立川(たてかわ)談慶(だんけい)の人生100年時代の歩き方 第9回 疝気(せんき)の虫 〜もっと病と対話してみよう  落語に「疝気の虫」というのがあります。  医者が夢のなかで、人間(とりわけ男性)の腹を痛めつける「疝気の虫」に出会います。虫は「蕎麦(そば)が好きだが唐辛子は嫌い」、「唐辛子に出会うと別荘(陰嚢(いんのう))に隠れてやりすごす」と自分の弱点を語ったところで医者は目を覚まします。そんな医者の元へ、疝気に苦しむ患者の往診依頼が入ります。医者はこの夢での話を信じて、患者の体から虫を別の場所へ移動させようと治療を試みます。  疝気にかかったのは夫で、医者はその妻に、夫に蕎麦の匂いをかがせながら自ら蕎麦を食うようにいいます。すると疝気の虫は蕎麦が食えると思って夫の消化管を遡(さかのぼ)ったものの、見当違いで蕎麦を食べているのは妻だったと気づきます。  たちまち虫は夫の口から飛び出し、向かいにいる妻の体内に飛び込みます。痛がる妻に医者は「唐辛子水を飲みなさい」といいます。唐辛子水から虫は急いで逃げようと、一目散に腹を下りますが、しかし女性である妻の体内に「別荘」はなく、首をひねり、キョロキョロしながら「別荘がない」とつぶやき、そのまま高座から去ってゆきます。  師匠談志の十八番でしたが疝気とは当時男性を苦しめた「結石」の類の病でしょうか。  さてこのくだらない落語ですが、談志は「病との対話」だと喝破(かっぱ)しました。談志は何より落語家らしく「対話」を重んじていました。生まれたばかりの長男を見せにつれて行ったところ、「子どもは喋り始めがかわいいぞ」とよくいっていたものです。つまり、「対話の可能性」をこよなく愛していた人ともいえましょうか。  「落語は『疝気の虫』のように病とすら対話しちまうんだから、人間はもっとさまざまな対象との対話を信じてもいいのではないか」と、いまならきっとそういっていたのかもしれません。  言葉を発しない病と対話するこの落語のような「想像力」をたずさえてさえいれば、いわんや人間同士、きっと平和はもたらされるのではと、私は信じています。この下ネタに近い一席はじつは平和を希求していたのです(笑)。