取組みをしようとしているなか、メンバーが出してきた意見に対して、上司が「素人(しろうと)意見だ」とか「考えが足りない」などと逐一否定していたら、意見をいわないか、上司が考える正解しかいわなくなってしまいます。一方で、自由に対話できる環境があれば、これまではだれも気づかなかった将来につながる取組みとなる意見が出てくる可能性もあります。 心理的安全性が再注目されている  四半世紀以上も前に定義化されたこの用語ですが、最近よく目にします。  一つめの理由としては、社会や事業環境の変化や、将来の予測の困難さが加速化している点があげられます。このような状態をVUCA(ブーカ)※2ともいいますが、これまでの経験則や知見から導き出される��正解�≠ノ従っていればうまくいくという状態はもはやなくなってきています。このような正解のないなかで、メンバーが出し合った多様な意見のなかで成長の種を見つけ育てていくような環境づくりが、官民問わず重視されてきています。これは日本の成長戦略の一環として推進されている人的資本経営※3で提唱されている「多様な人材の育成・確保」や「イノベーション創出をリードする人材」、「従業員の自発的な貢献意欲の向上」の基盤となる環境でもあり、それを実現する重要な取組みとして心理的安全性の向上を推進する企業が増えています。上場企業の人的資本に対する取組みの開示のなかに「心理的安全性の高い職場環境の整備・醸成という記載をしている」、「自社の心理的安全性の取組み事例などを公表※4している」ことなどからもうかがえます。  二つめの理由としては、ここまで説明したものとは異なる観点ですが、「心の健康」問題が深刻化している点があげられます。『職場における心の健康づくり〜労働者の心の健康の保持増進のための指針〜』(厚生労働省、独立行政法人労働者健康安全機構)※5パンフレットの冒頭に、近年、経済・産業構造が変化するなかで、仕事や職業生活に強いストレスを感じている労働者の割合が約8割との結果が出ています〔図表1参照〕。その理由のうち3位が対人関係(セクハラ・パワハラを含む)〔図表2参照〕と心理的安全性に関係ありそうな結果が掲載されています。本パンフレットには直接的に心理的安全性という用語は出てきませんが、『健康経営における「心の健康」投資・実践ガイド』(経済産業省ヘルスケア産業課、2025年)※6のなかでは、ストレスと心理的安全性の関係に言及しており、「心の健康」に投資する施策や事例のなかでも心理的安全性の確保に関する記載がいくつも出てきます。先ほどあげた上司が意見を逐一否定する例を思い起こせば、心理的安全性の低い環境は心の健康に悪い影響を与えるというのは容易に想像ができるかと思います。 心理的安全性と高齢者雇用  心理的安全性は高齢者雇用とも関係があります。パーソル総合研究所の『シニア就業者の意識・行動の変化と活躍促進のヒント』2023年調査※7のうち「シニア就業者の『はたらくWell-being』を高める上司マネジメント」の結果をみると60代にとって効果的な上位3項目が「自分の存在を認めてもらえている」、「他のメンバーと平等に接してもらえている」、「自分の意見を仕事に取り入れてくれている」との回答結果になっています。これらは心理的安全性の定義が満たされているといえる状態です。ここから、職場における心理的安全性の確保がシニアの活躍推進にもつながることがわかります。  次回は、「住宅補助」について取り上げます。 ※1 連合総研レポートDIO 2026年39巻7号P.7-11 執筆:早稲田大学商学部准教授 村瀬俊朗、東京都立大学非常勤講師 村井健彦 https://www.rengo-soken.or.jp/dio/dio421-1.pdf ※2 Volatility(変動性)・Uncertainty(不確実性)・Complexity(複雑性)・Ambiguity(曖昧性)の頭文字をとった用語 ※3 人的資本経営については本誌2023年8月号(当連載第37回)を参照 https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/book/elder_202308/#page=50 ※4 富士通株式会社が「富士通の心理的安全性をデザインするプロジェクト」でまとめた『Fujitsu心理的安全性Playbook』などが公表されている。 https://global.fujitsu/ja-JP/local/blog/article/2024-06-18-01 ※5 https://www.mhlw.go.jp/content/001579077.pdf ※6 https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/kokoronokenkojissenguide.pdf ※7 https://rc.persol-group.co.jp/wp-content/uploads/thinktank/digest/16_HITOResearchDigest_pgs2023.pdf 図表1  職業生活での強いストレス等の状況 ストレス等を感じる労働者の割合 H28年 59.5% H29年 58.3% H30年 58.0% R2年 54.2% R3年 53.3% R4年 82.2% R5年 82.7% 注1:R1は当該項目を調査していない 注2:R4以降は、R3から設問形式を一部変更していることから、R3までの実績と比較することは困難 出典:『職場における心の健康づくり〜労働者の心の健康の保持増進のための指針〜』厚生労働省、独立行政法人労働者健康安全機構 図表2 職業生活における強いストレス等の原因 強いストレスとなっていると感じる事柄がある労働者を100としたときの割合(%) 仕事の失敗、責任の発生等 39.7 仕事の量 39.4 対人関係(セクハラ・パワハラを含む。) 29.6 仕事の質 27.3 顧客、取引先等からのクレーム 26.6 会社の将来性 22.2 役割・地位の変化等(昇進、昇格、配置転換等) 15.8 出典:『職場における心の健康づくり〜労働者の心の健康の保持増進のための指針〜』厚生労働省、独立行政法人労働者健康安全機構